二学期の始まり。
私が寮に戻った翌日にルルも戻ってきた。ルル曰く本当はもっと早く帰りたかったけれど、パン屋が忙しくなかなか戻れなかったという。
今日は始業式。講堂は寒いけれど、これも我慢。
理事長の長い話の後、突如教頭が出て来て、
「えー、今日は新たに学院に着任した先生を紹介します」
と、共に二人の先生が登壇した。
一人は橙色の髪に黒縁メガネの軽そうな先生、もう一人は長い黒髪の気難しそうな先生。
登壇した二人の先生が自己紹介をし始める。
「僕はジョシュア・カデンツァ。産休に入る音楽科のノアール先生の代わりに器楽と声楽を担当することになった。音楽科の女の子の皆、よろしくね」
と、ウインクすると女子生徒から耳が痛くなるくらいの黄色い声が上がる。
うわぁ、音楽科今日から大変そう。ルルに同情するわ。音楽科じゃなくて良かった。
もう一人はというと、黄色い声を上げた音楽科……いやほぼ全員の女子生徒を見回しては気難しい顔をしている。
はぁ、とため息をついた後に、
「……………………アイオーン・シガロンだ。退職したメイズ先生に代わり赴任した。担当は歴史。普通科の生徒には縁がある……」
えっ、嘘。歴史?確かにメイズ先生退職するって言ってたけど次は優しい先生がいいなぁとか思ってたけど。まさか歴史担当の先生がまた気難しそうな先生なんて聞いてない。
でも周りからは、
「カデンツァ先生とシガロン先生かっこいいわねぇ」とか、「あたしカデンツァ先生派ねー」とか聞こえてくる。あー、シガロン先生怒りそう。現にすごい怖い顔してるし……。
「静かにしないかっ!まだ自己紹介の途中だ!!人が話している時に黙れないのかここの生徒は!!」
ほら怒った。ていうか受け流しなさいよこれくらい。今のでシガロン先生の好感度下がったわ。
シガロン先生の剣幕に講堂中は静かになった。
「………ふん、まあ歴史担当だ。よろしく頼む」
いや、二回言った。
こうして始業式は終わり、授業も始まる。今日明日は午前中だけで終わる。のだが………
「なんで明日歴史あるのよ……」
明日の最後の授業に歴史がある。あのシガロン先生だ。憂鬱でしかない。
今日はテスト。課題の範囲内だ。
まあ、とりあえず今日のテストを頑張ろう。
***
テストも好調。首位は確定だろう。
寮に戻れば…………
「あーもうやだ歴史明日あるのやだやだやだ〜!」
ルルに抱き着き、駄々をこねる。
「珍しいね……クーデリアちゃんがこうなるのって……」
ルルが背中をぽんぽんと優しく叩いてくれる。
「あの先生絶対すぐ怒る人だもの!絶対授業にならない!」
「こっちでもカデンツァ先生すごい人気だったよ……わたしも話す暇すらなかった……」
どうやらカデンツァ先生はあの色気とルックスで人気らしく、テストに集中出来ない女子が少なからずいたらしい。
音楽科のテストの結果は悲惨になりそう、とのこと。
「明日歴史サボろうかしら……」
と、ルルの顔を見て言ってみる。
「駄目だよ。サボったら次の授業でもっと勇気がいるようになるよ?シガロン先生に何言われるかわからないよ?」
「……………」
確かに。あの先生に何か言われるのは全生徒に悪い意味で注目されるし、ルイにも悪い印象を与える。今後の私の学院生活に支障を来すのは目に見えている。お父様に何を言われるかわからない。
「……………わかってるわよ………。歴史の授業はサボらないわ……」
はぁ〜っとため息をついて、ルルから離れる。
「いつものクーデリアちゃんだね。明日、頑張ってね?」
「頑張るわ……」
そう言うと私は机に向かい、歴史の予習と復習をし始めた。
あの先生をぎゃふんと言わせるために。
***
歴史の授業の準備は万端。当てられてもいいように予習も復習もしっかりしてきた。
「さあ、来るなら来い……!」
「やけにやる気だな、クーデリア」
「あの堅物教師をぎゃふんと言わせるのよ!私!」
ルイは困惑している。
「ぎゃふんと………言わせるのか」
「ええ、当てられたらね」
「…………当てられたら、なのか」
「ええ!」
そうこう話しているうちに開始のベルが鳴り、それと同時に堅物教師……いや、シガロン先生が入ってくる。
「…………サボろうとしている奴はいないな。よし、授業を始める」
教材をドンと教卓に置き、教科書を手に取り、ページをめくり始める。
「では…………教科書の五十七ページを開け。俺の授業は板書する。全部書いておけよ」
あ、板書はしてくれるんだ。メイズ先生のときはしてくれなかったからなー。
説明を聞きながら板書すること、十分。
「………えー、ここで名指ししようと思う。そうだな……」
よし、チャンスきた!
シガロン先生は名簿を見て誰を当てるか考えているみたいだ。
「へぇ……あいつが仕えてるっていうお嬢様がいるのか………なるほどな」
は?今なんか聞こえた。
「よし、クーデリア・ロザンナ・エルシオン。次に起こる戦の名前を述べよ。予習してきたならわかるはずだ」
はい、きた。私はニヤリと笑いながら立つ。
「このあと起こる戦は……二十七代国王セオボルトとその息子であるセオドアの起こした戦……ハディールの戦いです。息子セオドアが父の悪政を見かね、起こしました。ハディールの丘で父を負かしたセオドアは父を幽閉、自身が国王になりました」
私はどうだ、という顔で言った。でも……
「…………………あとは?」
「えっ………」
予習した範囲だけど、もうこれだけしかわからない。生徒の視線と、シガロン先生の冷ややかな目で私の頭は真っ白になる。
「えと………あとは………」
内容を思い出そうとするけれど、もう思い出せない。
「…………メイズ先生から成績優秀だと聞いているが、大したことなさそうだな」
「…………なんですって……」
私は憤りを感じた。
「ちなみに、あとはの後に続くのはセオドアは2年後病死、弟のディストロが跡を継いだ……」
大したことない?私が?そんなことないのに。いつも勉強してるのに。
私の闘争心に火が点いた。
「大したことない………ですって?」
「…………なんだ、クーデリア・ロザンナ・エルシオン」
「次のテスト、先生の科目で満点を取ってみせますわ!大したことないなんて言ったこと、後悔させてあげますわ!」
高らかに宣言した。生徒達がざわめく。そんなことはどうでもいい。
「………ククッ、なかなか言ってくれるな。さすがあいつの教育の賜物……ということか。エルシオン、じゃあやってみせろ。もし満点じゃなかったら……わかってるな?」
「ええ、わかってますわ。必ず満点を取ってみせますわ!」
新学期初日、早々にかなりまずい宣言をしたのだった。
***
「ああ……なんてことを言っちゃったんだろう……」
当の私はというと、寮に戻った後反省していた。
「なんであんな喧嘩腰になっちゃったのよ……私の馬鹿……」
いくら腹が立ったからって、あれはないと思う。今にして思う。
「クーデリアちゃん、頑張ってね……」
ルルも苦笑い。うわぁ、幻滅されたかもしれない。
「でもあの先生にそんなこと言えるなんてすごいよ?」
一連の流れを聞いたルルはそう思っているらしい。
「とにかく、私満点取らないと駄目なの」
「頑張ってね、クーデリアちゃん。応援してるから!」
「ええ、ありがとう」
初日から爆弾を落としてしまったようだけれど、まあ頑張ろう。