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気さくな侯爵令嬢は恋をする。  作者: 三条夜実
一期生編
1/12

学院生活を楽しむには。



夏真っ盛りの八月。私は九月から通う学院の制服に袖を通していた。



「……やっぱり、身長よね。私は人より小さいから埋もれちゃうかも」


ワンピースタイプの制服。リボンは赤。入学式の時期は暑いので半袖だ。


私、クーデリアは人よりも身長が低い。これが唯一のコンプレックス。胸はあるけれども。平民にも気さくに声をかけられるし、執事のエルヴィンなしで市井に買い物にも行ける。困ることなんてないと思う。


「試しに冬服も着てみましょうっと」


冬服も着てみた。


「…………暑い!」


でもすぐ脱いだ。この暑い夏に冬服など試しとはいえ着るものじゃない。


でも冬服は可愛い。秋になったら着られるのかと思うと楽しみになってくる。


「お嬢様?おやつのお時間ですよ」


と、ノックと共にエルヴィンの声がした。


「ええ、入って」



エルヴィンは私の大好きなオレンジジュースとアップルパイをトレイに載せていた。


「やった!今日もアップルパイだわ。エルヴィンの作るアップルパイ、大好きなのよね、私」


と、椅子に座りトレイが置かれるのを待つ。


「お褒めに預かり光栄でございます。クリスタ様はもう飽きた、と仰られていたのでクリスタ様にはアールグレイティーとフルーツタルトを」


「うげ、そんなのよく飲むわね。私、紅茶嫌いなのよ。コーヒーも紅茶も、人間が飲むものじゃないわ」


と、注がれたオレンジジュースを飲んでそう言った。


「クーデリアお嬢様は舌が子供のようだ。ですが、私の作るアップルパイが美味しいと仰るのはとても嬉しいですがね」


「どうせ子供よ。別にいいもの」


アップルパイを頬張ってふん、とそっぽを向いた。




「……ところで、クーデリアお嬢様。制服がベッドの上に置かれているのは何故です?」


エルヴィンは畳んでタンスに仕舞おうとしてくれているのか、その場を離れた。


「ああ、あともう少しで入学式でしょう?だから試しに着てみたのよ」


「それで、着てみたご感想は?」


「制服は可愛いわ。私に似合う。でも………」


私は立ち上がり、


「身長が低いから何か違和感があるわ!」


制服を仕舞い終えたエルヴィンが頭を抱えた。



「きっと新入生達は私より身長は高いわ。私よりね。きっと私はそいつらに埋もれるわ!ああ、埋もれるだけの学院生活!きっと暇で暇で暇で仕方ない生活に終わってしまうわ!!」



妹のクリスタは十三歳。身長はそろそろ私に追いつこうとしていて、しかもまだ月経が来ていない。ということはまだまだ身長は伸びる。姉が妹に身長を追い越されるということは屈辱的なこと。だから私は………。



「私、入学式はとてつもなく高いハイヒールを履くわ。履いたことないけど!」



夜会や誕生日パーティーでヒールは履いたことはある。しかし高いヒールの物は長い時間履くと痛いという理由で履いたことは一度もない。


「お言葉ですが、クーデリアお嬢様」


と、私を椅子に座らせた。



「え、エルヴィン……?」


「男は小さい女性の方が好きだと思われます。少なくとも俺はそうです。守りたくなるのでしょう。クーデリアお嬢様、無理をして身長を高く見せることはありませんよ」



諭すようなエルヴィンの口調に固くなる。



「………そのままの、クーデリアお嬢様でいて下さい」


「は、はいっ……」



たまにエルヴィンには敬語になってしまう。こういうことがあるから。



「さ、クーデリアお嬢様。気を取り直してティータイムをお楽しみ下さい」


「……ええ」



オレンジジュースと、アップルパイ。普通ならばアップルパイには紅茶だろう。でも私は子供だから、オレンジジュースなのだ。午後のティータイムは優雅なものだ。



「………ねーえエルヴィン。学院は寮生活なの。だから、あなたは私の世話を九月からしなくても良いのね」


「ええ、そうですね」


「あなたがいなくても、私は一人で何でも出来るわ」



私が通うことになるローザリア学院は伯爵や侯爵の子女や平民の子供など様々な地位の子供が通う。執事を伴って通う貴族の娘息子も多いらしい。でも私は学院生活をきっかけにエルヴィンなしの生活を送りたい、と思っていた。



「………九月から、寂しくなるわ」


「このお屋敷が寂しくなりますね」



お父様とお母様、クリスタとエルヴィン、それから使用人。私がいなくなったところで変わらないことは………あるな。



「ご飯が一人分減る!」


「ではなく活気と張り合いです。お嬢様は使用人にもお優しいですから」


「…………そう?」



そんな自覚はない。だがエルヴィンは、



「この間とて、怪我をした使用人の手当てをしていたではありませんか」


「あれは偶然見かけただけ!それにたまたま布持ってたからそれで止血しただけだわ」



あのときは本当に偶然だった。


ソーイングセットを持って部屋に行こうとしていたところ、使用人のメイドが指を切って困っていた。



『とにかく手当てしないと……!』


と、メイドが自分のエプロンで血を止めようとした。



『ねえあなた。その指、洗ったの?』


『く、クーデリアお嬢様!?』


『指を洗ったのかって訊いてるの』


『ま、まだですが……』



と、メイドが答えたので、



『じゃあ私と一緒に来なさい。手洗うわよ』



メイドの怪我をしていない方の手を引いて手洗い場へと連れていく。


『クーデリアお嬢様!あなたがその様なことをする必要は……!』


『あるわ。あなたが怪我をして放置したまま仕事して、もし病気になったら?あなたは休むことになるわ。あなたの代わりはいないのよ?』


『クーデリアお嬢様………』



当たり前のことを言ったまでなんだけど、メイドはなんだか嬉しそうだった。


その後簡単な応急処置をし、『落ち着いたころにしっかり包帯巻きなさいよ?あと、布は返さなくてもいいわ』と伝えた。



「あれ、見てたのねエルヴィン……」


「ええ、声が聞こえたものですから」



食べ終わり空になった皿をエルヴィンが下げた。


「クーデリアお嬢様、オレンジジュースのお代わりはいかがです?」


「ええ、頂くわ」



私はまた注がれたオレンジジュースを飲んだ。



自覚はないけど、私はいずれ婿を取ってこの家を継ぐ。今のうちにやりたいことを全てやらなければ。



***



その日の夕食の席。



「ところでクーデリア、寮生活に向けての準備は出来たのかしら?」


母が訊いてきた。今日は夜会に行かず屋敷で夕食を共にしている。あまりないことだ。きっと私がこの屋敷で過ごすのはあと数日だからだろう。



「ええ、お母様。荷物はもうまとめてありますわ」



ティータイムの後、エルヴィンに手伝ってもらいながら寮生活に必要な荷物をまとめた。手伝わなくていい、と言ったのにエルヴィンが聞かなかったからだ。



「ローザリアに通うんだ。くれぐれもエルシオンの家名に傷を付けてくれるなよ」


「……わかってますわ、お父様」


「それに、お前は婿を取ってこの家を継ぐんだ。様々なことを学んでもらわないとな」


「…………わかっていますわ」



髭を蓄えたお父様。使用人達からは恐れられている。

お父様はいつもそう。クリスタには優しく接するのに私にはいつも『お前は跡継ぎなのだから』や、『お前がこの家の顔になるんだ』とかしか言わない。お父様の笑った顔を見たことがない。私はお父様にとって跡を継ぐだけの存在でしかないのかしら……。



「お姉様、あたくしもいずれはローザリアに通うの。先に通えるお姉様が羨ましいわ」


十三歳の妹、クリスタ。明るく元気な性格だけれど、使用人にはとてもわがままだ。この間は紅茶が渋いといってティーカップごとお菓子をぶちまけたとエルヴィンから聞いている。お父様とお母様に甘やかされて育った結果、わがままな妹になってしまった。それに街の人達のことも見下しているらしく、街には一切行かないらしい。



ローザリア学院は入学試験がある。それに合格しなければ入学することは出来ない。毎年五百人が受験するけれど、合格するのはトータルで二百人。故に受かるのは貴族が多い。

クリスタはきっと受からないだろう。勉強も普段から怠けているし、家庭教師には文句をつけている。



「………ええ、クリスタもきっと通えるわ」


「でしょう?そしたらお姉様と並んで下民共を黙らせるわ!」


「………」



それだけはしたくない。クリスタは知らないのだ。私が時折街に行っては買い物や市井の人達と触れ合っていることを。そんなことをしては街の人達にエルシオンの娘は傲慢で嫌味な奴だと思われてしまう。



「………精一杯、頑張りますわ。お父様、お母様、クリスタ」



その日の夕食は、あまり進まなかった。



***



それから数日後、いよいよローザリア学院の寮に移る日がやって来た。入学式の前日には寮に移ると決まっているからだ。


「クーデリア、体に気をつけるのよ」


「くれぐれもエルシオンの家名に泥を塗るな。いいな?」


「お姉様、帰省の時には帰ってきてね?」


お母様とお父様、クリスタの言葉。どれも私に対する思いが出ていて笑いそうになる。特にお父様。余程必死なのだろう。


帰省はきっと……あまりしないだろう。話すことなんてあまりないだろうし。



「お嬢様、では行きましょうか」


「ええ、エルヴィン」


エルヴィンに促され、私は馬車に乗る。


やがて馬車は動き出し、ローザリア学院へと向かっていく。


「お姉様!お気をつけて!」


「帰省のときは帰ってくるのよ?」


「クーデリア!言動には気をつけるのだぞ!」



姉を案ずる妹に、帰省を催促する母と、最後まで家を気にする父親。



「…………ええ、行ってきますわ」


私は呆れと寂しさが入り交じった声で、そう答えたのだった。



***


揺れる馬車の中。走り出して数分は無言が続いた。


「…………ねえ、エルヴィン。ローザリア学院ってどんな所かしら?エルヴィンは卒業生だったわよね?」


沈黙を破ったのは私。ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「貴族の子女が多いので、平民を卑下する者も少なくはありませんでしたね。中には、貴族や平民分け隔てなく接する者もいましたが」


まるでクリスタみたいな人がいたのね、と思いながら聞く。


「俺の友人は少なくとも、平民の方を見下すような男ではありません。今も親交はあります」


「へぇ……」


エルヴィンの友人……どんな人なんだろう。ちょっと気になる。



「クーデリアお嬢様がローザリアでいい経験を積めると良いのですがね。汚いものも見ることになるかも知れませんが」


「汚いもの?なによ、それ」


「………なんでもありません。聞かなかったことにして下さい」


エルヴィンは言わなければ良かった、という顔をしている。これ以上は聞かないでおこう。


「………私、ローザリアで五年間やっていけるかしら」


「クーデリアお嬢様ならば、きっと」


エルヴィンは優しく微笑む。エルヴィンのこの表情が好き。


「私、家のためにも頑張るわ!エルシオンの家を継げるのは私だけだもの」


「期待しておりますよ、クーデリアお嬢様」



そのうち馬車は学院の学生寮に着いた。



***



「エルヴィン!荷物は私が持つわ。私の荷物だもの」


「いいえ、クーデリアお嬢様には重すぎますから」


着くなり始まる荷物をどっちが持つか論争。自分の物だからと主張する私と、荷物が重いから自分が持つと聞かないエルヴィン。


「だーかーら!私が持つ!部屋まで!」


「いいえ、私に最後の仕事をさせて下さい。クーデリアお嬢様は寮生活を送られるのですから、私にとっては最後なのだす」


「……………」


考えてみたらそうだ。私は寮生活となり身の回りのことは全て自分がする。執事を伴うのは恥だと考えているから。帰省はほとんどしないつもりだし、エルヴィンにとっては私に対することは最後の仕事だろう。という考えにありついた。



「…………………………わかったわ。私の荷物、部屋まで持って行ってくれる?」


と言うと、


「かしこまりました!クーデリアお嬢様!!」


ものすごく嬉しそうに荷物を持って行った。


…………部屋、分からないだろうな。



「エルヴィーン!管理人さんに聞かないとわからないでしょー!」



走ってエルヴィンを追いかける羽目になった。



***



寮の私の部屋は日当たりが良く、今は暑いけれども冬は暖かそうな部屋。広さもあって、屋敷にいた頃とあまり変わらない生活が送れそう。 ベッドがもうひとつ置かれていて、誰が同じ部屋になるのか楽しみだ。



「では………クーデリアお嬢様。俺はこれにて」


「………ありがとうね、エルヴィン」


エルヴィンはそのまま部屋を出た。少し寂しそうだった。見送りたかったけれども、行きの馬車で止められてしまったから。



「………さて」



ベッドは左右にある。どうやら私が最初に来たらしい。もう一人来るであろう人の荷物が置かれていない。それもそうだ。かなり早い時間に来たのだから。



「………しばらくは持ってきた本でも読みましょうか」


こちらても本を買うことを想定してあまり持ってこなかった。繰り返し読んでいて気に入っている本を何冊か持ってきた。恋愛小説やミステリー小説、日常系など短編集などを持ってきている。


今から読むのは日常系の小説。とある街の少女が主人公の小説だ。


今日も残暑で暑い。いつになったら涼しくなるのだろうか、と思いながら日陰に置いてある椅子に座り読む。



***


それから小説も中盤に差し掛かったところ、ノック音がした。


「もう、誰かいらっしゃいますか……?」


ルームメイトだろう。もうだいたいの生徒は寮にいる頃だろう。

とても控えめな声。不安なのだろう。



「ええ、もう既に」


私はドアの前に行き、そう答えた。


「ああやっぱり遅かったんだ……!一緒の人が貴族の人で平民だからって馬鹿にされたらどうしようわたし……!」


「?」


早く入って来ないのかな。扉の向こうで何か言っている気がする。


「とと、とにかく入らないことには何も始まらないし……!」



と、扉が開いて声の主が入って来た。



「し、失礼しま………って、クーデリア様!?」


「あなた……パン屋の娘さん!?」


短く切られた金色の髪に、青い空のように美しい瞳。容姿は十人並みだけれど、髪が綺麗だから印象は強く残るだろう。


私が街に行って買い物するとき、必ず寄るパン屋がある。この子はたまに店番をしている。そこのパンはとても美味しくてエルヴィンにも振る舞う。


向こうは私の名前を知っている。でも私は向こうの名前を知らない。


「そう言えば……私、あなたの名前知らなかったわよね?」


と、私が訊くと、


「わたし、ルル・ウィエーノっていいます。同じ部屋がクーデリア様で良かったです……!」


もし別の人だったら……とルルは胸をなで下ろした。


まあ、私も全く知らない人とは一緒にはあまりなりたくないな、と思った。



「クーデリア様と五年間一緒の部屋だなんて……!」


ルルはとても嬉しそう。ローザリア学院の学生寮は五年間同じだ。ルームメイトも余程のことがない限りは変わらない。



「…………ところで、ルル。私のことクーデリア様って敬称付けるの、やめにしない?なんだかむず痒くって」


「ええっ!?そんなことできませんよ!クーデリア様は侯爵令嬢なんですから!」


「……ここでは平民も侯爵令嬢もなしよ。私はあなたと対等に友達になりたいの」


それに、と私は付け加えた。


「私ね……友達って呼べる人がいないの。おかしいでしょう?家を継ぐためにいつも勉強して、失敗すればお父様に叱られる。私はいつも完璧であることを求められてた。寂しかったの……私」


誕生日パーティーや夜会は大人ばかり。同世代の女の子などあまりいなかった。



「………だから、私のことはクーデリアって呼んで?ルル」


「えぇっと………ク、クーデリア……ちゃん……?」


「……………それでいいわ。ルル」


「は、はいっ!」


「あと、敬語も徐々になくしていくこと。敬語だと他人行儀みたいだもの」


「わ、わかりましたっ!」



初めて出来た友達、ルル。


それからはルルが持ってきたパンを一緒に食べたりと楽しい時間を過ごした。



学院生活は、楽しくなりそう。

ここまで読んで頂きありがとうございます!このあとクーデリアは入学式を迎えます。温かく見守ってやって下さいませ!

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