02 棺桶の中には……
ガタンガタン! ゴトンゴトン!!
大きな音を鳴らしながら、棺桶がベッドの上で揺れる。
その様子はまるで、死者が蘇ろうとしているように……見えなくもない。
そんな棺桶の蓋に、リーリカは手を掛けながら。
「ほーら、出てきなさいって。ユピ!」
「や、やめてよリーリカ!!」
ガタンガタン! ゴトンゴトン!!
リーリカが蓋を開けようとすると、棺桶の動きがいっそう激しくなる。
その様子は、うん――蘇ろうとするのを嫌がってるゾンビみたい。
「だーかーら。新しいルームメイトが来たんだから、挨拶くらいしなきゃでしょ!」
「い、いいってば! それ以上やるなら、か、噛んじゃうよ!?」
「別に噛んでもいいから、出てきなさいって!」
「あ、ちょっと、やめ――」
パカッと。
リーリカが強引に、蓋を引っぺがした。
そして棺桶の中に横たわっていた少女を、ぐいっと抱き上げる。
「あれ? あなた確か、さっきお風呂で……」
「……あうぅぅ! 見ないでぇ!!」
小さな悲鳴を上げて、少女(確かリーリカは『ユピ』さんって呼んでた)は、両手で顔を覆い隠した。
ツインテールに結ったさらさらの銀髪と、ひらひらとしたゴスロリ風の黒いワンピースの裾が、ふわりと揺れる。
「ほら、ユピ。きちんと挨拶しなさいって」
リーリカがユピさんの手を取って、無理やり顔を上げさせた。
垂れ目気味な瞳に涙を浮かべて、ユピさんはぐっと唇を噛む。口元から覗く、二本の八重歯。
背がちっちゃくて幼い顔つきをしているから、おそらく中学生くらいだと思うんだけど……その胸は、超中学生級。
高校生でも、ここまでないもんじゃないか? 少なくとも、冴えない地味子時代の私には、圧勝してる。あと、リーリカにも。
「は、初めましてユピさん。私、アリスって言います。き、今日から同じ部屋ですね?」
取りあえず私の方から、挨拶をしてみる。
おそらく……っていうか絶対、ユピさんは人見知りだ。
浴場での行動と、今の立ち振る舞いを見れば分かる。
同じく人見知りな私が言うんだから、間違いない。
だけど――せっかく同室になるんだし。やっぱり打ち解けておきたいっていうのが正直なところ。
だから私も、バクバクする心臓を押さえながら、頑張ってみたのだけど。
「……えっと、えっと。ユ、ユピです……よろしくです、アリスさん」
何度も言葉に詰まりながら、ユピさんが応える。
そんな固い私たちのやり取りを見て、リーリカが苦笑した。
「二人とも、そんなにかしこまらなくっていいのに。みんな同級生なんだしさ」
「えっ、同級生!? ユピさんが!?」
「そうだよ。なぁに、年下だとでも思った?」
「……どうせユピは、幼い顔してるの」
「あああ、違うんです! ご、ごめんなさいユピさん!!」
慌てて床に膝をついて、私はぺこぺこと頭を下げる。
初対面の人間に、なんて失礼なことをしてしまったんだ私は!
「……くすっ。アリスさん、面白いの」
だけどなぜかユピさんは、私を見て小さく笑うと。
口元に当てていた手を、ゆっくりと膝の方へ下ろした。
「ユピのことは、ユピって呼んでいいの。ユピも、アリスって呼んでいい?」
「あ、はい! もちろんです!!」
「ついでにその敬語もやめれば? アリスだけ、まだ堅苦しいよ?」
「う、うん、リーリカ。そうだね、同級生なんだもんね……よ、よろしくね? ユピ」
「よろしくなの」
ぺこりと頭を下げて、ユピは私に微笑みかけてくれた。
私も引きつる頬を叱咤して、微笑み返す。
しかし突然――ユピはふっと、表情を曇らせた。
「ユピ? どうしたの?」
「……ごめんなの、アリス。隠していてもいつか分かることだし、先に言っておくの。それでユピのこと嫌いになるかもだけど……聞いてくれる?」
「う、うん……」
なんだか、重い話の予感……。
だけどきっと、それを聞かないと、私とユピは本当に仲良くなることはできない。
私はギュッとスカートの裾を握り締め、まっすぐにユピのことを見つめる。
そんな私を上目遣いに見返し、ユピはすぅっと息を吸い込んだ。
そして、意を決したように――叫ぶ。
「ユピは……ユピは! 『ヴァンパイア』と人間の、ハーフなの!!」
「……あ。う、うん。そうなんだ?」
「えっ!? そんな反応!?」
ガーン! という効果音でも出そうな表情をするユピ。
あ……なんか、ごめん。私の反応、薄かったかな?
「……ぷっ! あは……あはははははっ!! やっぱりアリスってば、最っ高に面白い!」
リーリカが我慢できないとばかりに、腹を抱えて笑いはじめる。
「えっと……私、なんか変なこと言った?」
「変だよ。普通、ヴァンパイアとのハーフだなんて聞いたら、もう少しリアクションするでしょ?」
「いや、それくらい、この世界なら普通のことなのかなって思って……」
「あはははは! 普通だってさ。ユピ、よかったね!」
「……もう。リーリカは、笑いすぎなの」
ほっぺたを膨らませて、ユピはリーリカの脇腹をつつく。
そして、私のことをもう一度、上目遣いに見て。
「変わってるのね、アリス。ヴァンパイアといえば、魔王グランロッサの眷属。その血が流れてるなんて聞いたら、大半の人は怖がるの。まぁリーリカみたいに……面白がってる人も、いるけど」
あ、そうなんだ。
ファンタジー世界だから、人間と○○のハーフみたいな人、いっぱいいるのかと思ってたよ。
「私、そういうことに疎いから……あんまりよく分かんないけど。別にそんなことで、ユピのこと怖いなんて思わないよ? 生まれだけで人のこと、区別したくないし」
「アリス……」
瞳をうるうると潤ませながら、ユピは唇を震わせる。
そんなユピの肩を、ぽんぽんと叩いて。
「よかったね、ユピ。アリスみたいな人が、同室になってくれて」
「……うん!」
そうしてニコニコと笑いあう二人は、まるで姉妹か何かのよう。
いいなぁ。リーリカとユピ、仲良さそうで。
私も二人の間に入っていきたいな。三人で仲良くなれるといいな。
「ねぇ、アリス?」
ぼんやりとそんなことを考えていると、ユピがてくてくと、こっちの方に近づいてきた。
そしてくんくんと、私のことを嗅いで。
「な、何? どうしたの、ユピ?」
「……アリス。いいにおいがするの。か、噛んでもいい?」
「えっ!?」
「ユピはヴァンパイアの血が流れてるから……ときどき無性に、血が欲しくなるの。特に……好きな人の、血が」
「あ、あの……?」
「……うう。ごめんね、アリス。やっぱりユピ、我慢できない……っ!」
かぷっ。
私の思考が追いつくより前に――ユピは私の人差し指に、噛みついた。
そして、指先を軽く歯噛みすると……そこからちゅーちゅーと、血を啜りはじめる。
「はふぅ……アリスの血、おいしいの……もっと飲ませて? もっと……」
「あ! ちょっ、ちょっとユピ!! なんだか、くすぐったい……っ!」
ちゅぱ、ちゅぱと。
私の指先を吸ったり舐めたりしながら、頬を真っ赤にして恍惚とした表情を浮かべるユピ。
無心に私の血液を貪るその姿は、なんだかやけに扇情的で……。
な、なんか恥ずかしいことしてるみたい……っ!!
「……あーあ。いいなぁ、ユピは」
ぽそりと呟いて、リーリカが静かに、自分の親指をカリッと噛む。
何がいいの!? よく分かんないよ、リーリカ!?
とにかくお願いだから……ユピを止めてよぉ、ねぇ!?