それはカンナの、観る世界
今回はカンナ視点の短編です。
終わったか……。
崩れゆく地軍大将の身体を眺めながら、わたしは小さく嘆息した。
どうにか奴を倒すことには成功したものの、それは辛くも……といったところだった。
わたしの理想とする『アリス』には、まだ遠い。
いや、それどころか……。
「なーに考えてるんすか? カンナさん」
そうして思惑に耽っていたわたしに向かって、キサラがひょうひょうとした態度で話し掛けてくる。
双剣をくるくると回して、腰元のホルダーに仕舞うと、キサラは頭の後ろで手を組んだ。
「どうせアリスのことでも考えてたんでしょ? なんたってカンナさん、フラれちゃいましたもんね」
フラれた……か。
確かに、そう表現するのがしっくりくるかもしれないな。
世界を救う力を身につけるために、わたしは敢えてアリスを突き放した。
そこからアリスが這い上がり、わたしのいる高みまで辿り着いてくれることを願って。
けれど――アリスはわたしのもとには、辿り着かなかった。
わたしとは違う道を、選んでしまったから。
「世界を救うためには、小さな犠牲はつきものだ。それを理解しなければ、救世の道は歩けない。けれどアリスは、その小さな犠牲すら生まない未来を掴もうともがいている。正直言って……がっかりだよ」
「そんなに変なことっすか? 小さな犠牲を生まないように、もがくってのは」
「妙なことを言うね、キサラ」
なんて当たり前なことを聞いてくるんだ、彼女は。
「大きな勝利の前では、小さな犠牲など些末なことだろう? 世界を救うというのは、その取捨選択ではないのかな」
「やっぱりカンナさん、頭おかしいっすよね」
キサラが顔色ひとつ変えずに、そんなことを言ってくる。
「普通の人間は、そこまで割り切って生きられないっすよ。目の前に大切な人がいたら、護りたいって思う。そんなの、人間として当然のことじゃないっすか?」
「人間ならね」
ああ……。
キサラレベルになっても、このような妄言を吐いてしまうのか。
わたしやアリスのような『特別な存在』を除けば、オルタナギアでもトップクラスの実力者だと、買っていたのだけれど。
「人間ならば当然、身近な人間を大切に思うだろう。誰かの死に胸を痛め、犠牲を生みたくないと悩むだろう。けれど、それは――『救世主』のやることではない。人の死を俯瞰し、すべての者と距離を取り、ただ『世界』だけを考えることのできる者。それこそが今、オルタナギアに必要な存在なのではないかな?」
「カンナさんは、『神』にでもなったつもりなんすか?」
キサラが苦笑しながら言う。
何をバカなことを言っているんだ、彼女は。
「まだ、なってはいないさ。だがいずれ……わたしは、『神』になる。オルタナギアを救世する、神にね」
そのためにわたしは、自分の魔法を磨き続けてきた。
汗にまみれて、疲労に全身が包まれても。
わたしはまっすぐに前を見て、この世界で戦い続けてきた。
この世界を護るために、強くなった。
だけど……わたしだけが強くなっても、意味がないから。
「わたしは、君やアリスにも『神』になってほしいんだ。この世界を救うことのできる存在に。そして魔王グランロッサを倒し、オルタナギアに安寧を与え――」
「いやぁ……お断りっすわ」
キサラが頭の後ろで手を組んだまま、わたしに背を向ける。
そしてそっと振り返って。
「うちは世界を護りますよ? 魔王グランロッサを倒して、世界に平和を取り戻してみせますよ? そのためにルミーユ学園に入ったんだから、当然ね。けどそれは……人間としてっす。神だとか救世主だとかに興味はない」
「人の心を残したままで、魔王グランロッサを倒し、世界を変えると? そんな夢物語を、まさか君の口から聞くことになるとは思わなかったなキサラ。君はもっと、リアリストだと思っていたけれども」
「現実が見えてないのは、そっちでしょーが」
キサラが地面に落ちた小石を、蹴っ飛ばした。
そして、わたしを睨めつけて。
「普通の人間は、そんな簡単に人間を捨てられねぇんすよ。そりゃ大勢の人間の命を救いたいとは思いますけどね……たとえばリーリカが目の前で死にかけてたら、うちは無我夢中で助けるでしょうよ。それがそんなに変なことですかね?」
「変ではないよ。ただ――世界を救うためには、捨てなければならない感情だというだけのことだ」
「……お話にならないっすね」
「そうだな」
キサラの返答に、わたしは頷くことしかできなかった。
どうやらわたしは、彼女のことを買いかぶりすぎていたようだ。
彼女はまるで、わたし側の存在ではない。
「なぁ、キサラ。最後に聞きたいのだが」
「……なんすか?」
「アリスも……君と同じような考えだと、思うかい?」
それは、わたしの中に渦巻く小さな疑念。
そして――大きな絶望。
キサラは目を見開いて、わたしのことを見た。
それから、ふぅと……大きく息を吐いて。
「……多分ですけど。アリスはうち以上に、カンナさんの考えとは遠いところにいると思いますよ」
――言われるまでもなく、分かっていた。
地軍大将と戦うために、わたしのそばを通り過ぎていったアリス。
あのときの言葉。あのときの表情。
「私はカンナさんとは違う」と断じた彼女のことを思い返せば……答えは明白だった。
わたしは深く深く、嘆息する。
「結局は、アリスもわたしと同質の存在にはなれなかったか」
同じ星に生まれて。
同じ道を歩み――オルタナギアにやって来たアリスなら。
わたしの考えを理解してくれるものと思っていたが……どうやらそれは、わたしの妄想にしか過ぎなかったようだな。
「……どこへ行くんすか、カンナさん」
踵を返し、その場を立ち去ろうとしたわたしに向かって、キサラが問う。
「ただ部屋に帰るだけだよ。地軍大将は滅びた。ルミーユ学園寮の危機は去った。この場でわたしのやるべきことは、何もないからな」
「そうじゃなくって」
キサラが語調を強めて、言った。
「これから先――どこへ向かうつもりなんすか。カンナさんは」
「…………さてね」
ただ、分かっていることはひとつだけだよ。キサラ。
この世界に来ても。あの狭い部屋を抜け出しても。
わたしは結局……孤独だったと、いうことだけだ。
次はアリス視点に戻って、第2章のエピローグとなります。
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