06 1つの終わり、1つのはじまり
私は『私と天使の夜想曲』の呪文を唱え終えた。
同時に――白光が煌めいて、ヴェルゴーシュの身体を包み込む。
「ぐあ……ぐああああああああ!?」
ルミーユ学園寮を超える巨体をよじりながら、ヴェルゴーシュは断末魔の叫びを上げる。
だけど、もう遅い。
この呪文は、私の創り出した魔法の中でも、おそらく最強。
まともに喰らえば、耐えきることはできない。
「バカな……この俺様が……地軍大将ヴェルゴーシュ様が、こんなところでくたばってたまるかよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「終わりだよ、ヴェルゴーシュ」
どろどろと全身を融解させていく哀れな魔軍の将に向かって、私はきっぱりと言い放つ。
そんな私の言葉を最期に――ヴェルゴーシュの頭が、ぐらりと揺れて。
空中で塵となって、飛散した。
終わった……ヴェルゴーシュを、倒したんだ。
ホッとした瞬間――私はふわっとした浮遊感に襲われる。
ああ、そうだ。
ヴェルゴーシュに直撃させるために、私ってば空中に飛び上がってたんだっけ。
敵を倒した安堵と、魔力の使いすぎからか、私にはもう姿勢を整える力もなくって。
そのまま無防備な状態で、自由落下していく。
「アリスぅぅぅぅ!!」
そんな私の身体を、ふわりと。
柔らかい感触が、包み込んだ。
鼻腔をくすぐるフローラルな香りが、なんだか懐かしい。
私は瞑りかけていた目を、ゆっくりと開ける。
そこには――今にも泣き出しそうな顔をした、快活そうな少女の姿があった。
私はふっと頬を弛緩させて、彼女の頬に手を伸ばす。
「そんな顔、しないでよ。リーリカ」
「アリスのばか……無茶ばっかりして」
そう言って、私のことをギューッと強く抱き締めるリーリカ。
その身体には、傷ひとつ見当たらない。
おそらく『私と天使の夜想曲』の力が、ダメージを全快させたのだろう。
「よかったよ……リーリカが無事で」
そして私は、彼女にゆっくりと顔を近づけて。
「大好きだよ、リーリカ。これからもずっと……一緒だよ」
「当たり前だよ……大好きだもん、アリス」
そしてリーリカは、私を抱いたまま、地面に着地する。
その大地には、ヴェルゴーシュがつけた傷跡は、欠片も残ってはいなかった。
どうやらルミーユ学園寮の敷地全体に、魔法の効果が及んだみたいだね。
ヴェルゴーシュだけを消滅させて、他のすべてを回復させる究極のチート魔法。
我ながら中二病じみた、極端な魔法だと思う。
だけど――それでみんなが救えるのなら、別にかまわない。
私はこの中二病魔法で、私の手の届くすべてのものを、護ってみせるんだから。
誰も犠牲になんて、させないから。
『…………くっくっくっく』
心の中でそんな誓いを新たにしていると。
重く低い不気味な声が、辺り一帯に響き渡った。
思わず空を見上げるけれど……そこには何もいない。
声だけが遠くから、私たちに届けられているみたい。
確か前にも、こんなことがあったな。
私はそんなことを思いつつ――ギュッと唇を噛み締めて、その名を呼んだ。
「魔王グランロッサ!」
『まさかヴェルゴーシュの奴を倒すとはな……なかなかの腕前だ、魔法使い』
そう言って、魔王グランロッサは愉悦するように笑う。
『だが……貴様たちはあくまでも、魔軍四将の一人を破ったに過ぎない。果たして、他の将を倒し、我のもとまで辿り着くことが……できるかな?』
「辿り着いてみせるよ。必ず」
私はきっぱりと。
どこからともなく響いてくる、この世界の諸悪の根源の声に向かって――はっきりと答える。
「私はこの、異世界魔法を凌駕する力を使って、必ずあなたを倒してみせる。そしてオルタナギアに平和な日常を……取り戻してみせるから」
『そうか……それが貴様の、選択か』
そんな私の言葉を、どこか楽しそうに聞きながら。
『楽しみに待っているぞ、魔法使い……いずれ貴様が、我のもとに辿り着く日を』
その発言を最後に、魔王グランロッサの声は途切れる。
虚空を睨みつけていた私は、ふぅと身体を弛緩させた。
そんな私のことを、リーリカがギュッと抱き締める。
「リーリカ。そんなにくっついたら、暑いってば」
「いいの、今は……このままギュッてさせてよ、アリス」
「……分かったよ」
そう応えると、私もまた、リーリカのことを強く抱き締めた。
そうして、大切な人の温度を強く感じながら……。
私と地軍大将ヴェルゴーシュとの戦いは――静かに幕を下ろしたのでした。




