05 それが、私の戦いだから
ダンッと。
私は地面を踏み鳴らした。
折れるんじゃないかっていうくらい、強く歯噛みして。
ギリッと――目の前で澄ました顔をしているカンナさんを、睨みつける。
「……ふざけないでください」
「ふざけてなどいないよ」
「ふざけてますよ! なんですか、その理屈は!? 意味がない――ってなんですか! 強くなければこの学園が滅びてもいいって、カンナさんは言ってるんですか!?」
「ああ。そうだね」
――――っ!!
すぅっと、全身の血が引いていくのを感じる。
「この学園は、いずれ魔王グランロッサを倒すために創られた場所。世界を救う場所だ。救世の力がないのであれば、存在する意味はないだろう?」
「ちょっ……カンナさん、それはさすがに言い過ぎじゃね?」
「言い過ぎではないさ。オルタナギアの民がルミーユ学園に求めているのは『救世』だ。それが達成できないのであれば、民衆は当然怒り狂うよ。キサラもアリスも、この学園のあるべき姿を見つめ直す必要が、あるんじゃないか?」
カンナさんが何を言っているのか、分からない。
私の脳が、この人の言葉を拒絶している。
「もちろん分かってるさ。それは理想論だ。すべての生徒が、わたしのようになることなど不可能だ。だからこそわたしは……君の力で乗り越えろと伝えたんだ。アリス」
カンナさんがポンと、私の肩に手を置く。
私はそれを、反射的に振り払った。
けれどカンナさんは、そんなことを気にした様子はなく。
「まずは一人。一人でもいいから、わたしと肩を並べる存在に生まれてほしい。そしてわたしとともに、救世の道を歩んでほしい。それがわたしの願いだ。そして、その一人こそが――アリス。君なんだよ」
――カンナさんが、私をまっすぐに見つめる。
――その目を、私はまっすぐに見つめ返す。
そしてゆっくりと、私はカンナさんから視線を逸らして。
そのそばをすっと……通り過ぎた。
「分かりました。私が戦います。カンナさんたちに頼らず、私だけの力で」
「ああ。それでいい。それがいずれ、世界を救う力に――」
「世界なんて、今はどうでもいいです」
「……? どういう、意味だい?」
私はこれまで、どこかでカンナさんに憧れてました。
誰よりも強くて、誰よりもまっすぐなその姿に――追いつきたいと思っていました。
だけど今、分かりました。
私とカンナさんは……まるで違うんだってことに。
「カンナさんは、世界が変わることを望んでいる。魔王グランロッサを自浄できるような世界を創ることを、目指している。そしてそのためなら、多少の犠牲は仕方ないって……そう思ってるんでしょう?」
「それが何か?」
「私は、そんな世界を望まない」
自分でも驚くほど、私はきっぱりと言い放った。
「私も魔王グランロッサのいない世界を――平和な世界を望んでいます。だけど、そのための犠牲を仕方ないだなんて、思えない。思いたくないです」
「綺麗事だね」
「それでもかまわないです。世界なんて、今はどうでもいい。今は目の前の、学園のみんなを護るために、戦います。私はカンナさんとは違う。誰一人、犠牲になんて――させないから!!」
それだけを言い残して。
私は一目散に駆け出した。
リーリカを呑み込んだ巨大な怪物――ティターン。
その姿を、仰ぎ見ながら。
「お喋りの時間は終わったのかよぉ……アリスぅ!!」
ティターンこと地軍大将ヴェルゴーシュは、咆哮するように言った。
「てめぇがその、攻撃無効化魔法を解除しねぇんなら……今からこの学園の連中を、一人ずつ踏み殺してやる! てめぇのせいで死んでいく連中を、泣きながら見てやがれ!!」
「そんなこと――させない!!」
禁断教典『シュバルツアリス』を取り出して。
私はヴェルゴーシュの前に、立ちはだかった。
「誰一人、犠牲になんてさせない! 私も死なない!! それが私の……戦い方だ!!」
カンナさんとはすれ違ってしまった、私の考え。
それが正しいのかどうかは、私には分からない。
分からないけど……。
『大丈夫。アリスはそれで、いいんだよ』
目を閉じれば聞こえてくる、私の最愛の友人の声。
どんなときだって、私のそばにいてくれて。
私を励ましてくれる――リーリカの声。
『だってアリスは……あたし史上、最高なんだから』
まぶたの裏に浮かんで見える、くしゃっとした笑顔のリーリカ。
そんな彼女が、背中を押してくれる。
私に戦う、勇気をくれる。
「覚悟しろ……地軍大将ヴェルゴーシュ!!」
「ほざけよ下等な人間ごときがぁぁぁぁぁぁ!!」
禁断教典『シュバルツアリス』を片手に持ったまま。
私は両手をまっすぐ突き出し、クロスさせた。
足元に光のサークルが現れ、一陣の風が巻き起こる。
そして私は、長い髪をたなびかせながら――ひとつの呪文を口にした。
「くるくる、繰る繰る、狂々と。時計の針は逆回り。世界は静かに音を止め、あるべき姿を取り戻す。くるくる、繰る繰る、狂々と。再生の輪舞曲――序章『時計仕掛けのオリオン座』!!」
詠唱を終えると同時に、空には巨大な振り子時計が出現する。
そして振り子が、ゆっくりと揺れる。
ボーン、ボーンと……時を刻みながら。
「な……なんだこの魔法は!?」
ヴェルゴーシュが動揺しているけれど、無理もない。
だって、ヴェルゴーシュによって破壊された箇所が、少しずつ元の姿に戻っていって。
あちらこちらで石化して倒れていた人たちも、意識を取り戻しはじめてるんだから。
そう。これは――再生魔法。
私が学園に来たばかりの頃、クラスメートたちの前で披露してみせた……時間を巻き戻すことのできる魔法だ。
「ぐっ……ぐあっ!?」
『時計仕掛けのオリオン座』の効果で、すべてが元に戻っていく中で。
ヴェルゴーシュは腹部に手を当てて、その巨躯を折ってうずくまった。
そうだろうね。
だってあなたのお腹の中には――たった今、石化を解除されたリーリカがいるんだから。
おそらくリーリカは、ヴェルゴーシュの中で『ルクシアブレード』を振るっている。
「私の動きを封じるために、リーリカを呑み込んだことが……仇となったね、ヴェルゴーシュ!!」
「ぐぅ……おのれぇぇぇ!! 人間ごときが、この俺様をよくもぉぉぉぉぉ!!」
ヴェルゴーシュが唸り声を上げる。
そして、腹部の痛みに耐えかねたかのように、えずいた。
そのとき――骨だけで構成された頭部から、ぽろりと。
一人の少女が、零れ落ちる。
「――はじめに言の葉があった」
私は両手をクロスして、跳躍する。
そしてまっすぐに、ヴェルゴーシュを睨みつけて。
「言の葉は私に力を与えた。力はすべてを掌握し、世界は私にひれ伏した。けれど……世界には、天使がいた。言の葉ではなく。力ではなく。心がなければ奪えない、天使の笑顔がそこにはあった」
天使の笑顔。
リーリカの笑顔。
――私をいつだって包んでくれる、その優しい笑顔。
「ゆえに私は、心を紡ぐ。紡いだ心が、いつか天使に届くと信じて」
私は護りたい。
そんな温かい日常の、すべてを。
…………だから。
「――『私と天使の夜想曲』」




