02 大地の魔族の進軍
「きゃああああ!? 魔物、魔物の群れよぉぉ!!」
「な、なんで学園の敷地内に魔族が!?」
私の叫びを聞きつけた生徒たちが、寮の窓から外を眺めて、口々に悲鳴を上げる。
そりゃあそうだよね。
絶望的な気持ちにもなるよ。
絶対に安全な場所だったはずのルミーユ学園の敷地内に、大量の魔族が進軍してきたんだもの。
だけど……悲鳴を上げている場合じゃないんだよ、みんな。
「アリス!」
汗だくな私に駆け寄ってきたのは、ユピ。
その手には弓使いである彼女の武器――『ピルピッドユピ』が握られている。
「どうしたの? 一体、外で何があったの!?」
「魔軍四将の一人って奴が……結界を破ったんだよ」
「魔軍四将……!?」
ユピがぴくりと、肩を震わせる。
「魔軍四将といえば、魔王グランロッサ直属の配下! それぞれが魔族の軍勢を率いているという、最強の魔物ではありませんか!!」
「そんなヤバい奴が攻めてきたっていうの、チェリル?」
「アリスさんの言葉が本当だとすれば……そうですわね」
言葉を交わしつつ近づいてくるのは、チェリルとミルミー。
それぞれが魔法の杖『エッセンドロス』と、ハンドアックス『ハンマーダンパー』を装備している。
私は汗を拭いながら、三人に向かって言う。
「魔軍四将の一人で、地軍大将だって言ってた。それでゴーレムとかゴブリンとか、地属性の魔族が攻めてきてるんだと思う」
「どうやって結界を破ったっていうんですの?」
「あいつの目を見ると、石化させられちゃうんだよ。それで結界術士の人が、石化させられて……」
「……なんてことですの」
チェリルが深々とため息をついて、魔法の杖『エッセンドロス』に額を当てた。
「気落ちしてる場合じゃないよ、チェリル」
ハンドアックス『ハンマーダンパー』を肩に担ぐと、ミルミーはいつになく真剣な顔をして言った。
「先に攻め込まれたのは、寮の方。先生たちが学園側から救援に来るにしても、時間が掛かる……自衛手段を取らないと、やられちゃうよ?」
「ええ。分かってます……分かってますとも」
そうして、二人は――『チェリミル』は。
顔を上げて、寮を飛び出そうとする。
「待って、ダメだよ! 戦うんじゃなくって、みんなで逃げないと!!」
「アリスさん、止めないでください。わたくしはいずれ、魔王グランロッサを倒す存在……魔軍四将ごときに怯えて逃げ出すようでは、お話になりませんわ」
「この寮にいるみんなも、同じ気持ちだと思うよ? アリスちゃん」
ミルミーの言葉に、私は周囲をぐるりと見回す。
それぞれの武器をかまえた、ルミーユ学園の生徒たち。
震えている者。闘志に燃えている者。
色んな人たちが、いるけれど……。
逃げだそうとしている人だけは、一人もいなかった。
「みんな……」
ドンッ! ドンッ!!
施錠されている扉が、外から打ち鳴らされる。
魔物が扉を破ろうと、ぶつかってきているらしい。
このままだと、ぶち破られるのも時間の問題だ。
「アリス。ひょっとしてユピたちに知らせにきたのって、ユピたちを逃がすためなの?」
ユピが八重歯を覗かせながら、にっこりと笑った。
その言葉に、私は――頷くことしかできない。
「みんなを護りながら戦うことは、難しいから。まずはみんなを逃がしてから、私が戦おうって……そう思ったんだ」
「おばかさんなの、アリスは」
そう言って。
ユピはふわっと――私のことを、抱きすくめた。
小さな身体とは不釣り合いに大きな胸が、私の顔を包み込む。
「アリスは全部、一人で抱えすぎなの。ユピたちとアリスじゃ、実力差は大きいけどね……ユピたちだって、世界を救うためにルミーユ学園に入学した、戦士なの。どこまでできるかは分からないけど――誰か一人を残して逃げ出すなんてこと、できないの」
そう言うユピの身体は、小刻みに震えていた。
もう。ユピったら。
ゴーレム討伐訓練に出ることすら、嫌がってたくせに。
誰よりも恐がりなくせに。
……ありがとう。私の心を、支えてくれて。
「――行こう、みんな! 絶対にルミーユ学園寮を、護りきってみせよう!!」
私がそう叫ぶのと、ほぼ同時に。
学園寮の扉が、ゴブリンによってぶち破られた。
「『火炎滅波』!」
直後――チェリルが『エッセンドロス』を振るい、強烈な熱波を繰り出した!
寮内に飛び込んできたゴブリン数匹が、一斉に炎に巻かれて消失する。
「いっくよぉー! 『ハンマーダンパー』!!」
それに続いてミルミーが、横薙ぎに斧を振るう。
扉のあたりに控えていたゴーレムたちが、真っ二つに切り裂かれる!!
「行きますわよ、アリスさん! みんな!!」
ありがとう、チェリル。ミルミー。先陣を切ってくれて。
私も負けちゃ、いられないね。
心の中で自分を鼓舞すると、私は寮の外へと飛び出した!
クロスさせた両手を、まっすぐに突き出す。
光のサークルが足元に現れて、一陣の風が吹き上がる。
そして私は、頭の中で禁断教典『シュバルツアリス』をめくっていく。
「――汝は言った。『稲妻とは怒りではなく、衝動に吼えているのだ』と。我は知った。稲妻の答え、空との約束。そして一筋の、光の心。それは耳鳴りがするほどの、巨大な愛の咆哮である――『雷神は戸惑いがちに笑う』!!」
空に走った一閃の稲妻が、槍のような形状に変化し――魔物の群れの中心あたりへと突き刺さった。
その激しい勢いによって、大地がひび割れる。
そしてそのまま、辺り一帯に控えた魔物たちへと……凄まじい威力をもった電流が、迸った。
悲鳴にも似た叫びを上げて、魔物たちが一斉に消滅していく。
「まだ来るよ! みんな、油断しないで!!」
こうして、私たちルミーユ学園の生徒たちと。
地軍大将ヴェルゴーシュの率いる軍勢との戦いの火蓋は――切って落とされた。




