06 大地を統べる者
リーリカ。リーリカ! リーリカ!!
大切な人の名前を心の中で叫びながら、私は寮の門扉の前まで辿り着いた。
すると思ったとおり……そこにはリーリカの姿があった。
「リーリカ!」
私は喉が張り裂けそうなほどの勢いで、彼女の名前を呼ぶ。
「門の外に出たらダメだよ! お願いだから、危ないことをしないで!!」
私は懸命に、リーリカに呼びかける。
けれど、返事はない。
こちらに背を向けたまま、リーリカは棒立ちになっている。
「私とユピが一緒にいたのは、リーリカの誕生日パーティーの準備をしてたから!!」
もう、サプライズだとか言ってる場合じゃない。
私は叫びながら、立ち尽くしているリーリカのもとへと駆け寄っていく。
「除け者になんてするわけないじゃない! リーリカは私にとって、一番大切な友達なんだから!!」
そうだよ。
リーリカは私の、一番の友達なんだよ。
とっても大切な人なんだよ。
だから……ごめんね。不安にさせちゃって。
そんな思いで頭の中をいっぱいにしながら。
私はそっと――リーリカの肩に、手を乗せた。
――――ゴトンッ。
リーリカの身体が横倒しになったかと思うと、鈍い音を立てて地面に激突した。
「……え?」
突然の出来事に、私は言葉を失う。
地面に転がったまま、身動きひとつしないリーリカ。
目を見開いたまま、口を呆けさせたまま、ぴくりとも動かない。
まるで――石にでもなったみたいに。
「そっちから来てくれるとはな。好都合だぜぇ……アリスよぉ?」
足元に転がったリーリカから、ゆっくりと顔を上げる。
そこには……学園の人間ではない男が一人、立っていた。
鋭い目つきに、茶色いもじゃもじゃの髪。
アゴにはひげを蓄えていて。
白いシャツの上には、赤茶色のマントなんて羽織っている。
「……ヴェルゴーシュ」
私は見覚えのあるその男の名を、口にした。
臨海合宿のとき、サンドゴーレムを使ってルミーユ学園の生徒を殺そうとした……魔王の配下の男。
そんな奴が、どうしてこんなところに?
いや、それよりも……。
「リーリカに、何をしたの?」
石のように固まったまま動かないリーリカを一瞥する。
こんなの、普通の状態じゃない。
間違いなく、魔王の眷属であるこいつが――何か仕掛けたに違いない。
「リーリカぁ? ……ああ、そこにいる、そいつか」
ヴェルゴーシュが耳の穴をほじりながら、なんでもないことのように言う。
「目障りだったからよ、そっちの門番どもと同じように、石化させてやっただけだ」
そうしてヴェルゴーシュが指差した先には。
……リーリカと同じように、固まったまま身動きしない門番さんたちの姿があった。
「石化……って言ったよね?」
「ああ。俺様の固有能力だ。俺様と目が合った状態で、この言葉を聞いた奴は、石のように固まっちまうって寸法さ。そう、この言葉――」
私と目が合った状態で、ヴェルゴーシュは言った。
「――――固まれ」
……。
…………。
効果は、ないみたいだ。
私はぶんぶんと腕を振るって、石化していないアピールをしてみせる。
「な……っ? てめぇ、なんで俺の石化能力が効かねぇ!?」
「私の魔法を、なめないで」
そう。
私には『堕天使の羽根』がある。
私に危害を加えようとするすべての攻撃を無効化する、チート魔法が。
「なるほど……さすがはグランゴーレムをぶっ倒しただけのことはあるなぁ? えぇ、アリスぅ?」
「……いいから。早くリーリカたちを、元に戻して」
私はセーラー服のスカートをキュッと握って、ヴェルゴーシュを睨みつけた。
「今ならまだ、見逃してあげるから」
「冗談じゃねぇよ。バカが」
吐き捨てるように、ヴェルゴーシュは言った。
そして、ゆっくりとルミーユ学園の敷地内を進んでくる。
「部下を始末されて。自分の固有能力を破られて。すごすごと帰れるわけがねぇだろうが。こうなれば一人でも多くの人間を――ぶち殺してやらねぇと、魔王グランロッサ様への顔向けができねぇ」
「……あなた、一体何者なの?」
ルミーユ学園の授業で習った限りでは。
オルタナギアの魔族の中で、人語を操ることができる存在は、ほんの一握りだと聞いている。
ほんの一握りの――高次な魔族。
「俺様か? 俺様は、魔王グランロッサ様の腹心って奴だよ」
ばさりとマントを翻し。
獰猛な野獣の眼光を向けながら、ヴェルゴーシュは告げた。
「大地の魔族を眷属とする、魔軍四将が一人……地軍大将ヴェルゴーシュとは、俺様のことだ!!」
ドンッと。
ヴェルゴーシュが、地面を強く踏みつける。
その瞬間――まるで地震のように、大地が大きく揺れ動いた。
揺れに足を取られて、私は思わず地面に手をつく。
そんな様子を満足げに見ながら。
地軍大将ヴェルゴーシュは……下卑た笑みを浮かべた。
「さぁ、存分に遊ぼうぜぇ? 小生意気な魔法使い――アリスさんよぉ?」




