01 今日からルームメイト
オルタナギア。
それが私の転移してきた、この世界の名前らしい。
魔王グランロッサと名乗る存在が現れ、山や海や平野に、魔物たちが跳梁跋扈するようになってから――早百年近く。
人間を襲う魔物たちを危険視したオルタナギアのいくつかの国は、総力を挙げて魔王討伐を試みた。
大国が一丸となれば、いくら魔王といえど容易い……誰もがみな、最初はそう思っていた。甘く見ていた。
グランロッサ討伐軍の第一陣が全滅するまでには、さほどの時間は掛からなかった。
事態を重く見た国家連合は、第二陣・第三陣と、討伐軍を送り込んでいく。
討伐軍の決死の戦いにより、かろうじて魔王軍の侵攻は最小限まで抑えられた。
しかし均衡を保つことはできても、魔王軍を壊滅させるまでには至らない。
そんな拮抗した情勢を打破するため、国家連合はある人材育成計画を立案する。
十五歳を超えた子どもを、三年間のカリキュラムで、立派な戦士へと育て上げる。
そして卒業した暁には討伐軍を編成し、今度こそ魔王グランロッサを狩る旅へと向かってもらう。
これこそが、『ルミーユ計画』。
そしてその計画のために作られたのが、ここ――『ルミーユ学園』なんだって。
「……どう、分かった?」
「うん。ありがとう、リーリカ。よく分かったよ」
食後のフルーツジュースを飲みながら、私は深く頷いた。
これが妄想じゃない可能性に行き着いた私は、ひとまずリーリカに、この世界について尋ねることにした。
そして語られた、この世界――オルタナギアを取り巻く状況は、さっきのとおり。
思っていた以上にこのファンタジー世界は、緊迫した状況下にあるらしい。
「しっかし、オルタナギアのことを詳しく知らないなんて……アリス、一体どこの国の辺境で暮らしてたのよ?」
「え!? い、いや、知ってたよ? ちょっと復習したいなって、思っただけで!」
「ふーん? まぁいいけどぉ」
ジト目でこちらを見ながら、ストローを口に咥えるリーリカ。
ちょっと不満そうなその顔も、美人がやると、さまになるね。
「だけど私、本当に入学なんてしちゃってよかったのかな? そんな重大な任務があるなんて、意識してなかったけど……」
「何言ってんの。アリスの才能を、ここで使わずしてどうするっていうのよ。それこそオルタナギアの損失になるわ」
そんなたいそうな存在じゃないんだけどな、私。
元を正せば、クラスの隅っこでこそこそしてる、ただの中二病患者だったってのに。
「ってなわけで、明日から編入。今日は早めに布団に入って、ゆっくりしちゃうのがいいと思うな」
「そうだね……って、私の部屋」
「学園長から聞いてるから、安心して。案内するよ」
食器をカウンターに下げてから、私はリーリカに先導されるがまま、女子寮の階段を上がっていく。
すれ違う女生徒たちが、私のことをちらちらと見ていくのが、なんだか気になる。
「なんだろう。この服装、やっぱり目立つのかな?」
こっちの世界じゃ、セーラー服なんて普通じゃないもんね。
「んー。それもあるかもだけど。やっぱりアリスが、かわいいからじゃない?」
リーリカがこちらを一瞥して、さらりと言う。
「か、かわいい……私が?」
「アリスがかわいくなかったら、この世界に美少女は存在しないね。それくらいアリスは人目を惹く外見してるんだってば。ちょっとは自覚したら?」
苦笑するリーリカ。
うーん、そうは言われてもなぁ。
この容姿で暮らしはじめて数時間だし、そんな自覚を持つのはまだ難しいよ。
「はい、アリスはこの部屋だよ」
リーリカがガチャリと、鍵を開けてくれる。
廊下の電気を点けて、中へと入っていく。
明かりの消えている室内には、ベッドが全部で三つ。
「三人部屋なんだ。ねぇ、リーリカ。私のルームメイトって……」
「――ふっふふふふ」
振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべているリーリカ。
そして大きく腕を広げると――そのままリーリカは、私に向かって抱きついてきた。
「ちょっ!? どうしたの、リーリカ!?」
「あたし史上、最高だわ! アリスとあたしが、一緒に暮らすことになるだなんて!!」
「え? ってことは、ルームメイトの一人って……」
「そう、あたし! 今日からよろしくね、アリス!!」
腰に手を回して、ギューッと私を抱き締めるリーリカ。
吐息が首筋に掛かってくすぐったいよぉ、もう!
リーリカってば、ボディタッチが過剰なんだから!!
「……アリスは、あたしが同室だと、いや?」
「そ、そんなわけないじゃない。リーリカと一緒だと、心強いよ。まだ私、リーリカしか知り合いいないんだし」
「ふふ。ありがと! あたしもアリスと一緒なの、すごく嬉しい」
私から身を離して、花のような笑みを浮かべるリーリカ。
見てるこっちが幸せになりそうな、満開の笑顔。
「これまでこの部屋、二人で使ってたんだ。人数の都合で。これから賑やかになるなぁ、楽しみだなぁ」
「リーリカ。もう一人って、どんな子なの?」
「あ、そうだね。紹介しなきゃだね」
そう言ってリーリカは、てくてくと部屋の中に入っていく。
そして電気を点けて、奥のベッドに向かって手を広げた。
「あそこにいるのが、ユピ」
「あそこにいるのが……って、言われても」
得意げなリーリカとは反対に、私は不安な気持ちを抱きつつ。
おそるおそる……ベッドの方を指差す。
「……そこ。棺桶が置いてあるんだけど」