チェリルはお化けなんて、怖くない
今回はチェリル視点の短編です。
……変な時間に目が覚めてしまいましたわ。
わたくしはベッドで上体を起こし、真っ暗な室内をきょろきょろと見回しました。
ミルミー……は、寝てますわね。リーリカさんも。
ユピさんは棺桶に入っているから、よく分かりませんけど。
あれ、アリスさんは?
もぬけの殻になっているアリスさんのベッドを見て、わたくしは首をかしげます。
「……お手洗い、ですわよね?」
まさか、お化けにさらわれた――なーんてこと、あるわけありませんわよね?
落ち着きなさい、チェリル。
悪い方に考えるのは、良くないですわよ?
明日の朝になれば、きっとアリスさんも帰ってきてますわ。
ですから、わたくしもさっさと、もう一度眠りに……。
…………。
どうしましょう……お手洗いに行きたいですわ。
わたくしはきょろきょろと辺りを見回しながら、薄ぼんやりとしたランプの明かりだけを頼りに、廊下を歩いていきます。
まったく、お手洗いが部屋についていないなんて、勘弁してほしいですわ。
心の中でぼやきながら、わたくしは目的地へと急ぎ足で向かいます。
何度も何度も、背後を確認しながら。
自慢じゃありませんけど……というか、人には絶対に言えませんけど。
わたくしは――お化けが大っ嫌いですの!
だって、得体が知れないものって不気味じゃありませんか。
モンスターには魔法が効きますけど、お化けの方は定かじゃありませんし。
「……何を考えてますの、わたくしは。そもそも、お化けなんているわけありませんわ」
自分に言い聞かせるように、声に出してみました。
そうです。お化けなんて、いませんわ。
怖い怖いと思っているから、何かをお化けと見間違えてしまうだけですわ。
わたくしは用を済ませて、お手洗いを出ました。
……アリスさん、いらっしゃいませんでしたわね。
部屋からお手洗いまでは一本道ですし、お会いしないわけがないのですが。
ひとけのない廊下には、わたくしの足音だけが響き渡ります。
一体どこへ行ってしまいましたの……アリスさんは?
「…………え?」
そのときでした。
わたくしがふっと、窓の外へと視線をやったとき。
月明かりに照らされて、白波を立てる夜の海辺から。
激しい土煙が、上がりました。
「な、なんですの!?」
足がもつれて、わたくしはその場に、ぺたんとへたり込んでしまいました。
ゴゴゴ……という地鳴りとともに、土煙は宿の方に向かってきています。
しかも、先ほどまで晴れ渡っていたというのに、その土煙に向かって激しい雨が降り出したりまでして。
こ、これはまさか……。
――――心霊現象!?
「い、いやあああああ!?」
わたくしは床を這うようにして、部屋の方へと向かいます。
雨を伴って海からやってくる、巨大な土煙。
こんなの、こんなの……お化けに決まってますわ!
きっとアリスさんも、あのお化けに襲われてしまったんですの。
早く、早く部屋に帰って……寝たふりをしないと!!
無我夢中で床を這いずっていく、わたくし。
みっともないとか、そんなこと言ってる場合じゃありませんわ。
今はただ、あのお化けに見つからずに逃げ切ることだけを考えないと。
そうして、窓の外をちらちらと見ながら、部屋に向かっていると……。
――――コツン。
「え?」
わたくしの頭が、何か柔らかい感触のものにぶつかりました。
壁とかじゃない。もっと、なんというか、温度を持った物体に。
わたくしはその場で硬直し、おそるおそる窓の外から頭上へと、視線を動かします。
すると――まさに、わたくしの目の前には。
にやりと口を開いて笑っている、女性のお化けが――――!?
「おーばーけーだーぞー!!」
「い、いやああああああああああああああああああああああ!?」
あ……悲鳴を上げたら、なんだか頭がボーッとしてきましたわ。
……ああ。
わたくし、このまま、お化けに取り殺されてしまいますのね。
カンナ様のような魔法使いに憧れて、必死に修行してきましたのに。
まさかお化けにやられるなんて、思いもしませんでしたわ……。
「あれ? おーい、チェリルー?」
お化けが何か話し掛けてきますが……わたくしの意識は、もう朦朧としていて。
パタッとその場に、うつ伏せに倒れ込みました。
そしてゆっくりと――瞳を閉じます。
「わわっ!? ちょっと冗談で脅かしただけなのに! ごめんよ、チェリルー!!」
……そして、わたくしの意識は。
ゆっくりと、失われていきます。
――――ここからは、うっすらとした記憶。
「チェリルってば、昔っから怖いのが苦手だったよねー」
耳に馴染む、優しい声。
わたくしの身体を、お姫様だっこのように持ち上げて――彼女は言いました。
「普段は強がってるけどさ、そういう弱いところ……ボクにはもっと、見せていいんだよ? そんなことで、ボクはチェリルを、嫌いになんてならないから。むしろ、そんなチェリルのことを、ボクは――」
…………わたくしはくすりと、小さく笑いました。
だってなんだか、その言葉は。
まるで愛の告白――みたいなんですもの。
翌朝、目を覚ましたわたくしは、自分のベッドで上体を起こしました。
ミルミー……は、寝てますわね。リーリカさんも。
ユピさんは棺桶に入っているから、よく分かりませんけど。
そして……よかった。
アリスさんも、布団に潜り込んでいらっしゃいますわ。
「ということは、昨日のアレは……夢でしたの?」
カーテンの隙間から差し込む日の光を見ながら、わたくしは深くため息をつきました。
まったく……とんでもないリアルな夢でしたわね。
もう二度と、あんな夢はごめんですわ。
そんなことを考えつつ、わたくしはパートナーであるミルミーに目をやりました。
まったく――幸せそうな寝顔ですわね。
一体どんな、いい夢を見てるのでしょう?
次からは再びアリス視点の話に戻ります。
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