05 決戦! サンドゴーレム
「あれは……サンドゴーレムだね」
カンナさんが呟いて、私の真横に立つ。
砂で形成された巨大なゴーレム――サンドゴーレム。
その怪物はまっすぐに、私たちのいる宿の方へ向かって駆けてきている。
このまま行けば、数分後には宿まで到達してしまうだろう。
「あの怪物の狙いは、おそらくアリス。君だ」
「私ですか? ど、どうして……?」
「先ほどの男が言っていたじゃないか。君を殺す……と」
「じゃ、じゃあ。あの怪物は、さっきの男が呼び出したって、言うんですか!?」
「タイミングを考えて、それ以外の可能性が考えられるのか?」
動揺して声が上擦る私とは正反対に、落ち着き払った態度でカンナさんは言う。
確かに、カンナさんの言うとおりだ。
私を呼び寄せたという、謎の男。
彼はグランゴーレムを倒した相手を探し出し、命を奪おうと企んでいた。
そしてその相手――つまり私を見つけた途端、サンドゴーレムが出現した。
あの男がサンドゴーレムを呼び出して、私の命を狙っている。そう考えた方が、すべてのつじつまが合う。
「思考に時間を掛けている暇はないよ、アリス」
カンナさんの言葉に、ハッとする。
そうだ――あの男が何者なのかとか、何が狙いなのかとか、そんなことを考えている時間はない。
そんなことをしている間に、たちまちサンドゴーレムはここに到達して、その勢いでもって宿ごと呑み込んでしまうだろう。
中にいる……すべてのルミーユ学園の生徒を巻き添えにして。
「止めなくっちゃ……あの怪物を!」
私は部屋に置いてきてしまった禁断教典『シュバルツアリス』のページを、頭の中でぱらぱらとめくっていく。
この状況を終わらせることのできる魔法。
オルタナギアにはない、私だけの中二病。
「揺れる心は万華鏡。沈んだ魚のアクアリウム。水がなければ生きれない。水がなければ生きれない。乾きひび割れたこの地へと、今こそ豊穣の雨よ降れ――『神々の落涙』」
呪文の詠唱が終わると、先ほどまで晴れ渡っていた空が、一気に雲で覆われる。
そして、黒々とした雲より――激しい雨が降りはじめる。
この雨は、魔力を帯びた『神々の涙』。
どう見ても土属性なサンドゴーレムに対して、水属性であるこの魔法は、相当な効果があるはず。
さぁ……一気に溶けきっちゃえ!
「グオオオオオオオオオオッ!!」
私の予想通り、サンドゴーレムは『神々の落涙』の直撃を受けて、慟哭のごとき雄叫びを上げる。
けれど――サンドゴーレムは止まらない。
表面をどろどろに溶かしながら。
身体をボロボロと崩れ落としながら。
それでもこちらへ向かって、一直線に猛進を続ける。
「うそ……あの攻撃を受けて、止まらない!?」
「なかなか肝の据わったモンスターだね。自分が死ぬことを、まるで恐れていない。いや……恐れるだけの知性がないのか」
カンナさんが隣で腕組みをしたまま、まるで他人事のように呟く。
私はそんなカンナさんの態度に、違和感を覚える。
「カンナさん! カンナさんも一緒に戦ってください!!」
「どうして?」
どうして……って。
「このままじゃ、宿にいるみんなが危険だからに決まってるじゃないですか! 一刻も早く、あのモンスターを止めないと」
「それならアリス、君がもう一度魔法を使って食い止めればいい」
「それはもちろん、やります! やりますけど、カンナさんの手も貸してほしいって、言ってるんじゃないですか!!」
「不要だね」
ばっさりと。
カンナさんは私のお願いを切り捨てる。
「……っ! 分かりました、私がやります!!」
カンナさんがどういうつもりなのか、分からないけど。
そんなことを考えている余裕はない。
サンドゴーレムが宿にぶち当たるまで、あと一分もないのだから。
「まずは動きを封じる!」
私は両手をクロスさせる。
周囲に現れるのは、光のサークル。
吹き上がる風を全身に受けながら、私は呪文を唱える。
「右手に勇気を、左手に涙を。握り締めた二つの心は、ひとつに重なり一閃の『正義』となる。瞬け、私の二律背反――『蝋細工の十字架』!!」
魔法が発動すると同時に、サンドゴーレムの前方に十字架が出現する。
そして、その身体を受け止めて――磔の状態にした。
そこへ振り下ろされる、炎の鉄槌。
サンドゴーレムの全身が燃え上がる!
けれど……炎に呑まれながらも、サンドゴーレムは大きく身をよじらせている。
「まだ倒れないようだね。なかなかタフな怪物だ」
「でも、動きは封じました。次で――とどめです!」
そして私は、再び両手をクロスさせ。
光のサークルの中で、呪文を詠唱する。
「揺れる心は万華鏡。沈んだ魚のアクアリウム。水がなければ生きれない。水がなければ生きれない。乾きひび割れたこの地へと、今こそ豊穣の雨よ降れ――『神々の落涙』」
再び繰り出したのは、天上から降り注ぐ水魔法。
先ほどはこれで全身を融解させようとして、失敗した。
だけど――今のサンドゴーレムは、超高熱の炎に身を焼かれている。
そこに、大量の水を注いだなら……。
――――閃光。
そして、爆発。
激しい土煙が立ちのぼり、私は思わず目を伏せる。
爆音の中に混じって聞こえる、サンドゴーレムの断末魔の声。
「なるほど。水蒸気爆発か」
カンナさんが感心したように言う。
そう。
水が超高温の物質と接触すると、一気に気化されることによって、爆発を起こす。
『蝋細工の十字架』で動きを封じつつ、超高温の炎でその身を包み。
『神々の落涙』で逃げ場がないほど、大量の水を降り注がせて。
水蒸気爆発の発生する条件を、整えてやったってわけだ。
土煙が晴れると――そこにサンドゴーレムの姿はなかった。
どうやら先ほどの爆発で、木っ端微塵に吹き飛んだみたい。
「よかった……みんなを助けることができて」
私は深くため息をついて。
ぺたんと。その場に座り込んだのでした。




