04 夜の浜辺で
…………ん。
私は眠い目を擦りながら、ベッドで上体を起こした。
先ほどまでの枕投げ騒ぎが嘘のように、暗い部屋の中はシンと静まり返っていた。
隣のベッドで寝ているリーリカも、すやすやと寝息を立てている。
「……変な時間に目が覚めちゃったなぁ」
私はぼやきつつ、靴を履いて廊下に出た。
廊下の電気も落とされていて、薄ぼんやりとしたランプの明かりだけがかろうじて、足元を照らし出している状態。
……さすがに、ちょっと怖いな。
ぶるっと肩が震えるけれど、トイレに行かないと、もう一回寝れるような気がしない。
私は意を決して、ひとけのない廊下を歩いていく。
怖さを意識しないように、私はふっと窓の外へと視線をやる。
月明かりに照らされて、白波を立てる夜の海。
それはなんだか、とっても幻想的。
「……ん?」
そのとき、私は気付いてしまった。
砂浜に何か、ぼぉっと不思議な明かりが灯っていることに。
「え……何あれ?」
独り言ちるが、当然誰の反応もあるわけもない。
――気のせいかもしれないし、放っておこう。
そう自分に、言い聞かせようとするのだけれど。
なんだかその明かりが、私を呼んでいるような気がして。
私はふらっと、宿を出てしまう。
「さっきは確か、この辺りで明かりが見えたような……」
きょろきょろと見回しながら、私は夜の砂浜をパジャマ姿のまま歩く。
寄せては返す波音だけが、静寂の夜に響いている。
すると。
ぼぉっとした明かりが、私の正面から近づいてきた。
「……あなたは?」
「ここに来たってことは……てめぇなのか?」
乱暴な口調で吐き捨てるように言って、男は右手をギュッと閉じた。
すると、男の手の中にあった光が、すっと消滅した。
目つきの悪いその男は、なんだか不機嫌そうに眉をつり上げていた。
茶色いもじゃもじゃの髪。
乱雑に生えたひげ。
白いシャツの上には、赤茶色をしたマントを羽織っている。
明らかに、ルミーユ学園の学生ではない。
年齢的には先生だろうか? 編入して以来、見たことがない人だけど、もしかしたら他学年の先生なのかもしれない。
「てめぇ、名前は?」
「え、あ。アリスです」
先生にしては、口が悪い人だなぁ。
私はやや警戒しつつ、答える。
「アリスか……なぁアリス、聞かせろ。グランゴーレムをぶっ倒したってのは、てめぇなのか?」
グランゴーレム。
それは少し前に、アルミラの森に出現した魔王グランロッサの刺客。
他のゴーレムを圧倒する大きさと力を持っていて、厄介な相手だったけれど……私の中二魔法で、どうにか倒すことができた。
なんで今さら、そんなことを?
「えっと、先生なら表彰式で見たんじゃないかと思いますけど……私で合ってます」
「そうか……やっぱり、てめぇか」
ぞくっとするような気配が、私の身体を通り抜けた。
この気配は――殺気?
「さっきの明かりはなぁ。俺様が呼び出したい相手が見ると、無意識に近づいてきちまうって……そういう代物なんだよ。そしてのこのこ来たのが、アリス。てめぇだ」
「え、えっと……」
「グランゴーレムを倒した奴を、俺様は探してたんだよ。そして見つけ次第――ぶっ殺してやろうと思っていた」
こ、殺……?
なんて物騒なことを言うんだ、この先生は。
「死ねよ。魔王様にたてつく、愚かな人間風情が」
その言葉と同時に。
凄まじい地鳴りとともに、立っていられないほどに砂浜が揺れはじめる。
そしてビシビシッと、大地に亀裂が走って――。
「『解錠』」
瞬間。
ふわっとした浮遊感とともに、私はいつの間にか宿の玄関まで移動していた。
あ、あれ……? 私、確かさっきまで海辺にいたはずなのに……。
「誰彼かまわず話しすぎるのは、感心しないな」
澄み渡った声でそう言って。
私の肩をポンと叩いたのは――カンナさんだった。
「カンナさん? どうしてここに?」
「君があの男に吸い寄せられていくところを、たまたま見掛けてね。それで、魔法を使って引き剥がさせてもらった」
「あの男って……さっきの先生ですか?」
「彼は、先生ではないよ」
え……?
じゃあ、さっきの人は一体――。
「考えている暇はない。来るぞ」
カンナさんがそう告げるのと同時に。
遠方に見えていた砂浜がゴゴゴ……とけたたましい音を鳴らしながら、こちらに向かって流れてくる。
「な、なんですか、あれ!?」
「よく見るんだ」
カンナさんの言葉に、私はジッと目を凝らす。
土砂のように流れてくる、砂の波。
いや……違う。
砂は一定の形を保って、まるで歩くようにしてこちらへ向かってきている。
あれは砂の波なんかじゃない。
あれは……。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
砂で形作られた。
巨大な――ゴーレムだ。




