06 ひょっとして、異世界?
「それにしても、さっきの学園長の顔! あんなに慌ててる学園長、初めて見たよ」
正面の席に腰掛けたリーリカが、けらけらと笑う。
「あんなに驚かなくてもいいのにね」
「何言ってんの。あんな桁外れな数値を叩き出されたら、誰だって仰天するわよ。アリスはもっと、自分のすごさを自覚した方がいい!」
うーん、そう言われてもなぁ。
自分の妄想なんだから、自分に都合がいいのも、当たり前っていうか。
「まぁ、それはともかく。今日はアリスの編入決定記念だからね、いっぱい食べよう!」
「それにしても、これは盛りすぎでは……」
目の前に広がるのは、こんがりと焼けたチキン、湯気の立ちのぼるシチュー、彩り見事なフルーツバスケットなどなど。
とても二人で食べきれる量じゃない。
「こんなにたくさん頼んで……お金は大丈夫なの?」
「お金なんてかかんないよ。ここはルミーユ学園女子寮の食堂。バイキング形式で、好きなだけ食べていいんだから!!」
ってことは、これから毎日、こんな豪勢な食事を食べ放題なわけ?
すごい、まるで天国みたい!
――――なーんてね。
私はふぅと、小さくため息を漏らす。
分かってる。これは全部、私の妄想なんだって。
この世界では私は絶世の美少女で。すごい魔法を使うことができて。
リーリカという友達がいて。こんな素敵な寮で生活することもできる。
だけどそれは、いったん目を覚ませば消えてしまうんだ。
まるで砂漠に浮かんだ、蜃気楼みたいに。
「どしたの、アリス?」
「あ、いや。なんでもないよ」
やばっ。ちょっと暗い顔になっちゃってたかも。
私はさっと笑顔を浮かべて、「いただきます」と手を合わせた。
妄想の中とはいえ、せっかくできた友達に、心配を掛けたくないからね。
そして私は、食欲をそそる香りを放つチキンを頬張った。
うーん、この味! 堪んないほどおいしいっ!!
――――おいしい?
私は手に持っていたフォークとナイフを、からんとお皿に落とす。
「ん? アリス?」
「ご、ごめんリーリカ。私、ちょっとトイレ……」
慌ててそれだけ告げると、私はそそくさと席を立った。
そしてトイレに入り、手洗い場の鏡に顔を近づける。
そこにあるのは、ゆるふわパーマの金髪をした、美しい顔立ちの少女。
有栖田真子とはかけ離れた姿。
視覚。この目に映る、すべての光景。
聴覚。この耳に響く、すべての声や音。
触覚。この手で触れた、すべての感触。温もり。
嗅覚。この鼻に香る、人や物のにおい。
そして味覚。さっき食べた、おいしいご飯の味。
……妄想?
本当に?
私の中で、少しずつ疑念が渦巻きはじめている。
だってこんな五感すべてに働きかけてくる妄想なんて、普通じゃないもん。
私がこの世界に来て、ドラゴンを倒したのが、ちょうどお昼休みの時間。
そして今はとっくに日も落ちて、夕飯どきになっている。
つまり私は、もう六・七時間も、このリアルな妄想世界をさまよっていることになる。
「いくらなんでも、ありえないでしょ……」
そこで、私の頭の中に浮かんでくる、もうひとつの可能性。
それは――あの屋上で、私が異世界に転移してきたというもの。
……いや。「それもありえないでしょ」って言われたら、そうなんだけどさ。
実際問題、私は日本のありきたりな学校から、この剣と魔法のファンタジー世界に飛んできている。
妄想にしてはリアル過ぎるし、それなら異世界転移って考えた方がしっくり来る。
外見は、異世界用に自動カスタマイズされて。
魔法は、私が『シュバルツアリス』に書き記したものを、なぜか使うことができて。
しかも潜在魔力は測定不能なほど高いときている。
とことんまで、私に都合のいい設定の異世界転移。
妄想にしてもひどすぎる、中学生が考えたレベルの物語。
だけど私は本当に――そんな夢みたいな世界に、来ちゃってるんだ。
「……何それ。私史上、最高じゃない」
リーリカの口癖をまねて、呟いてみる。
冴えない地味子な私に突然起こった、世にも奇妙な出来事。
だけどそれは、私のつまらない人生を一変させてしまうほどの大事件で。
――ドキドキと高鳴る胸を、止めることはできそうもなかった。