06 合宿本番、開始!
「さぁて、皆さん。自由時間は満喫できたかしら?」
浜辺で整列した私たちに向かって、先生が言った。
一時間半の自由時間は、それはもう、あっという間に過ぎて。
まだまだ遊び足りなくって、集合時間になったのが残念なくらいだったけど。
今日は臨海合宿。
海上戦の訓練をするのがそもそもの目的だから、仕方ないよね。
「訓練が終わったら、また遊ぼうね」
水着の上にローブを羽織っただけのラフな格好で、リーリカが耳打ちしてくる。
濡れそぼった髪の毛も相まって、その佇まいはなんだか艶めかしい。
まぁ多かれ少なかれ、みんなそんな格好で集合してるんだけどね。
「うん。夜も楽しみだね」
笑いながら、リーリカにそう返すと。
私は「よしっ」と、気合いを入れた。
「これからは学園ではなかなかできない、海上戦の訓練を行います。まずはそれぞれ……海を切り裂いてみてください」
海を切り裂く?
先生ってば、だいぶ軽く言ってくれてるけど……それってなかなか大変なんじゃない?
オルタナギアの魔法は、詠唱がない代わりに、出力が弱い。
もちろん、訓練を重ねれば高度な魔法も使えるようになるんだけど……一年生で海を裂くほど高度な魔法を使える人は、あんまりいないんじゃないかな。
そう。オルタナギアの魔法だったらね。
「海を切り裂く……切り裂く、かぁ」
呟きながら、私は中二病を書き記した禁断教典『シュバルツアリス』のページを、頭の中でぱらぱらとめくっていく。
この訓練にふさわしい魔法。
それだったら……これかな?
「星々の悪戯。神々の気まぐれ。私と貴方の、冷たい亀裂。私は彼の地に渡り行き、貴方は世界を失った。逢瀬のときをただただ願い、私は業を踏みしめる――さぁ、物語をはじめよう。『織姫と彦星の絶望』」
呪文とともに、鞭のようにしなる光のラインが放射される。
そして光のラインが海に到達したかと思うと――ズバッと。
澄み渡る透明な海が、左右真っ二つに切断された。
「おおおおおおおっ!!」
「すげぇ、さすがはアリスさんだ!!」
周囲に陣取っていたクラスメートたちが、一斉にどよめいた。
そ、そこまで注目されると、なんだか気恥ずかしいな。
「さっすがアリス! あたしも、負けてらんないね」
私の肩をポンと叩いて、水着にローブを羽織った姿のリーリカは『ルクシアブレード』を正面にかまえた。
そして――一目散に、海に向かって駆けて行く。
「いっけぇ、あたしの『ルクシアブレード』!!」
剣を振るう。
凄まじい衝撃波が、海に向かって放たれる。
すごい! やっぱりリーリカの剣のセンスは、並大抵じゃない!!
…………だけど。
それでも海は、大きな飛沫を上げるのみで、二つに切り裂かれることはなかった。
「ああ。やっぱり無理かぁ」
がっくしと肩を落とすリーリカ。
「にゃっはははははははっ!!」
すると、私の背後から。
なんだか猫みたいな甲高い声で、笑い声を上げる人がいた。
「リーリカ、センスはいいんだけど、あと一歩ってとこだねぇ。いやぁ惜しかった、惜しかった」
「……キサラさん」
真っ黒なビキニの上に何も羽織ることなく、キサラさんは双剣を携えて、腕組みをして浜辺に立ち尽くしていた。
「キサラさん、目を覚ましたんですね」
「ついさっきだよ。おかげで自由時間がなくなっちゃったじゃんか、アリス」
「いや、ビーチボール対決を吹っかけてきたのは、キサラさんですし……」
「ま、いいけどね。うちは遊んでるより、剣を振るってる方が性に合ってるから」
豪快に笑いながら、そう言うと。
キサラさんは双剣をかまえ、海に向かって駆け出した。
「リーリカ、見てな。海でもなんでも、うちがぶった切るから」
そして、ダンッと地面を蹴りつけると。
両腕を真横に伸ばしたまま、高速で左右に回転しはじめた。
まるでコマのように回るキサラさん。
いや――コマってレベルじゃないな。
その回転は…………まるで竜巻。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
そしてキサラさんは、その回転でもって海を斬りつける。
すると、バシャンと大きな飛沫を上げて――海の一部が切り取られた!
「な…………っ!?」
目を見開くリーリカの正面に、キサラさんは着地する。
「どう? これがうちの、ち・か・ら☆」
キサラさんがバチッとウインクすると同時に。
浮かび上がっていた海の一部が、再びバシャンと着水した。
――これが『踊る閃光』。
ルミーユ学園随一の剣士と名高い、キサラさんの実力か。
「す、すごいです……」
同じ剣士であるリーリカの驚きは、おそらく私以上なんだろう。
その視線は海に向けられたまま、逸らされることはない。
「でっしょおー? うちってば、なかなかの実力じゃない? だからさぁ……」
そう言って、ピトッと。
キサラさんはリーリカの背中に、自分の胸を押し当てた。
「ね? うちとパーティ組もっ? うちと組むなら、どこまででもリーリカのことを強くしてあげちゃうからさ」
「いえ。それはお断りします」
「……随分と即答だねぇ」
「何度もお伝えしてるとおり、あたしには心に決めた人がいますから」
そう言って、ちろっと私の方を見るリーリカ。
上目遣いで見ないでよ。なんだか恥ずかしいじゃん。
「ちぇー。リーリカってば、つれないんだから」
唇を尖らせて、つまらなそうな顔をするキサラさん。
「遊んでないで、真面目にやらないか。キサラ」
そんなキサラさんを、誰かが後ろからぴしゃりと叱りつける。
その凜とした、鈴鳴りのような声は……。
「……カンナさん?」
「やぁアリス。なかなかの魔法だったね」
優雅に微笑みながら、カンナさんは私のそばへと歩み寄ってくる。
「なんだよ、カンナさん。うちだってきちんと、海を割ったじゃんか」
「ああ、それは見ていたよ。だけどキサラにしては、切り口が甘かったかな。リーリカに見せつけようとして、急いた証拠だ」
「うへぇ。厳しいお言葉だぁ」
思い当たる節でもあったのか、キサラさんはバツ悪そうに苦笑いを浮かべた。
あの一瞬で、そこまで見抜いたんだ。
やっぱりカンナさんの実力は、ずば抜けてるなぁ。
「ってか、カンナさーん。カンナさんこそ、海を切り裂く魔法ってやつを見せてくださいよぉ」
キサラさんがごまかすように、軽口を叩く。
「まったく反省してないな、君は……まぁ、いい」
困った子を見るような目でキサラさんを一瞥して。
カンナさんは、すっと海の方へ手を伸ばし。
ゆっくりと、その手を下ろした。
瞬間――海が左右二つに分かたれる。
まるで、モーゼの十戒のごとく。
「な…………っ!?」
私は思わず息を呑む。
今、魔法を使った? でも、呪文なんて口ずさまなかったよね?
っていうか、あんな威力の魔法――聞いたこともないよ!
「すっげぇ……さすがはカンナさん」
「これくらい、大したことではないよ」
事もなげにそう言って、カンナさんは海に背を向けた。
「魔王グランロッサを倒すためには……まだまだ強くなる必要があるのだから」
そう言って去っていくカンナさんの背中を、見送りながら。
私はただただ、感嘆のため息を漏らすことしかできなかった。
すごいなぁ、カンナさん。
私もカンナさんに追いつけるよう――もっともっと頑張らないと!




