02 止められない闘い
二年生の教室を見て回ったけど、キサラさんの姿はなかった。
どこ行っちゃったんだろう、キサラさん?
焦る気持ちを抑えながら、私はさらに階段を上がっていく。
この階には、三年生の教室が並んでいる。
二年生のキサラさんが、果たしてこの階にいるんだろうか……。
不安に思いながら廊下を進んでいくと。
「――あ」
見覚えのあるピンク色のネコ耳ヘアが、目に飛び込んでいた。
いた、キサラさんだ!
誰かを呼び出しているところなのか、三年生の教室の前でそわそわとしているキサラさん。あの様子だと、まだ立会人は決まってないみたい。
――――と。
そこへ。
「待たせたね、キサラ」
澄み渡るような声が、私の耳に響いた。
それは、初めて聞くものじゃない。
何度も何度も耳にしてきた、聞き覚えのある声。
「カンナさーん。おっひさー」
キサラさんが軽い口調で、その麗しい先輩の名前を呼んだ。
腰元まで伸びた、真っ青な海のような髪。
まつ毛に彩られた大きな瞳は、キリッと鋭く輝いている。
豊満な胸に、くっきりとくびれた腰元。
女性にしては背が高いため、キサラさんは見上げるようにして、その人を見ている。
「相変わらず元気だね、キサラ」
穏やかな口調でそう言って、ふっと微笑むその佇まいは。
まるで女神様か何かかと思ってしまうほど。
「……カンナさん?」
私は廊下で立ち尽くしたまま、ぽかんとその名前を呟いた。
カンナさん。
ルミーユ学園三年生にして、学園一の実力を誇る魔法使いだ。
「そこにいるアリスも。久しぶりだね」
「ん? アリス?」
カンナさんの言葉に、キサラさんがこちらを振り返る。
まさか一瞬で見つかるとは思ってなかったので、思わず私も動揺してしまう。
「あー、アリスじゃん。どうしたの? 決闘の前に、もううちのパーティに入る気になっちゃったり?」
「ち、違います!」
相変わらず都合のいい解釈ばかりするキサラさんに、きっぱりと言い放つ。
キサラさんは「なーんだ」とつまらなそうに唇をとがらせると、カンナさんの方へと向き直った。
「ねぇ、カンナさん。ちょっとお願いしたいことがあるんですけど……いい?」
その言葉に、私はハッとする。
そうか、キサラさんが立会人を頼もうとしているのは……カンナさんなんだ。
「ま、待ってください! そのお願い、受けないでください!!」
カンナさんのもとへ駆け寄ると、キサラさんを遮って、私は叫んだ。
いつもより大きな声で、リーリカのために。
「それはわたしが決めることだよ、アリス」
だけどカンナさんは冷静に、そう告げた。
そして私とキサラさんの顔を、交互に見る。
「決闘の立会人でも、頼みにきたのかな?」
「おぉ! なんも言ってないのに、相変わらず察しがいいっすね。カンナさん!」
察しがいいっていうか、まるでエスパーみたい。
カンナさんの底知れなさに、私はぶるっと身震いをする。
「決闘するのは、キサラとアリス……ではなさそうだね。アリスの関係者とでも、試合をするつもりかい?」
「ええ。リーリカって子と、アリスとパーティを組む権利を賭けて、決闘するつもりです。その立会人を、ぜひカンナさんにお願いしたくって」
「誰か同級生に頼もうとは、思わなかったのかな」
「あはは、知ってるくせにぃ。こんな性格してるから、うちには同級生の友達なんていないっすよ。うちが対等に話せる相手は……カンナさんくらい」
「そうだったね、キサラ」
豪快に笑うキサラさんと、上品に微笑むカンナさん。
その様子はまるっきり正反対だけど……なんだか通じるものがある気がする、この二人。
それぞれ魔法と剣で学園トップに君臨している風格が、そう見せるのかもしれない。
…………って。そんなこと考えてる場合じゃない!
「カンナさん! お願いです。その立会人の話、受けないでください!!」
「どうしてだい、アリス」
「賭けられてる対象は、私です。だけど私は、キサラさんとパーティを組むつもりなんて、ありません! だからこの決闘をすることに、意味なんてないはずです!!」
「ちょっと、ちょっとぉ。ずるいんじゃない、そーいうの」
キサラさんがじとっとした目で見てくるけど、気にしない。
私は目をつり上げて、カンナさんのことをまっすぐに見据える。
お願いです、カンナさん。
どうかこの立ち会いを、断ってください……っ!
「意味がない……とは思わないな、わたしは」
だけどカンナさんは、酷薄に。
私の目を見つめたまま、静かに告げた。
「前にも言ったとおり、君は『特別』なんだ。その力は誰からも欲され、そのためにみなは全力を出そうとする。そのこと自体が、意味のあることだとは思わないか?」
「どういう……ことですか?」
「圧倒的な力の前に、人は憧れ、自分も同質の存在になりたいと思うものなんだ。アリスを得るために、キサラはもっと強くなるだろう。リーリカも同じだ。つまり……この決闘によって、ルミーユ学園全体がレベルアップに向かっていくんだよ」
ルミーユ学園全体のレベルアップ。
カンナさんがよく口にしている、そのフレーズ。
カンナさんはいつだって、ルミーユ学園が――ひいてはオルタナギア全体が、さらに強くなることを望んでいる。
自分と同等の実力を持つものが育つことを、求めている。
すべては――魔王グランロッサを討ち滅ぼすために。
その言い分が、完全に間違ってるとは思わない。
思わないけど……。
「私は賭け事の、道具じゃないです……っ!」
「他を凌駕する存在である以上、仕方のないことだよ。有名税とでも思うしかない」
「私は何があっても、リーリカたちと一緒にいたいんです!」
「ならば、リーリカが勝てばいいだけのことだ」
私の意見なんて、まるで聞き届けてくれることなく。
カンナさんは、くるりとこちらに背を向けた。
「いずれにせよ……わたしは、キサラを止めるつもりはないよ。立会人の話も当然、引き受ける」
「よっしゃ! ありがとう、カンナさん!!」
ガッツポーズなんてしてるキサラさんのそばで。
私はカンナさんの肩に向かって、手を伸ばす。
だけど――それをするりとすり抜けて。
カンナさんは自分の教室へと、姿を消していった。




