01 決闘なんて、認めない
…………なんでこんなことに、なっちゃったんだろう?
「それじゃあ決闘は、二日後ってことで」
「勝った方がアリスを、自分のものにできるってルールでいいかな」
「立会人はうちの方でお願いしとくから。よろしく~」
矢継ぎ早にそんなことを取り決めたかと思うと、キサラさんはさっさと教室から退散していった。
残された私たちは、あまりの出来事に呆然と、立ち尽くしていることしかできなかった。
「リーリカと、あのキサラさんが決闘?」
「マジかよ。いくらリーリカでも、あの『踊る閃光』には敵わねぇだろ」
「負けたらキサラさんとアリスさんで、パーティを組むんだって。『フレンドライン』は解散になっちゃうのかな?」
私たちのごたごたを見守っていたクラスメートたちが、ざわざわと思い思いに話しはじめる。
「いい加減してよ……キサラさんってば」
私は反対側の手首をギュッと握り締めて、憤りを口にした。
なんで私なんかを巡って、こんな諍いが起こらないといけないんだ。
あんな冴えないぼっちだった、この私のためなんかに。
……ううん。本当は分かってる。
オルタナギアでの私は、かつての有栖田真子とは違う。
凄まじい魔力を持った、みんなから一目を置かれるような存在で。その力を欲しがってる人だって、きっといっぱいいる。
それは分かってる。分かってるんだけど……。
「私は『もの』じゃないのに。私は私の意思で、リーリカやユピと一緒にいるのに。なのに『力がすべて』だなんて……そんなの乱暴だよ」
「だけど、決闘の契りは交わしちゃったの。もう、逃げられないの」
ユピが涙目で、あたふたと両腕を動かしている。
一方のリーリカは、キサラさんの行ってしまった方向を見つめたまま、固まっている。
「リーリカ、だいじょう……って、うわぁ!?」
おそるおそるリーリカの顔を覗き込んで、私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
だってリーリカってば、顔面蒼白。
その目には生気がなく、まるでゾンビみたいなんだもん。
「まったく。無茶な約束をしましたわね」
ざわめくクラスメートたちの中から、チェリルがすっと歩み出てきた。
そしてわざとらしくため息をついて、リーリカの肩を叩く。
「リーリカさんなら分かっているでしょう? キサラさんがどれほどの実力者なのか。魔法のカンナ様、剣のキサラさん。他を寄せ付けない圧倒的な力で、ルミーユ学園のトップに君臨している方ですのよ? わたくしたち一年生が、勝てる相手ではありませんわ」
「分かってる……分かってるわよ……」
ギュッと拳を握り締めて、リーリカは俯いて立ち尽くす。
その肩は心なしか、震えているように見える。
「あー。チェリルってば、リーリカちゃんを泣かしちゃだめだよー?」
「な、泣かせてなんかいませんわ!」
「そ、そうよ! 泣いてなんかいないわ!!」
ミルミーの言葉に、チェリルとリーリカが同時に叫ぶ。
そうして顔を上げたリーリカを、ミルミーはつぶらな瞳で見つめて。
「リーリカちゃん。こんな勝負、やっぱり受けるべきじゃないよ」
「そ、そうだよリーリカ。今からでもキサラさんに頼み込んで、なかったことにしてもらおう?」
ミルミーの言葉にかぶせるように、私も主張する。
だってこんな、私の気持ちを置き去りにした決闘なんて、絶対に認めたくないもん。
「だけど、決闘の段取りはついちゃったし……」
リーリカがいつもより低いトーンで呟く。
「何か方法はないの? チェリルさんだったら、いいアイディアが思いつくような気がするの」
「わ、わたくしですの?」
「そうなの。前にアリスに決闘を申し込んだチェリルさんなら、色々と知っているような気がするの」
「う、うーん……決闘の段取りが組まれた以上、反故にはできない決まりですし……」
チェリルが腕組みをして、うんうんと唸る。
お願い、チェリル。
私は手を組んで、祈るようにチェリルを見つめる。
すると、チェリルが「あっ」と声を上げた。
「そうですわ。ひとつだけ方法が、あるかもしれませんわ」
「おー。さすがはチェリルだねー」
「どんな方法なの、チェリル?」
「さっき申し上げたとおり、決闘の段取りがついてしまった場合は、反故にできないのが規則です。ですが……今回の場合、まだすべてのセッティングが済んだわけではありません」
えーと……つまり、どういうこと?
「そうか、なの。まだ……立会人が決まってないからなの?」
「そのとおりですわ、ユピさん。決闘は立会人がいないと成立しない。そしてキサラさんは、これから立会人をお願いすると言っていた……つまり、その方を説得して立会人を断らせれば……」
「決闘は成立しない……そういうことか!!」
さすがチェリル、あったまいい!
私は小さく頭を下げて感謝の気持ちを伝えると、廊下を駆け出した。
「ちょっ……アリスさん!? どこへ行くんですの!」
「決まってるじゃん、キサラさんのところだよ。今すぐ追い掛けて、立会人をお願いするところで止めてみせる!」
リーリカは、学年では随一の剣士だけど。
学園トップクラスの実力者であるキサラさんが相手じゃあ、分が悪すぎる。
だったらこんな勝負……私の手で、反故にしてみせる!
だって私はリーリカやユピと、ずっと一緒にいたいんだから。
「アリス!」
「待っててね、リーリカ。私、絶対に決闘なんて取りやめさせてみせるから!」
そして私は、キサラさんを探して、階段を駆け上がっていく。
この無意味な決闘を、止めるために。




