05 揺れる乙女心
キサラさんを生け贄に差し出して、私たちはどうにか寮母さんに見とがめられることなく、寮室に帰ってくることができた。
ただ部屋に帰ってくるだけだっていうのに、ひどい目に遭ったなぁ。
「なんだか、どっと疲れたの」
ユピがぼやきながら、ベッドの上に棺桶をセットしはじめる。
「ユピ。寝るならお風呂、早く入りにいっちゃおうよ」
「なんだかそれすら、面倒なほどなの……」
「女の子なんだから、お風呂はきちんと入らないと。私とリーリカもすぐ準備して、一緒に行くから。ねぇ、リーリカ?」
そう言って、リーリカの方を振り返ると。
じとっとした上目遣いで、リーリカは私の方を見ていた。
「……えっと」
その瞳には、うっすらと涙が滲んでいて。
私は思わず、言葉に詰まってしまう。
「それじゃあユピは、先にお風呂行ってるの」
えっ!?
素早い動きで着替えを準備して、飛び出るようにお風呂に向かおうとするユピ。
私は慌てて、その右手を掴む。
「ま、待ってよユピ! 三人で一緒に行こうよ!?」
「ユ、ユピは一人でお風呂に行くの。二人は後でごゆっくりなの」
「今の状況分かってて、逃げようとしてるよね!?」
「な、なんのことか、わーかーらーなーいーのー!!」
バタン。
寮室の扉が閉じられる。
シンと静まり返った部屋に残っているのは、私と――涙目でじっと私を見ているリーリカだけ。
……こうなったら、腹を括るしかないか。
私は意を決してベッドに腰掛けると、リーリカのことをまっすぐに見据える。
リーリカは私から、視線を外さない。
その瞳はなんだか、怒ってるような、焦ってるような……不安そうな色をしていて。
なんだか、いつもの元気なリーリカとは違う。
「……ユピ、気を遣ってくれたんだね」
ふっと扉の方に視線を向けて、リーリカが呟く。
そうかなぁ? 空気が重いから、逃げ出しただけのような気もするけど……。
「アリスと二人で話がしたかったから、ユピには後でお礼を言わないとね」
「どうしたの、リーリカ? なんだか、いつものリーリカらしくないっていうか……」
私は思いきって、本題を切り出した。
リーリカは再び視線を戻して、私の目をじっと見つめる。
今にも涙が零れ落ちそうな顔で。
「……アリスはさ。キサラさんにパーティ組みたいって言われて……どう思った?」
「キサラさん?」
どう思ったか、って言われてもなぁ。
嵐のように現れて、私をパーティに誘ってきた不思議な先輩。
正直言って、困った先輩に絡まれたって印象しかないんだけど。
でも――キサラさんって、学園一の剣士なんだよね。
ということは、同じ剣士であるリーリカにとっては、憧れの存在なはず。
あまりぞんざいな言い方は、しづらいよなぁ。
「……やっぱりちょっと、悩んでるんだ」
そうして逡巡していると。
リーリカがぽつりと、寂しげに呟いた。
「あたしやユピより、キサラさんの方がずっと強くって……実力のあるアリスには釣り合ってる。だからアリスは、どうしようか迷ってるんだよね?」
「リ、リーリカ? 私は別に、迷ってなんか……」
「分かってるんだ。今のあたしじゃあ、アリスと釣り合ってないってことくらい。アリスにはもっと、お似合いな人が……いるってことくらい」
――何を言ってるの、リーリカ?
釣り合うとか釣り合わないとか、よく分かんないよ。
私は……私は、ただ……。
この世界でできた、初めての友達のあなたたちと――。
「――だけどっ! やっぱりあたしは、アリスと一緒にいたいっ!!」
ふわっと。
ベッドから立ち上がったリーリカが、私の身体に抱きついてきた。
その勢いで私はバランスを崩し……ベッドに押し倒されたような形になる。
「一緒に……いたいんだよ」
ぽつりと。
温かな雨粒が、私の頬を濡らした。
私に覆い被さったリーリカの瞳は、不安げな雨模様。
いつも元気で、快活なリーリカの――しおらしい表情。
「アリス……ごめんね。キサラさんとのこと、応援してあげられなくって。あたし、嫌な子だ。アリスのことより、自分のことばっかり考えてる。ごめんね……ごめん……」
「……リーリカの、ばか」
私はそう呟いて、リーリカの腕を掴んだ。
そしてごろんと、リーリカをベッドに押し倒し返して。
「ア、アリス……?」
「勝手なことばっか、言わないでよ!」
今度は私が、リーリカに覆い被さるような格好で。
思わず声を荒らげてしまう。
だけど――いったん堰を切った言葉は、もう止められない。
「私がいつ、キサラさんとパーティを組みたいなんて言った? 私は最初っからずっと、あの人とパーティを組むつもりなんてない! 『フレンドライン』以上に素敵なパーティなんて、考えられないもの!!」
唇が震える。
目頭が熱くなる。
だけど私は、言葉を続ける。
「釣り合うとか釣り合わないとか、よく分かんないよ。こっちこそ、私なんかがリーリカやユピと一緒にいていいのか、不安になるくらいだよ。だけど……だけど私は。この世界でできた、初めての友達のあなたたちと――ずっと一緒にいたいから!」
そうだよ。
ずっと一緒に、いたいんだよ。
リーリカとユピと一緒に、ずっと笑っていたいんだよ。
だから……だから……っ!
「――かわいい顔が、台無しだよ。アリス」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、リーリカはきれいに笑って。
私のほっぺたを伝う雫を、そっと拭き取ってくれた。
そして、大きく両手を広げて。
「……ありがとう、アリス。あたしも一緒。『フレンドライン』以外のパーティなんて、考えられない。アリスとユピと……ずっと一緒に、笑っていたいんだ」
「……リーリカ」
リーリカの柔らかな身体を、私は強く抱きすくめる。
彼女の胸にある不安を、全部壊してしまうほどに、強く。
――ゴトンッ。
ドアの向こうで、小さな物音が聞こえた。
抱き締め合ったまま、私とリーリカは顔を見合わせ、「あははっ」と声を上げて笑う。
そっか。やっぱり心配して、様子を窺ってくれてたんだね。
「入ってきて、大丈夫だよ」
「あたしだったら、もう大丈夫だからさ」
私たちの声掛けから一拍置いて――ガチャリと、扉が開いた。
そこには私たちと同じく、涙で顔を歪ませた、大切な友達が一人。
「……ユピも、同じなの。アリスとリーリカと、ずっと一緒にいたいの」
私とリーリカは同時に立ち上がると、飛びつくようにしてユピに抱きついた。
そして、私たち三人は――そっと身を寄せ合う。
カーテンの向こうでは、真ん丸な月が、穏やかに微笑んでいた。




