02 キサラさんがやって来た!
「アリスってば、今日も最高だったよね。チェリルのあの顔ったら、なかったわ」
学園から女子寮へ帰る道すがら。
リーリカは朝の出来事を思い出して、けらけらと楽しそうに笑う。
「うん。アリスはやっぱり、すごいの。噛んじゃいたくなるくらい」
八重歯をキランと輝かせて、ユピが上目遣いにこちらを見てくる。
「こ、ここじゃだめ! せめて人目のないところにして!」
「今はユピたち三人しかいないの。ね、お願い……アリスの血を、飲みたいの」
……ユピはこう見えて、魔王の配下であるヴァンパイアと、人間のハーフ。
だからときどき、私の指に噛みついて、ちゅーちゅー血を啜ったりしてくるんだよね。
くすぐったいし恥ずかしいんだけど……まぁ友達のためだから、仕方ない。
「あー、ずるーい。あたしも飲みたいー」
リーリカがわけの分からない駄々をこねて、こちらを見てくる。
……リーリカは特に、ヴァンパイアとのハーフではない。
だけどなぜか、ユピに対抗して、私の指をちゅぱちゅぱしようとしてくる。
必要性が感じられないから、やめてほしい。ものすっごく、恥ずかしいんだから!
と――そんないつもの掛け合いをしながら、寮の庭先を歩いていると。
ドンッと。
巨大なプレゼントボックスが、脈絡もなく置かれていた。
「……何これ?」
私は首をかしげつつ、自分の等身くらいあるその箱を、しげしげと眺める。
「これ、アリスのじゃない?」
リーリカがそう言って、箱の側面を指差した。
そこには確かに『プレゼント フォー アリス!』なんて、書いてある。
「えー……」
「取りあえず、開けてみるの?」
「まぁ、間違いなくアリス宛のプレゼントだもんねぇ」
「いやいや。こんな妙に大きなプレゼントなんて、なんか怖いよ。誰からのものかも分からないし……」
私は戸惑いがちに言う。
ぼっち生活、十六年。
人様からプレゼントをもらうことにすら慣れてないっていうのに、こんな常軌を逸したサイズのものなんて、どうしていいか困っちゃうよ。
「…………あーけーろー…………」
「――!?」
私たちは咄嗟に、巨大な箱から後ずさる。
「何、今のくぐもった声!?」
「ひぃ!? お、おばけなの……?」
「わ、分かんない! 分かんないけど……多分、箱の中から聞こえてきたよね?」
「………あーけーろー…………」
うわぁ!?
や、やっぱり箱の中から聞こえてくるよ?
「か、帰ろ? リーリカ、ユピ」
「そ、そうだね。見なかった! あたしたちは、何も見なかった!!」
「な、なのなの。なーんにも、見なかったの!」
そうして私たち三人は、くるっと方向転換して、別な道から帰ろうと……。
「…………だーかーら! 開けろって、言ってるでしょー!!」
ザシュ!
ザシュザシュ、ザシュザシュ!!
箱の内側から、なんだか物騒な音が聞こえてきたかと思うと……プレゼントボックスが細かい破片となって、宙を舞った。
そして――花吹雪のように踊る、箱の破片を浴びながら。
双剣をかまえた一人の女性は、得意げに胸を張って。
「やっほー、アリス! プレゼントは、う・ち☆」
パチッとウインクを決めながら、言った。
まったく意味が分からない。
「……えっと」
「だからさぁ。うちが、プレゼントなわけ。うちってばもう、アリスのもの! 好きにしちゃってかまわないって感じ? あ、でも、優しくしてね」
やっぱり、何を言ってるのか分からない。
ピンク色の髪を、どう結い上げたらこうなるのか、ネコ耳みたいな形にした不思議ヘアスタイル。
金色の瞳は真ん丸で、口元は猫っぽい『ω』な形になっている。
赤いロングスカートに白い羽織のような装いは、なんだか日本のサムライみたい。
そんな謎の美少女は、双剣を仕舞いながら、へらへらと笑う。
「しっかし、箱の中ってのは暑いもんだねぇ。アリスがなかなか帰って来ないからさ、熱中症になるかと思ったよ」
「あ、はぁ……なんで、箱の中に?」
「そりゃあ、刺激的な出会いを演出するために決まってんじゃん。プレゼントボックスからうちが出てきたら、アリスもドキッとしちゃうっしょ?」
いや、ドキッとはしましたけど。
それ多分、そちらが思ってるのとは違う意味合いの『ドキッ』だと思います。
「キ……キキキ……キサラさん!?」
さて、この変な人をどう対処したものか、困っていると。
私の後ろから、リーリカが上擦った声を上げてきた。
「キサラさん? って、リーリカ。この人と知り合い?」
「アリスってば、カンナ様のときといい、本当にこの学園に疎いの……」
ユピが呆れたように言って、じと目でこっちを見てくる。
え、何? ひょっとしてこの人、結構な有名人なの?
「キサラさんは……キサラさんは……」
「キサラさんは、ルミーユ学園二年生の剣士。そして――剣の腕前だけなら、学園一とも謳われるほどの、実力者なの」
「学園一の剣士? この人が!?」
「あれま。そういう風に言われちゃうと、照れちゃうね」
ユピの言葉を満更でもなさそうに受け取って。
キサラさんは、ビシッと私を指差して言った。
「ってなわけで……うちはキサラ! まぁそんなたいそうなもんじゃないけど、剣士やってるよ。以後よろしくね、アリス?」




