01 変わらない日常
『あの』ゴーレム討伐訓練から、もう一週間以上が経った。
魔王グランロッサの遣わした、グランゴーレムとの死闘。
どうにか勝利を収めたものの、いつまた魔王の配下が襲ってくるか分からない。
そんなことを思って戦々恐々としていたけれど、それは杞憂だったようで……ルミーユ学園にはいつもどおり、平和な日常が流れている。
そんな平和をありがたく思いつつ、私――アリスはふっと、窓の外に広がるファンタジーな光景へと視線を移した。
オルタナギア。
剣や魔法を使って魔物たちと戦いを繰り広げるのが日常な、異世界。
そっか。私がこの世界に転移してきてから、もう一ヶ月以上にもなるのか。
オルタナギアにやってくる前の私は、有栖田真子という名前の、中二妄想だけが趣味な冴えない女子高生だった。
だけど、異世界転移とともに――私は変わった。
市販のノートに中二妄想を書き綴った、禁断教典『シュバルツアリス』が、私にこの世界の魔法を凌駕する力を与えてくれたから。
そのおかげか、かつてはぼっちだった私にも、たくさんの友達ができた。
「なーにボーッとしてんの、アリス」
私のふわっとした金髪をわしゃわしゃして、リーリカがひょこっと顔を覗き込んできた。
セミロングの赤髪をサイドテールに結って、勝ち気な瞳でいたずらに微笑んでいる彼女。
女子にしては高身長な彼女だけど、こうしてぴっとりくっつかれると、その柔らかい感触に女の子らしさを感じずにはいられない。
「なんでもないよ、リーリカ。ちょっとボーッとしてただけ」
「なぁに、悩み事? 何か困ってるんなら言ってよ。アリスのためならいつだって、あたしたちは力を貸すんだから。ねぇ、ユピ?」
「う、うん。ユピたちはいつでも、アリスの味方なの!」
小さく頷いて、リーリカの後ろから顔を出すのは、ユピ。
さらさらの銀髪をツインテールに束ねた、童顔な顔立ちの同級生。
リーリカと正反対で背の低い彼女だけど、これまたリーリカとは違って、胸元はその大きさを主張している。
「あ。アリスってば今、失礼なこと考えたでしょ?」
「へ? い、いや、考えてないって」
「いーや。あたしとユピの胸を見比べて、絶対に失礼なことを想像してたね。自分も大きいからって、あたしのことをかわいそうな目で見てぇ。このぉ!」
「ひゃっ!? ちょっ、リーリカ! 教室で人の胸を触らないで――もぉ!」
リーリカってば相変わらず、ボディタッチ過剰なんだから!
そんな私たち二人を見て、ユピはかわいらしい八重歯を覗かせて、笑っている。
それにつられて、私もつい、声を出して笑ってしまう。
魔法使いの私。剣士のリーリカ。弓使いのユピ。
ルミーユ学園女子寮の同室で暮らすこの三人は、『フレンドライン』という名前のパーティを組んでるんだ。
自慢じゃないけど、私たちのパーティは、学年でもトップクラスの実力だと思う。
何を隠そう、あの凶悪なグランゴーレムを倒したのだって、この『フレンドライン』なんだもんね!
大好きなこの二人と一緒だったら、私はどこまでだっていける気がする。
そう。それこそ魔王を倒して、この世界を救うことだって……。
「相変わらず騒がしいですわね」
そんなことを夢想していると、高飛車な物言いをしながら、眼鏡の少女が近づいてきた。
ボブカットの黒髪に、くりっとした大きな瞳。
制服姿に魔法使い帽をかぶっている彼女――チェリルは、得意げに口元をつり上げて、私のことをまっすぐに見てくる。
「いつまでそうして、余裕でいらっしゃれることかしら。遊んでばかりいるようだと、わたくしたち『チェリミル』が、たちまち貴方たちを追い抜いてしまいますわよ。ねぇ、ミルミー?」
「うん。ボクもチェリルも、頑張るもんねー」
オレンジ色のポニーテールを揺らしながら、ミルミーが目を細めて笑う。
本当にいつも笑顔を絶やさないな、ミルミーは。
ほっぺたを赤くしてスマイルを振りまいている彼女は、太陽のように眩しい。
魔法使いのチェリルと、斧使いのミルミー。
そんな仲良し二人で組んだ『チェリミル』は、私たちに次ぐ実力を持つパーティだ。
「チェリル……いつまでも懲りずに、アリスに突っかかってきて! 実力だったらアリスが上だって、とっくに証明されたはずでしょ!!」
「そうだよ! いつまでもアリスを困らせると、か……噛んじゃうよ?」
「な……っ!? そ、それは以前のお話でしょう? わたくしは日々、強くなっていますわ。わたくしの実力を、甘く見ないでほしいですわね」
そう言ってチェリルは、開け放たれた窓の外へと、魔法の杖を向ける。
そして、握った手に力を籠めて。
「『火炎滅波』!」
強烈な熱波が杖の先端から放たれたかと思うと、空気を焦がしながら、上空へと舞い上がっていった。
『火炎滅波』は、普通の一年生ではまず制御しきれない。
それを軽々と扱ってみせたチェリルに、教室中がざわっと沸き立つ。
「さぁアリスさん。そちらも魔法を使ってみせてくださいませ」
「ええ……私、『火炎滅波』はうまく使えないよ?」
気が進まないなぁ、こういうの。
だけど、チェリルは痛いほどに視線を向けてくるし。後ろにいるリーリカとユピは、「チェリルをぎゃふんと言わせちゃえ!」「そうなの、そうなの!」とやたら盛り上がってるし。
はぁ。やるしかないか。
私はため息をつきつつ、窓の外へと目をやった。
そして――頭の中で禁断教典『シュバルツアリス』のページをめくっていく。
「じゃあ、いくね」
私はそう言って、両手をクロスさせて突き出した。
足元に現れるのは光のサークル。
そして巻き起こる、一陣の風。
そんな中で私は、私の考えた中二な呪文を唱える。
「『愛してる』と彼女は言った。『哀してる』と彼は答えた。零した涙は、微熱の憂い。溢れた心は、灼熱の炎。涙と炎の協奏曲――『嫉妬の女王』!」
炎の竜巻が、雲を突き抜けて巻き起こった。
その衝撃でグラウンドには穴が開き、空が真っ赤に染まる。
撃ち出したのは、数千度の炎の渦。
その中に巻き込まれたものは、熱風によって焼かれ、切り刻まれるという、強烈な魔法。
「あ……あ……」
ぺたんとその場に尻もちをついて、チェリルがうわごとのように声を上げる。
ふぅ。ちょっと強力すぎたかな?
だけどしょうがないよね。私、本当に『火炎滅波』が使えないんだから。
オルタナギアの魔法は、異世界から来た私とは、相性が悪い。
だから、たとえどんなに簡易な魔法でも、私はそれを発動することはできないんだ。
私が使えるのは――オルタナギアの魔法を凌駕する、強力な中二病魔法だけ。
「さっすがアリス! あたし史上、最高だわ!!」
リーリカが興奮したように目を煌めかせて、私に抱きついてくる。
ユピも嬉しそうにこくこくと頷きながら、私に微笑みかけてくる。
なんだかそれが嬉しくって。
私はリーリカとユピを、ギュッと抱き締めた。
「ま、まだ負けたわけではありませんからね!」
「だよねー。チェリルはもっと、強くなるんだもんねー」
ぷるぷる肩を震わせながら言うチェリルと、そんな彼女を抱き起こすミルミー。
「すっげぇ。やっぱりアリスさんの魔法って、圧倒的だよな……」
「いいなぁ、リーリカたちは。わたしもアリスさんとパーティ組みたい!」
「美少女で魔法の実力もピカイチなんて、神様に選ばれてるよねぇ」
チェリルとの魔法合戦を見ていたクラスメートたちが、ひそひそと呟きあう声が聞こえてくる。
わぁ。そんな風に言われると、なんだかくすぐったいなぁ。
だけど――なんだか誇らしい。
かつて冴えないぼっちだった私が、みんなから羨望の目を向けられる美少女になるだなんて。
本当に、少し前までは想像もできなかったよ。
……と、こんな感じで。
私の異世界ライフは、相変わらず絶好調。
騒がしくも楽しい毎日を、送っているのでした。
長らくお待たせしました、第2章の開幕です。
どうぞ応援、よろしくお願いいたします!




