06 最もわたしに近い存在
グランゴーレムが完全に崩れ去ったのを確認してから。
私は、地面にくたりと横たわったリーリカとユピのもとへと駆け寄った。
先ほどの魔法の力で、その身体には傷ひとつ残っていない。
息もある。
私はぺたんと地面に座り込んで、ほぅっと息を吐き出した。
チェリルとミルミーも無事だったし、リーリカとユピも大丈夫。
ギリギリのところではあったけど、どうにかみんなを護りながら、勝利を収めることができたらしい。
よかったぁ……みんなが助かって。
「見事だね。アリス」
そうして、安堵から全身を弛緩させていた私のもとへ。
凜とした、鈴の音のような声が響き渡った。
私は驚いて、後ろを振り返る。
そこには――流麗な青い髪を揺らす、カンナさんの姿があった。
ルミーユ学園最強の実力を持つとも言われている、神のごとき存在。
「カンナさん……いつからそこに?」
私は自分でも驚くくらい、冷たい声で言った。
それはなんとなく――カンナさんの答えを、予想できていたから。
「君がグランゴーレムと戦いはじめた頃からかな。まさかこんなところに、魔王グランロッサが刺客を放ってくるとは思わなかったから、驚いたよ」
「……どうして、気付いたときに助けてくれなかったんですか!?」
相変わらず淡々としているカンナさんに、私はカチンときて、大声で叫んだ。
そうだよ。
カンナさんは、学園最強の実力を持ってるんだ。
その力さえあれば、リーリカやユピを危険に晒さずに、勝つことだってできたはずなのに……っ!
「わたしの助けがなくても、君はグランゴーレムを一人で倒せた。違うかな?」
「それは結果論です! 私がもし勝てなかったら、みんなの命がどうなってたと思うんですか!?」
「戦いに『もし』はないよ。君が勝ったのはね、君の力がグランゴーレムより勝っていたからなんだよ。だからこの勝利は――必然」
そんな持論を述べながら、カンナさんは私の正面に辿り着く。
そして、私の手にある禁断教典『シュバルツアリス』の表紙を、そっと撫でて。
「なるほど。この本が、君の力の源なんだね」
バッと、私は禁断教典『シュバルツアリス』をカンナさんから引き剥がす。
そうだ……グランゴーレムと戦っているところを見られてたってことは、私の魔法の秘密を知られてしまったってことなんだ。
「そ、それが何か?」
内心では冷や汗をかきながら、私はあくまでも平静を装って答える。
「いや……常識にとらわれない魔法の表現、見事だったよ。さすがはアリスだ。オルタナギアの型にはまりきった魔法より、ずっといい」
「あ。は、はい。それは、どうも……」
「だけど――もし、その本に書き込む隙がなければ。あるいは、書き込むよりも前にリーリカやユピに攻撃の手が向いていたら。君は二人を、救うことはできなかった」
カンナさんは、あくまで淡泊に。
そして酷薄に、そう告げる。
「……それは」
「なんてね。戦いに『もし』はない。現に君は、その本に新たな魔法を書き込むことで、グランゴーレムに勝利した。それがすべてだ」
カンナさんはそう言って、にこりと微笑む。
「けれど、グランゴーレムよりも厄介な敵が来たときのことは、考えておいた方がいいだろうね。自分のためにも、周りにいる仲間のためにも」
「カンナさんは……一体、私に何を求めてるんですか?」
「わたしのところに、早く追いつくこと」
ふわっと。
私の頬を、カンナさんの両手が包み込んだ。
熱を持った手のひら。どこか憂いを帯びた、大きな瞳。
いつかも感じた、ミントのように爽やかなカンナさんの香り。
五感すべてが、カンナさんに奪われる。
「わたしはルミーユ学園――ひいてはこの世界の人間が、さらにレベルアップすることを望んでいる。魔王グランロッサを倒し、この世界に平和を取り戻すためには、わたし以外にも力を持つものの存在が必要なんだ」
「その存在が……私だと?」
「そうだよ、アリス。君こそが今、最もわたしに近い存在」
カンナさんがゆっくりと、私に顔を近づけてくる。
唇と唇が触れ合いそうなほど、近い距離。
どきりと、私の胸が震える。
そんな私の目を、カンナさんはまっすぐに見据えて。
「そのためには……今のままじゃ、生ぬるいんだよ。アリス」
ぞくっと。
優しいのに恐ろしいその声色が、私の背筋を震わせる。
この人は。
一体その目に、何を見ているんだろう。
ただの学生が、世界のことをそこまで考えられるものなの?
オルタナギアを俯瞰して見ているかのような、達観したその視点は。
まるで――この世界の人間じゃ、ないみたい。
「……なんてね」
私の頬をさらっと撫でて。
カンナさんは私から手を離した。
頬に籠もっていた熱が、一気に消えていくのを感じる。
「それじゃあ、先生方を呼んでくるよ。四人も気絶しているんじゃあ、君一人で森を出るのは大変だろう?」
そう言ってカンナさんは、こちらに背を向け、森の向こうへと歩きはじめる。
「あ、あの! カンナさん!!」
思わず私は叫ぶ。
だけど、何もかけるべき言葉が思いつかない。
話したいことはいっぱいあるはずなのに、何を言ったらいいか分からない。
そんな私のことを、一瞬だけ振り返って。
「君の成長を、心から楽しみにしているよ……アリス」
カンナさんの言葉が、弾丸のように撃ち込まれる。
そして、私は。
立ち尽くしたまま、去っていくカンナさんの後ろ姿を見守っていることしか、できなかった。
こうして、私たちのゴーレム討伐訓練は――静かに幕を下ろしたのでした。




