05 大切なものを、護るため
ユピとグランゴーレムの戦闘は、熾烈を極めた。
グランゴーレムの拳をかいくぐりながら、その身体に牙を突き立てようとするユピ。
しかしリーリカの言っていたとおり、その装甲はあまりにも固すぎる。
噛みついたところで、グランゴーレムには傷ひとつつけることができない。
「ユピ……リーリカ……」
グランゴーレムと戦い続けているユピを。
そのそばで、傷だらけで眠っているリーリカを。
二人を見ながら――私はカバンの中から、禁断教典『シュバルツアリス』を取り出した。
禁断教典『シュバルツアリス』。
それは私が数年間綴り続けた、中二病の集合体であるノート。
そして、この世界における――私の魔法の原点。
ユピが引きつけてる隙に、私がグランゴーレムを倒さなくっちゃ。
あの怪物を一撃で倒す魔法。
一体、どれを使えば……。
「きゃあっ!?」
そうして逡巡しているうちに、ユピの身体が宙を舞った。
グランゴーレムの一撃を受けたらしい。
ゴスロリ風の服は右肩部分が破れて、露出した白い肌には赤い血が滲んでいる。
「ユピ!」
『シュバルツアリス』を抱きかかえたまま、私は悲鳴を上げる。
しかしそんな叫びもむなしく……グランゴーレムは気絶しているリーリカとユピの腕を掴み、その身体をぶらりと持ち上げた。
両手にリーリカとユピを持ったまま、グランゴーレムはゆったりとした歩調で、こちらに近づいてくる。
脂汗が、頬を流れ落ちる。
――――何度も言ってるけど、私はぼっちだった。
そんなぼっちな私が、ど派手な魔法を使って活躍する姿を妄想しながら書いたのが、この禁断教典『シュバルツアリス』。
そこには、敵を一掃する大仰な魔法はたくさん書かれている。
だけど――人質を傷つけずに助けるような魔法は、書かれていない。
そんな事態を想定したことがなかったんだ。
現実でも妄想の中でも、いつだって私は独りぼっちで、戦ってきたんだから。
「グオオオオオオオオッ!!」
グランゴーレムの巨体から繰り出される蹴りが、私の腹部を捉えた。
激痛が走る――かと思ったけど、なんの衝撃も走らない。
一体どうして……って、あ。『堕天使の羽根』か。
戦いがはじまると同時に、自動的に発動して。
物理であろうと魔法であろうと、敵からの攻撃が自分に一切通らなくなるというチート魔法。
つまり私は立っているだけで、敵の攻撃をまるで受け付けないんだ。
「グオオオオオオオオッ!!」
グランゴーレムが咆哮し、私を何度も蹴りつける。
しかし効果はない。
この魔法がある限り、私の負けはありえない。
だけど――リーリカとユピを助け出す魔法がないから、勝つこともできない。
なんなのよ……昔の私。
どうして、二人を助ける魔法を、考えておかなかったのよ。
ようやくできた、キラキラしていて、一緒にいるだけで幸せになれるような。
大切な、大切な――友達なのに。
「私、ばかだ……」
異世界魔法を凌駕する力を持っていたって。
こんなんじゃ……なんの意味もないよ。
悔しくて悔しくて、私は涙をぽろりとこぼした。
『シュバルツアリス』の白紙のページが、涙の雫でじわりと滲む。
――――え?
私は思わず、その白紙のページを二度見した。
そこには確かに、私の涙が跡を残している。
「そうか……新しく書き込めばいいんだ」
オルタナギアに来る前に作ったノートだから、続きを書くなんて考えたこともなかったけど。
こうして涙が干渉できているのだから、新たな書き込みを残すことだって可能なはず。
何か。何か、書くものは……!!
……そうだ。
私は自分の親指を、ギッと噛みしめた。
その痛みに、思わず躊躇しそうになるけれど。
リーリカとユピのことを思い浮かべて、私は――血が滲むまで、親指を噛み続ける。
そして――その親指を、ゆっくりと『シュバルツアリス』のまっさらなページへと押し当てた。
その間にも、グランゴーレムからの攻撃が降り注ぐ。
けれどそれは、『堕天使の羽根』によって無効化される。
「私が……私が二人を助けて、グランゴーレムを倒すんだ……!!」
この世界に来てから書き込んだ魔法に、本当に力が宿るのか。
試したことがないから、それは定かじゃない。
足が震える。
指先がジンジンと鈍く痛む。
だけど、私は――『シュバルツアリス』に血文字を書き綴っていく。
リーリカとユピを、絶対に助けたいから。
初めて出会えた、二人の親友を――護りたいから。
だから私は……私の中二病を信じる!
「……できた」
最後の文字を書き終わると。
禁断教典『シュバルツアリス』が、煌々と輝きはじめた。
足元に現れる閃光の円陣。
そしてそこから吹き上がる、猛烈な風。
私は『シュバルツアリス』を両手で正面にかかげて、呪文を唱えはじめる。
「はじめに言の葉があった。言の葉は私に力を与えた。力はすべてを掌握し、世界は私にひれ伏した。けれど……世界には、天使がいた。言の葉ではなく。力ではなく。心がなければ奪えない、天使の笑顔がそこにはあった。ゆえに私は、心を紡ぐ。紡いだ心が、いつか天使に届くと信じて――」
すぅっと、深く息を吸い込む。
そして、グランゴーレムと。
その手に掴まっているリーリカとユピを見て。
「――『私と天使の夜想曲』」
光が、グランゴーレムを包み込んだ。
瞬間、グランゴーレムの全身が、融解をはじめる。
ぼろりと崩れ落ちる腕。
リーリカとユピはグランゴーレムの腕から解放されると、ふわふわと羽根のように宙を舞いつつ落下して――ゆっくりと地面に横たわった。
『私と天使の夜想曲』
私が敵と認識したものだけを、白光によって消失させる。
私が味方と認識したものについては、その体力を全快させる。
我ながら、無茶苦茶な設定だと思う。
ゲームだったらバランスが崩壊しちゃう、チート極まりない魔法だよね。
だけど、これでいいんだ。
中二病なんて本来、自分に都合がいいように練られるものなんだから。
大切なものを護るためなら――私は中二病を極める。
そして中二病を極めた私は、異世界魔法を凌駕してみせるんだ。
「グオ……オオオオオ……」
グランゴーレムの体躯が、腰元から砕ける。
そしてぼろぼろと破片となって崩れ落ちたグランゴーレムは……ただの土くれと化して、動きを止めた。




