04 仕掛けられた罠
「な、なんなの!? シルバーゴーレムの、倍はあるの!」
「こんな化け物、見たことも聞いたこともないわよ!」
ユピとリーリカが、悲鳴にも似た声を上げる。
そう叫びたくなるのも、無理はない。
声こそ出さなかったけれど、私だって全身の毛が逆立ちそうなほど、動揺してるもの。
その怪物は……明らかに他の雑多なゴーレムとは、異質な存在だった。
両肩は巨大な角のように、鋭く尖っており。
森の木よりも太い脚は、その重みのせいか、地面にめり込んでいる。
今回のミッションの対象だったシルバーゴーレムでさえ、普通のゴーレムの倍程度の大きさだっていうのに……そのシルバーゴーレムよりも、一回り以上大きい。
リーリカの言うとおり、授業でも聞いた覚えがない。
こんな規格外の、ゴーレムなんて……。
『…………くっくっくっく』
そうして動揺している私たちの頭上から。
重く低い不気味な声が、響き渡った。
思わず空を見上げるけれど……そこには当たり前だけど、何もいない。
「な、何よ今の声!?」
「は、はぅぅ……どうなってるの!?」
なかばパニックに陥っているリーリカとユピ。
だけど、なんとなく私は、その声の正体が分かったような気がした。
相手を知っているからとかじゃなくって。
中二病的な、勘っていうか。
「……あなた。ひょっとして、魔王グランロッサ?」
『ほぅ……なかなか察しがいいな』
私が小さく呟くと、その不気味な声はなんだか楽しそうに応じた。
『いかにも。我こそが、魔王――グランロッサだ』
あっさりと。
その声の主は、自分のことを『魔王グランロッサ』と名乗った。
オルタナギアの魔物を率いて、人類と百年近くにも及ぶ戦争を繰り返してきた張本人。
ルミーユ学園創立のきっかけにもなった、凶悪な魔の王。
それが、今――私たちに話し掛けている。
「ど、どうして……魔王がこんなところに?」
そう。
これはただの、ゴーレム討伐訓練だったはず。
魔王の領土を侵すような、本格的なものではなかったのに。
『ルミーユ学園は、我にとって危惧すべき存在だからな』
重低音の声で、グランロッサが答える。
『我を倒すために訓練された、若き戦士たち……それを一網打尽にできるチャンスとあらば、我も黙っているわけにはいかない。ゆえに我は、アルミラの森にかわいい部下を送り込んだ』
グランロッサの言葉に応じて、巨大な未知のゴーレムが一歩踏み出した。
シルバーゴーレムを超える巨漢が、私たちの前に立ちはだかる。
『グランゴーレムは、ゴーレム族の中でも最強を誇る魔物。気性が荒すぎるのが難点でな、敵も味方も見境なく襲ってしまう。シルバーゴーレムには、申し訳ないことをしたな』
「グランゴーレム……!」
『さぁ、ルミーユ学園の者よ。恐怖におののけ。そして……死ね』
淡々とした死の宣告。
それを最後に、グランロッサの声は途絶えた。
そして――黄金の巨大なゴーレム、グランゴーレムが咆哮する。
「グオオオオオオオオッ!!」
風を切り裂く音とともに、鉄球のような重々しい拳が打ち下ろされた。
私たちの眼前の地面が破砕し、砂塵が舞い踊る。
「何よこれ、反則でしょ!」
言いながら、リーリカは大剣『ルクシアブレード』を携えて、グランゴーレムへと飛び掛かった。
右肩から切り落とさんばかりの勢いで、グランゴーレムへと振り下ろした剣先。
しかし――その頑丈な装甲には、傷ひとつつかない。
「リーリカ!」
「アリス、ユピ! あたしがこいつの気を引いてる隙に、チェリルとミルミーを!!」
グランゴーレムの腕を蹴りつけて、リーリカはシルバープレートの甲冑姿のまま、華麗に中空を舞う。
すごいよ、リーリカ。
この尋常じゃない状況で、それでも勇猛果敢に立ち向かっていくなんて……普通できないと思う。
そんな勇ましい友人を誇りに思いながら、私とユピは気を失っているチェリルとミルミーを引きずって、森の方へと移動させた。
ここなら多分、巻き添えを喰らうことはない……はず。
「きゃああああああっ!?」
背後から上がった悲鳴に、私とユピは慌てて後ろを振り返る。
泥だらけで地面に倒れ伏しているのは――リーリカ。
「リーリカ!」
「だめ! 近づいちゃ!!」
駆け寄ろうとした私たち二人を制して、リーリカはゆっくりと上体を起こす。
「こいつ、尋常じゃなく固い上に、攻撃も重たい――あたし史上、最悪だわ。近づいたりなんかしたら、三人まとめてやられちゃう」
「そんなこと言ったって、このままじゃリーリカが……!!」
「『ピルピッドユピ』!!」
私の隣で弓をかまえたユピが、グランゴーレム目掛けて矢を放った。
しかし、心臓部に直撃したはずの矢は、先端部から粉々に砕け散る。
「だめなの、固すぎるの!」
「そゆこと。だからほら、あたしがこいつを引きつけてる隙に、二人で先生たちを呼びに行って」
「そんな時間、あるわけないでしょ! その間に、リーリカが死んじゃう!!」
「死なないわよ。死んで……たまるもんですか。誰ひとり死なせない。あたしが、みんなを護るんだから!」
自身を鼓舞するように、そう叫んで。
リーリカは再び『ルクシアブレード』をかまえて、グランゴーレムに飛び掛かった。
しかし――その刃は無慈悲にも、グランゴーレムによって弾き飛ばされてしまう。
「あっ……」
「リーリカぁぁぁぁぁぁ!!」
「ユピに、任せるの!」
その言葉と同時に。
ユピが『ピルピッドユピ』を放り投げて――グランゴーレム目掛けて駆け出した!
その瞳は血色に、妖しく輝いている。
まるで、ヴァンパイアのように。
「グオオオオオオオオッ!!」
グランゴーレムが、リーリカに拳を振り下ろす。
しかし、それよりもユピの方が速い。
その様子は、いつもの運動が苦手なユピとは、明らかに違っていた。
そして――豪腕が激突するよりも先に、ユピはリーリカを抱きかかえ、グランゴーレムの背後に着地した。
「ユピ! リーリカは!?」
「大丈夫なの。気を失ってるだけみたい」
ユピの言葉に、ひとまず胸を撫で下ろす私。
そして次に、気になっていたことを、ユピに尋ねる。
「ユピ……なんかいつもと、雰囲気が違わない?」
「あ。う、うん。ユピの中にある、ヴァンパイアの力を解放したの」
ちょっと照れくさそうに、頬を掻いて。
真っ赤な瞳のユピは、ツインテールに結った銀髪をふわりと揺らした。
「ユピはずっと、ヴァンパイアの力を怖がってたの。みんなに嫌われるのが……いやだったから。だけどアリスとリーリカは、こんなユピのことを受け入れてくれたの。そんな二人のためなら、ユピは――この力を使って、戦うの!」
そしてユピは、リーリカを地面に寝転がらせると。
地面を蹴りつけて、グランゴーレムの頭上へと――高く高く飛び上がった。
「さぁ、行くの……思いっきり噛んじゃうから、覚悟するの!!」




