05 友達のライン
取りあえず服飾店を後にしてから。
私たち三人は、噴水前に座って休憩をしていた。
「あ。あれ、おいしそうだね。私、買ってくるよ」
二人にそう言って、私はアイスボールを人数分買いに行く。
氷で作った球体の中に、甘みを凝縮してあるオルタナギアのおやつ。
アイスクリームの亜種みたいなものかな。
青、紫、オレンジ。三色のアイスボールをバケットに入れて、私はリーリカとユピの元へと戻った。
「はい、二人とも。好きなの取っていいよ」
「じゃあ、あたしは紫ー」
「ユピは?」
「ユピは……じゃあ、青をもらうの」
そして私たち三人は、アイスボールを口に放り込む。
冷たい食感と、とろけるような甘みが、口の中いっぱいに広がる。
放課後に友達と服を見て回って、一緒に買い食いをして。
元いた世界では味わえなかった幸せが、私の胸に染みる。
楽しいなぁ。
ユピも――同じ気持ちでいてくれると、嬉しいんだけど。
「……アリス。リーリカ」
ユピが俯きがちに、私たちの名前を呼んだ。
私もリーリカも顔を上げて、左右からユピの顔を覗き込む。
「二人は……どうしてユピに、そんなに優しくしてくれるの?」
「どうしてって……友達だからに決まってるじゃない」
「そうだよ。私もリーリカも、ユピともっと仲良くなりたいだけだよ」
「そうじゃなくって、なの……ユピには、二人がどうしてユピなんかと友達になってくれるのかが、分からないの」
ユピなんかと、って。
その言葉に、私はなんだか憤りを覚える。
「なんでそんなに自分を卑下するの? ユピは、とっても魅力的な子だよ。私だって自分に自信がある方じゃないし、そう思っちゃう気持ちも分かるけど。私たちは本当に、ユピと仲良く――」
「ユピは、ヴァンパイアと人間のハーフなの」
私の言葉を遮って。
ユピは重々しく、そう告げた。
暗く冷たい瞳。
口元から覗く特徴的な八重歯は、いつもと違って、なんだか鋭く尖って見えた。
「魔王グランロッサの眷属であるヴァンパイア。ユピのお父様は、そんな人類の仇敵の一人だったの。お母様と知り合うまでは……その手をたくさんの血に染めてきた、正真正銘の魔族なの」
「それは前にも聞いたよ。だけど私もリーリカも、そんなことは気にしないよ」
「そうなの。二人とも、そんなこと全然気にしなくって。いつも優しく接してくれて……嬉しかったの」
でも、と。
ユピはやっぱり不安げな表情を浮かべたまま、私たちを交互に見る。
「他の人たちは、そうじゃなかったの。ユピのことを怖がる人は大勢いた。『いつかお前も父親みたいに人間を襲うんじゃないか』って、面と向かって言われたこともあったの。反対に、『ヴァンパイアとのハーフだから強いはずだ』なんて……過剰に期待されて、後でがっかりされることもあったの」
「どこのどいつよ! 見つけたら、あたしがただじゃおかないわ!」
リーリカが前のめりになって、声を荒らげる。
相変わらずリーリカは直情的で、素直な性格だなぁ。
だけど……その意見には、私も同感。
「ユピ。私たちは、その人たちとは違うよ。ヴァンパイアとのハーフっていうのが珍しいのは分かるけど……ユピはユピだもん。ヴァンパイアの血が流れてるから怖いなんて思わないし、強い存在でいて欲しいとも思わないよ」
「分かってるの。二人が、他の人とは違うって……だけど。一緒にパーティを組むってなったら、急に不安になって。そしたら、どうして二人が、ユピの友達でいてくれるのかが分からなくなって……っ!」
話している途中から、嗚咽が混じりはじめ……。
やがて決壊したように、ユピは泣き崩れた。
これまで溜め込んでいた不安を、すべて吐き出すように。
ユピはかわいい顔をぐちゃぐちゃにして、涙を流し続ける。
そんなユピのおでこを――私はパシンと、指で弾いた。
「いたっ!?」
「ちょっ、アリス!? 何してんの!?」
やられたユピも、隣で見ていたリーリカも、揃って目を丸くする。
私は腰に手を当てて、ユピの顔を下から覗き込む。
「はぅ……そんなに睨んで、やっぱり怒ってるの? ユピが役立たずだから、嫌いになっちゃったの?」
「うん、怒ってるよ。嫌いになったからじゃない。役立たずだって、思ってるからでもない。ユピが……私たちのことを、見くびってるからだよ」
ヴァンパイアとのハーフ?
だからなんだって言うんだ。
そんなこと言ったら、私なんてこの世界の人間ですらないんだってのに。
「私は友達が少ない」
断言する。
「ルミーユ学園に来るまでは、少ないっていうか、いたかどうかすら怪しいくらいだった。だから私はいつも、隅っこの方でぶつぶつ呟いてたよ。『我は闇の王女……闇だけが唯一の我が友。闇に溺れて永遠にたゆたう、千年の孤独』……って」
「えっと。どういう意味、その呟き?」
ちょっとリーリカ、解説を求めないでよ。
中二病患者の妄言に、意味なんてあるわけないでしょ。
こほんと咳払いをしてごまかすと、私は言葉を続ける。
「とにかく……私はいつも独りぼっちだった。それを紛らわすために、『闇の王女』なんて自称して、自己正当化してた。本当はずっと、友達が欲しかったのにね」
「う、うん……?」
首をかしげつつ、頷くユピ。
私の突飛な話のせいで、涙も引っ込んじゃったみたい。
「そんな私だったから、そもそも『友達』って何か――よく分かんなかった。どのラインを超えたら友達で、どこまでがそうじゃないのか、さっぱり。今もその線引きはよく分かってないのかもしれない。っていうか、そういう線引きがそもそもできるものなのかすら、よく知らない」
だけどね、ユピ?
私は彼女の華奢な身体を、自分の胸元に引き寄せて。
ギュッと強く抱き締めながら――続ける。
「友達って呼びたい人は、やっと見つけたんだよ。ラインとか分かんないし、ひょっとして嫌われたりしないか不安なときだってあるけど……ずっと大切にしたいって、思ってるんだよ」
「……リーリカのこと、なの?」
「怒るよ、ユピ」
「じゃあ、リーリカと……ユピの、ことなの?」
「そうだよ」
「あたしも――アリスとユピのこと、大切だって思ってるよ!」
そう言ってリーリカが、私たち二人のことを抱きかかえた。
「理屈とか知らないけど、あたしは二人と一緒にいるときが、あたし史上で最高に楽しい! だから、ずっとそばにいたい。今日だって楽しかったよね。みんなで街を見て回ってさ。最後はアイスボールを食べて……楽しかったんだよ?」
ぽろりと。
いつもは気丈なリーリカの目から、涙が零れ落ちる。
「不安にさせてごめんね、ユピ? 何度だって言ってあげるから。大好きだよって。嫌いになんて、ならないよって……」
「アリス……リーリカぁぁ……」
ユピがまた、ぼろぼろと泣きはじめた。
あはは。泣き虫だなぁ、ユピは。
私は熱くなる目頭を押さえながら、にっこりと微笑んでみせた。
「噛みたいの」
ユピが頬を赤く染めて、言った。
「二人のこと、か、噛んじゃっていい……? なんだかとっても……二人の血が、飲みたい気分なの。ドキドキして、抑えられないの……っ!」
「いいよ」
「もちろんでしょ」
私とリーリカは、顔を見合わせて笑う。
「ありがとう……なの」
ユピが、私たち二人の手を取る。
そして、私とリーリカの人差し指を同時に指に含んで……かぷっと。
その愛らしい歯を、突き立てた。
「んっ……」
「あぅ……くすぐったい」
「はふ……おいひい。アリスのもリーリカのも、おいひいの……もっと、もっと」
ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ。
二本の指を咥えて、無心に吸ったり舐めたりを繰り返すユピ。
その表情は不安げなものから、次第に恍惚としたものへと変わっていく。
「友達の味、する?」
「うん……しゅる。しゅるのぉ……」
「飲みたいだけ飲んでいいからね。いっぱい飲んで……あたしたちの気持ち、もっともっと感じてね」
リーリカがもう片方の手で、ユピの頭を優しく撫でる。
指を口の中に入れたまま、ユピが気持ちよさそうに微笑む。
「ね、アリス? あたしもアリスのこと、噛んでいい?」
「だめ。噛む意味が分かんないし」
「えー? だってユピが、すっごくおいしそうにしてるからぁ。あたしもアリスの味、知りたいなぁって」
「やーだー」
「えいっ」
「きゃっ!? ちょっ、何してんのリーリカ!?」
「ありふのくひを、はふはふひてふの(アリスの首を、はむはむしてるの)」
何してんの、ダメだって、ちょっと……もぉ!
こうして私たちは日が暮れるまで。
噛んだり噛まれたりな友情を、育んだのでした。




