06 その戦いの、結末は
「『火炎球』!」
眼前で爆裂するも――ノーダメージ。
「『地裂槍』!」
大地が砕け、石製の槍が出現するけれど――刺さる前に、折れる。
「『雷電弾』!!」
強烈な雷撃は、私の身体を流れていき――肩こり解消くらいには、なったかな?
「はぁ……はぁ……っ!」
地面についた杖にもたれ掛かって、チェリルは肩で息をしている。
さすがに魔力の使いすぎだ。
これ以上は、チェリルが倒れてしまう。
「カンナさん。試合を中止してください」
私は思わず、カンナさんに進言する。
チェリルの攻撃は、一切私に通らない。
そして、この状況を打破するような魔法を、チェリルは持ち合わせていない。
手詰まり。これ以上、試合を続ける意味なんてないはずだ。
「どうして? まだ決着はついていないよ」
しかしカンナさんは……酷薄に告げる。
私は意味が分からなくて、思わず声を荒らげる。
「どうしてって……だってこのまま続けたって、意味ないじゃないですか! チェリルが苦しむばっかりで……私、そんなの見てられません!!」
「アリス。試合を放棄するつもりかい?」
「え……?」
何を言ってるの、カンナさんは。
呆然とする私を、カンナさんは冷たく一瞥する。
「君の言う『本気の勝負』というのは、ここで試合を止めることだったのか?」
「だって……チェリルが!」
「――わたくしはっ!!」
私の言葉を遮って。
チェリルが絞り出すように、声を上げた。
杖にもたれ掛かって。足はふらふらで。
それでも……まっすぐに、私の瞳を見据えながら。
「わたくしは……まだ終わっていないですわ。たとえ勝ち目がゼロに近くたって、最後まで戦い続けたい。だってわたくしは……いつか最高の魔法使いに、なるのですから!!」
「チェリル……」
「アリス」
戸惑う私の耳に――優しくて柔らかい声が、響いた。
それはいつだって、私のことを穏やかに包み込んでくれる声。
私は導かれるようにして、観客席の方へと顔を向ける。
「リーリカ」
「なんて顔、してるのよ。まったく」
「……どんな顔してる、私?」
「悲しそうな顔。今にも泣き出しちゃいそうで……試合じゃなかったら、すぐにでも抱き締めてあげたいくらい」
そう言って、リーリカが顔をくしゃっとして笑う。
その隣で、ユピが八重歯を剥き出して、声を上げる。
「アリス。試合を続けるべきだと思うの」
「……どうして?」
「ユピも争い事嫌いだから……アリスの気持ち、分かるの。だけどチェリルさんのことを考えると、やっぱり……ここで中断するのは、かわいそうなの」
かわいそう?
「ユピの言うとおりだよ、アリス。ここでやめちゃうのは、チェリルに失礼」
ユピの言葉に続けて、リーリカが言う。
「チェリルはアリスと、本気の戦いがしたいって言ってたんだよ。なのにアリスが途中でチェリルの限界を決めちゃうのは、違うんじゃないかな? チェリルが納得するまで全力でぶつかってあげるのが……本当の優しさだよ」
「……そんなもんかな?」
「多分ね」
人と本気でぶつかり合うことから逃げてばかりいた、私だから。
正直、何が正しいのかよく分からない。
だけど――。
「……さぁ、アリスさん。続けますわよ!」
ぼろぼろになりながら、それでも瞳に炎を宿している、チェリルがいるから。
私はギュッと唇を噛んで、観客席に背を向けた。
「ありがとね。リーリカ、ユピ」
「応援してるよ、いつだって。だってアリスは――あたし史上、最高なんだから!」
「そ、そうなの。が、頑張ってなの! ま、負けたら噛んじゃうよー?」
二人の声援が聞こえる。
沸き立っている観衆たちの声が鼓膜を震わせる。
私はすっと目を瞑り――両手を突き出して、クロスさせた。
足元に現れる光のサークル。
その円を中心として、空へと吹き上がる風。
「……そうこなくっちゃ、ですわ!」
「負けないでねー、チェリルー!!」
チェリルの声。ミルミーの声。
それらを意識の遠くで、聞きながら。
私は呪文を――唱えはじめる。
「――合わせ鏡の迷宮は、午前零時の行き止まり。光は光に、闇は闇に。すべてはあるべき場所に還り、世界は静かに音を止める」
「これがっ! わたくしのっ! 全力全開ですわっ!! 行きますわよ、アリスさん――『火炎滅波』!!」
物凄い熱波が、私の正面から迫りくる。
確か授業で習ったね。『火炎球』の進化形――『火炎滅波』。
一年生で使いこなせてる人なんて、他にいないんじゃないかな?
やっぱりすごいよ、チェリル。
だけど……ごめんね。
あなたと私じゃ――中二病の、格が違うから!
「――『鏡は受け入れ、そして拒絶する』!」
カッと目を見開き、叫ぶ。
それと同時に、チェリルの放った『火炎滅波』が私の両手から吸収されていき――私の全身を巡っていく。
身体が燃えるように熱くなるのを感じる。
「な……っ!?」
言葉を失うチェリル。
そんな彼女をまっすぐに見つめて――私は両手から、炎の渦を解き放った!
それは、チェリルが先ほど使った『火炎滅波』。
それを数倍に膨らませた、強烈な炎の一撃だ。
吸収。増幅。そして、反射。
それこそが禁断教典『シュバルツアリス』に書き記した、中二病患者な私の考えた必殺魔法――『鏡は受け入れ、そして拒絶する』。
「き……きゃああああああああ!?」
とてつもない威力を伴った炎撃は、逃げる隙さえ与えず、チェリルへと迫り――。
ボンッ! と。
チェリルの頭上をかすめて、空高く舞い上がったところで――爆裂した。
「あ、ああ……」
ぺたんと、チェリルが膝から崩れ落ちる。
辺りに立ち篭める、煙のにおい。
「チェリル。試合を続けるかい?」
カンナさんが顔色ひとつ変えず、チェリルに問いかけた。
チェリルはぶるぶると肩を震わせながら、ゆっくりとカンナさんを見上げる。
「わ、わたくしは、まだ負けては……」
「チェリル! もういいよ!!」
そんなチェリルのもとに、ミルミーが駆け寄って。
力強く、震えるその身体を抱擁した。
「ミ、ミルミー……」
「チェリル。ボクはちゃんと見てたよ。チェリルが、最後まで全力で戦いきったのを」
胸元にチェリルを引き寄せ、その頭を撫でながら。
ミルミーは優しく、囁く。
「もう、いいんだよ。頑張ったよ。格好よかったよ。そんなチェリルのことを……ボクは、大好きだよ」
「……うん」
震える声で呟いて、チェリルはミルミーの胸に顔を埋めた。
先ほどまでの歓声が嘘のように、観衆たちは静まり返っている。
「負けを認めることも、強さのうちだよ」
そんな静寂を切り裂くように、カンナさんが告げる。
「チェリル。負けて悔しいかい?」
「……はい」
「その悔しさが、必ず君をもっと強くする。今日の試合を糧に、ルミーユ学園のために……オルタナギアのために。強くなってちょうだい、チェリル」
「はい……カンナ様」
そしてカンナさんは、ゆっくりと私の方に近づいてきて。
右手を掴んで――空へとかかげた。
「この試合――勝者は、アリス!」
わあっと、観衆たちが再び一斉に盛り上がる。
「アリスっ!」
勝利宣言と同時に飛び出してきたリーリカが、勢いよく抱きついてきた。
その後ろからひょっこりと、ユピが顔を出す。
「すごいよ、アリス! あたし史上、最高だったわ!!」
「うん、うん! 噛んじゃいたくなるほど、すごかったの!!」
「リーリカ、ユピ……ありがとう」
もう、リーリカ苦しいってば。そんなにくっつかれたら恥ずかしいよ。
いたっ! ちょっとユピ、人前で血を吸うのはやめて……んっ!
「アリスさん。今回は、わたくしの負けですわ」
リーリカとユピからもみくちゃにされていると、ミルミーに肩を抱かれたチェリルが、ゆっくりと近づいてきた。
そして、すっと右手を差し出して。
「貴方の強さ、本当にすごかった。戦う相手だというのに、思わず見惚れてしまうほどでしたわ。だけど――わたくしは絶対に、貴方より強くなってみせます。カンナ様のような魔法使いになるのが、わたくしの夢ですから」
「……うん」
私は差し出された手を、ギュッと握り返す。
負けないよ。
私だって、もっと強くなるんだから。
勝負事が嫌いな私とは思えないその気持ちに――自分で思わず、笑ってしまう。
かくして。
チェリルとの決闘は、大歓声の中で幕を閉じたのでした。




