02 夜の小鳥
「迷って……る?」
アゴに手を当てられ、見つめ合った姿勢のまま。
私はカンナさんの言葉を、繰り返した。
「そう。まるで迷子の小鳥みたいな目をしている」
「……えっと」
「チェリルと戦うことが、そんなに嫌?」
どきりと、心臓が音を鳴らす。
「『戦いが嫌い』という顔をしているね。人と争いたくない、争うくらいなら自ら身を引いた方がずっといい――おおかた、そんなことを考えているのかな?」
「ど、どうして、そんな……」
「分かるよ。顔に書いてあるから」
つつと――カンナさんの細くしなやかな指先が、私のアゴから頬へと伸びていく。
そして今度は、私の頬に手を当てて。
「……ほら。ここに書いてある」
「――――!? か、書いてないです!!」
緊張と恍惚と恥ずかしさが、ない交ぜになって。
頭がショートしそうになった私は、慌ててカンナさんの手を逃れ、後ずさった。
胸元に両手を当てる。
――ドクンドクンと、まだ胸が高鳴っている。
「君の魔法。それはオルタナギアの基本法則から、はみ出したものだね」
私から目を離すことなく。
カンナさんが当然のことのように、言った。
私の心臓が、悲鳴を上げる。
ど……どどどどど、どうして、そのことをカンナさんが!?
「オルタナギアに存在する魔法。それを君は使うことができない。その代わり、より高次な――オルタナギアの魔法を凌駕するものだけを、君は扱うことができる。そうだよね?」
「カ、カンナさん。私の魔法、見たこと――」
「ないよ。だけど分かる。わたしには」
エスパーか何かなのか、この人は。
超然としたその佇まいに、私は空恐ろしさすら感じてしまう。
「そ、それはカンナさんの、考えすぎっていうか。私はただ、ちょっと田舎で聞きかじった魔法を、使ってるだけで。それがちょっと、他の人の魔法とズレてて……」
「慌てなくていいよ。だって魔法とは本来、そうあるべきなんだから」
しどろもどろになっている私を、笑いもせず。
カンナさんはそのまま、話し続ける。
「そもそもおかしいとは思わない? 形がないものを産み出す魔法に、定型があるということが。誰もがその定型に従って、右へならえで同じ魔法を使っていることが。魔法とはもっと、自由であるべき。そうでないのなら――それはもう、魔法なんかじゃない」
「は、はぁ……」
分かるような、分からないような。
私は曖昧な相づちを打つ。
カンナさんは特に気分を害した様子もなく、私をじっと見つめている。
「大切なのは想像力。そして、創造力。想像と創造によって生じた奇跡的な反応こそが、魔法なんだよ」
想像と創造。
私の中二妄想が具現化した、今の状況みたいなことか。
――あ。
ってことは、カンナさんが言いたいのは……。
「……私の魔法が、その奇跡的な反応ってやつだって。そう、言ってるんですか?」
「そうだよ。君は特別な存在だから」
「特別って……私は普通の、しがない魔法使いです」
「特別だからこそ、君は力を誇示しなければならない。チェリルとの試合も、本気で戦うべきだ。自身の力を見せつけ、研鑽し、より高みへとのぼっていくんだよ。すべては――オルタナギアを救うために」
――オルタナギアを救う。
それって……魔王グランロッサとやらを倒して、百年にも及ぶ争いに終止符を打つってこと?
そんな大それたことを、この私が?
「む、無理ですよ!? 私は戦うこととか、本当に怖いし苦手で。チェリルと試合することすら嫌なのに……世界を救うだなんて」
「今はそれでもいいさ。今はね……取りあえずは目先の、チェリルとの試合に集中してちょうだい」
「いや……だからそれも、本当は嫌で……」
「仕方のない子だね」
カンナさんはうっすらと微笑み。
右手をすっと、まっすぐ前にかざした。
そして目を瞑り、小さな声で呟く。
「――――『解錠』」
瞬間。
目も眩みそうな白い光が、辺り一面を包み込んで――。




