06 眠れない夜は……
「それじゃあ、お休みなさいなの」
ネグリジェ姿のユピは棺桶の中に入ると、ゆっくりと蓋を閉じた。
棺桶で寝るのは、ヴァンパイアの習性なのか、ただのユピの趣味なのか……どっちなんだろうね?
「じゃあ、あたしたちも寝よっか」
「うん、そうだね」
リーリカがパチンと、電気を消す。
私はころんとベッドに倒れ込んで、すっと布団を引っ張り上げた。
明かりの消えた部屋は、真っ暗で。
見上げた天井は、輪郭さえも定かじゃない。
「……はぁ」
怒濤のように押し寄せた今日の出来事を思い返し、私は深くため息をついた。
明後日行われる、チェリルとの魔法試合。
しかも立会人は、学園一の実力者・カンナさん。
――――嫌だなぁ。
枕元に置いてある禁断教典『シュバルツアリス』を、そっと撫でる。
私の魔法は、オルタナギアのものとは根本的に違う。
ぼっちだった私が書き記した中二妄想に基づく、特殊なもの。
授業なんかで使う分には問題ないけど……試合となると、どの程度うまく扱えるのか未知数だ。
というかそもそも、私は『試合』そのものが好きじゃない。
無用な争いでどっちかが怪我をするっていうのが、嫌なのもあるけど。
どっちが上とか、そういうことに興味が沸かない。
オルタナギアの常識を凌駕した魔法を使うことができて。
編入と同時に抜きん出た実力を発揮して、ちやほやされて。
嬉しかった。冴えなかった人生が一変して、満ち足りた気持ちだった。
だけどそれは――チェリルより上に立ちたいとか、そういうことじゃない。
二番でもいいんだ。
みんなから褒められて、仲良くしてさえもらえれば、それだけで満足なんだ。
一番を争って、チェリルとギスギスする方が……よっぽど嫌だから。
「アリス、眠れないの?」
――ぐるぐると思いを巡らせていると。
隣のベッドから、リーリカの声が聞こえてきた。
ころんと横を向くと、リーリカと目が合う。
「リーリカこそ。寝てなかったんだ」
「アリスがため息ばっかりついてるから、気になっちゃってね」
そう言って「ふふっ」と笑うリーリカ。
いつもはサイドテールの赤髪が、今はほどかれている。
ちょっと髪型が変わっただけなのに、大人っぽい雰囲気。
静まり返った寝室で、いつもと違うリーリカを見ていると……なんだか秘密を共有してるみたいで、ちょっとドキドキしちゃう。
「どうしたの? チェリルとのこと、まだ気にしてるの?」
「うん……そう」
「戦いたくないの?」
「できれば。争い事は嫌いだし」
「試合をしなかったとしても、チェリルは突っかかってくると思うよ。それだって十分、争い事じゃない?」
「そうだね……できればそれも、やめてほしいっていうか。チェリルが一番になりたいんなら、譲ったっていいから。みんなと仲良く、平和に暮らしたい」
「アリスは優しいね」
優しい……のかな?
単純に、臆病なだけだと思うけど。
「でも、それはチェリルがかわいそう」
「かわいそう?」
「うん。お情けで一番を譲られたって、チェリルは多分喜ばないよ」
「……どうして?」
チェリルは一番になりたいんじゃないの?
カンナさんに追いつくために、私が来る前の地位を取り戻したいんじゃないの?
「あんな性格してるけど。チェリルは一生懸命だから。だから――お飾りの一番じゃ、きっと満足しないよ」
リーリカが眉尻を下げて、優しく微笑む。
「多分戦ったら、アリスが勝つよ。あたし史上、最高なんだから。アリスは」
「そしたらチェリルと、もっと仲が悪くなっちゃうでしょ?」
「意外とそうでもないかもよ? きっぱり負けた方が、すっきりするかも」
「そうかなぁ?」
「分かんないけどね。でも、あたしがチェリルの立場なら――正々堂々、本気のアリスと勝負したいよ。そっちの方が、ずっとすっきりする」
「そんなものかな」
「そんなもんだよ」
いつも勝負事から逃げてきた私には、いまいち理解できない感覚だけど。
リーリカが言うんなら、そうなのかもしれない。
「少しはすっきりした?」
「うーん。まだちょっと、もやもやしてるけど」
「そっか」
リーリカがおもむろに、布団から起き上がった。
月の光をうっすらと浴びたリーリカは、なんだか幻想的で――いつも以上に、きれい。
「おじゃましまーす」
「――!?」
私が見とれている隙に、リーリカはするっと私の布団に潜り込んできた。
そして、上目遣いに私を見上げて。
「……眠れるまで、添い寝してあげるよ」
「いやいや。なんか恥ずかしくって、余計寝づらいよ!?」
「あははっ」
顔をくしゃっとして笑って。
リーリカはギュッと――私の手を握ってきた。
手のひら越しに伝わってくる、リーリカの温度。
なんだかほわっと……温かい。
「大丈夫。あたしはいつだって、アリスの味方だから。アリスがどんな結論を出したって、ずっとそばにいるから」
「……うん」
「ユピだってきっと、そうだから」
「……うん」
吐息のかかるほど近い距離で、リーリカの呟きを聞いていたら。
不思議となんだか……眠たくなってきちゃったな。
「リーリカ。ありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
「おやすみ、リーリカ」
「おやすみ、アリス」
そうして――私はリーリカと、手を繋ぎ合ったまま。
静かに眠りに、ついたのでした。




