05 中二魔法、発動!
編入早々、とんでもない事態になってしまった……。
校庭で棒立ちになったまま、私は「どうしてこうなった」と、心の中で頭を抱える。
私の後ろには、同じく教室から校庭に出てきた、クラスメートたち。
先生も腕組みをして、期待に満ちた目で私のことを見ている。
「あの……先生。授業を中断して、こんなことしてていいんでしょうか?」
「ルミーユ学園は、実力を高めることをモットーにしている。ドラゴンを倒すほどの魔法が披露されれば、きっとクラスのいい刺激になるだろう。何より俺が、その大魔法とやらを見てみたいしな」
なんて自由な校風なんだ。
私はげんなりしながら、ため息をつく。
リーリカを助けようとしただけなのに、とんでもないことになっちゃったなぁ……。
「おい、編入生! さっさとやれよ!!」
「そんなにちんたらしてたら、ドラゴンが逃げちまうぞ!」
ヤジを飛ばして、ガハハと下品に笑う男子生徒たち。
うう……プレッシャー。
「アリス! あいつらをぎゃふんと言わせてやって!! アリスが本気を出せば、誰も何も言えないはずだよ!!」
「ユ、ユピも、応援してるの。頑張ってアリス。頑張らないと……か、噛んじゃうよ?」
リーリカとユピが、拳を振り上げて声を上げる。
うう……こっちはこっちで、プレッシャー。
そもそも私がオルタナギアに来てから、実際に魔法を使ったのは一回きり。
あのときはまだ、「私の考えた妄想」だと思ってたからなぁ。
改めて魔法を使ってみるとなると、緊張感が半端ない。
昨日の感じだと、禁断教典『シュバルツアリス』に書き記した中二病満載の設定を、使えるんだと思うけど……多分。
まぁ、悩んでばかりいても仕方ない。
こうなったら、やるしかないんだから。
「じゃ、じゃあ。いきまーす……」
人前で『シュバルツアリス』を開くのは恥ずかしいので、頭の中で記憶をたどっていく。
確か先週、ちょうどよさそうな呪文を考えたっけな。
そう。巨大な渦のような暗黒物質を、空中に召喚して。
さながらブラックホールのように、瞬く間もなくターゲットを呑み込んでしまうという代物。
呪文は……よし、まだ覚えてる。
私はすぅっと深く息を吸い込んで、両手をクロスさせながら前にかざした。
瞬間――私の周囲に光のサークルが現れ、校庭から風が吹き上がってくる。
風の勢いを、肌に感じながら。
「我は祈る。我は願う。狂おしいばかりの世界に嘆き悲しむ、神の御声に導かれ。歌う小鳥は空を追われ、森は踊りを失った。さぁ世界よ、跪け――狂おしいばかりの時計に、終焉を!」
両手が熱くなる。
全身の血が燃え上がる。
「崩壊せよ――『暗黒は世界に口付ける』!!」
刹那。
空が割れ、巨大な黒い渦が現れる。
そして――轟々と激しい風切り音を鳴らしながら。
バクンッと。
ルミーユ学園の校舎を、呑み込んだ。
「が、学校があああああああああああああ!?」
先生も生徒もみなが揃って、大声を上げた。
まぁそれもそうか。
校舎の基礎になっている部分から根こそぎ、暗黒物質がすべてを喰らい尽くしてしまったのだから。
校舎のあった部分にはぽっかりと、大きな穴が開いている。
「お、おい編入生! なんてことすんだよ!?」
「え……いや、あなたがやれって言ったから」
「ここまでのことをやれとは言ってねぇだろ!?」
「でも、ドラゴンを倒したことを証明するには、これくらいやらないと伝わらないかと」
「伝わった! 十分に伝わったよ!!」
ケンカをふっかけてきた男子が、慌てふためきながら詰め寄ってくる。
もう。魔法を使えって言ったり、やりすぎだって言ったり。
本当に、わがままな人だなぁ。
「どうすんだよ……ルミーユ学園がなくなっちまったぞ」
「他のクラスの連中、まだ学校の中にいたよな……」
「ああ。それなら心配しなくて、大丈夫ですよ?」
さすがに私だって、校舎を消滅させておしまい――なんてつもりはない。
ちゃんと再生の呪文だって、考えてあるんだから。
私は再び両手をクロスして、呪文を唱えはじめる。
「くるくる、繰る繰る、狂々と。時計の針は逆回り。世界は静かに音を止め、あるべき姿を取り戻す。くるくる、繰る繰る、狂々と」
さぁて、もう一発――私の魔法を、見せてあげる!
「再生の輪舞曲――序章『時計仕掛けのオリオン座』」
呪文を唱え終えると同時に、空には巨大な振り子時計が出現する。
そして振り子が揺れるリズムに合わせて……少しずつルミーユ学園が再生していく。
「な……なんだよ、この魔法……」
「ありえねぇ……ありえねぇだろ」
みんながざわざわとしている間に、ルミーユ学園は暗黒物質に吸い込まれる前の姿に、完全に回帰した。
よーし、うまくいった!
やっぱりオルタナギアでは、私の考えた中二病設定――もとい魔法を、発動することができるみたいだね。
くっくっくっ……なんだか私の中二心に、火が点いちゃうよ。
「さぁ、みなの者。これでも私の魔法の才を、疑うか? まだ信用できぬと言うのなら、もう一度校舎を呑み込んで……」
「わぁ! もういい、もういい!! 分かったから!!」
男子たちが悲鳴にも似た声を上げて、降参宣言をする。
その様子を、私が満足げに見ていると。
「――アリスぅ!」
「きゃっ!?」
後ろからギュッと、リーリカが抱きついてきた。
そして私の首元に頬ずりをしながら。
「あたし史上、最高だわ! やっぱりアリスは、あたしが見込んだとおり――最っ高の魔法使いだ!!」
「ユピも、びっくりしたの。アリス、本当にすごい!」
興奮気味なリーリカの後ろからひょこっと顔を出し、ユピも目をキラキラさせている。
そして、クラスの他な女子たちも――。
「すっごい、アリスさん! こんな魔法、先生ですら使ってるの見たことないよ!!」
「ねぇ、アリスさん。わたしとパーティを組まない?」
「あ、ずるーい。こっちだって、アリスさんのこと狙ってるのに!」
「だーめ」
そんなみんなを、得意げな顔で制して。
「アリスの才能を発見したのは、このリーリカ。だからアリスは、あたしのもの。誰にも渡したりなんか、しないんだから!」
ね、アリス? ……なんて言って。
リーリカは私の腕に、自身の腕を絡めてくる。
いつからリーリカのものになったのよ……って思ったけど。
なんだかすっごく嬉しそうな顔で笑ってるし――まぁ、いっか。




