04 波乱の自己紹介
「それでは、編入生を紹介する」
教室の中から、先生の声が響いてくる。
私はごくりとつばを呑み込んで、ゆっくりと教室の扉を開けた。
階段状に並んだ机には、薄紅色のケープをまとった生徒たちが、三人掛けで座っている。
ぐるりと教室を見回すと、窓際の席で手を振っているリーリカとユピの姿が。
よかったぁ、同じクラスで。
二人と別れて職員室に行ってから、不安で仕方なかったんだよ。リーリカとユピがいなかったら、私はまたぼっちに逆戻りだからね。
「じゃあ編入生、自己紹介を」
「え、あ、はい」
じ、自己紹介……?
私、そういう人前で話す的なイベント、ほんっとうに苦手なんですけど……。
「ほーら、アリス! 頑張れー!!」
思わず尻込みをしていると、リーリカが立ち上がって、私に声援を送ってくる。
ユピも隣に座ったまま、小声で何か言ってくれている。
……恥ずかしいけど。
なんか嬉しいな、こういうの。
ありがとうね。リーリカ。ユピ。
「初めまして。アリスと言います」
そんな二人に背中を押されるように、私はゆっくりと話しはじめた。
「かなーり遠くの地方に住んでいたもので、あまりこっちのことを、知らないっていうか。ちょっと世間知らずなところが、あるかとは思うんですけど。少しずつ……皆さんに馴染んでいければと思います。どうぞ――よろしくお願いしますっ」
最後は勢いよく、ぺこりと頭を下げる。
できた……いつもだったら、あぅあぅ言うだけで終わってる私が、最後まで言い切ることができたよ!
やりきったという思いで、胸の中がもういっぱいで――。
「よぉ、編入生。ドラゴンを一撃で倒したって、マジなのかよ?」
「……え?」
私はおそるおそる顔を上げて、教室の後ろの方に視線を向ける。
椅子に座ったまま、にやにやと嫌な笑いを浮かべている男子生徒。
それに呼応するかのように、他の男子たちからもヤジのような言葉が飛んでくる。
「ドラゴンを一撃でぇ? そんな魔法、学生に使えるわけないじゃん」
「絶対ほら話じゃねぇか。自分でそんなこと言って回ってんのか?」
「うわっ。それって痛くね?」
一瞬のうちに沸き立つ教室。
あの……えっと。
いつの間に噂になっちゃったの、ドラゴン退治の話?
どこの世界に行っても、噂話が流れていく速さってすごいなぁ。
――なんて、他人事のように思う私。
だってドラゴンを倒したことも、魔力計を壊しちゃったことも、あんまり実感がないんだもん。
リーリカが褒めてくれるから、ちょっと調子に乗っちゃってたけど。
私って元々は、ただの中二病ぼっち女子なわけだし。
「静かにしなさいよ!」
そうして私が黙っていると――バンッ!
リーリカが思いきりよく、机を叩いた。
「アリスが嘘をついてるっていうの? アリスの実力も知らないくせに、好き放題言っちゃってさ。これだから男子は嫌なのよ!」
「んだと、リーリカ! 編入生の肩を持つ気かよ」
「持つに決まってるでしょ。だってアリスは、あたしの大切な友達なんだから!!」
リ、リーリカ……。
『大切な友達』という言葉に、ジーンと胸の中が熱くなる。
「それにね。あたしはアリスが、ドラゴンを倒すところを見たの。その圧倒的な魔法を見て、あたしが! アリスをルミーユ学園に誘ったの!!」
「本当かぁ?」
「信じられねぇな」
訝しむ男子たち。
その様子に、眉尻を吊り上げるリーリカ。
「まだ信じないっていうの!? 学園長だって、アリスの魔力を見たら、一発で編入を許可してくれたんだよ!? アリスってば魔力計を壊しちゃうくらい、すっごい魔力を持ってるんだから!!」
「魔力計を壊すぅ?」
「それこそ、ありえねぇだろ。いくらなんでも話を盛りすぎだぜ、リーリカさん?」
「はい、解散解散ー」
「――なんですってぇ!?」
「リ、リーリカ……落ち着くの」
「止めないで、ユピ! アリスをバカにしたあいつらを、あたしは許せない!! この『ルクシアブレード』の錆に、今すぐ変えてやるんだ!!」
「……んだよ。やるってのか!?」
腰元の鞘から剣を抜き放ったリーリカに、今までふざけたように笑っていた男子も、顔色を変える。
ひえぇぇ……私のことで、なんだか大変なことになってきちゃったよ。
このまま止めないと、リーリカと男子で決闘にでも発展しかねない。
下手したら、リーリカが大怪我しちゃう可能性だって……。
それはいやだ。
私のせいで、せっかくできた友達を、怪我させちゃうなんて!
考えろアリス。リーリカと男子の衝突を回避して、この場を収めるためにどうしたらいいのか……!!
――――そうだ。
「み、みんな。ちょっと落ち着いて!」
上擦った声で、私は叫んだ。
渦中の編入生の言葉に、クラスは一瞬にして静まり返る。
……こういう空気、本当は苦手なんだけど。
私は意を決して――片目を覆い隠すように右手を当てて、にやりと不敵に笑った。
「……くくっ。この私の魔力を、甘く見られては困るな」
「あん?」
男子がうさんくさそうに、こちらを見ている。
だけどもう、喋り出したら止まらない。
中二心に、火が点いちゃったからね。
「リーリカの言うとおり、私は確かにドラゴンを倒した。魔力計も壊した。それはすなわち――私が大魔法使いとなる資格を、生まれながらに持っているということ。その私を捕まえて、ほら吹きなどと侮るとは言語道断! 私を恐れよ! 私を崇めよ!! 私は大魔法使い――アリスである!!」
なんか喋っているうちに興が乗ってきちゃって、最後には左手を大きく広げ、胸を張って大見得を切った。
シン、と静まり返る教室。
「……上等じゃねぇか。編入生のくせに、調子に乗りやがって」
静寂を切り裂くように、一番最初にヤジを飛ばしてきた男子が、睨みを利かせながら立ち上がった。
「そこまで言うんなら、見せてみろよ。その、ドラゴンすら倒せるほどの、大魔法とやらをよ!!」
え……嘘でしょ?
私はおそるおそる、教室中を見回す。
他の生徒も、リーリカやユピも、先生でさえも――「うんうん」って頷いてる。
ちょ……ちょっと待ってよ。
このプレッシャーの中で、私――魔法を使わないといけないの?
 




