01 冴えない日常の終わり
……あーあ。学校がテロリストに襲われたりしないかなぁ。
んー、でもテロリストじゃつまらないか。
じゃあ、悪魔とか魔物とか、そういうので。
そっちの方が、魔法だったり呪われた力だったり、色々と盛り上がりそうじゃない?
そして私は、そんな悪魔や魔物に立ち向かう。
クラスメートたちには隠していたけど、私には秘められた『力』があって。
その『力』を解放した私は、最強魔法の呪文を唱えて、闇より生まれたすべてのものを消滅させるの。
阿鼻叫喚のクラスメートたちを、華麗に救い出した私。
そうすれば当然、拍手喝采、雨あられ。
羨望の目の集中砲火を浴びながら、私はみんなから賞賛を受けちゃったりして。
「すごいよ、有栖田さん!」「有栖田さん、素敵!」「俺、実は有栖田さんのことが前から……」
――――なーんてね。
頭の中では、私は神様なのに。
机に頬杖をついた姿勢のまま、私――有栖田真子は、小さくため息を漏らした。
またやっちゃったよ。授業中の妄想。
ボーッとしている間に先生の板書が進んでいたことに気付き、私は慌ててノートを取りはじめる。
そう。
これが妄想じゃない、現実の私の風景。
悪魔や魔物どころか、テロリストすらいない。
いるのは髪が後退しつつある、中年太り気味の先生だけ。
魔法? そんなもの、使えるわけないじゃん。
私にできるのは、先生の眠気を誘うぼそぼそ声に耐えながら、ひたすら黒板の文字を書き写していく作業くらいだよ。
妄想の中ではキラキラ輝いていた私だけど、見た目だってそりゃあもう、ぜんっぜん大したことない。
……ううん、言い過ぎた。
大したことないどころか、冴えない・パッとしない・っていうか地味。
たとえば、三つ編みに結った真っ黒な髪。
前髪は何ヶ月も伸ばしっぱなしにしてるもんだから、目を覆い隠さんばかりの長さになっちゃってる。
たとえば、高校二年生とは思えないほど低い身長。
背が低いだけならともかく、胸元も年齢不相応にぺったんこだから、目も当てられない。
そして、そばかす。
気にしない……なんて言えるほど、私の心は強くない。
どちらかというと、涙が出ちゃいそう。
――まぁ、そんな感じで。
コンプレックスの塊な見た目をした、冴えない地味子な私は、今日も教室の隅っこでノートを取っている。
黙々と。そう、ただ黙々と。
だって、友達がいないから。
「はぁ……」
授業終了を告げるチャイムが鳴ると、私はため息を漏らして、お弁当箱の入っている袋を取り出した。
そしてガタンと席を立ち、こそこそと教室を後にする。
教室の中から聞こえてくる、クラスメートたちが談笑する声。
皆さん、楽しそうなことで。
……爆発すればいいのに。
心の中で毒づいて、そそくさとその場を離れた。
冴えないぼっちな私にとって、リア充さまたちの楽しそうな雰囲気は、猛毒に等しい。
近くにいるだけで致死量に達しそう。
ああ、神様。
私はどうして、有栖田真子なんて名前なんでしょう?
有栖田――なんて大仰な苗字、私には似合わないと思うんですけど。
名前負けも甚だしい、私の人生。
このままぼっちで高校を卒業して、中途半端な偏差値の大学に行って、三流だか四流だかの企業に就職して。
来る日も来る日も、つまんない書類の山を処理するばかりの生活。
結婚?
そんなもん、できるわけないじゃん。私を好きになる奴がいたとしたら、そいつの職業は壺売りだね。
そして安月給の独身生活を数十年過ごしたのち。
私はひっそりと、人生を終えるのか。
「…………今すぐ死にたい」
まぁ言うだけなんだけどね。
死ぬ勇気すら、私にはないんだけどね。
足早に廊下を進み、私はひとけのない階段を上る。
向かう先は――学校の屋上。
当たり前だけど、昼休みに入ったばかりの時間に、こんなところに人がいるわけがない。
だからこそ、私は毎日、昼休みになるとここに来ている。
なんでかって?
……ぼっち飯だよ。言わせないでよ、恥ずかしい。
「屋上に行ったら、異形の怪物がいればいいのに……」
そうすれば、みんなの楽しいお昼が一変、地獄絵図と化す。
パニックとなり、悲鳴を上げながら逃げ惑う生徒たち。
そこに颯爽と登場――私!
「そんなときに、ちょうどいい魔法だったら……」
呟きつつ、私は手持ちの袋の中から、一冊のノートを取り出した。
その真っ黒な表紙のノートには、赤い文字で『シュバルツアリス』と書かれている。
そう――これは、禁断教典『シュバルツアリス』。
魔法の呪文やその効力について閃くたびに、私はここに書き記している。
……黒歴史ノートとか言わないで。
私の数少ない、趣味のひとつなんだから。
「閃光の瞬きは裁きの輝き……汝、灰燼と化せ。『機械仕掛けの太陽』!」
『シュバルツアリス』に記された呪文を、周囲に人がいないことを確認しつつ、唱える。
この魔法が発動すれば、まばゆい光が辺りを照らし……異形の怪物は一瞬のうちに塵と消える。
そうすれば当然、拍手喝采、雨あられ。
羨望の目の集中砲火を浴びながら、私はみんなから賞賛を受け――――。
「って、また妄想しちゃってるし。私……」
本当に、頭の中では神様みたいな存在なのにな、私。
そして私は、本日何度目か分からないため息をつきつつ、屋上へと続くドアを開けた。
――――刹那、吹き抜けていく緑香る風。
その勢いに、私は思わず目を瞑ってしまう。
やたら風が強いなぁ、今日は。
ごしごしと目をこすって、私はゆっくりと目を開けた。
そこにあるのは、広大な平原。
「…………はい?」
私はもう一度、ごしごしと目をこする。
そしておそるおそる、屋上があるはずの空間に目をやった。
しかし――やはり一面に広がっているのは、地平の向こうまで見えそうなほどの平原。
何これ。
なんで屋上が、ファンタジー系RPGみたいな地形になってんの?