第六十話『ラーヴァセルカ遺跡 中編』
大変長らくお待たせいたしました。続きとなります。
ユウをパーティに加え、クオン達は順調に先へと進んでいた。第六層を探索していると、他の冒険者パーティと遭遇した。男性四人のパーティである。覇気が全く無く、とても疲れた様子だったのが気になった。
「何かあったんですか?」
クオンが尋ねると、パーティの中で一番の年嵩に見える男性が答えてくれた。
「この先にドラゴンがいやがるんだ。とてつもなく強くてな。もう諦めて帰るところさ。さんざん探したが迂回路も見当たらねえしな。」
「良ければ、話を聞かせてもらえませんか?」
「そいつは構わねえが...」
男の話によると、この先には溶岩池に岩の円柱がたくさんそそり立っている場所がある。その入口とは反対側に扉があり、その扉を謎のドラゴンが守っている。溶岩池の中央にはひときわ大きな円柱の足場がある。そこまで行くとドラゴンが攻撃してくるとの事だった。
「魔法だかなんだか知らねえが、どんな攻撃も弾かれちまうんだよ。ドラゴンの周囲に見えない壁があるみたいなんだ。試行錯誤はしたが、かすり傷さえ与えられない。それで、命からがら逃げて来たって訳だ。悪いことは言わねえ。命が惜しけりゃ、やめときな。命あっての物種だぜ。」
そう言って、その冒険者パーティはクオン達が来た方へ去っていった。
「どうしようか。迂回しようにも他に道がある可能性は低そうだね。」
「とりあえず行ってみようぜ。俺は興味ある。」
「私もバートにさんせー。あんな言われたら気になっちゃうよ。」
「私も気になるけど、ちょっと心配かな。」
「俺はクオンに任せるよ。」
溶岩池の中に、円柱状の岩場がたくさんそそり立っている場所に出た。クオン達がいる場所とはちょうど反対の壁側に窪みがあり、大きな扉が見えた。そしてその扉の前。腕を組み仁王立ちになっている屈強な赤銅色のドラゴンがいた。
「うわあ...めっちゃ強そう...」
リッカが思わず口に出す。他の皆も同じ印象を抱いていた。正直、戦わずに済めばそれに越したことはないのだが、話が通じるようには全く見えない。
「まずは様子を見てみようか。溶岩に落ちたら大変だから、浮遊の魔法をかけて。カリン。」
足場が悪く、溶岩池に落ちる危険がある。氷檻の指輪でも、さすがに溶岩の熱までは防げない。
「うん。分かったよ。虚空に咲く蓮の花、我が足跡と成れ。浮遊蓮花。」
クオン達の足裏に、蓮花の形をした薄桃色の光が広がる。これで万が一落下しても溶岩池に直接触れる心配はなくなった。
クオン達は足場を飛び移っていく。中央にある大きな岩場まで移動したが、件のドラゴンは何の反応も示さない。リッカが不思議そうに言う。
「あれ?何もして来ないね。」
中央の岩場まで来ると攻撃して来たと聞いたが、ドラゴンは微動だにしない。さらに恐る恐る近づいてみる。やはり、ドラゴンは動かない。動く気配すらない。まるで彫像のようだ。
「どうする?もっと近づいて見るか?」
「そうだね。慎重に行こう。突然動き出すかもしれないし。」
クオンとバートがドラゴンの側まで近づいてみることにする。ドラゴンの目の前まで来るが、それでも動かない。ガーゴイルのように突然動き出すかもと警戒していたものの、微動だにしない。横をすり抜けようかと思った時だった。
「拍子抜けしたかい?」
突然の声。聞き覚えのある声。声がした方へ視線を巡らせると、アハトが宙に浮いていた。アハトに気づいて、リッカはあからさまに嫌そうな顔をする。
「げっ、またあいつじゃん!」
クオンはアハトを警戒する。それも当然だ。ゴーレムをけしかけてきたり、マンテリウムまでクオン達を飛ばしたりと、今まで碌な事をしていない。
「アハト。一体何の用かな。」
「やだなあ。そんなに睨まないでよ。怖いなあ。ただ僕は、クオンとリッカの為を想ってしているだけなのにさ。」
アハトは大げさな動きで肩を竦める。気障な動きに、リッカは無性にイラッとした。
「またあのアルヴェーンとかいうゴーレムをけしかける気!?」
「そうしたいところだけど、残念。今日の相手はこの子だよ。」
ドラゴンの目が光ったかと思うと、腕組みを解き、大きく咆哮する。岩のような拳を振り上げ、勢いよくクオンとバート目がけて叩きつけた。
「うわっ!?」
「うおっ!?あぶねっ!」
間一髪のところで、二人は後ろへと飛び退る。ドラゴンは二人を睨みつけると、また咆哮する。接近戦は危ないと判断し、クオンとバートは中央の足場まで急いで戻った。
「戦えないとつまらないでしょ。動かしといてあげたよ。」
「こら〜!余計なことすんな〜!」
リッカはアハトを睨みつけて叫ぶ。アハトは楽しそうに笑う。
「あははは。サービスで弱くしといたから君達にも勝てると思うよ。それじゃ、頑張ってね。」
そう言うと、アハトは風景に溶けるようにして消えてしまう。クオンは一旦退却しようと思ったが、ゴゴゴゴと音を立てて、クオン達が来た道に壁がせり上がる。溶岩池のある空間に閉じ込められてしまった。
「アーハートー!でてこーい!ボコボコにしてやるー!」
リッカはアハトがいた場所に叫ぶが反応はない。アハトの意図も気になるが、今はドラゴンに対処する方が先だ。ドラゴンは翼を広げて舞い上がると、クオン達のいる中央の足場めがけて落下する。ズドーンと激しい音と土煙。
「どうやら、戦うしかないみたいだね。散開して遠距離を主体に攻撃するよ。リッカとバートはフォローお願い。」
クオン達は散開すると、各々別の足場へと飛び移る。標的が分散したせいか、ドラゴンは誰から狙うか考えているようだった。そのスキにクオン、カリン、ユウは攻撃を仕掛ける。
「銀より輝く魔の調べ。弾丸となりて其の敵を穿て。魔弾の射手!」
「震えさえ止まれ。凍てつく光よ。我が仇を照らし給え。冷光閃!」
「スプレッドショット!」
クオンが魔弾の射手、カリンが冷光閃、ユウが散弾銃で遠距離から攻撃する。三方向からドラゴンへと攻撃が殺到する。ドラゴンは避ける素振りも見せなかった。クオン達の攻撃は尽く、ドラゴンの鱗に弾かれる。先程の冒険者パーティが言っていた情報とは違っていた。クオン達の攻撃は、見えない壁に阻まれることはなかったのだ。だが、それでも強敵であることには変わりない。
「全然効いてない...か。」
クオンは必死に頭を巡らせる。その時、ユウが近くに来てクオンに囁く。
「俺に考えがある。あのドラゴンの注意を引き付けてくれ。」
「いいけど、一体、どうするの?」
「とっておきの攻撃があるんだ。でも一、二回しか使えない。」
「分かった。」
ユウは回転拳銃を取り出すと、魔法を詠唱する。
「導くは、表裏一体の理。鉄を鎧う力と成れ。雷神鎧!」
ユウが詠唱したのは、雷の鎧を纏う魔法。だが、ユウは自らの身体ではなく、銃身に纏わせる。バチバチと雷光が蛇のように纏わりつく。
「喰らえ!レールショット!」
ユウはドラゴンめがけて引き金を引く。轟音と共に、弾丸が高速で射出される。電磁力で加速された弾丸は、ドラゴンの腹に直撃した。しかし、そこで思いがけない光景をクオン達は目にする。
「えっ!?」
クオンは瞠目する。破壊された孔から飛び散ったのは、なんと機械の部品だったのだ。バラバラと孔から部品をこぼしながら、ドラゴンは咆哮する。金属を引っ掻いたような、嫌な声がした。
「えー!?ご、ゴーレムだったの!?」
「は!こいつはびっくりだな。」
「...嫌な声。」
リッカとバートも口々に驚きの声を上げる。カリンは咆哮が耳障りだったのか顔をしかめていた。ドラゴンが真上を向いた。口内に光が溜まっていく。これはきっと、全体攻撃だ。しかもかなり強力な。かなり濃い魔力密度を感じる。
「ユウ。さっきのもう一回できる?」
「すまない。もう無理だ。銃身がぶっ壊れた。」
銃身は激しく破損していた。これでは通常の射撃もできないだろう。もう一撃同じ攻撃を加えれば勝てただろうが、そう簡単には行かないようだ。
「リッカ!」
「ほい来た!」
「「我を守りし聖なる光。願うは守護の腕。盾となりて我が世界に安寧を。守護の光!」」
クオンとリッカの二重詠唱。詠唱が終わったと同時に、ドラゴンの口に溜まっていた光が破裂する。魔力光線の筵が襲いかかる。クオン達全員を光の障壁が包み、殺到する魔力光線を防いだ。
「きっつ...。」
「リッカ。頑張って。」
そのうち、ドラゴンの顎が閉まり、破壊の雨は止む。何とか防ぐ事はできたが、次は耐えられるか分からない。
「円弧炸裂!」
バートが長柄戦斧の銃機構から炸裂弾を撃ち出す。ドラゴンに当たり、爆発を起こす。バラバラと部品がこぼれるものの、決定的なダメージはないようだった。バートはチッ、と舌打ちをする。
「こいつ結構タフだぞ。どうするよ。クオン。」
「長期戦は不利だね。一気に決めたいんだけど...。」
クオンとバートがそう話す間にも、ユウ、リッカ、カリンはドラゴンに攻撃を加えていた。攻撃は効いているようには見えるが、やはり決定打に欠けている。
(そうだ!溶岩池に突き落とせばいいんだ!)
鱗で覆われた巨躯は耐熱仕様だろうが、さすがに中身までは耐えられないはずだ。
あのドラゴンには翼がある。まずは翼を破壊し、飛行できないようにしなければならない。しかし、ゴーレムである以上、あの翼が飛行能力を担っている確証はない。カモフラージュの可能性もあるのだ。その場合の対処も考える必要がある。
(カリンに負担をかけちゃうけど...万全を期した方がいいね。)
クオンはカリンのそばに行くと、作戦を伝える。
「カリン、頼める?」
「うん。大丈夫。いけるよ。」
カリンは少し驚いてはいたが了承する。ドラゴンが他の仲間に気を取られている間に、クオンはユウと共にドラゴンの背後へと回り込む。狙いを付けて剣を振った。
「飛翔閃!」
クオンの剣から、ドラゴンの翼目がけて魔力の斬撃が飛ぶ。ドラゴンの片翼を根本から切り飛ばした。今度はユウが散弾銃でもう片方の翼を攻撃し、穴だらけにする。そして、カリンは杖の先を向ける。詠唱と共に、魔力が収束していく。
「光が巻き起こす風よ。世界を巡る波動と成れ。ケルヴィン波!」
カリンが放った魔力の奔流は、ドラゴンではなく、岩の足場を破壊する。自重に耐えられなくなったのか足場は崩落し始めた。ドラゴンもバランスを崩し、共に溶岩池へと落ちる。耳をつんざく不愉快な叫び声。
カリンは杖を構えて万一に備えるが、ドラゴンが飛び立つ様子はない。時が引き伸ばされたような感覚。
しばらくして、ドラゴンは動きを停止すると、ズブズブと溶岩の中へと沈んでいくのであった。浮かび上がってくる様子もないことが分かると、クオンはほっと胸を撫で下ろした。ユウとバートは武器を下ろす。カリンはふーっと息を吐いた。
「勝ったぞー!」
リッカがガッツポーズをする。すると、どこからかパチパチと手を叩く音が聞こえる。いつの間にか、アハトが姿を現し、宙に浮いていた。リッカは渋面を作った後、アハトを睨んだ。
「こらあああアハトー!降りてこーい!説教してやるんだからー!」
「そいつは勘弁だね。勝利も見届けたことだし、僕はここらで退散するよ。じゃあね。クオン、リッカ。」
アハトはクスクスと笑いながら、風景に溶けるようにして消えた。同時に、塞がれていた入り口も開いた。
「あいつは一体何なんだ?やけにクオンとリッカを気にしてるみたいに見えたけど。」
ユウは当然の疑問を口にする。クオンもリッカも、アハトの真意は分からない。
「うーん。分かんない。何がしたいんだろうねあいつ。」
クオン達はドラゴンが仁王立ちしていた場所まで行く。金属で構成された大きな扉。そこには見覚えのある紋章が刻まれていた。
「これは、フェリウス帝国の紋章?」
クオンが呟く。どこかで見た事があると思ったら、龍の巣で見ていた。クオンが扉に触れると、バシュッという音と共に紋章に光が走った。クオン達は慌てて後ろに下がる。光が紋章を縁取ると、扉の中央に縦に真っ直ぐ光が走っていく。扉は中央から割れて左右に開き始めた。そして扉が開き切ると、光る通路が奥へと続いていた。
「この通路の感じ、五号遺跡と同じだね。」
カリンの言う通り、五号遺跡で見た光る通路と酷似していた。ここから先は、明らかに雰囲気が違う。
「さあ皆、気を付けて行こう。」
クオン達は光る通路へと足を踏み入れるのであった。クオン達の姿が通路の奥へと消えると、再び風景が揺らぎ、アハトが姿を現す。
「まったく、ノインは過保護なんだから。もっと信じてあげればいいのにさ。そうは思わないかい?ねえ?」
アハトは、まるで誰かと会話しているかのように話していた。
「『生きようとする意思は、神さえ反す力と成った』。きっと、アイツらは思い知るよ。自らの愚かさにね。」
*********
エアリーとプラットは、正気に戻ったアセノスフェアを伴いゼイトゥーン神殿へと向かって飛行していた。アセノスフェアは先程の戦闘で疲労していて龍の姿を取れないので、ヘイフォードの脇に抱えている。
「フェルス大丈夫かなあ...心配だなあ...。」
アセノスフェアはフェルスという人物の事をしきりに心配していた。プラットが尋ねる。
『そのフェルスとは何者だ?親しいのか?』
「オリヴィエ神殿の巫女さんだよー。ぐるぐるしたくなっちゃうくらい可愛いんだよー。僕と仲良しなんだー。」
アセノスフェアは嬉しそうな表情でそう言うが、すぐにまた心配顔へと戻った。
(ぐるぐるって何だろう?)
一方のエアリーはヘイフォードの中で首を傾げて疑問符を浮かべていた。アセノスフェアの言い回しに疑問に思ったものの、新龍だから独特の感性を持っているのだろうと勝手に納得した。
そうこうしているうちに、神殿に到着した。ヘイフォードが神殿の前にゆっくりと降り立つ。アセノスフェアがヘイフォードの腕から降りると、ちょうどフォノラと神官達が駆け寄って来た。息を弾ませながら、叫ぶ。
「アセノスフェア様!元に戻られたんですね!」
「ごめんよー。迷惑かけちゃって。」
フォノラはアセノスフェアと抱き合った後、ヘイフォードの方を見る。ヘイフォードが足元に照射した光の中からエアリーが現れると、フォノラは驚いて目を丸くしていた。神官達もどよめいている。
「ゴーレムから女の子が出てきた・・・。あの、アセノスフェア様。この方は?」
「僕を助けてくれたんだ。アイソスタシーの人だって。」
「はじめまして。エアリーと申します。こっちのゴーレムは相棒のプラット。」
『よろしくな。』
「アイソスタシー...ギルド総本部の方だったんですね。私はフォノラと申します。このゼイトゥーン神殿でリソスフェア様の巫女を務めております。アセノスフェア様を救っていただき、お礼を申し上げます。」」
フォノラはエアリーとプラットの素性に納得すると、礼儀正しく挨拶をし、お礼を口にする。後ろに控える神官達もフォノラに倣って頭を下げる。
「ところで、リソスフェア様とはお会いになりましたか?アセノスフェア様を止めに行ったはずなのですが・・・。」
「いいえ。会ってませんね。」
「僕も姉ちゃんとは会ってない・・・と思う。多分。あんまり自信ないけど。」
「そうですか・・・。心配です。」
『嬢ちゃん、その心配はいらないようだぞ。』
「え?」
プラットの言葉に、フォノラは疑問符を浮かべる。その時、フォノラ達の耳に龍の咆哮が届いた。聞きなれた声に、フォノラの顔がぱっと明るくなる。するとすぐに、ゼイトゥーン神殿へ飛翔するリソスフェアの姿が見えた。リソスフェアは龍の姿から龍人形態になると、アセノスフェアへと駆け寄る。
「アセノス!元に戻ったのね!ああ、良かったわ。」
「姉ちゃん!」
リソスフェアはアセノスフェアを抱擁する。まだ暴走していると思っただけに、嬉しさもひとしおだ。そんなことは露知らず、アセノスフェアは言う。
「姉ちゃんは何してたの?」
リソスフェアは微笑んだまま、ずずいっとアセノスフェアに顔を近づける。笑顔だが圧を感じてアセノスフェアはたじろぐ。
「あなたを止めようとしてボコボコにされてたんだけどぉ?覚えてないのかしら。」
「え、覚えてない・・・ごめーん。」
アセノスフェアは目をギュッと閉じて首を竦める。リソスフェアに叱られる時にするいつものポーズだ。凶暴化していた時の面影はすっかりなくなり、リソスフェアは安堵した。
「アセノス、あなたどうやって元に戻ったの?」
『そこは私が説明しよう。』
プラットが喋ったことに驚いたものの、あのタングステンマンだと聞いて納得する。事の仔細を聞くと、リソスフェアはプラットに疑問を投げかけた。
「どうしてあなたの攻撃が通じたの?・・・新龍を害せるのは同じ新龍だけよ。」
リソスフェアは不審がる。神物質を破壊できるのは神物質だけ。この世界で神物質なのは新龍だけ。リソスフェア達だからプラットの言葉はあり得ない。プラットは返答に窮することもなく言った。
『済まないが、アイソスタシーの守秘義務がある。気分を害するようで悪いが、教えることはできない。』
「・・・。」
リソスフェアは目を細めてプラットを見る。それは疑念の目だ。両者の間に、沈黙の帳が下りる。そんな不穏な空気を突如破ったのは、アセノスフェアの暢気な声だった。
「姉ちゃん。何カッカしてんの?その人達は悪い人じゃないよー。」
「アセノス・・・あなたね、事の重大さが分かってるの?」
「そのゴーレムのマスターはエアリーさんでしょ?可愛い女の子に悪い子はいないよー。ねー。」
いつもの調子のアセノスフェアに呆れて、リソスフェアは大きくため息を吐く。一気に毒気が抜かれてしまった。
「あなた達のこと、気にはなるけど詮索はしないでおくわ。今のところはね。それと、弟を助けてくれてありがとう。」
「それが・・・アセノスフェア様、落ち着いて聞いてください。オリヴィエ神殿の者達は今行方不明なんです。」
「え...じゃあ、フェルスは!?」
「フェルスも行方が分かりません。」
「そんな!探しに行かないと!」
「こら!待ちなさい!」
「ぐえっ!?」
リソスフェアは無理に龍化しようとするアセノスフェアを止めようと、とっさに頭突きを食らわせる。鳩尾に竜角が直撃し、アセノスフェアは悶絶して地面に転がる。
「姉ちゃん!痛いよ!何するのさ!」
「慌てないの。フェルスを探しに行くなら魔力を回復してからにしなさい。ほら。こっちに来なさい。」
リソスフェアは自分の竜角をアセノスフェアの竜角に合わせる。アセノスフェアの方へ竜角を伝って魔力が流れ込む。
「ずいぶんと消耗してたみたいね。まったく、少しは自分の身を省みなさい。」
「えー、でも僕達、基本的に死なないし・・・」
「アーセーノースー?」
「ご、ごめん姉ちゃん・・・」
リソスフェアがジト目でたしなめると、アセノスフェアはシュンとなる。相変わらず、自分の身体に無頓着な弟に内心ため息を吐くのであった。基本的には死ぬことはなくても、魔力を消耗すれば疲弊はするし動けなくなる。
互いの竜角を合わせて十分ほど経った。あらかじめパイロライトで魔力を補給していたおかげで、アセノスフェアに十分な量を分け与える事ができた。その顔から疲労の色はすっかり消えていた。
「ありがとー姉ちゃん。元気になったよー。」
アセノスフェアは龍化して飛び上がると、神殿の上をぐるぐると旋回する。フォノラが不安そうな表情でリソスフェアに尋ねる。
「良かったのですか。リソスフェア様。」
「ううん。良くはないけど、あの子、フェルスが絡むと止めても無駄だからね。心配だから私も一緒に行くわ。悪いけど、ゼノには伝えておいてくれない?」
「かしこまりました。お気を付けて。」
フォノラにそう頼むと、リソスフェアはエアリーとプラットの方へ向き直る。
「あなた達、闇の賢者について何か知っているわね?ゼノに言わなかったのは何故?」
『聞かれなかったからな。それに、』
「ねー!早く行こうよー!フェルス達が心配だよー!」
アセノスフェアが会話する二人に言葉をかぶせて来た。神殿の上空で急かす。
「オリヴィエ神殿へ向かいながら話をしましょう。それでいいかしら。」
『もちろんだ。』
リソスフェアが龍の姿になり飛び上がる。プラットはエアリーを中に収納すると、焔を背中から吹き出して浮かび上がる。フォノラ達に見送られ、オリヴィエ神殿の方へ向かい飛び去る。少し先行するリソスフェアの後ろで、リソスフェアとプラットは先ほどの話の続きをする。
『さっきの話の続きだけれど、闇の賢者って一体何なの?』
『簡単に言うと、とある神の手先だ。無限神は知っているか?』
プラットに問われ、リソスフェアは自身の記憶を探る。その名には聞き覚えがあった。
『無限神って、オストシルトだかで信仰されてるって神?』
『ああ、それで合っている。』
「無限神の手先ですって?あなた、本気で言ってるの?」
『もちろん、本気だとも。君は無限神についてどれだけ知っている?』
『無限神カントール。限り無き力を持つ神。古龍七柱にたった一柱で匹敵する神、だったはずよ。』
古龍七柱を信仰の中心とする龍神教。その対抗勢力が、無限神カントールを絶対的な最上位の神とする無限神教だカントール神教とも言われていた。
『古龍七柱と無限神は実在する。要するに、人類達の神話に脚色はあれど、概ね真実ということだ。』
リソスフェアが訝しむのも無理はなかった。神話によると、大地双龍リソスフェア・アセノスフェア、大海龍ヴァンフリート=エクマン、大空龍プラントルは古龍七柱から世界の維持を任されたとされている。しかし実際は、世界の維持は本能でやっていることであって、任されたという訳ではないのだ。
もちろん、古龍に会ったこともない。リソスフェアは古龍も、その他の神々も、あくまで人間の神話上の存在、空想の産物だと思っている。それは違う、と言っても人間たちは聞いてくれなかった。特に実害がある訳でもないので、とっくの昔に訂正することは諦めている。
無限神カントールも同様だ。宗教のいざこざが生み出した神。龍神教の教えを信じない者たちが創った神だという認識だ。
『双方の神話の違いは、どちらの派閥から見たかに過ぎない。』
『信じられないわよ。そんなこと。』
『信じられなくとも、それが事実だ。』
荒唐無稽ではあったが、今はプラットの言葉を飲み込むしかなかった。新龍はこの世界において最上位の存在。干渉できるとすれば、同じ新龍だけ。その前提が、まさに目の前で崩れていたのだから。
『カントールの下には配下神がいる。その中の一柱、純水の女神プリムラ。そいつの使徒の一人が闇の賢者ザラーム。今回の事件の元凶だ。』
「使徒?」
「神によって、物質から神物質の肉体に昇華された者のことだ。」
リソスフェアは驚きで目を見開いた。龍に特徴的な瞳孔が、いつも以上に細長く見える。
『そんなことが・・・可能なの?』
『実際に奴は君達の神物質に干渉できる。実際に君の弟は操られただろう?』
プラットはその鋼鉄の顎をしゃくり、先を行くアセノスフェアを示す。紛れもない事実を出されては、リソスフェアも認めざるを得ない。
『もしザラームが現れたら、エアリーと私に任せて欲しい。対抗策はある。何とか仕留めてみよう。』
リソスフェアとアセノスフェアの力は同等だ。アセノスフェアが操られたのなら、リソスフェアも操られてしまうだろう。リソスフェアは、そうね、と頷いた。
『その無限神とやらは何が目的なの?』
『奴らの目的は単純で明快だ。この世界の破壊、そして再生だ。気に食わないから壊したいのさ。古龍七柱が創りし、この世界をな。』
『気に食わないって・・・それは、どうしてなの?」
『さあね。詳しくは知らないな。まあ神様も、人類みたいに複雑な事情があるってことだ。』
『あなた、なんでそんなこと知ってるの?』
『そりゃあ、もちろん聞いたからさ。神様本人にな。』
荒唐無稽に荒唐無稽を重ねる言葉の数々に、リソスフェアはどこまでが真実であるのか、さらに分からなくなったのであった。
*********
オリヴィエ神殿。暴走したアセノスフェアによって破壊された神殿の中に、ザラームはいた。
紫色の魔法陣が描かれ、その中心に少女が一人寝かされていた。その脇で、ザラームは水晶玉を覗いている。その中では、アセノスフェアとヘイフォードの戦いの様子が映し出されていた。
「まさか、まだ稼働しているモノがあったとはな。脆いブリキ人形にしては、少しはやるようだ。だが、所詮は浅知恵よ。」
ザラームはヘイフォードの兵装の機構を見抜いていた。特殊な波動を纏うことによる、物質の疑似的な神物質化。驚きではあったが、脅威になるほどではない。ゴーレム一体の出力では、継戦能力もたかが知れている。
「もし邪魔をするようなら、あやつをぶつけてみるのも一興だな。クックック。」
アセノスフェアが正気に戻ったのは予想外ではあったが、計画を変更するほどの影響はない。
紫色の魔法陣が消えると、少女はゆっくりと目を開ける。そして糸につながれた人形のように、立ち上がった。その瞳に、意思の光は感じられない。
「さて、これから大事なお仕事だ。頼んだぞ、龍の巫女よ。」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




