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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第三章 地底世界の冒険
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第五十九話『激突!アセノスフェアvsタングステンマン』

続きとなります。

 エアリーとプラットはゼイトゥーン神殿前の広場で休息を取っていた。予想以上に、アセノスフェアの探索は難航している。プラットは疲れを知らないが、エアリーはそうではない。プラットはリアルタイムでエアリーの状態ステータスを監視している。エアリーは疲れたとは言わないが、プラットには疲労度が筒抜けだった。


「ふう。どこにいるんだろうね。アセノスフェア様。」

『もっと捜索範囲を拡大しなければならないかもしれないな。』


 エアリーがプラットと今後の相談していると、フォノラが話しかけてきた。


「お疲れさまです。ハイスカーネン様。」

「巫女様。お疲れさまです。どうかなさいましたか?」

「アセノスフェア様の事が気になって・・・。何か分かりましたか?」

「申し訳ありません。まだ探索中なんです。」

「そうですか・・・。」


 エアリーとフォノラの間に気まずい沈黙が流れる。フォノラは何か言いたそうな雰囲気だったが、言い辛いのかなかなか言い出さない。このままでは埒が明かないので、プラットが口を挟んだ。


『リソスフェアの巫女よ。何か聞きたい事でもあるのか?』

「きゃ!?」


 突然聞こえた声にフォノラは驚いて飛び上がりそうになった。フォノラは声の主を探して、辺りをキョロキョロと見回す。


「驚かせてごめんなさい。今のは私の相棒のプラットの声です。このゴーレムの人工精霊なんです。」

「そ、そうなんですね。びっくりしました。」


 フォノラが落ち着いたところで、プラットは同じ質問を繰り返す。フォノラは逡巡した後、意を決して口を開いた。


「ハイスカーネン様は、アセノスフェア様をどうやって止めるおつもりなのですか。」

『今の状況では、どうにかして気絶させるしかあるまい。それは君も分かっているんだろう?』

「はい。ですが、心苦しいです・・・。」


 フォノラとしては、武力を使って欲しくはない。そうも言ってられないのは理解しているが、気持ちは別だ。


「巫女のフェリスがいてくれれば、アセノスフェア様も鎮まるかもしれません。しかし、オリヴィエ神殿の者達が見当たらないのです。無事だといいのですが。」


 フォノラが言うには、まるで神隠しにあったかのように、神官も巫女も忽然と消えたという。当初は神殿の崩落に巻き込まれたのだと思われていたが、遺体は全く見つからなかった。


「それは・・・不可解ですね。」

「はい。騎士団が捜索に動いてくれてはいるのですが、人手不足でなかなか思うように進んでいないようです。」


 エアリーはフォノラの話が気になった。これも闇の賢者とやらが関わっているのだろうか。人質として拉致しているのかもしれない。


「アセノスフェア様のこと、よろしくお願いします。」


 フォノラは一礼すると、神殿の中へと戻って行った。フォノラの姿が神殿の中へと消えたのを見届けると、プラットはエアリーに言う。


『さて、そろそろ再開するとしようか。』

「うん。そうだね。よっと。」


 エアリーは立ち上がると、周囲に誰もいない事を確認する。ヘイフォードを背に立つと、チョーカーのオレンジサファイアに触れた。エアリーは頬を赤くしながら、叫ぶ。


「ヘイフォード!ユナイティングフォーム!」


 ヘイフォードの胸部から光が伸び、エアリーの体を包む。エアリーの体は宙に浮かび、ヘイフォードの中へと吸い込まれた。


「探索再開します。」

『了解。待機スタンバイから探索サーチモードに移行する。』


 ヘイフォードは背中のブースターから焔を吹き出し、ゼイトゥーン神殿を後にしたのであった。


*********


 フェルゼンに到着したエルヴィン達は、街で魔女について聞き込みをする。しかし、住民達から返ってきたのは、老若男女とも歯切れが悪い反応ばかりだった。


「べ、別にほっといてもいいんじゃないか?悪さしているわけでもないし。」

「魔女には見えなかったけどねえ・・・。」

「魔女?聞いたことあるようなないような。よく分からねえわ。」


 結局、魔女について詳しい事は分からなかった。アイリスはそんな住民達の様子に違和感を覚える。


「何だか、魔女を庇っているような気がするのよね。どうしてかしら?」

「勝手に住み着いただけで、住人には悪事を働いていないんだろうな。」


 エルヴィンの言葉に同意しつつも、ローズは厳しく言う。


「だが、不法行為には変わりない。騎士としては見逃す訳にもいかん。」


 情報収集は止め、エルヴィン達は魔女が住み着いたという森へと向かうことにした。強い魔物はおらず、地元の住民も採集に訪れる事があるという。


(なんか視線を感じるな・・・。)


 誰かに見られている。エルヴィンはそんな感じがする。目配せをすると、他の皆も視線を感じているようだ。その時、ローズの狼耳がピンと立った。


「何か聞こえないか?」


 ローズが言うとおり、ドドドドド、という足音が近づいてくる。エルヴィン達が音のする方に目をやると、茂みをかき分けて、羊の大群が突然現れた。物凄い勢いで、エルヴィン達の方へと迫る。


「メエエエエエエエ!」

「うお!?なんじゃこりゃ!?」


 エルヴィン達がいた場所のすぐ横を通り過ぎると、羊の大群はまるで霧のように消えてしまった。


「何だったんだ今のは。消えちまったぞ。」

「おかしいわね。魔法が発動した感じはしなかったわ。カルツァはどう?」

「俺も同じだ。羊から魔力は感じた。人為的ではあるが、術式ではない。消去法だが、考えられるとしたら異能だな。」


 その後も、森の奥に進む度に羊の大群に遭遇した。幸い、数は多いものの、動きは直線的なので避けるのは難しくない。


「ところで、なんで羊ばっかりなんだ?」


 ローズが至極当たり前の疑問を口にする。エルヴィンもその事が気になっていた。さっきから出てくるのは羊ばっかりだった。けしかけるならもっと強い魔物にすればいいはずだ。


「羊が好きなんじゃない?それとも、何か強い思い入れがあるのかもね。」

「アイリスも猫や犬の形した何の実用性もない魔法陣を作成している。別に不思議なことではない。」

「なんで知ってんの!?」

「ふふ。アイリスの事は何でも知ってる。」

「あ、相変わらずキショいわねあんた。」


 アイリスはぷいっと顔を背ける。その頬は恥ずかしさで朱に染まっていた。エルヴィンは何かを思いついたように、ポンと手を叩く。


「羊を召喚する異能だったりして。」

「そんな異能は聞いた事がない。」


 カルツァに即否定される。エルヴィンも何となく言っただけで本気だった訳ではなかった。


 少し先へ進むと、再び羊の大群がエルヴィン達の前に現れた。今度は闇雲に突進してこない。様子を窺っていると、エルヴィン達の目の前で、羊の大群が次々と合体し、巨大な羊が出現した。ドラゴンほどの大きさのある羊だ。


「羊って合体するんだな。」

「驚く気持ちは分かるけどそんなわけないでしょ。あれは魔女が創り出した羊よ。本物の羊ではないわ。」


 エルヴィンとローズがその光景に啞然としていると、巨大羊グレイトシープはエルヴィン達目掛けて突進してきた。今度ばかりは避けないと衝突する。


「みんな!避けろ!」


 猪突猛進ならぬ羊突猛進。巨大羊グレイトシープはエルヴィン達に向かって直進した。エルヴィン達が避けても進路は変わらず、どのまま木にズドンと衝突した。メリメリと音を立てて木が倒れる。頭を打った巨大羊グレイトシープは痛がっていた。


「メ、メェエ・・・」


 突進は諦めたのか、エルヴィン達の方へ向き直ると、くるくるとした巻角がバチバチと帯電し始めた。アイリスは一歩前に出ると、杖を構えて詠唱を開始する。


「我は傷つかず...」

「メエエエエエエ!」


 巻角から放電された電気が、まるでしなる鞭のような動きで、エルヴィン達に襲いかかる。


「我を守るは黒き天命の導きなり。漆黒の盾(シュバルツシルト)!」


 アイリスの詠唱が完了し、エルヴィン達の前に漆黒の障壁が出現する。漆黒の盾(シュバルツシルト)によって散らされた雷は四方八方に向きを変え、周囲の地面に焦げ跡を残す。雷撃を防がれたのが予想外だったのか、巨大羊グレイトシープは目を丸くしていた。エルヴィンとローズはその隙を見逃さず、一気に距離を詰める。


「てい!」

「ハアッ!」


 エルヴィンとローズは剣の腹で巨大羊グレイトシープの巨体を打つ。しかし、ふんわりとした羊毛で衝撃が吸収されてしまった。巨大羊(グレイトシープ)は大きく飛び上がり、エルヴィンとローズめがけて落ちて来る。


「あぶねっ!」


 エルヴィンとローズはその場から飛び退る。巨大羊グレイトシープは凄まじい音と共に地面を陥没させる。一歩間違えば、ぺちゃんこになっていただろう。


「我が炎よ。冷を舐めとる舌と成れ。炎舌フレイムタン。」


 カルツァが炎舌フレイムタンを詠唱すると、巨大羊グレイトシープの足元から炎が上がる。


「メエエエエエエエエエエエエ!?」


 あっという間に火だるまになる巨大羊グレイトシープ。まさに炎の舌に舐められているようだった。あまりの地獄絵図にエルヴィンとローズはドン引きする。


「...やりすぎじゃないかこれ。」

「私も同感だ。こんなに本気で焼かなくても。」

「そうか?別に問題あるまい。所詮は虚構だ。それに別に本気など出してはいない。」


 まっ黒焦げになった巨大羊グレイトシープはその場にこてんと倒れると、ふっと霧のように消えてしまった。エルヴィンとローズはほっと息を吐いて、剣を納める。もう打ち止めなのか、羊は現れる気配はなかった。


 さらに森の奥へと進んでいくと、開けた場所があった。木々に覆われておらず、青空がのぞいている。その中央には、こじんまりとした家が建っていた。


「あれが魔女の家ね。行きましょ。」


 しかし、近づいてみるとおかしな事に気づいた。家にしては随分小さいのだ。高さはエルヴィンの一・五倍くらい、横幅はエルヴィン四人分くらいだ。天幕ならともかく家でこの大きさは変だ。すると、アイリスが驚きの声を上げた。


「これ、きっと携帯用家屋(ポータブルハウス)だわ。かなり貴重な魔道具よ。」


 アイリス曰く、ギーセンの錬金術師にしか作れない代物で、垂涎(すいぜん)の魔道具なのだそうだ。アイリスは目を輝かせていた。


「見た目より家の中は広いはずよ。」

「えーっと、普通に正面のドアから入ればいいのか?」

「そのはずよ。慎重にね。」


 エルヴィンはドアノブを掴むと、ゆっくりと回す。鍵は掛かっておらず、すんなりとドアは開いた。エルヴィンは足を踏み入れる。安全を確認すると、エルヴィンに続いてローズ達も入る。


 アイリスの言った通り、家の中は広かった。普通の一軒家くらいはある。部屋の中央にはタマゴを半分に割って横倒しにしたような形の寝台。一人の女の子がモコモコとした綿の塊を抱いて、猫のように丸まって眠っていた。ご丁寧にナイトキャップとアイマスクまでしている。ナイトキャップからは青みがかかった黒髪がこぼれていた。


「この子が魔女なのか?」


 エルヴィンが小声でカルツァに尋ねる。エルヴィンが想像していた魔女には程遠い。だが、カルツァの表情は真剣そのものだ。


「ああ、間違いない。さっきの羊と同じ匂いだ。」


 魔力に匂いなんてあるのかと思いつつ、エルヴィンは女の子を見る。女の子が抱いているの綿の塊は羊のぬいぐるみだった。先ほどエルヴィン達を襲ってきた羊を可愛くデフォルメしたような感じだ。起こすのは忍びないがこのままという訳にはいかない。


「おーい。起きろー。」


 エルヴィンはつんつんと女の子の頬をつつく。すると、女の子はううん、と身じろぎをする。そして、むくりと起き上がると、口に手を当てて、ふああと大きなあくびをする。


「随分とねぼすけなんだな。」


 エルヴィンの声が聞こえたのか、女の子がそのままのポーズで固まった。アイマスクを恐る恐る外す。綺麗な月色の瞳でエルヴィン達を見ると、女の子の顔がさーっと青ざめていく。


「あわわ・・・。」


 女の子は立ち上がろうとしたが、バランスを崩してこける。寝台から落ちてしまった。羊のぬいぐるみがクッションとなり、女の子はそのまま匍匐(ほふく)で逃げようとする。エルヴィンはそんな女の子の脇に手を差し入れ、猫のように持ち上げた。


「やー!はなしてなのー!」

「こらこら、暴れるな。別に何もしやしない。話を聞きたいだけだ。」

「うう〜。ほんと?」

「ほんとだ。だから大人しくしてくれ。」


 エルヴィンは女の子を寝台に座らせる。アイリスは屈み込んで、女の子と視線の高さを合わせた。満月の色をしたつぶらな瞳が不安で揺れている。女の子は羊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。エルヴィン、ローズ、カルツァは女の子が怖がらないように少し距離を取る。


「私はアイリスって言うの。あなたの名前、教えてくれないかしら?」


 アイリスは優しく話しかける。急かさずに女の子の返事を待った。


「...クーネル。」

「クーネルちゃん。あなたはどこから来たの?」

「...ヒューゲル村。」


 誰も聞き覚えがなかったので、ローズが地図を開いて確認する。オストシルト帝国内にその村の名が記載されていた。


「地図によると、帝国のベルン男爵領にあるな。」


 やはり、クーネルは帝国から来たようだった。続けてアイリスはクーネルに尋ねる。


「どうしてフェルゼンまで?」

「村に、光を吐く怪物が来たの。だからここまで逃げてきた。」

「光を吐く怪物?」

「うん。すっごく大きくて、キュラキュラって変な声出しながら、光を吐くの。」

「そんな魔物がいたかしら?」


 光を吐く怪物。エルヴィン達には全く心当たりがない。この件に関しては別途調査が必要だろう。


「パパとママはどうしたの?」

「パパもママもクーネルを逃がす為に怪物と戦いにいっちゃった。どらぐらんとに行きなさい、どらぐらんとで待ってれば迎えに行くって...帝国に戻って来ちゃダメよって。」

「そう...。」

「クーネルちゃん。あなた異能持ちよね。何の異能か教えてくれないかしら。」


 アイリスがそう尋ねると、クーネルは羊のぬいぐるみを強く抱き締める。


「ママがいつも言ってた。知らない人には教えちゃだめよって。赤い服着た怖い人達が知ったら私を連れ去られるからって。」

「赤い服...きっと皇帝直属の魔導師特殊部隊『真紅の御手(クリムゾンハンド)』の事ね。」


 オストシルト帝国には、国内外問わず、優れた魔法や異能の資質がある子供を拉致して集めているという黒い噂があった。帝国は関与を否定してはいるものの、国ぐるみで行っている疑いは以前からあった。クーネルの口から真紅の御手を仄めかす言葉が出ても驚きはない。


「大丈夫よ。私達があなたを守ってあげるわ。パパとママを探す手伝いもする。」

「...ほんと?帝国にクーネルをつれていかない?」

「ほんとよ。ドラグラントの騎士と魔導師は困っている子を見捨てたりしないわ。」


 クーネルは逡巡しているようだ。無理もない。すると、アイリスは自分の胸に手を当てて言う。


「ねえクーネルちゃん。私の胸に耳を当ててみて。」


 クーネルは恐る恐るといった様子でアイリスの左胸に耳を当て、瞳を閉じる。規則正しい、心地よい拍動が、クーネルに伝わる。


「私の音は、あなたに嘘を吐いている音かしら。」

「...ううん。」


 暫しの間、クーネルはアイリスの鼓動を聞いていた。そして、クーネルは名残り惜しそうにアイリスから体を離す。


「クーネル、夢が現実になるの。ママはどりーむらいとって言ってた。ごめんなさい。たくさんの羊で困らせちゃって。帝国に連れ戻されるかもって思ったの。」

「気にしてないわ。ありがとう。教えてくれて。」

「アイリスが知ってる異能なのか?」

「ええ。見た夢を現実世界に具現化する異能、夢現灯(ドリームライト)ね。珍しい異能だわ。」

「見た夢を?夢って自由に見れるもんじゃないと思うんだが。」

「過去の記録によると、ある程度は自由に夢を見れたそうよ。」

「もちろん無制限に具現化できるわけじゃない。限界はある。あれだけの数を具現化させるとは、力は強いようだな。制御の方はまだ未熟みたいだが。」


 カルツァが喋った瞬間、クーネルの体がビクッと跳ねる。クーネルはカルツァの顔を見ると、ひっ、と声を漏らしガタガタと震え始めた。


「一体どうしたんだ?カルツァをすっげえ怖がっているみたいだが。」

「あの巨大な羊と精神的にリンクしていたんだろう。炎舌フレイムタンは子供にはきつかったみたいだな。」


 エルヴィンの疑問に答えたのは当の本人のカルツァだ。


(いや子供じゃなくてもきついだろうアレ。)


 カルツァの認識は相変わらずどこかずれている。エルヴィンは内心ツッコむのであった。


「大丈夫よクーネルちゃん。こいつも私達の仲間だから、あなたに危害は加えないわ。」

「そうだ安心しろ。俺は子供には興味ない。」

「あんたは外に出とけ!」

「やれやれ。仕方ないな。」


 アイリスはカルツァを家から追い出す。カルツァの姿が消えると、クーネルは幾分か落ち着きを取り戻した。


「この子はどうなるんだ?保護になるのか?」

「ええ。異能持ちだし、うちの魔導兵団で保護してくれると思うわ。不法入国と無許可居住に関しては、子供だから罪には問われないわ。事情もあるみたいだし。」


 エルヴィン達がクーネルの今後の事を話していると、クーネルの視線を感じた。クーネルはエルヴィンとローズを気にしているようだ。エルヴィンはクーネルを怖がらせないように、優しく話しかける。


「自己紹介、まだだったな。俺はエルヴィン。ドラグラントの騎士だ。」

「私はローズ。同じく騎士だ。」


 クーネルはエルヴィンとローズを交互に見た後、ぺこりと頭を下げた。


「...よろしくお願いします。」


 部屋に置いてあったチェストからクーネルは可愛らしい羊のバッグを取り出す。エルヴィン達がクーネルを連れて家を出ると、先程アイリスに追い出されたカルツァがいた。


「話は済んだのか?」


 クーネルはさっとアイリスの背後に隠れる。そんな様子にカルツァは肩を竦めた。アイリスはため息を吐く。


「こいつの名前はカルツァっていうの。一応覚えておいてね。」


 こくりと頷いた後、クーネルが正面のドアに触れる。すると、携帯用家屋ポータブルハウスは白く輝いて小さくなっていく。そして光となってクーネルの掌の上に移動する。光が消えると、掌サイズの家がちょこんと乗っていた。クーネルは羊バッグに携帯用家屋ポータブルハウスを入れる。


「その携帯用家屋ポータブルハウス、どこで手に入れたの?」

「ママが持ってた。まどうぐのこれくたーって言ってた。」

「へえ。すごいママね。」

「うん!」


 クーネルはここで初めて笑顔を見せた。パッと花が咲くように。ちゃんと笑える事が分かってアイリスは安心したのであった。


 こうして、エルヴィン達はクーネルを保護した。フェルゼンの街に戻ると、エルヴィン達を見て住民達が集まってきた。口々に、魔女を罪に問わないで欲しいと言ってくる。


 クーネルが帝国から逃げて来た事を住民達の多くは気づいていた。心配しつつも、クーネルが罪に問われると思い黙認していたらしい。連邦法においては余程の事由でない限り十歳以下は罪に問われないが、クーネルは夢現灯ドリームライトの力で母親の姿を具現化して街を訪れていた為に、住民達はクーネルを大人だと思いこんでいたのだ。なので、エルヴィン達と一緒にいるクーネルが魔女の正体だと知って驚いていた。


 アイリスがクーネルの不法入国及び無許可居住は咎めない事、魔導兵団でクーネルを保護する事を説明すると、住民達は安心したようだった。そして、エルヴィン達はドラグへの帰路へとつくのであった。


*********


 エアリーとプラットがアセノスフェアを見つけたのは、ラーヴァセルカ遺跡の近くだった。


『好都合だな。ここなら周囲に被害は出まい。』


 ヘイフォードの目の前にある溶岩池ポンドから、アセノスフェアが姿を現す。アセノスフェアとヘイフォードの対峙。アセノスフェアは温和な性格だと聞いているが、目の前の龍にそんな印象は微塵も感じない。瞳は敵意に満ち、今でも襲いかかって来そうだ。


『まずは気絶させなければな。』

「そうだね。行くよ。プラット。ルナティックゲイザー!」


 最初に牽制として、ヘイフォードは両眼から青いレーザーを放つ。レーザーはアセノスフェアには当たるものの、全くダメージがないようだった。


「全く効いてないね。」

『まあ、予想通りとはいえ全く効かないのは驚きだな。』


 新龍は神様である。神物質(ディンギル)で構成されたアセノスフェアにはダメージが与えられない。だが、ヘイフォードには、とある理由から対神物質(ディンギル)用の装備が組み込まれている。


「ヘイフォード、ディンギリオンフォーム!」


 ヘイフォードの全身が神物質(ディンギル)粒子で包まれる。この形態ならば、アセノスフェアにヘイフォードの攻撃が通る。ヘイフォードは飛翔すると、一気に距離を詰め、アセノスフェアに肉薄する。


「ドリルハンドラッシュ!」


 ヘイフォードの拳が変形しドリルとなる。ドリルは回転しながら、勢いよくアセノスフェアの鱗と衝突し火花を散らす。


「ガアアアアア!」


 アセノスフェアは衝撃で仰反るものの、すぐさま体勢を立て直し、頭突きをかます。ヘイフォードのドリルと激しくぶつかり合った。互いに弾かれ、距離が開く。


『ずいぶんと石頭のようだな。』


 アセノスフェアは口を大きく開く。喉の奥が赤く染まっていた。溶岩流を吐こうとしているのだ。ヘイフォードは背中に折り畳まれていた砲身を右肩に展開し、アセノスフェアへと狙いをつける。砲口に青い光が収束していく。


「ガアアアア!」

「マジックカノン!」


 アセノスフェアが吐き出した溶岩流とヘイフォードの魔力砲が放った光がぶつかり合った。赤と青金の奔流がせめぎ合う。しばらくその状態が続いた後、溶岩流と魔力光線がせめぎ合っていた場所が爆発を起こす。凄まじい衝撃波が辺りを襲う。


「ファントムフェザー!」


 魔力形成された六枚の翼が、ヘイフォードの背中に展開する。アセノスフェアは溶岩弾を連射して攻撃するが、難なく避ける。ヘイフォードは残像を残すほどの動きでアセノスフェアを翻弄する。


「プラズマプロジェクター!」


 今度は左肩にプラズマ砲が展開し、灼熱の光弾を吐き出した。リソスフェアは溶岩の中に潜行し、避ける。プラズマ弾は溶岩の上に着弾し、溶岩が飛び散った。


「ガアアア!」


 アセノスフェアは再び溶岩池ポンドから姿を現す。数多の魔法陣がアセノスフェアの周囲に展開した。無詠唱での多重魔法行使だ。溶岩が球状に圧縮され、多数の溶岩球が形成される。その数、三十あまり。そして、ヘイフォード目掛けて高速で射出された。


「ディフレクションフィールド!」


 エアリーはヘイフォードの前面に力場を展開する。溶岩球は軌道をそらされ、明後日の方へと飛んで行く。


 その後も一進一退の攻防が続く。さすがに、ダメージが蓄積して来たのか、次第にアセノスフェアの動きが鈍ってきた。


『チャンスだ。一気に決めるぞ。エアリー。』

「うん!」


 ヘイフォードの全エネルギーを右拳に集中させる。魔力の青色と神物質ディンギル粒子の金色を纏う。


「アストラルブレイカァァァー!」


 青金に輝く拳で、アセノスフェアに打撃を食らわせた。鱗が剥がれ落ち、凄まじい衝撃がアセノスフェアを襲う。


「ギャアアア!」


 耳をつんざく咆哮を上げ、アセノスフェアは倒れる。溶岩池ポンドの上で浮いたまま動かなくなった。


「ふう。何とかなったね。」

『ああ。次はアセノスフェアが起きる前に、暴れだした原因を調べないとな。』


 ヘイフォードは両眼からトラクタービームを照射し、アセノスフェアを溶岩の上から陸地へと運ぶ。陸地の上にアセノスフェアを横たえると、今度は両眼からインスペクタービームを照射する。対象の内部を非破壊で調べる事が出来る技だ。すると、アセノスフェアの体内に明らかな異物が見つかった。


『ビンゴだ。楔が打ち込まれてる。』

「取り除けそう?プラット。」

『問題ない。』


 ヘイフォードはアセノスフェアに右手をかざす。右の掌から光が照射される。照射された部分から小さな楔がせり出してきた。禍々しい文様が表面に刻まれ、脈動していた。ヘイフォードは楔を握り潰す。楔は金色の粒子となって消えた。


『新龍を狂わせるなど、奴らしかいないと思っていたが、やはりな。』

「それって、プラットが言っていた敵?」

『ああ。間違いない。使徒だ。」

「プラットの言う通りだとしてさ。なんで、その、門石ゲートストーンだっけ?を欲しがるのかな。」

『分からんな。転移装置など奴らが欲しがるとは思えん。何か別の使い道があるのかもしれんな。』


エアリーとプラットが話していると、地面に寝かされていたアセノスフェアに動きがあった。


「う、うーん...」


呻きとともに、アセノスフェアが身じろぎをする。うっすらと瞳を開くと、ぼーっとした様子で周囲を見回す。


「あれぇ?ここはどこぉ〜?」


戦っていた時とはうってかわって、のんびりとした声。アセノスフェアはヘイフォードの方を見ると、目をパチクリとさせる。そして弾かれたようにガバっと体を起こした。


「うわっ!?お前は誰だ!?」

『落ち着け。私はお前の敵ではない。』


ヘイフォードに驚き、小さな腕でファイティングポーズをするアセノスフェア。エアリーは何だかその姿がおかしくて、小さく笑った。


「ヘイフォード、セパレーティング。」


エアリーがそう言うと、ヘイフォードは胸から淡い光を地面に放つ。エアリーが光の中から現れた。突然女の子が現れたので、アセノスフェアはまた目をパチクリとさせる。


「驚かせてごめんなさい。」


自己紹介の後、エアリーは丁寧に今までの経緯を説明する。アセノスフェアは暴れていた事やヘイフォードと戦った事は全く覚えていなかった。


「オリヴィエに戻ったら変な奴が何か投げてきて、それを掴んだんだ。そこから記憶がないや。...そうだ!フェリスはどこにいるの!?」

「フェリスって、オリヴィエ神殿の巫女の?オリヴィエ神殿の人達は行方不明らしいけれど。」

『逸る気持ちは分かるが、まずはゼイトゥーン神殿の巫女フォノラに会いに行こう。アセノスフェアの無事を知らせないとな。オリヴィエ神殿の事も何か新しい情報があるかもしれん。』


龍のままではまだ暴れていると思われるかもしれないので、アセノスフェアは竜人の姿になる。ヘイフォードはアセノスフェアを両腕で抱えて飛び立った。


こうして、エアリーとプラットはアセノスフェアと共に、ゼイトゥーン神殿へと向かうのであった。


ここまで読んでくれてありがとうございます。

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