第五十六話『大地硬龍リソスフェア』
大変お待たせしました。続きとなります。
転移門に飲み込まれた後、クオン達は光の奔流の中を進んでいく。数秒か、数十秒か。急に光の通路が途切れ、クオン達はどこかへと放り出された。まずクオンが最初に感じたのは茹だるような暑さだった。そして、自分達の体が落下していくのが分かった。その勢いのまま、ずさーっと音と共に地面を滑る。
「きゃっ!?」
「あいた!?」
クオンの両脇からカリンとリッカの声が聞こえる。クオンに庇う余裕はなかった。三人仲良く地面を滑る。地面との摩擦で擦り傷を作ってしまった。
「カリン、リッカ。大丈夫?」
「ちょっと怪我しちゃった。」
「あいたたた。すりむいちゃったよもー。最悪~。」
カリンもリッカも擦った場所から血が滲んでいた。バートとナツメの方も同じ惨状であった。傷としては浅いが、地味に痛い。
「ああ、クソ。いってーな。」
「・・・鼻打っちゃった。痛い。」
「回復魔法使うから、バート君とナツメも私の近くに寄って。」
この中で他者を回復できるのはカリンだけだ。本当は白磁の竜角の力なのだが、事情を知らない者がいる場合は回復魔法という事で誤魔化している。
「我が身に巡る魔の力よ。青き癒しの光となれ。青き治療。」
カリンが詠唱のふりをすると、蒼いリボンに隠された竜角が輝く。傍目から見ると、カリンのリボンが発光しているように見える。淡い光に包まれ、たちどころに全員の傷が癒えていく。傷が癒えると、リッカが皆が思っていることを代弁する。
「っていうかここ暑すぎ!一体どういうこと!?」
リッカの言う通り、この場所は異常な暑さだった。額から汗が滝のように流れてくる。エルスィアの住むイグニス火山でもこのような暑さは感じた事がない。この状態が続くのは脱水症状を起こしそうで危険である。
「とりあえず、外に出てみよう。ここがどこか分かるかもしれない。」
転移門は既に光を失い沈黙している。使い方が分からない以上、転移門で戻るのは無理だろう。クオン達が投げ出された場所は洞窟の中のようで、すぐ近くに入口があった。外からの光が射し込んでいるが、その色は橙赤色だった。
(何だか様子がおかしい。今は夕方じゃないはず。時差が生じるほど遠くに飛ばされた?)
疑問を抱きつつ、洞窟の外へと出る。洞窟の外には、驚くべき光景が広がっていた。空には岩の天蓋が果てしなく続き、眼下には石造りの街がある。そしてその街の脇には、溶岩の海が揺蕩っていた。橙赤色の光は、溶岩からのものだったのだ。
「ここ、どこ?リンドヴルムじゃないよね?」
困惑するリッカの言葉を聞きながら、クオンは考えを巡らせる。クオンの知識の中で、目の前の光景と整合性があるのはただ一つだけだ。
「リッカの言う通り、ここはリンドヴルムじゃない。きっと、地底世界だよ。マンテリウム王国のどこかだと思う。」
クオンの推論に、皆は驚きつつも納得したようだ。いつも無表情なナツメも今回ばかりは深刻そうな表情で言う。
「・・・これから、どうする?アティスまで帰れる?」
「そうだね・・・。まずは王都ナラクアヴィスに行こう。そこから地上世界への列車に乗れるはずだよ。」
「地上世界つっても出るのはフェルマー大陸だろ?ライン大陸まで海超えなきゃいけないのか・・・はあ、先が長くて気が重いぜ。」
「それよりこの暑さどうにかしようよ~。私もう限界だよ~。」
リッカの言う通り、このままでは旅もままならない。カリンとナツメもきつそうだ。情報収集と暑さを防ぐ魔道具を手に入れるため、クオン達は眼下にある街へと向かう事にするのであった。
情報収集は後回しにして、まずは魔道具屋を探す。街を歩く人々は地底人ばかりである。道行く人に聞いてみると、ここはやはりマンテリウム王国だった。王国の南の方らしい。ついでに魔道具屋の位置も教えてもらう。ほどなくして、目的の魔道具屋を見つけることができた。店内に入ると、カウンターで厳つい地底人が斧を磨いているところだった。
「おや。いらっしゃい。何かご入用かな?」
「あの、暑さを防ぐ魔道具はありませんか?」
「あるよ。しかしお前さん達、人間なのに暑さ対策なしでここまで来たのか?」
「それには事情がありまして・・・。」
クオンは店主に経緯を話す。五号遺跡の件は伏せ、ダンジョンから事故でここまで飛ばされたと説明をした。店主は特に疑問を持つこともなく納得してくれた。
「なるほどのう。それは災難じゃったな。どれ、ちょっと待っておれ。」
店主はカウンターの背後にある棚の引き出しを開ける。指輪を五つ取り出すと、カウンターの上に置く。そのどれもが、水色に輝くアクアマリンの宝石が嵌め込まれていた。
「これが『氷檻の指輪』だ。装備者の不可視の魔法障壁を展開して、内部の熱を外へ放出してくれる。これで自分の周囲は快適な気温になるはずだ。」
クオンは指輪五つ分の代金を支払う。装備してみると、一気に茹だるような暑さがなくなった。これで脱水の危機はなくなった。
「どうじゃ?装備してみた気分は?」
「暑さがなくなりました。すごいですね。」
「ほんとだーすごーい!」
「さっきまでの暑さが嘘みたいだね。」
「・・・涼しい。」
「はあ~。助かるぜ~。」
「肌身離さず付けとくんじゃぞ。人間にはこの地下世界は過酷じゃからの。」
「あの。ついでに一つ聞きたいんですが、王都へ行くにはどうすればいいですか?」
「王都か?王都なら街の北口から真っ直ぐ北へ行くだけだ。もし、先を急ぐならリノケロスを使うといい。北口の近くで乗れるはずだ。」
「ありがとうございます。行ってみますね。」
「おう。気を付けていけよ。」
店主に礼を言い、魔道具屋を後にするクオン達。カリンはちょいちょいとクオンの袖を引っ張る。
「ねえねえクオン。リノケロスって何?」
「リノケロスは地竜の一種だよ。地底世界には馬がいないから、主な移動手段だね。」
リノケロスとは地下世界原産の地竜のことだ。実際に見た事はないが、クオンは本で読んだ事がある。四足歩行のがっしりとした体躯の竜だ。その体躯には似合わず、かなりの速度で走る事が出来る。
「そっか馬がいないんだ。暑すぎるもんねここ。」
クオンの説明にほうほうと納得するカリン。初めて聞く名前に興味津々のようだ。
北口の近くには立派な竜舎があり、その横に受付所と壁に刻まれた小さな建物があった。耐熱ガラスが張られた受付口の前に来ると、ガラスの向こうに、ひょこっと地底人の女性が現れた。女性は営業の微笑で対応する。
「こんにちは~。リノケロスへの騎乗をご希望ですか?」
「はい。五名で、王都まで行きたいんですけど。」
「少々お待ちください。・・・はい。大丈夫ですよ。五名ということですので、騎乗竜は一頭となります。」
クオンが五人分の代金を支払うと、竜舎の前で待つように指示された。クオン達が竜舎の前で待っていると、受付とは別の女性がリノケロスを一頭連れてきた。リノケロスは背中に竜車を背負っている。先ほどまで餌を食べていたせいか、大きな口をもごもごさせている。
「ふふ。なんか可愛いかも。」
「おっきいねえ~。」
「・・・大人しいんだね。」
カリン、リッカ、ナツメは初めて見るリノケロスを前にして口々に言う。リノケロスの竜車は一頭で六人乗れる。リノケロスを操る騎手は騎手席に座る。馬よりもずっと巨躯ではあったが、あまり恐ろしさは感じなかった。
「こんにちは。今回、私が騎手を務めさせていただきますペトラです。この子はリノンって言います。よろしくおねがいします。」
「ウオオ~ン。」
「では、注意事項を説明しますね。」
ペトラはクオン達にリノケロス騎乗に際しての注意事項を読み上げる。騎乗中に騒がない、リノケロスを無闇に刺激しない等々。
レグニスだと竜車は走竜が引いていたが、リノケロスの場合は背中に固定されている。ペトラは器用に竜車まで登ると、竜車の扉を開き、収納式の梯子を出した。クオン達は梯子を登って竜車へと乗り込む。
「ちゃんと乗れましたか~?それじゃあ、出発しますね~。」
ペトラはリノンの頭の後ろにある騎手席に乗り込み、手綱を握る。
「では、しゅっぱーつ!」
「ウオオオ~ン!」
ペトラがそういうと、リノンが一鳴きして動き出す。こうして、クオン達は王都ナラクアヴィスへと向かうのであった。
*********
ライン大陸中央山脈。その最高峰たるタルシス山の頂上にそれは存在した。フェリウス帝国時代に作られた城塞、ストラトス城。帝国が滅亡し、長きに渡る間、廃城同然となっていたこの城を復活させたのが冒険者ギルドだった。現在、この城は『冒険者ギルド総本部』と呼ばれている。
その総本部の廊下を歩く少女がいた。亜麻色の髪を束ねたポニーテールを揺らしながら、ある場所へと向かっていた。
「はあ~。緊張するよ~。」
周囲に人はいない。傍から見れば独り言のように聞こえるが、少女の言葉に応える者がいた。少女の首元を飾るオレンジ色のチョーカー。そのチョーカーにはオレンジサファイヤが付いている。その宝石が明滅すると、少女の頭に声が響く。
『そんなに心配するな。相手が賢者だからと言って取って食われるわけじゃない。そうだろ?エアリー。』
「そうだけど・・・。やっぱり緊張するよ。」
少女は重厚そうな扉の前で立ち止まる。ここが目的の場所だ。少女は扉をノックする。聞きなれた声が返ってきた。
「扉は開いている。入りたまえ。」
「し、失礼します。」
扉を開け、部屋の中へと足を踏み入れる。執務机には壮年の男性が座っていた。アイソスタシーを束ねる男、ウィリアム=ロスビーである。『賢者』の称号を持つ魔導師だ。
「急に呼び出して済まなかったな。」
「いえ。構いません。あの、どのような御用でしょうか。団長。」
「単刀直入に言おう。ハイスカーネン君に地下世界の様子を見て来て貰いたいんだ。」
「地下世界・・・ですか?」
「ああ。現在、マンテリウム王国とは音信不通の状態になっている。ナラクアヴィス支部との連絡がつかない。また同時に、原因不明だがナラクアヴィスと地上を繋ぐ線路が寸断されているとの事だ。ギルドの人員を向かわせようにも手段がない状況だ。そこで、ハイスカーネン君に白羽の矢が立ったんだ。」
ウィリアムは一拍置いてから、さらに話を続ける。
「ライン大陸の国々はフェルマー大陸を経由して地下世界から良質な鉱石や魔石を輸入している。事が長引けば、ライン大陸の市場に影響が出てしまうのは明白だ。」
「線路は寸断されてはいるが、飛行すれば通過できると報告が上がっている。ヘイフォードの飛行能力なら、地下世界まで辿りつけるはずだ。」
そこで、少女は自分が呼ばれた理由が分かった。無意識に首元のチョーカーに触れる。少女自身は平凡な冒険者なのだが、ある出来事がきっかけで強大なゴーレムを使役していた。フェリウス帝国製全天候型多目的戦術ゴーレム『ヘイフォード』。人工精霊『プラット』が搭載されたハイエンドゴーレムである。少女—-エアリー=ハイスカーネンはアイソスタシーの一員としてヘイフォードと共に、今まで多くの困難な任務をこなしてきた。その活躍を見た者達からはタングステンマンと呼ばれている。特殊タングステン鋼で覆われた魔法装甲がその由来だ。
「頼まれてくれるか?」
「はい。了解しました。至急、ヘイフォードと共に地下世界へ向かいます。」
「頼んだぞ。ハイスカーネン君。」
団長室を退室し、エアリーは中庭へと向かう。中庭と言っても、植物の類はなく、無機質な石畳が敷かれているだけだ。エアリーが中庭に出ると、プラットが話しかけてくる。
『何か忘れ物はないか?エアリー。』
「特にないよ。っていうか、いつもそれ言うよね。私の荷物は全部ヘイフォードの中にあるんだから忘れるわけないじゃない。」
必要な装備や路銀、食料はヘイフォードの異次元格納機能を使っているので、いつでも任意に取り出せる。だがプラットは、決まってこの言葉を言うのだ。
『はは。様式美みたいなものさ。さあ、エアリー!いつものように思いっきり叫べ!私を呼び出すがいい!』
「あのさプラット。別に叫ぶ必要ないよね?いい加減に恥ずかしいからやめたいんだけど・・・。」
エアリーは恥ずかしそうに頬を染める。本来ならチョーカーのサファイアに触れるだけで呼び出せるはずなのだが、かけ声をしないと、プラットが駄々をこねてヘイフォード本体を出してくれないのだ。このやりとりも一体何回しただろうか。
『私は君のかけ声が生きがいだというのに。ひどい事を言う。』
「生きがいって大げさだよ・・・。」
プラットの説得を試みるも、やはり駄々をこねる。この感じだと今回もダメのようだった。エアリーはがっくりと肩を落とす。
「う~分かったよもう!言えばいいんでしょ言えば!」
『はは。そう来なくてはな。』
エアリーはこほん、と一つ咳払いすると大きく息を吸う。そして顔を赤くしながら、叫んだ。
「ヘイフォード!ユナイティングフォーム!」
エアリーがチョーカーのサファイアに指で触れると、体が光に包まれ宙に浮く。そしてエアリーを包み込むようにしてヘイフォードが顕現した。胴体部分にエアリーを収めたヘイフォードは背中のブースターから焔を噴かせ、紺碧の空へとその巨躯を飛翔させる。
『さあ、地下世界へゴーだ!』
「うう・・・やっぱり恥ずかしい・・・せめて誰かに見られてませんように。」
満足気なプラットとは裏腹に、エアリーはヘイフォードの体内で独り言ちる。こうして、エアリーは相棒のプラットに乗り、地下世界へと向かうのであった。
*********
「君達に新しい任務だ。」
この日、エルヴィン、ローズ、アイリス、カルツァの四人はヴェンツェルに呼び出されていた。二人はヴェンツェルから指令書を渡される。目を通すと、そこには『魔女の捕縛』と記載されていた。さらに詳細を読む。連邦都から西に1週間ほどの距離にある街、フェルゼン。その森に魔女が住み着いたという。退去勧告に騎士たちが向かったが、幻惑の魔法によるものなのか、魔女の住処までたどり着けなかったという。
「国の土地に許可なく住み着くのは違法だ。お前たちに魔女を捕縛してきて欲しい。」
「魔女の詳しい素性は分かっているのですか?オストシルトから流れてきたと書いてありますが。」
「その指令書にある記載はあくまで街の住人からの情報だ。それ以上の事は現時点で不明。一か月ほど前から住民に薬草や薬を売って生計を立てているようだな。特に悪事を働く気はないようだが、国法を犯している以上、見過ごすわけにもいかない。」
緊急性はないが、騎士団としても放っておくわけにもいかない案件。だから新人のエルヴィンたちに回ってきたのだろう。
「承知しました。フェルゼンへと向かいます。」
「ああ、頼んだぞ。良い報告を待っている。」
エルヴィン達は団長室から退室する。
「なあカルツァ。幻惑系の魔法ってどんなのなんだ?」
「相手に幻覚を見せる幻夢蝶、方向感覚を惑わせる霧迷宮が有名だ。凶悪なものになると、精神攻撃で死に至らしめるものもある。」
「げっ。やべーじゃんそれ。どうやって防ぐんだ?」
「そんなに心配しなくていいわ。私とカルツァは防御魔法を会得してるもの。それに、幻覚で死ぬレベルの魔法を使える者は数えるほどしかいないの。そこいらの流れ魔女が使えるとは思えないわ。ま、万が一もあるから念のために対策はしていくけどね。」
魔法兵団に首席で合格しただけあって、アイリスの知識は新人とは思えないほどだ。カルツァは変な奴だが、なんだかんだで魔法に関しては頼りになる。
「そういえば、アイリスとカルツァはよく俺たちと組ませられてるよな?今回もそうだし。何か理由があるのか?っていうか、他の魔導師いないの?」
エルヴィン、ツェツィ、ベルンハルト、テオバルト、ローズの五人は何故かアイリスとカルツァのコンビと組む事が多かった。
「理由は簡単よ。騎士団の中でエルヴィン達くらいしか手の余る厄介者を受け入れてくれないからよ。エルヴィン達以外の騎士だと、だいたい決まって任務の後に苦情が来るの。」
騎士団、魔法兵団問わず、カルツァはその性格と言動からものすごく嫌がられていた。アイリスはカルツァをジト目で見る。皆の視線を浴びて、カルツァは肩を竦めた。
「この俺を厄介者扱いするとは。嫉妬とは怖いものだな。」
「あんたがいっつも私に粘着するおかげで!いつの間にか私とあんたがワンセットになってるんだからね!いい迷惑よ!」
アイリスはげしげしとカルツァを蹴るが、当の本人はとても嬉しそうだ。そんなカルツァを見て、ローズはかなり引いていた。
「相変わらず大変そうだな。その変態をぶった斬って欲しくなったらいつでも言ってくれ。」
「ありがとローズ。大丈夫よ。こいつはいつか私自身の手で始末するから。」
アイリスは冗談なのか本気なのかよく分からない言葉を口にする。
「それで、いつ出発する?俺はいつでもいいけど。」
「私も問題ないぞ。」
「私とカルツァはちょっと準備があるから・・・そうね。出発は明日の正午でいい?」
「分かった。じゃあまた明日。」
アイリスとカルツァは魔女対策の準備をする為、この場は一度解散する。そして翌日。エルヴィン達は目的の魔女がいるフェルゼンへと向かうのであった。
*********
リノンに乗って三日後。岩石だらけの荒涼とした大地を走り続けたクオン一行は、ダイアベイスの街の近くまで来ていた。騎手が御者席から振り返って告げる。
「この丘を越えたら、そろそろ街が見えてきますよー。」
騎手にそう言われ、クオン達は竜車の中から進行方向を見る。丘の頂上にさしかかると、遠くにダイアベイスの街が見えた。整然と石造りが並んでいる。
「ん~?何だか様子が変ですねぇ。人の姿が見当たらないです、いつも結構な人がいるはずなのに。」
いつもと街の雰囲気が違うのか、騎手は首を傾げる。ダイアベイスの街に入り、リノケロスは受付所の前で停まる。ペトラは御者席から降りると受付所の中へと入っていく。クオン達も竜車から降りた。少し待っていると、怪訝な顔をしたペトラが出てきた。
「あれ?誰もいないな?ちょっと待っててくださいね。」
そう言い残し、ペトラは竜舎の方へと向かっていった。しばらく待っていると受付所へと戻って来た。
「ん~?おかしいな~誰もいない。」
「どうかしたんですか?」
「いつも誰かが詰めているはずなんですが誰もいないんですよ。まあ、大丈夫です。明日までに準備をしておきますので、明朝八時にここに来てください。」
クオン達は騎手と別れ、今日の宿を探しに街を歩く。だが街の中央部に向かって歩いているというのに、人の姿を全く見かけない。不気味なほどに静まり返っていた。
「全く人がいないね。何かあったのかな。」
リッカが心配そうに言う。これだけの規模の街で、人を全く見かけないのは異常な状況だ。街の中央部へとさしかかると、クオン達は予想外の光景に息を呑んだ。街の反対側の建物がことごとく崩れ、瓦礫の山となっていたのだ。
「うわ・・・ひでえなこりゃ。」
「え、なにこれ?一体何があったの?」
「地震でもあった・・・?」
街の惨状を見て、バート、リッカ、ナツメは口々に言う。ナツメの言うように、でも起こったのだろうかと思案するクオン達。だが、被害が街全体ではないのがおかしいと感じた。すると、どこからかガチャガチャと鎧が鳴る音が聞こえてきた。そして、騎士団と思しき集団が姿を現す。騎士の一人がクオン達を見ると、大きな声で問いかけた。
「君達!そこで何をしている!」
ガチャガチャと音を鳴らしつつ、騎士達はクオン達へと駆け寄ってきた。クオンは騎士達に冒険者である事を伝え、この惨状の理由を尋ねる。
「ここで何があったんですか?」
「アセノスフェア様とリソスフェア様がこの街で争ったのだ。」
騎士の言葉に、クオン達は驚く。俄かには信じがたい内容だった。新龍が互いに争うなんて今まで聞いた事がない。
「詳しい理由は分からぬ。だが、アセノスフェア様は正気を失っておいでのようだった。リソスフェア様が御止めなさろうとしたが・・・。」
リソスフェアは敗北し、行方知らず。アセノスフェアもどこかへて去っていったらしい。
「僕達、王都へ行きたいんです。」
「王都か・・・。街道は通れるはずだ。此度の件と関係はあるか分からぬが、魔物達が活性化している。向かうなら気を付けて行け。」
「ご忠告、感謝します。」
クオンが礼を言うと、騎士達は去っていった。クオン達はこれからどうするか相談する。とりあえず手分けして宿屋を探すことになった。おそらく宿屋の主人は不在だろうが、お金を置いていけば良いだろう。宿屋を探しにクオンが歩き出そうとすると、カリンがちょいちょいと袖を引っ張った。クオンが振り向くと、カリンは物言いたげな表情をしていた。
「ねえ。クオン。ちょっといい?」
「カリン?どうかしたの?」
「何かね。変な感じがするの。」
「変な感じ?」
「うん。こっちの方から誰かが呼んでるような・・・うまく言えないんだけど・・・こう、なんかね、竜角が感じてるの。」
「行ってみよう。」
クオンはカリンが指し示す方へと向かう。街並みが途切れ、溶岩の海原が見えてきた。二人は岸辺へと近づく。カリンは溶岩の海原の方を真っ直ぐ見つめていた。
「何か、いる。」
カリンがそうつぶやいた瞬間、溶岩の海から巨大な龍が姿を現す。緑色の巨大な龍だ。龍は二人を見た後、浜辺の上に力なく体を横たえた。
「もしかして、リソスフェア様?」
「多分そうだと思う。ひどい傷だわ・・・。」
龍は傷だらけだった。カリンは傷口に手を当て目を閉じる。リボンに隠された竜角が仄かに光り、青色の粒子が傷口を覆う。すると、みるみるうちに傷が治り始めた。完全に傷が癒えると、光は消える。カリンは疲れた表情でその場にへたりこんだ。クオンは慌ててカリンの傍に寄る。
「カリン、大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと、疲れちゃっただけ。」
リソスフェアと思しき龍は、驚きの表情で自分の体を見る。目をぱちくりさせた後、カリン達を見る。すると、龍は二人の目の前で緑色の光の粒子となり、次第に人の形を取っていく。光が消えると、一人の少女が姿を現した。オリーブ色の髪を背中に流し、頭には二本の竜角が生えている。
「傷を治してくれてありがとう。おかげで助かりました。」
「えっと、あなたはリソスフェア様・・・なんですか?」
「はい。そうです。」
「やっぱりそうなんですね。」
「貴方たちのお名前を聞かせてくれますか。」
「あの、アセノスフェア様と争っていたと騎士の方から聞きました。一体何があったんですか?」
クオンが尋ねると、リソスは事の顛末を話してくれた。アセノスフェアがダイアベイスの街を襲った事、正気を失っているようだった事、止めようとしたものの返り討ちにされた事。
クオン達が王都に向かっている事を知ると、リソスフェアは同行を願い出た。
「王都へ向かうのなら、私も一緒に連れて行ってくれませんか?一刻も早く王都に行きたいんです。」
傷は癒えたものの、リソスフェアの力は完全に戻っていなかった。早く力を取り戻すためにも、王都へ行く必要があるという。リソスフェアのお願いとはいえ、ここは仲間達と相談すべきだろう。
「一度、仲間と相談してもよろしいですか?」
「ええ。構いませんよ。」
クオンとカリンはリソスを連れてバート達と合流し、皆に事情を説明する。皆は一様に驚きはしたものの、リソスの同行については快諾した。後はペトラに事情を話して、急ぐことができるかどうか聞かねばならない。
受付所に戻ると、ちょうどせっせと準備をしているペトラがいた。クオンはペトラに声をかけると、ペトラは驚いた様子だった。
「あれ?皆さんどうしたんですか?」
「実はペトラさんにお願いがあるんです。」
「お願いですか?なんでしょう?」
「クオンさん、ここは私からお願いするのが筋でしょう。」
そう言って、リソスフェアがペトラの前に歩み出る。リソスフェアは地底世界では有名だ。その姿を見て、ペトラは一目で分かった。ペトラは思わず硬直する。
「りりり、リソスフェア様!?どどど、どうしてここに!?」
ぺトラは慌てふためく。リソスフェアはペトラが落ち着くのを待って、事情を説明する。
「早急に王都へ行きたいのです。無理を承知でお願いします。」
「分かりました!任せてください!少し・・・三十分ほど時間を下されば、すぐに出発できます!」
ペトラの言う通り、三十分後にはリノケロスの準備が整った。リソスフェアはクオン達と共に竜車へと乗り込む。
「私のことは、どうかリソスとお呼びくださいね。」
こうして、クオン達は仲間にリソスフェアを加え、一路王都へと向かうのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




