第五十五話『五号遺跡再調査』
長らくお待たせいたしました。続きとなります。
アティスの街が新年を迎えて二週間ほど経った頃。クオンの部屋の扉をノックするカリンの姿があった。クオンから返事がない事を確認すると、カリンはそーっと部屋の扉を開ける。ベッドに眠るクオンが見えた。カリンは足音を立てないように、ベッドに近づく。クオンの体をゆさゆさと揺らした
「クオン、起きて。朝だよ~。」
「う、うーん。」
クオンは口をむにゃむにゃとするが起きない。カリンは頬を緩ませながら、そんなクオンの頬をツンツンとつついた。
「ふふっ。クオンってば可愛い。」
クオンの寝顔。剣を握っている時の顔も好きだが、無防備な寝顔もカリンは好きだ。少しの間だけ眺めた後、再びクオンを揺らす。
「クオン。おはよう。朝だよ。」
「ん、ん~。」
クオンはむくりと起き上がった。寝癖がぴょんぴょん跳ねている。
「おはよう~カリン。ふわぁ~。」
クオンは大きな欠伸をする。数秒間ぼ~っとした後、行動を開始する。
「今から支度するから、ちょっと待っててね。」
クオンは顔を洗うために部屋から出て行った。カリンはベッドに腰かけて足をぶらぶらさせる。そしてクオンの足音が遠ざかると、カリンはベッドにうつ伏せに寝そべった。
(むふぅ~。クオンの匂いがする・・・。)
枕に顔を埋めたまま、足をぱたぱたさせる。クオンの足音がすると、ぱっと飛び起きてささっと服の乱れを直す。いくら恋人になったとはいえ、こんな姿を見られては恥ずかしいからだ。クオンが戻ってきたが、カリンは何事もなかったかのように装う。
寝癖が直ったクオンはクローゼットを開けて、着替え始めた。さすがにクオンの裸を見るのは刺激が強いので、カリンは部屋の外に出て、扉の前で待つ。少しすると、クオンが部屋から出てきた。
「お待たせ。じゃあ、行こうか。」
「うん。」
クオンとカリンは一階の食堂へと向かう。食堂に入ると、既にルビーとリッカとクロが待っていた。
「おはよう。クオン、カリンちゃん。」
「おはよー。」
「にゃー。」
クオンとカリンは挨拶を返して席に着く。ミーチョが皆に朝食を配膳し、クロのエサ皿にもカリカリが盛られた。準備が整うと、クロ以外は食前のお祈りをして食べ始める。
「さっきエルマさんが来たのよ。冒険者ギルドまで来て欲しいって。レイ君がクオンとカリンちゃんに話があるそうよ。」
「レイさんが?何だろう。分かった。朝食の後に行ってみるよ。カリンもそれでいい?」
「うん。いいよ。」
レイとはアティス支部のギルド長の事だ。アルバンの友達で、クオンとリッカは昔からお世話になっている。直接呼び出すのは珍しいとクオンは思った。
朝食を摂っていると、クロはカリカリを食べ終えたのか食卓の上にぴょんと乗る。お座りしてリッカの朝食をじーっと眺め始めた。黒い手をそーっと伸ばすが、リッカにぺしっと叩かれるのであった。
朝食を終えると、ルビーとリッカに見送られてアティス支部へと向かう。道すがら、ギルド長に呼ばれた理由を考えるクオンとカリン。
「クオンは呼ばれるような理由に心当たりある?」
「うーん。五号遺跡の件かもしれないね。」
「あっ、そうかもね。」
クオンはレイに呼ばれるとしたら五号遺跡関連だろうと思っていた。あの龍を含め、今後の扱いがどうなるか決まったのかもしれない。
アティス支部に到着すると、エルマがさっそく近づいてきた。クオンとカリンは挨拶をする。
「おはようございます。エルマさん。」
「おはようございます。」
「おはよー。クオン君、カリンちゃん。ギルド長が待ってるわ。ささっ、ついてきて。」
「レイさんはどういう用事で僕達を呼んだんですか?」
「んー?それは私も聞いてないのよねえ。」
エルマも詳しい事情は知らないようだ。クオンとカリンはエルマに連れられて三階のギルド長室の前まで来た。エルマが扉をコンコンとノックする。
「ギルド長。エルマです。クオンさんとカリンさんをお連れしました。」
「入ってくれ。」
「では、失礼いたします。クオンさん、カリンさん、中へどうぞ。」
エルマが扉を開け、入室を促す。クオンとカリンが部屋の中に入ると、執務机からギルド長のレイ=ストレイスが立ち上がった。
「お久しぶりです。レイさん。」
「こんにちは。」
「久しぶりだね。クオン。こんにちは。カリンさん。二人ともよく来てくれた。さあ、そこに座ってくれ。」
レイに促されるまま、クオンとカリンはソファに座った。レイはテーブルを挟んで向かい側のソファに座る。
「アルバンから聞いたよクオン君。カリンさんと付き合う事になったんだってね。」
「は、はい。」
「クオン君も恋人ができる年頃になったんだね。私も老いるわけだよ。はは。」
「さて、本題に入ろうか。うすうす気づいているかもしれないけど、五号遺跡の件で呼んだんだ。」
「やっぱりそうだったんですね。予想はしてました。王国政府から返事が来たんですか?」
「ああ、つい先日ね。」
レイは王国政府からの正式な返答を伝える。エルハウを含めた該当エリアの秘密保持、そしてさらなる調査の依頼であった。
「調査依頼ですか?」
「ああ。王国政府は、クオン君達が見つけたエルハウや新しいエリアの情報を欲しがっている。文化財課の職員と冒険者が共同でやるのはいつもの事だが、前回の調査で秘密を知っている者にやって欲しいそうだ。選定はこちらに任せると。条件に合う者を州行政府とギルドの方で選定した結果、文化財課側がセーラさんとセレーネさんの二名、冒険者側がレティシアさん、クオン君、カリンさん、リリスさん、バート君、ナツメさん、ガイ殿の七名となった。行政府職員のセーラさんとセレーネさんは強制参加だが、冒険者は任意での参加となる。
既にレティシアさんとガイ殿には参加を了承して貰っている。もし、クオン君達が遭遇したアルヴェーンとかいうゴーレムがまた出てきても対応できるだろう。どうだね?やってみる気はあるかね?」
「はい。ぜひ受けさせてください。僕もあの龍の事を知りたいですし。」
クオンは五号遺跡で見たホログラムの老人の言葉が気にかかっていた。エルハウの封印にはおそらく白磁の竜角が関わっている。カリンの為にも、知っておく必要があると思った。
「カリンさんはどうかね?」
「私も受けます。理由はクオンと同じです。」
「レイさん。一つ頼みがあるのですが。リッカを参加させる事は出来ませんか?」
「リッカさんをかい?」
「はい。レイさんならご存じだと思いますが、基本的に僕はリッカとカリンの三人でパーティを組んでいます。それに、リッカは五号遺跡に興味を持ってました。前回参加しなかったのは家の都合です。いつもパーティを組んでいるのに、僕とカリンだけが遺跡調査するとなると不審に思われます。」
「分かった。一応、聞いてみるだけ聞いてみよう。」
「ありがとうございます。レイさん。」
*********
三日後、リッカはレイに呼ばれてアティス支部へと出かけて行った。王国政府から返答が来たのだろう。わざわざ呼ばれたという事は、許可が出たに違いない。二時間ほどすると、リッカはアティス支部から帰ってきた。
「もう~クオンってばこんな面白そうなこと隠してたなんてずるいぞー。」
リッカはクオンの部屋に来ると、開口一番そう言った。
「でもありがと。クオンが言ってくれたんでしょ?」
「リッカを仲間外れにするのも嫌だったしね。」
「ハーヴィ博士も口添えしてくれたみたい。」
「ハーヴィ博士が?」
「レイさんが言ってたよ。」
「それに、カリンの事もあるんだ。」
「カリンちゃんの?」
「うん。呼んで来るからちょっと待っててね。三人でちょっと話し合いをしたいんだ。」
クオンは部屋から一旦出ると、カリンを連れて戻ってきた。カリンとリッカはベッドに腰かけて、クオンは椅子を持ってきて二人の前で座った。
「ふふ~ん?姉と恋人をベッドに座らせて何をする気なのかにゃ~?」
「てい!」
「あいたっ!?もう冗談なのに~。」
冗談を言うリッカの脳天にチョップをお見舞いした。リッカは頭を押さえて口を尖らせる。カリンは曖昧に笑っていた。
「遍く光。満ちる言の葉。双者を封ずる世界と成れ。封印世界。」
クオンが詠唱すると、部屋の壁が淡い光の薄膜で覆われる。これで、ここでの会話は外に漏れない。
「封印世界を使うってことは、聞かれたくない話?」
「白磁の竜角関係の話だからね。」
「私の?」
「そう。ねえカリン。遺跡で見たホログラム覚えてる?」
「覚えてるよ。確かおじいちゃんが出てきたよね。」
「え、何々?何の話?」
リッカはホログラムの老人のことを知らない。確認の意味も含めて、クオンはリッカに説明した。フェリウス帝国滅亡のこと、破壊神に対抗するために建造されたエルハウのこと、エルハウの封印を解くには七つの力が必要なこと。
「七つの力ってのが、きっと七宝のことだと思うんだよね。『白き角の友』って白磁の竜角のことだと思う。」
「うん。それは私も思ったよ。」
「でも白い角って竜角人の王族だけじゃないよね?他の種族の可能性はないの?」
「もちろんリッカの言う通り、その可能性もある。だからエルハウのこと、もっと調べるべきだと思うんだ。エルハウの封印を解くのに必要なのは何なのか。違ってたらそれはそれでいいんだ。でも、白磁の竜角が必要だったら困ったことになる。最悪のシナリオは、カリンの竜角が必要で、かつ王国政府がエルハウの封印を解くと決めた場合だよ。僕はそれが怖いんだ。」
「・・・そう、だね。」
「カリンはどうしたい?」
「分からない。死ぬのは嫌。でも私が拒否したら、エルハウを起動できなくて破壊神っていうのを倒せなくなるんじゃないの?それも嫌だな・・・。だから、分からないよ。」
そう考えていると、話にリッカが割って入って来た。
「二人ともすとーっぷ!ね!暗くなりすぎるの良くない!まずはエルハウを調べてから考えようよ!クオンもカリンも、深刻になり過ぎ!まだカリンちゃんが死ぬって決まった訳じゃないでしょ!」
「そうだね・・・。カリン。怖がらせてごめんね。でも、話しておくべきだと思ったんだ。」
「ううん。大丈夫だよ。私のこと、心配してくれたんだよね。ありがとう。」
今のところは、エルハウのことを調べるということで話は決まった。話が終わると、リッカはベッドにクオンを座らせ、自分は椅子に座った。
「さあ二人とも気分を変えて変えて!クオンもカリンも思う存分いちゃいちゃしていーよ!私にはお構いなく!」
「そそ、そんなのリッカの前でできるわけないでしょ!」
「ええ~。見てみたいのに~。クオンもぼーっと見てないでカリンちゃんを押し倒すぐらいしなよ~。」
「そんな無茶な・・・。」
陰鬱だった空気がリッカのおかげで幾分か和らいだ気がする。クオンは心の中でリッカに感謝するのであった。
*********
結局のところ、クオン、カリン、リッカ、バート、ナツメが参加することになった。リリスは家の都合で今回の調査には参加しない。五人で五号遺跡へと向かった。五号遺跡の入り口では、既にセーラ、セレーネ、レティシア、ガイが待っていた。セーラはクオン達に気づくと、元気良く挨拶をする。
「おっはよ~皆。さっそくだけど遺跡に入りましょうか。」
クオン達は第五層へとたどり着いた。以前の調査でセーラから説明を受けた場所である。クオン達が前回担当した通路は埋め立てられており、壁になっていた。おそらく、勝手に人が入らないようにする措置だろう。だが、これではクオン達も入れない。
「セーラさん。どうするんですかこれ。通路に入れないんですけど。」
「だ、大丈夫だって。レティがいるんだから。さあレティ。ぶっ壊しちゃって!」
「セーラ・・・文化財課にしては仕事が雑じゃない?もっと丁寧な仕事しなさいよね。」
レティシアは呆れる。確かに埋め立てられては誰も侵入できないが、もっとやり様があったのではないかと思った。
「仕方ないじゃん!急に封鎖しろ言われたんだもん!これでも私頑張ったんだからね!」
「私も手伝いました。」
セーラは両手をぶんぶん振りながら言う。セレーネは何故か得意げである。どうやら、セーラとセレーネが埋め立てたようだ。レティシアはため息を吐くと、壁の前に立つ。鞘から剣を抜き、突きの構えを取った。
「ハアッ!」
気合一閃。レティシアは目にも止まらぬ速さで突きを繰り出す。常人ならば剣が折れてしまうが、魔力によって運動量が付加されたレティシアの突きは、やすやすと壁を突き破った。轟音と共に壁が崩れ落ちる。墨のような暗闇を湛えた通路が姿を現す。レティシアはふぅと一息吐くと、鞘に剣を戻した。
(やっぱりレティ姉はすごいや。僕も早く追いつきたい。)
たった一つの突きの動作だけでも、クオンは彼我の力量差を如実に感じた。
「クオン君。明かりをお願いね。」
「分かりました。光の神よ。我が腕に導きの光を。灯火。」
セーラに言われ、クオンは灯火の魔法を発動させた。クオン達の周囲が明るくなる。レティシア、クオンとカリン、セーラとセレーネ、リッカとナツメ、バートとガイの順で通路に足を踏み入れたのであった。
通路を進んでいくと広い空間に出る。全体が昇降機になっていた部屋だ。天井に淡い光が灯る。部屋の中に散乱していた瓦礫や倒したクアドラゴーレムの山は片付けられていた。
「今、昇降機を動かすわね。」
セーラが床に描かれている扇形の図形に触れると、台座がせり上がる。セーラが台座に触れると、光の板が出現する。入り口が閉まり、ガコンという音と共に、一瞬の浮遊感がした。光の板には、クオンが以前見た立体構造が表示されていた。
「すご~い!部屋全体が昇降機なんだね!」
初めてここに来たリッカははしゃいでいた。すこしすると、上から押さえつけられるような感覚がする。再びガコンという音がした。壁の一部が開き、光る通路が出現する。
「さあ、行くわよ皆。通路前にある黄色い枠の中に乗って。」
クオン達が黄色い枠の中に入ると、床面が浮上する。慣性もなしに動く移動機にここでもリッカははしゃいでいた。そして通路全体が透明となり、壮大な風景が姿を現す。
「うわ~すご~い!綺麗~!」
大きな地下空間、中央に浮かぶ光球。初見のリッカが声を上げる。リッカ以外のメンバーも声は出さずともその光景に見入っていた。クオン達の乗った移動機は、球体の前にある浮遊施設へと到着する。降りた場所の近くには、ひしゃげた隔壁が転がっていた。レティシアが破壊したものだ。
「この施設をまずは探索しましょうか。中に入りましょう。」
クオン達がアルヴェーンと戦った後に開いた縦孔はそのままであった。階段で縦孔を降りて行く。孔の底にあった扉を潜り、以前ホログラムを見た部屋の中へと入った。
「セレーネ。何か思い出さない?」
「そうですね・・・。」
セレーネは部屋を見渡すと、一番大きな水晶板のある端末の前まで行く。セレーネがポチっと端末の横にあるボタンを押すと、水晶版に古代文字が表示された。セレーネは適当に操作しているのだが、それを知らないクオン達は、セレーネが分かっていて操作しているように見えていた。セーラはセレーネに尋ねる。
「なんて書いてあるか分かる?」
「ええ。ここは制御室みたいです。この端末で施設全体の操作が出来るようですね。」
「施設の操作って、ここ以外にもあるの?」
「そうですね・・・。図書館ユニット、保管ユニット、工場ユニット、転移門ユニット・・・。たくさんありますね。」
「ユニット?」
「私たちが今いる場所のような構造体のことです。ちなみにここは制御ユニットです。ユニットごとに役割が分かれているようですね。」
セレーネはカタカタと鍵盤を操作する。水晶画面に新たな文字列と画像が表示された。
「どうやら、ほとんどの操作には認証が必要のようです。」
「認証か~。どうにか出来そう?」
「分かりませんね。少し色々試してみます。とりあえず、認証が不要な操作をしてみます。」
セレーネが再び鍵盤を操作すると、アナウンスが流れた。
『図書館ユニット、及び保管ユニットの接続を開始します。』
水晶画面に映像が映る。空洞の下側を満たす光の海から、二本の大きな角柱が姿を現し、制御ユニットへと近づいてくる様子が分かった。
「はえ~。随分と大がかりだね~。」
リッカが感想を漏らす。他の者達も口には出さなかったが同じ気持ちだった。角柱は制御ユニットの側まで来ると、動きを停止させる。そして、六角柱が角柱の側面から伸び、制御ユニットへと接続された。
「とりあえず、これが今できる範囲のようです。」
「じゃあ、まずはそちらから先に探索しましょう。どこから行けるの?」
「階段を降りてきたところに、通路が出現しています。制御室をでて右が保管ユニット、左が図書館ユニットへと通じています。」
クオン達が戻ってみると、先程まで壁だった場所に新しく扉が二つ出現していた。セーラとセレーネを制御室に残し、クオン、カリン、リッカ、レティシアとナツメ、バート、ガイの二手に分かれて調べる事になった。クオン達が図書館ユニット、ナツメ達が保管ユニットだ。
一見すると、とても殺風景な白い空間だった。中央に円い台座と制御盤があるが、それ以外には何もない。クオン達は台座に備え付けられた制御盤に近づく。
「これ、何だろ?」
「きっとホログラム投影機かな。制御室にあったのより大きいね。」
制御盤には古代文字。クオンは手帳を開いて、解読を試みる。あらかじめ古代文字の文法と簡単な単語を調べておいたのだった。
「クオン、何か分かった?」
「んー。やっぱり投影機みたい。危険はなさそうだし、電源入れてみるね。」
クオンが電源ボタンを押すと、ブウンという起動音と共に、制御盤に光が灯る。そして台座に立体映像が映し出された。映像にはザザザと砂嵐が混じっているものの、女性の姿を形作る。その姿は、どことなくセレーネに似ていた。映像の女性はクオン達を見回すと、首を傾げる。
『あらら?知らない人達ですねぇ。どちら様ですか?』
「私達はリンドヴルム王国の遺跡調査隊よ。私はレティシア。貴方は?」
『あっ。まずは自己紹介からですねぇ。これはこれは失礼いたしました。人工精霊クレメンタインシリーズが一体、リコネサンス=クレメンタインと申します。リコネとお呼びください。龍の庭園の電子図書館の管理と運営を担当しています。』
クレメンタインシリーズという事はセレーネと姉妹機なのだろう。
「図書館?ここには何もないけれど。」
『書物は一部を除いてデータとして保存してあります。任意に実体化して閲覧が可能なんです。例えばこういう風に。』
リコネが指をパチンと鳴らす。すると、何もなかった空間に突如としてたくさんの本棚が出現した。そして本棚にはぎっしりと書物が収められている。ここが図書館であると納得した。レティシアは質問を続ける。
「龍の庭園って何?」
『龍の庭園はアルセイド地下大空洞に建造された施設群の事です。』
「何の為にそんなものを作ったの?」
『主な目的は反神龍エルハウの保存及び起動時における支援です。他にも、後世の人々にフェリウス帝国の技術と知識を残すという目的もありますね。』
「こんな場所に作ったのはなんでなの?」
『ここには龍脈の自然交錯点が存在しています。転移門を龍脈と接続する事でフェリウス各地へと飛ぶことができます。
「フェリウス帝国にはもっと優秀な転移装置があったはずだけれど?」
『帝国の崩壊に伴い、竜角人との交流が途切れたためです。転送装置を構築するのに必要な量の竜角が手に入らなくなりました。』
「・・・えっ?」
カリンは小さく戸惑いの声を上げたが、レティシアは気付かずに質問を続ける。
「竜角って切ったら死ぬんじゃないの?」
『いいえ?そんな事はありませんよ。血管さえ傷つけなければ安全に切り離せます。』
『はい。竜角は時空魔法を行う際に、良い触媒になるのです。特に白磁の竜角は、強力な触媒となりました。』
「白磁の竜角って、砕いてから煎じて飲むと不死になれるっていう?」
『不死?御伽噺ではないですし、そんな効能はありませんよ?』
「なんだ。やっぱり眉唾だったのね。」
そんな中で、クオンはカリンにこっそり耳打ちをする。
「カリン。今のリコネの話なんだけど・・・。」
「ううん。私はあんな話、聞いたことないよ。竜角を切った人なんていなかったし。」
「一体どういうことだろう?」
カリンとリコネの情報には齟齬がある。クオンはその理由が気になった。後で詳しい話を聞く必要があるとクオンは思った。
「あなた、セレーネは知ってる?」
『はい。私のお姉さまです。龍の庭園内に眠っているはずです。』
「それなんだけどね。以前の調査でセレーネが見つかって、すでに起動してるの。調査隊に加わっているわ。」
『電子図書館を起動させたのはお姉さまですか?』
「ええ。そうよ。でも記憶に欠落があるの。損傷はしてないはずなんだけど。施設の操作も手探りなの。」
『記憶が・・・そうなんですね。では、お姉さまを呼んでくれませんか?私が持っているデータをダウンロードすれば、施設群の操作が分かります。』
「それは良いわね。誰かセレーネを呼んできてくれる?」
「じゃあ、私が行って来るよ。」
しばらくすると、リッカと共にセレーネが現れた。親しげにリコネは話しかけるが、セレーネは首を傾げる。首を傾げた姿はリコネとそっくりだ。
「この子は誰ですか?記憶にありませんね。」
『そんなっ!?ひどいですお姉さま!』
よよよ、と泣くリコネサンス。セレーネよりも感情が豊かだ。
「ダウンロードなら大丈夫です。私の記憶容量にはまだ余裕があります。私の中に彼女のデータを保存しておきましょう。」
『じゃあ、さっそくメモリーカードを渡すよ~。』
リコネの立体映像が揺らぐ。制御盤のスロットから、手のひらに乗るほどの黒いメモリーカードがせり出してきた。セレーネはメモリーカードを手に取ると、自分の後頭部にあるスロットに差し込む。
「リコネの記憶データをダウンロードしました。」
「何か分かった?」
「ええ。リコネの持っている情報を使えば、認証のいる操作が出来そうです。」
リコネと別れ、クオン達は制御室へと戻った。セレーネは水晶端末に認証情報を入力する。ログイン成功と古代文字で表示され、さらに文字列が羅列されていく。
「転移門ユニットへの接続ができますが、どうしますか?」
「うーん。今はやめとこうか。どこかに飛びたいわけじゃないしね。あまり危険がなさそうなのお願いね。」
「了解しました。」
セレーネが水晶端末で操作をしようとしたその時、唐突にアナウンスが聞こえた。
『転移門ユニットの接続を開始します。』
命令とは違うアナウンスの内容に、セーラは戸惑いの表情を浮かべてセレーネに話しかける。
「・・・セレーネ?」
「いえ。私ではありません。誰かが外部から操作しているようです。・・・ダメですね。操作を受け付けません。」
「外部って、一体誰が?」
水晶画面に外の様子が映し出される。クオン達がいる制御ユニットを俯瞰する視点だ。
『転移門ユニットの遮蔽を解除します。』
光球の前に、巨大な角柱が姿を現す。角柱はその形を変えていく。そして円盤状の構造物になった。円盤の中心から何かがせり出してくる。それは大きな門であった。
「あれが転移門ユニット。リコネの情報によると、龍脈という自然の亜空間通路を利用して世界のいろいろな場所へ飛べる施設です。」
転移門ユニットから板状の構造物が伸び、制御ユニットと接続された。
『龍脈との同期完了しました。ウェルノウンゲートの疎通確認を開始します。・・・疎通確認完了しました。ロケーションβへの接続を開始します。・・・接続完了。ゲート、開放します。』
光球から転移門に光が伸び、転移門の表面に刻まれた紋様に光が走る。そして、重厚そうな門扉がゆっくりと開く。開いた門の先は、光に満ちていた。
「ねえクオン。あれってアハトじゃない?」
「えっ?」
リッカが水晶画面を指差す。そこにはアハトの姿が映っていた。アハトはこちらを見つめ返すと、意味ありげな笑みを浮かべた。挑発のようにも見えた。
「どうやら、これはアハトの仕業みたいだね。一体、どういうつもりなんだろう。」
アハトの真意を問い質す為、セーラとセレーネを残し、クオン達は転移門へと向かった。
「やあ。久しぶりだね。クオン。」
アハトは転移門の前に悠然と空中に佇んでいた。クオンはアハトを睨む。
「クオン。君は、カリンを守りたいかい?これから先、何が起こっても。」
「そんなの当然だよ。そんな事聞いてどうするのさ。」
「ふふ。一応確認したかっただけさ。君ならそう言うと思ったよ。だから―――。」
『βゲート、接続完了。』
「用意してあげたんだ。君を強くする舞台をね。」
ゲートから突如として伸びた光の渦がクオン、カリン、リッカ、ナツメ、バートに巻き付いた。物凄い力で引っ張られる。
「吸い込まれる・・・!?」
「アハト!今すぐやめなさい!」
レティシアが裂帛の気合と共にアハトへと斬りかかる。だが、アハトはいとも簡単に右手で受け止めた。レティシアは瞠目する。
「人間にしては強いね。お嬢さん。」
「っ!」
レティシアが後方へ飛び退ると同時に、入れ替わるようにしてガイが大剣でアハトを薙ぎ払う。アハトは避けない。ガイの大剣がアハトの頭に直撃する。
「・・・へっ。冗談きついぜ。」
アハトは頭に大剣を叩きつけられても平然としていた。レティシアとガイは警戒して距離を取る。
「心配しなくていいよ。お二人さん。僕は君たちの敵じゃない。むしろ、味方だよ。」
「だったら早くクオン達を放しなさい!」
レティシアは殺気を放つ。大抵の相手なら竦んでしまって動けなくなるほどの殺気。ガイもあまり見た事がない、レティシア本気の殺気だった。だが、アハトは涼しい顔のままだ。
「怖いなあ。お姉さん。本当だって。これは、クオンの為なんだよ。」
「その言葉を信じるとでも?」
レティシアとアハトが対峙する間にも、クオン達はじりじりと転移門へと引っ張られていた。体に巻き付いた光は剣でも切れない。
「カリン!リッカ!僕の傍に来て!離れないように!」
吸い込まされるのは避けられそうにないとクオンは判断した。飛ばされた際に離れ離れになってしまわないように、クオンは近くに来たカリンとリッカの腰に手を回す。バートとナツメはクオンから距離が遠い。合流は難しそうだ。
「バート!ナツメをお願い!飛ばされた先で一人にならないように!」
「了解した!」
バートとナツメは互いに腰へ手を回した。そして、クオン達は引っ張られる力に抗しきれなくなった。
「うわああああ!?」
転移門に吸い込まれる瞬間、レティシアが呼ぶ声が聞こえたような気がした。こうして、クオン達は転移門に吸い込まれたのであった。
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