第五十四話『地底世界の異変』
お待たせしました。第三章の始まりです。
しんしんと雪の降りしきる帝都ループス。ライン大陸最大の威容を誇るこの帝都は、新年を迎えても、どこか陰鬱とした空気に包まれていた。いや、帝都だけではない。今やオストシルト帝国全土が同じような空気である。皇室や貴族による度重なる重税、元老院の腐敗、頻発する反乱、治安の悪化、得体の知れない行方不明事件。臣民の大多数を占める平民には、新年を祝う金銭的な余裕も心の余裕もないのが実情であった。ローレンツ宰相以下、良識ある官僚たちが残っている帝国政府はまだ機能はしているものの、現状の打開には程遠い。暗い将来を悲観した平民達は、聡明な貴族の領地や友邦ノースシルト王国、さらには仮想敵国であるはずのドラグラント連邦にまで逃げ出している有様であった。
そんな帝都の中にも、陰鬱とは無縁の場所がいくつかある。その中の一つが帝城の一角に与えられた錬金術師ゲーベルの居室である。一言で表すならば豪華絢爛。贅の限りを尽くした調度品、複雑な文様が刻まれた高価な絨毯、壁を飾る名画の数々。そのどれもが、一つ売り払うだけで平民が一生遊んで暮らせるような額のものばかりであった。ゲーベルに対する帝室からの信頼が厚い証拠でもある。
ゲーベルは、部屋の大きな窓から眼下の帝都を眺めていた。その瞳に真に映るのは帝都ではない。もっと大きな野望である。ゲーベルの言葉は皇帝の勅令と同じ。帝国の真の支配者となったゲーベルではあったが、それは野望を叶える為の過程に過ぎないのだ。
ゲーベルは窓から目を離す。すると、部屋の中に紫色の魔法陣が浮かび上がった。魔法陣が内包する幾何学模様が刻々と変わり、やがて光を発した。光が消えると、そこには全身黒づくめの老人が姿を現す。白い髪、眼光炯々(がんこうけいけい)とした瞳、悪鬼のような顔。黒いローブに身を包み、鈍色の杖を携えていた。老人はゲーベルに対して恭しく礼をする。
「このザラーム、只今参上いたしました。何か御用でありますかな?我が主よ。」
「よく来たザラームよ。貴様にやってもらいたいことがある。マンテリウム王国は知っているな?」
「もちろん存じております。醜悪な地底人が跋扈する不毛な国です。その国がどうかしましたか?」
「間諜によると、マンテリウム王室が我が野望に必要な門石を隠し持っているとの事だ。」
門石。それはかつて繁栄を極めたフェリウス帝国の遺産。ゲーベルが心から求める物。今となっては神へと至る唯一の道。ゲーベルにとって、下劣なる人類が創り出したモノなど不愉快極まりないのだが、野望を叶える為には些事であると考えていた。
「闇の賢者ザラームよ。貴様に使徒ゲーベルが命ずる。マンテリウム王室が隠し持つ門石を奪い、私の元へ持って参れ。ただし、魔族には注意しろ。貴様が後れを取るとは思えぬが、奴らは神物質の武器を持っている。油断は禁物だ。」
「ご命令、承知いたしました。このザラーム、必ずや御前の元に持って参りましょうぞ。」
ザラームは再び恭しく礼をする。紫色の魔法陣が現れ、沈むように姿を消した。ゲーベルは再び窓の外を見やる。ゲーベルの懸念は魔族だ。魔族は組織的に使徒を狩っている節がある。
魔族が独力で神物質と使徒の存在に気づいたとは考えにくい。魔族の背後には古龍の眷属がいると、ゲーベルは睨んでいた。
(おそらく、あの戦いでこの世界に落ちてきた者達か。死にぞこないの天使か?それとも壊れかけの神工精霊か?一体誰が吹き込んだのか知らぬが、汚らわしい魔族め。神のご意思に逆らうとは。これ以上目障りになるようならまとめて始末する必要だけだ。)
ゲーベルはくつくつと笑う。窓から見える陰鬱な帝都とは対照的な、楽しげな笑いなのであった。
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地底世界。そこは、硬い岩石と灼熱の溶岩が支配する世界である。植物の類はほとんど生えず、生えているものと言えば苔ぐらいである。生態系も地上とは全く異なる。その全貌は明らかになってはいないが、地上ではとうの昔に絶滅した生物やまるで鋼のような外皮を持つ生物が分かっている。そして、人間や獣人、亜人にとって地底世界は決して住むような場所ではない。季節など存在せず、大量の溶岩と地熱によって年中熱いのだ。何の対策もしていなければ、数日しか持たないであろう。
そんな地底世界にも海がある。海と言っても地上世界にあるような青い海ではない。地底世界でいう海は溶岩が煮えたぎる赤い海を意味する。
その溶岩の大海原を泳ぐ大きな龍の姿があった。蛇のような長い身体に短い手足。全身はオリーブ色の鱗で覆われた美しい龍である。その正体は大地軟龍アセノスフェア。古龍から世界の管理を任されたという四柱の龍のうちの一柱。大地の流れを管理する龍だ。今日の日課を終え、住処のオリヴィア神殿へと帰るところであった。
(あ~フェルスに会いたいな~。早くフェルスをぐるぐるしたい~。ぐ~るぐ~る~。)
アセノスフェアはうきうきしながら泳いでいる。結構だらしない表情だ。泳いでいるうちに、溶岩の波打つ岸辺に建つオリヴィア神殿が見えてきた。オリヴィエ神殿は大地軟龍アセノスフェアの為に建てられた神殿である。
アセノスフェアは速度を落とし、ゆっくりと近づく。海から上がると、体に付いた溶岩を落とす。アセノスフェアの巨躯は光に包まれ、次第にその姿が小さくなっていく。光が消えると、そこにいたのはオリーブ色の髪と黄色い瞳の少年だった。頭には二本の竜角が伸びている。そして全裸だった。
「あっ。服着ないとフェリスに怒られちゃう。」
龍の姿では服を着ないので、龍人形態になるとついつい忘れてしまうのだ。アセノスフェアは魔力を操作し、服を形成する。神官の祭服と同じであった。服装に特に意味はなく、ただよく見る神官の服を参考にしているだけだ。
「これで良しと。」
アセノスフェアは神殿の方を見る。いつもは出迎えてくれるはずの神官や巫女の姿がない。
(あれ?誰も来ないや。みんなどうしたんだろ?)
違和感を覚えつつ、アセノスフェアは神殿の中へと入る。ふと、神殿の中に馴染みのない誰かの気配を感じた。アセノスフェアは気配を感じる方へ視線を向ける。
「そこにいるのは誰だい?」
そう問いかけると、柱の陰から黒づくめの人物が姿を現す。ローブを深くかぶり、顔は良く見えず口元しか見えない。無言のまま佇んでいた。アセノスフェアにとって、ここは神官と巫女と自分だけの神聖な場所である。余所者の存在にむっとした。今まで神殿に不法侵入するような不届き者はいなかった。
「どうやって忍び込んだのか知らないけど、ここは神官と巫女以外立ち入り禁止だよ。早く出て行ってよ。人を呼ぶよ?」
「すぐに用は済む。なあに、手間は取らせぬよ。」
すると、その不審人物の手から楔のようなモノが射出された。動体視力の良いアセノスフェアはいとも簡単にそれを手で掴む。
「これは一体何のつも・・・。」
アセノスフェアが問い質そうとしたその瞬間、掴み取った楔が手の中へ沈みこむ。全ては予想通りだった。アセノスフェアはけたたましい咆哮を上げると、光を放って龍の姿へと戻る。完全に我を失っていた。その瞳は血走り、恐ろしい怒気を孕んでいる。先ほどまでの穏やかな眼差しとは全く違っていた。
「ふん。新龍と言えど、我が神の御業の前ではこの程度か。古龍と比べて話にもならんな。」
アセノスフェアに打ち込まれた楔は神物質製であった。地底人ではどうあがいても破壊できない代物。黒づくめの人物は高らかに叫ぶ。
「さあ行け!アセノスフェアよ!マンテリウム王国を恐怖のどん底へと突き落とすのだ!」
アセノスフェアは再び咆哮する。神殿の天井を突き破るとその身を躍らせ、溶岩の海の中へと消えたのであった。
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耐熱装甲列車リデンブロック号。それはマンテリウム王国が保有するフェリウス帝国の遺産だ。劣化も損傷もほとんどない状態で発見され、地底人達によって現在も稼働中である。地底人達は鉱石や魔石の採掘、及びその加工で生計を立てているものが多い。高品質の鉱石や魔石を地上に運び、フェルマー大陸からライン大陸へと輸出している。地底世界と地上世界を繋ぐのがこのリデンブロック号なのだ。
リデンブロック号の搭乗席には、二人の地底人が搭乗している。運転手、運転助手だ。操縦席にはぎっしりと大小さまざまな機器がある。不明なものも多いが、判明している機器だけでも運転には支障はない。
今日もリデンブロック号は大量の貨物を積み、地上へ伸びる線路をひた走っていた。運転手はいつものように平穏な運行だと感じていたが、異変は全行程の十分の一を過ぎた頃に起こる。突然、けたたましい警告音が鳴ったのだ。リデンブロック号、もしくは線路に異常があった場合に鳴るものだ。
「緊急停止信号!?いかん!非常ブレーキだ!」
「了解!」
運転助手はカバーを叩き割り、非常ブレーキのボタン押す。非常ブレーキが作動し、列車の車輪と線路との摩擦により甲高い音が響き渡る。車輪の間から火花を散らしつつ、リデンブロック号は一気にその速度を減じていった。
「ちぃ!線路が途切れてやがる!」
「なんですって!?」
助手は前方を見る。線路が溶岩流に呑まれ、途切れていた。このままでは溶岩流に突っ込んでしまうかもしれない。恐怖に耐えながら二人は祈った。そして祈りが通じたのか、列車は溶岩流の寸前で停止した。二人はほっと息を吐く。しかし、それだけでは危機は終わらなかった。溶岩流の中から、アセノスフェアが現れたのだ。
「あれは、アセノスフェア様!?」
アセノスフェアのぎらついた目が見えた。尋常ではない様子に二人は慄く。アセノスフェアは口を大きく開けると、溶岩の奔流を吐き出した。溶岩流はリデンブロック号を直撃する。衝撃で車体が大きく揺れ動いた。搭乗席の水晶画面に表示された外気温と列車の表面温度がぐんぐんと上昇していく。
「このままじゃまずい!後退するぞ!お前は鉄道局に状況を知らせろ!」
「はい!」
運転手はリデンブロック号を後退させようとする。リデンブロック号はゆっくりと元来た方向へ動き出した。すると、アセノスフェアは身体全体を鞭のようにしならせると、思いっきりリデンブロック号の先頭車両に叩きつけた。リデンブロック号は車体が浮くほどの衝撃を受ける。辛うじて脱線はしなかった。運転手と助手もシートベルトのおかげでなんとか投げ出されずに済んだ。リデンブロック号が離れると、アセノスフェアは咆哮を上げ、溶岩流の中へと消えていった。
「クソッ!一体何だってんだ・・・。」
運転手と助手は溶岩流が遠くなっていくのを見つめる。二人にはアセノスフェアが正気には見えなかった。リデンブロック号は王都ナラクアビスにある鉄道基地に向かうのであった。
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地底世界唯一の国家であるマンテリウム王国。その王都ナラクアビスは地底世界随一の都市である。硬い岩石で建てられた都市の中心には、頂点が平らな円錐形の構造物がある。地上世界とはかなり趣が違うが、これがマンテリウム王国の王城だ。
その王城の玉座の間。黒大理石の玉座に座るのはゼノリス=マンテリウム。この国の王である。地底人であるがゆえに小柄ではあるが、その体は屈強だ。筋肉の鎧を着ているようなもの。王となった今でも、一度得物である斧を振るえばたちまち戦神の如しである。
ゼノリス王のいる玉座の間に、宰相のアルビタが駆け込んできた。とても慌てた様子である。冷静沈着なアルビタのそんな姿を見るのは久しぶりだった。
「どうした?そんなに慌てて。」
「至急ご報告申し上げます!リデンブロック号がアセノスフェア様に襲われたとのことです!」
「何?アセノスフェア様が?それは間違いないのか?」
「はい。間違いないと。ですが目撃した運転手の話では、アセノスフェア様の様子がおかしかったそうです。正気を失っているようだったと。」
「なんと・・・それで、リデンブロック号は無事なのか?」
「はい。鉄道局によりますと特に損傷はなく、念のためメンテナンス中とのことです。」
「そうか。それは不幸中の幸いだったな。」
リデンブロック号が破壊されてしまえば替えはない。ある程度の損傷なら修理できるが、それにも限界がある。万が一の事を考え、代替の列車も研究はされているが、地底世界の過酷な環境に耐えうるモノは出来ていない。リデンブロック号を失っていれば、地上世界への輸送コストが跳ね上がり、王国の経済に永続的で深刻な影響を与えるところであった。
「しかし、線路が寸断され、地上との連絡が不可能になっています。復旧工事をしようにも、アセノスフェア様が暴れている以上、危険すぎて出来ません。」
「まずはアセノスフェア様を正気に戻さねばならぬな。リソスフェア様は今どこに?」
「現在、ゼイトゥーン神殿で眠っておられます。」
「心苦しいが、起きてもらうしかあるまい。アセノスフェア様は新龍。余の騎士団では止められんだろう。アセノスフェア様を止めるように同じ新龍であるリソスフェア様に頼むしかあるまい。」
「では、至急使いを送ります。」
「オリヴィエ神殿の方はどうなっている?この事を知っているのか?」
「不明です。オリヴィエ騎士団からも連絡はありません。只今、キンバーライト卿の部隊が事情を聞きに向かっております。」
「そうか。あとは全国の騎士団に警備を強化するよう通達せよ。」
「承知いたしました。では。これにて失礼いたします。」
アルビタは玉座の間を出ていく。ゼノリス王は玉座に背を持たれかけると、額に手を当てた。
「アセノスフェア様に一体何が起こっているのか・・・。」
マンテリウム王国を襲う前代未聞の危機に、ゼノリス王は苦悩するのであった。
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ゼイトゥーン神殿。オリヴィエ神殿と瓜二つであるこの神殿は、大地硬龍リソスフェアの為に建てられた神殿である。今、神殿最奥にある龍の間へ足を進める人物が二人いた。神殿に仕える巫女、フォノラとパーラである。フォノラはパーラを従え、急いで龍の間へと向かっていた。
「本当にリソスフェア様を目覚めさせるのですか?お休みになられたばかりだといいますのに。」
「仕方ないわ。リソスなら分かってくれるはずよ。アセノスを止められるのはリソスしかいないから。それに知らせない方が怒るわよ。弟の事なんだし。」
フォノラとパーラは龍の間に入る。中央には卵の形をしたモノが鎮座していた。リソスフェアが睡眠を取るための寝台だ。龍の寝台と呼ばれている。フォノラが手を触れると、寝台はまるで花のように開く。寝台の中には裸の少女が体を丸めて眠っていた。丸い透明な膜で包まれ、宙に浮いている。次の瞬間、膜が破れ、中に詰まっていた液体が一気に流れ落ちた。浮いていた少女はゆっくりと寝台の上へと降り立つ。白い体から雫を滴らせながら、少女はゆっくりと目を開けた。その容貌はアセノスフェアの龍人形態に似ている。違いと言えば腰まで伸びた長いオリーブ色の髪と女性らしいふくらみのある胸だ。パーラはタオルを手に駆け寄り、少女の濡れた体と髪を手際よく拭いていく。少女は大きな欠伸をしながら、フォノラに話しかけた。
「ふあ~。もう起きる時間なの~?まだ眠いよ~。」
「気持良く眠っていたのにごめんね。リソス。だけど緊急事態なのよ。」
「緊急事態?何かあったの?フォノラ。」
「よく聞いて。アセノスがリデンブロック号を襲ったの。」
少女は目をぱちくりと瞬かせる。それもそのはず。少女の正体は大地硬龍リソスフェア。大地の硬さを管理する龍である。アセノスフェアの姉でもあり、リソスフェアにとって大人しい弟がそんな事をするなんて信じられなかったのだ。
「あのアセノスが?何かの間違いじゃないの?アセノスは誰かを襲うような子じゃないわ。」
「残念だけど事実なのよ。目撃者の話だと、正気を失っているように見えたそうよ。」
「正気を?・・・分かった。アセノスに思念を送ってみるね。」
リソスフェアは目を閉じてアセノスフェアへ向けて思念を送る。新龍であるリソスフェアとアセノスフェアは思念で会話できるのであった。
「どう?リソス?」
「確かにおかしいわ。アセノスらしくない感情を感じる。それに返事もしてくれない。」
「そう・・・。アセノスに何があったのかしら。」
「分からない。直接会いに行くしかないね。フォノラはフェリスを呼んできて。アセノスのお気に入りの子だから。」
「分かったわ。それと、ゼノリス王からアセノスを止めてくれるようにお願いが来てる。」
「王には承知したと伝えて。暴れているなら、私が止めなきゃ。さっそくアセノスの元へ行って来るわね。」
リソスフェアは歩きながら、魔力で服を形成する。フォノラとパーラはリソスフェアの後についていく。神殿の外に出ると、三人は熱気に晒される。ゼイトゥーン神殿は溶岩の海に浮かんだ小さな島の上にあり、島は対岸にあるゼイトゥーンの街と大きな橋でつながっている。リソスフェアは岸辺に立つと、フォノラとパーラに振り向く。
「じゃあ、行ってくるわ。」
「気を付けてね。リソス。」
「お気を付けて。リソスフェア様。」
リソスフェアの体が発光し、みるみるうちに大きくなっていく。やがて光は龍の形になり、光が消えるとそこにはオリーブ色の鱗を持った美しい龍の姿があった。リソスフェアはフォノラとパーラに向かって一鳴きすると、溶岩の海へと飛び込むのであった。
*********
リソスフェアがアセノスフェアの元へ向かっている頃。ゼノリス王は玉座の間で、官僚から報告を受けていた。
「街道に魔物が大量発生しているらしく、キンバーライト卿はまだオリヴィエ神殿へとたどり着けていないようです。もう少し時間がかかるかと。オリヴィエ騎士団からの連絡は未だありません。魔物と戦っているのかもしれません。」
「そうか。オリヴィエ神殿の様子が気になるな。分かり次第、速やかに報告せよ。」
「はっ!」
官僚は一礼すると、玉座の間より退出する。ゼノリス王が考えをまとめようとしたその時、
玉座の間の扉が紫色の障壁で封印される。同時に、玉座の間の中心に紫色の魔法陣が浮かび上がった。魔法陣は光を放ち、光が消えると黒づくめの老人が立っていた。
突然の侵入者に、ゼノリス王は王らしく冷静を保つ。玉座に座ったまま、得体の知れない侵入者を睨んで問うた。
「誰だ貴様は。」
「私はザラーム。ゼノリス王、貴様に要求があって参った次第。」
「要求だと?」
「左様。要求を呑むなら、今すぐにでもあの神龍を元に戻してやるぞ。」
「なるほど。アセノスフェア様がおかしくなったのは貴様の仕業か。要求とは何だ?」
「要求はただ一つ。私に門石を渡すのだ。マンテリウム王室が持っている事は調べがついている。」
「生憎、余はそんなモノは知らぬ。」
「ほう?シラを切るつもりか。」
「知らぬモノは知らぬ。だから、お前の要求は叶わん。今すぐリソスフェア様を元に戻せ。」
「だったら門石をさっさと渡すがいい。まあ、私もいきなり要求が通るとも思わぬ。貴様の気が変わった頃にまた来るとしよう。それまで王国が滅びなければよいがな。ふははははは!」
ザラームは高笑いをしながら、魔法陣の中へと沈むようにして消えて行った。同時に、玉座の間の扉に施された封印も解け、多くの近衛兵が雪崩れ込む。
「ゼノリス王!ご無事ですか!」
「ああ、余は大丈夫だ。」
「玉座の間にて膨大な魔力を感知しました。一体何があったのですか?」
「先ほどまでこの場に不届き者がいたのだ。ザラームという奴だ。おそらく魔導師だろう。黒いローブを着た老人だ。鈍色の杖を持っている。王国全土へ指名手配をせよ。だが、手を出すな。見つけたら監視にとどめ、余に報告せよ。それと、リソスフェア様にアセノスフェア様をおかしくした黒幕がいる事を伝えてくれ。」
「はっ!了解いたしました!」
ゼノリス王はザラームに心当たりがあった。考えている通りの存在なら、とても厄介な事になる。
(まさか王家の言い伝えが本当になるとはな。あれを探そうにも兵が足りぬ。ここは冒険者の力を借りるしかあるまい。)
この事態に対処するには、冒険者ギルドの協力が不可欠だ。ゼノリス王はもう一つ命令を下す。
「冒険者ギルド長をここに呼んできてくれ。大至急だ。」
*********
ゼノリス王が指示を出している頃、アセノスフェアは王国南部にあるダイアベイスの街を襲っていた。街にはダイアベイス騎士団がいたものの、アセノスフェアを攻撃できずにいた。ほとんどの人類にとって、新龍は神様と同義であるからだ。その為、騎士たちは自ら囮になる事で街の住民が避難する時間を稼いでいた。アセノスフェアの口が大きく開き、喉奥が橙赤色に光る。騎士の一人が叫んだ。
「まずい!攻撃が来るぞ!逃げろ!」
アセノスフェアが騎士団に溶岩流を吐きかけようとしたその時、横からリソスフェアが体当たりをする。アセノスフェアは体勢を崩し、吐き出された溶岩流は騎士団を外れた。そのまま建物の破片を巻き上げながら、アセノスフェアは倒れ込む。
「リソスフェア様だ!」
騎士達が歓声を上げる。リソスフェアは騎士達に向かって思念を飛ばした。
『この子は私に任せて!貴方達は街の人達をお願い。』
「分かりました!お前達、行くぞ!」
騎士達はリソスフェアに従い、この場を速やかに去っていく。リソスフェアはアセノスフェアの前へと出た。アセノスフェアはゆらりと立ち上がる。
『アセノス!一体どうしたの!』
アセノスフェアに思念を飛ばすが返事はなく、アセノスフェアはリソスフェアに向かって咆哮する。その目はぎらついていた。このような弟の姿は今まで見た事がなかった。
(一体どうしたっていうの・・・アセノス・・・。)
弟とは戦いたくはないが、このまま破壊活動を続けさせるわけにはいかない。心を鬼にして、アセノスフェアに立ち向かう決心をする。
『アセノス!目を覚ましなさい!』
リソスフェアは体を硬質化させると、突進してアセノスフェアに頭突きをかます。だが、アセノスフェアは体を軟らかくすることで衝撃を吸収した。アセノスフェアは鞭のように体をしならせて横からリソスフェアに叩きつける。その後も一進一退の攻防が続いた。新龍同士の激しい戦いで、ダイアベイスの街が瓦礫になっていく。幸いにも、騎士団の動きが良かったのか、街に人の姿は見当たらない。
ふいにアセノスフェアが後方へ飛び、リソスフェアから距離を取った。アセノスフェアの背びれが逆立ち、緑色に発光する。口を大きく開くと、喉奥が緑色に光っていた。
『これは・・・まずいわ。』
そう思った時には遅かった。アセノスフェアの口から魔力光線が放たれる。魔力を凝縮した緑色の破壊光線。激しい光の奔流が、リソスフェアを直撃する。直撃を食らったリソスフェアは吹き飛ばされ、溶岩の海へと落ちた。灼熱の溶岩にも耐えるはずのリソスフェア。だが、魔力光線によって強靭な鱗は溶け、皮膚は焼けただれていた。力なく溶岩の海へと沈んでいく。
『だめ・・・力が入らない・・・アセノス・・・。』
リソスフェアの意識が途切れる瞬間、アセノスフェアの咆哮が聞こえた。その咆哮はまるで、勝鬨を上げているかのようであった。
*********
玉座の間を、ある一人の地底人が訪れていた。マスクリン=トー。豊かな髭をたくわえたこの人物は、冒険者ギルドナラクアヴィス支部のギルド長である。マンテリウム王国内にある全冒険者ギルドのトップだ。ゼノリス王とは幼い頃からの付き合いである。
「マスクリン。よく来てくれた。君に頼みがある。」
「頼みとは、アセノスフェア様の暴走絡みか?」
「そうだ。王都の西にラーヴァセルカ遺跡があるだろう?」
「ああ。最近見つかった遺跡だな。」
「その遺跡には『蒼銀の炎』という秘宝が眠っているはず。それを取ってきて欲しいのだ。余の名前で冒険者ギルドに依頼を出す。こちらから兵も出すが、街の警備やアセノスフェア様の対応に追われて数が足りない。ギルド長である君の力で、出来るだけ多くの冒険者に参加を促してほしい。ハルツ、依頼書を。」
「はっ。」
マスクリンはゼノリス王の脇に控えていたハルツ宰相から依頼書を受け取る。
「『蒼銀の炎』なんて聞いたことないぞ。どういう秘宝だ?それが今回の事件に関係あるのか?」
「済まないがあまり詮索はしないでくれ。少なくとも、この状況を打開できるはずだ。」
「事情があるってことか。いいぜ。ゼノと俺との仲だ。聞かないでおいてやるよ。」
「恩に着る。マスクリン。」
「なあに、いいってことよ。だが、王都にいる奴らしか集められんかもしれん。各地への街道に魔物が大量に出ているんだ。情報が伝わらない可能性がある。」
「出来る限りで構わない。なるべく急いでくれ。」
「分かった。早速ギルドへ戻って召集をかける。」
玉座の間を後にしたマスクリンは急いで冒険者ギルドへと戻ると、マンテリウム王国にいる全ての冒険者に向けて召集をかけたのであった。
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