白金の少女は父を知りたい
アデラインの娘、ドロシーのお話
ドロシーは父親の顔を知らない。物心付いた頃には、身近にいたのは母親のアデラインだけだった。王都の街中で見かける親子には父と母がいる。幼いドロシーが疑問に持つのは当然だった。
「どうしてわたしにはパパがいないの?」
ドロシーはアデラインに聞いた。父は遥か遠い国にいる事、事情があって一緒に暮らせない事は辛うじて教えてくれたが、それ以上の詳細はあまり知る事ができなかった。
ドロシーは聡い娘だ。アデラインの言葉の端々から、思い至ってしまった。祖父であるロッドフォード公爵が自分を疎んじている理由に。父と母の仲は周囲に祝福されるものではなかったのだと。
しかし、ドロシーは自分を不幸だとは思わなかった。母は愛してくれるし、叔父も良くしてくれている。だがそれでも、心のどこかに一抹の寂しさは残ってしまったのだった。
そんなある日、ドロシーはアデラインの書斎で魔導書を借りようとして本棚を見ていると、一番上の段に背表紙に題名のない本が並んでいるのを見つけた。
(あの本、何だろ。気になる。)
目的の魔導書ではないのだが、ドロシーにはどうしても気になった。
「うーん、うーん。」
ドロシーは精一杯つま先立ちで背伸びをするが、手が届かない。一生懸命頑張っていると、開けっ放しだった書斎の入り口から、ひょこっとクレアが顔を出した。ドロシーの声が聞こえたので気になったからだ。
「お嬢様。どうかしましたか?」
「クレア。あの一番上の本を取ってくれないかな。」
「ええ。構いませんよ。では、失礼します。」
背が届かないのでクレアに一冊取ってもらう。他の魔導書と比べると、薄い本だ。中身をパラパラとめくると、その本は魔導書ではなく、アデラインの日記だった。
「これ、お母さんの日記だ。」
「奥様の日記・・・ですか?」
「うん。そうみたい。」
日付と内容を見るに、アデラインが王立大学時代のもののようだ。何でもない日常の事や魔法の事などが書かれている。研究メモも兼ねているようだ。
(お母さんの日記なら、お父さんの事が書いてあるかも!)
あの背表紙に何も書かれていない本が全て日記だとしたら、父の事もどこかに書いてあるはずだ。そう思ったドロシーはさっそく行動に移す。
「クレア。別の日記も取ってくれない?」
「ですが、いくらお嬢様でも、奥様の日記を勝手に見るのは・・・。」
クレアは迷っていた。ドロシーのお願いだとしても、雇い主であるアデラインの日記を勝手に見るのは憚られた。
「勝手に見るのは確かに悪いと思うけど・・・お父さんの手がかりがあるかもしれないの!お願い!」
「・・・分かりました。」
ドロシーはただの好奇心で日記を見ようとしている訳ではない。事情もある程度知っているクレアは渋々了承した。クレアは当たりを付けて、ドロシーが生まれた頃の日記を探す。
「あれ?日付が飛んでる?」
アデラインが戦争の為に東方へ出発した日で終わった日記帳の次は、一気に日付が二年ほど飛んでいた。ドロシーには、偶然ここだけ日記を書かなかったとは思えなかった。
(お母さん、どこかに隠したんだ。きっと、お父さんの事が書いてあるんだ。)
結局、目当ての日記を見つける事はできなかった。アデラインなら魔法で巧妙に隠しているだろう。年齢の割には魔法が得意なドロシーでも、さすがに太刀打ち出来ない。
「クレア。付き合わせちゃってごめんね。今日はありがとう。」
「どういたしまして。また何かありましたら遠慮なくお呼び下さいね。」
だが、それぐらいでめげるドロシーではなかった。日記が抜けている期間に、アデラインがどのような行動をしていたか分かれば手がかりが掴めるかもしれない。
(確か、王立公文書館に魔法兵団の公式記録があったよね。行ってみよう。)
魔法兵団の当時の行動履歴を追えば、父のいる場所を絞れるとドロシーは考えた。魔法兵団が派遣された先、ライン大陸の東方のどこかで父と出会ったのは間違いないはずだと思った。
思い立ったが吉日。後日、ドロシーはさっそく王立公文書館を訪れていた。よく行く王立図書館の隣にあるので、道に迷う事はなかった。入口から中へ入ると、受付には険しい表情をした厳ついおじさんがいた。
「こんにちは。」
「おや。こんにちは。」
おじさんはドロシーを見ると、相好を崩した。社会科見学くらいしかドロシーのような可愛い女の子は来ない。自然と態度が柔らかくなるおじさんなのであった。
「あの。魔法兵団の記録って見れますか?」
「魔法兵団のかい?そんなの見てどうするんだい?軍事記録なんて女の子が見るようなもんじゃないと思うが。」
「えっと。学校の課題で必要なんです。」
「そうなのか。子どもが見るには難しいと思うんだがなあ。」
ドロシーは最もらしい理由を予め考えていた。受付のおじさんは首を捻ってはいたものの、とりあえず納得はしてくれたようだ。
「おーい。この子を案内してやってくれ。」
おじさんは奥に座っている職員を呼ぶ。眼鏡を掛けたお姉さんが受付横の扉から出てきた。お姉さんは柔和な笑みでドロシーに話しかける。
「案内するわ。私に付いてきてね。」
「はい。よろしくお願いします。」
お姉さんに付いていくと、二階にある書庫に案内された。ここには軍関係の公文書が保存されているとの事だった。
早速調べようとすると、ドロシーはお姉さんがじっと見ている事に気付いた。何だかそわそわしている。お姉さんに頼ってねオーラが全身から出ていた。
「あの。一人で大丈夫ですので・・・。」
「そ、そう?じゃあ、終わったら受付に声を掛けてね。閲覧は十八時の閉館までだから忘れないように。」
そう言って、お姉さんは寂しそうに退出した。お姉さんには悪いとは思ったが、一人で集中したかったのだ。本棚から見繕った魔法兵団関係の本を適当な机の上に置くと、日記が抜けている時期の記録を探し始めた。
「魔法兵団α部隊、オストシルト帝国に派遣・・・きっとこれだ。」
当時のα部隊の名簿にはアデラインの名前が記載されていた。記録を追っていくと、気になる記述が目に留まった。
「α部隊、オストシルト帝国魔導特殊部隊『ファントムペイン』と遭遇及び交戦。アデライン=ロッドフォード上級魔導師、交戦中に行方不明。生存絶望により捜索は無意味と判断。」
詳細を読んでみると、敵魔導師もろとも崖下へ落下と記載されていた。その後は死亡扱いになっている。しかしその半年後、再びアデラインの名前が登場した。
「アデライン=ロッドフォード上級魔導師が部隊に帰還。本人の弁によると、地元民に保護されていた模様。精神疲労の為、本国へ送還・・・。」
アデラインがドロシーを産んだのはこの十ヶ月後。行方不明の間に父と出会い、部隊に戻る直前で関係を持った事になる。
(地元民に保護・・・父さんは帝国人なのかな。)
アデラインが行方不明になった場所の近くにある街をチェックする。候補は三つに絞る事が出来た。
(問題は、どうやって探すか、だよね。)
オストシルト帝国に行くと言えば、アデラインは許さないだろう。かつての敵国で、今でもわだかまりが残っている。父を探すとしたら尚更だ。
ドロシーはノートに必要な情報をまとめると、本を全て元の場所に戻して書庫を退出する。受付に行くと、先程案内してくれたお姉さんが顔を出した。
「あら。探し物は見つかった?」
「はい。ありがとうございました。」
「ふふ。またいつでも来てね。」
お姉さんに見送られ、ドロシーは公文書館から出る。空はすでに茜色に染まっていた。あまり遅くなるとアデラインが心配するので、ドロシーは家路を急ぐ。
(今は無理でも、いつか・・・。)
父の手がかりは見つかった。あとはどうやってオストシルト帝国まで行くかだ。まだ良い考えは思い付かない。だがそれでも、ドロシーに諦めるという選択肢はなかったのであった。
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