栗毛の少女は凍血の魔女に雇われる
アデラインの屋敷で働く、栗毛の少女クレアのお話。
クレアは王都育ちの生粋の都会人だ。王都の女の子達に人気の職業は王城付きのメイドである。実務経験を積まなければそもそも採用試験さえ受ける事が出来ない。クレアはまず経験を積む為に、貴族の屋敷で働く事にした。
だが、人気のある貴族は競争が激しくよほどのコネがないと無理だ。残りは勤務先が王都から遠すぎるか、雇用条件が良くても黒い噂が聞こえてくる貴族しかなかった。
そんな時、就職斡旋所で凍血の魔女アデラインからの求人を偶然見つけた。冷酷だという噂については知っていたが、あくまで敵に対する姿である。それに雇用条件はかなり良い。怖いもの見たさも手伝って応募してみる事にした。皆が怖れるアデラインの元で働けば、経歴に箔が付くだろうという打算もあったのも事実だ。
(凍血の魔女アデライン=ロッドフォード。どんなに恐ろしい魔女なのかしら。)
そして面接の日。アデラインから面接場所として指定されたのは王都にある喫茶店ネコキックだった。
(なんでここで面接なんだろう?)
疑問が浮かんだものの、とりあえず店の前でアデラインを待つ。約束の時間になった頃、にわかに周囲が騒がしくなった。何事かと思っていると、急に目の前の人混みが割れ、一人の女性が現れた。女性は真っ直ぐにクレアの方へと向かって来る。魔導師を示すローブを着用しており、一目で魔女だと分かった。
(うわあ・・・。もしかしなくてもアデライン様だよね・・・。)
「貴方がクレア=タイラーかしら?」
「は、はい。」
アデラインはまるで凍りついたかのように無表情だった。紅の双眸は予想以上に怖い。クレアは人の表情から心の機微を読み取るのが得意ではあったが、アデラインからは何も分からなかった。
「アデライン=ロッドフォードよ。今日はよろしく。」
「こ、こちらこそよろしくお願いします。」
挨拶が済むと、アデラインはさっさと喫茶店へと向かう。クレアも慌てて後を追った。ドアベルのカランコロンという音を聞きながら、道行く人々の視線が背中に突き刺さるのを感じた。
喫茶店の中に入ると、カウンターには浅黒い肌の大柄の男性がいた。店内に客の姿は見当たらない。男はアデラインを見ると、気持ちの良い笑みを浮かべる。
「おっ。いらっしゃい嬢ちゃん。」
「こんにちは。マスター。世話になるわ。」
マスターと呼ばれた男は、親しげに話をする。アデラインの方は無表情のままだが、マスターはニコニコ顔で気にした様子もない。
(じ、嬢ちゃん?)
クレアは困惑する。どう見てもアデラインは嬢ちゃんと呼ばれるような女性ではない。怒るかと思いきやアデラインは何も言わない。
「あの席に行くわ。」
アデラインは窓際の席を指差す。喫茶店の前の通りから丸見えの席で、ちょっと恥ずかしい。だが、ここで言い出せる雰囲気でもない。クレアはアデラインに大人しく付いていった。
(予約席・・・?)
窓際の席には、予約席と書かれたプレートが置かれていた。アデラインは気にせずに座ったので、おそらく事前に予約しておいたのだろうと察した。
席に着くやいなや、アデラインはクレアにメニューをずずいっと押し付ける。
「何か好きな飲み物を頼みなさい。お金は気にしなくていいわ。」
ここでいらないとは言えない。クレアは大人しくメニューを受け取る。安くても高くても何か突っ込まれそうなので、素直に好きなバナナジュースを選んだ。
クレアが事前に提出しておいた履歴書を見ながら、アデラインは次々に質問をする。クレアはしっかりとアデラインの目を見て答えていく。アデラインはずっと無表情だった。
「少し休憩しましょう。」
そう言うと、アデラインは席を離れ、御手洗いの方へと消えた。今までの緊張感が緩み、ふーっと息を吐くクレア。すると、マスターが近寄って来た。
「君、アデラインの嬢ちゃんのところで働くのかい?」
「ええ、まあ。そのつもりだったんですけど・・・止めたほうがいい気がしてきました。」
「ほう。どうしてだい?」
「・・・上手くやっていける気がしません。」
無表情なせいでとてもやりづらい。アデラインの意図を全く推し量れなかった。淡々としたやり取りのせいで、クレアという人間に興味がないように思えた。
(冷酷という噂もあながち間違いじゃないかもしれない。)
そう思っていると、黙り込んだクレアを見て、マスターが慌てたように口を開いた。
「まあそう言わないでくれ。いろいろ噂は聞いているだろうが、アデラインの嬢ちゃんは誤解される事が多いだけだ。面接場所が斡旋所だと応募者が緊張するからって、この店を貸し切りにしたしな。」
「え・・・。」
マスターによれば、面接を喫茶店ネコキックにしたのはアデラインなりの配慮だそうだ。飲み物を注文させたのも、途中で席を外したのも、クレアの緊張を少しでも解す為らしい。
「まあ何て言うか、嬢ちゃんがずっと無表情なのは家庭環境のせいなのさ。決して、冷酷な人間じゃない。騙されたと思って、受けてみて欲しい。きっと後悔はしないはずだ。」
マスターはアデラインを擁護する。クレアはマスターがそこまで真摯になる理由が気になった。
「意外です。アデライン様を怖がる人ばかりだと思ってましたから。」
「なあに、嬢ちゃんをこんな小さい頃から知ってるからな。ちょっとした親心みたいなもんさ。困ってるみたいだし、どうにかしてやりたいんだよ。」
アデラインが戻ってくると、面接の続きが始まった。マスターの話を聞いた後だと、印象が随分違う気がする。いくつか質問に答えていく。
「これで面接は終了よ。」
「それで、結果は・・・?」
「合格よ。貴方さえ良ければ、来週から働いてもらいたいのだけれど。働く意思はあるかしら。」
相変わらずの無表情。気のせいかもしれないが、アデラインの頬が微かに強ばったような気がした。
(アデライン様がどんな人か分からなくなっちゃったわ。でも・・・。)
アデラインが困っているというマスターの言葉に嘘はなさそうだった。困っているのなら助けになってあげたい。クレアは決心し、アデラインに意思を告げる。
「はい。お受け致します。」
「そう。良かったわ。」
無表情のまま、淡々とした口調のアデライン。契約書を鞄から取り出し、クレアに差し出す。
「基本的には、求人表に記載の通り、家事全般と娘の世話よ。あなた含めて二人雇う予定だけど、しばらくは一人でこなしてもらうかもしれないわ。」
「それは構いませんが、どうしてですか?」
「他に応募者がいないの。いろんなところに打診はしているのだけどね。」
やはり噂を恐れてか、クレア以外に応募者はいないと言う。クレアは雇用契約書にサインをし、アデラインへと返す。
「これからよろしくね。クレア。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
こうして、クレアはアデラインの屋敷で働く事になったのであった。そして、すぐにアデラインのプライベートな姿を知る事になる。
(私も、まだまだね。)
マスターがいなければ、ずっとアデラインの事を誤解したままだっただろう。クレアはマスターに感謝するのであった。
そして一年後、仕事もすっかり慣れた頃にアデラインはようやくもう一人メイド雇う事が出来た。内心、そんな物好きいないのでは?と思っていただけに驚いた。
(どんな子が来るのかしら。)
一人だと正直退屈な時もあるので、同僚が出来るのは嬉しい。そして、アデラインは赤毛の少女を屋敷に連れてきた。
「クレア。この子があなたの後輩になる子よ。」
「シェリーだ。よろしく。」
クレアのシェリーに対する第一印象は、気の強そうな猫だった。クレアにとって、ついついちょっかいを出したくなるタイプだ。むくむくといたずら心が湧いてくる。
「私はクレアよ。よろしくね。シェリー。」
その後、シェリーはアデラインにお風呂に連行されていった。時間を置いて、シェリーに宛がわれた部屋に様子を見に行ってみると、予想通り疲れ果ててへろへろになっていた。
「ふふ。大変だったみたいね。驚いたでしょ。奥様の変わり様。」
「ああ。びっくりしたぞ。えっと、クレア様?」
「クレアでいいわよ。二人しかいないんだし気楽に行きましょうよ。」
「そうか。私も助かる。それで、私に何か用なのか?」
「それはねー、シェリーと仲良しになりに来たの。」
そう言って、クレアはシェリーの控えめな胸を両手でむにゅっと掴んだ。シェリーは目を見開いた後、キッとクレアを睨んだ。
「おい。」
「何かしら。」
「何だこの手は。」
「仲良くなるおまじないよ。」
クレアがむにむにと指先を動かすと、ひゃん、とシェリーから変な声が出た。そのままシェリーをベッドに押し倒す。
「こ、こら!何をする!」
「むふふ。えいっえいっ。」
「ひゃあ!」
クレアはシェリーの体をまさぐる。シェリーの思っていたより良い反応についつい手が動いてしまう。
「あわわわわ・・・。」
ふいに、慌てた声が聞こえた。扉の方を見ると、ドロシーが顔を真っ赤にして立っていた。両手で顔を覆っているが、ちゃっかり指の隙間から見ている。
「あら。お嬢様も混ざりますか?」
「いい加減にしろクレアー!」
クレアをポカポカと叩くシェリー。元気な同僚が増え、楽しくなりそうだと思うクレアなのであった。
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