第五話『王都へ』
続きとなります。
王都への馬車が準備できたとの知らせが着たのでドロシーは先に一階へと降りていった。ちょっと話があるからとカリンがリッカとクオンを部屋に引き留めていた。
「すっかり忘れてたんだけど、私が持ってるお金って今でも使える?」
「えっと、ちょっと見せて?」
「はい。これよ。」
カリンが大きめの巾着袋の中から金・銀・銅貨を一枚ずつ出して手渡す。リッカとクオンが確認してみるとどれも今の貨幣とは違っていた。すっかり失念していたのだが、カリンは古い貨幣しか持っていなかった。五十年前のライン新貨条約によってライン大陸国家間での貨幣は統一されている。そのため、新しい貨幣に変えた方がいいとクオンは提案した。別に使えないこともないのだが、古い貨幣を大量に持っていたら変な勘繰りを受けるかもしれない。エルマに不審がられるかもしれないが、後のことを考えてギルドで交換してもらうことにした。リッカとクオンとカリンは受付カウンターまで来るとエルマを呼んだ。
「クオン君。新しい貨幣の価値はどういうものなの?」
「銅貨一枚で一リン。銅貨十枚で黄銅貨一枚。黄銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨二十五枚で金貨一枚だよ。金貨一枚は純金三gの価値になる。」
「なるほど、分かったわ。エルマさん、古い貨幣との交換お願いできますか?」
「はいよ。って、うっわなにこれ!?古いのがいっぱい!?」
「カリンちゃんの祖父がコレクターだったらしいのよ。」
「それにしても沢山あるねぇ。ちょっと待っててね。交換してくるから。」
案の定、エルマは大量の古い貨幣に驚いていたが特に疑うこともなく交換してくれた。金貨十五枚に銀貨五十枚に黄銅貨五十枚、銅貨五十枚。金貨一枚あれば一か月遊んで暮らせるので結構な額だ。
「さあ、行こうか。ドロシーも待ってるし。」
三人そろってエルマに挨拶をした後、ギルド前で待っていた馬車に乗り込む。ちょうど四人乗りで二人ずつ向かい合わせになる格好だ。料金は1人黄銅貨三枚で1週間ほどで着く。本当はもっと高いのだが、条件付きで安くしてもらっていた。それは道中で魔物と遭遇した場合、その排除をするという条件だ。リンドブルム王国は治安が良く、野盗などの類はほとんどいない。なので道中のトラブルのほとんどが魔物によるものとなる。
「反射亀出てくるかな?」
反射亀とはアルセイド州と王都をつなぐ王国中央街道に出没する魔物だ。魔法壁を展開し、魔力攻撃を跳ね返してしまう。人を積極的には襲わないが、街道のど真ん中に居座っていることもあり往来の邪魔になる。
「平均だと王都までで三匹くらいかなあ?」
ドロシーが小首を傾げながら答える。ドロシーはよく反射亀の排除を依頼として受けているため、反射亀には詳しいのだ。
「相変わらず結構いるのね。」
300年前にも反射亀はいたので、説明せずともカリンには分かっていた。
「まあ、ドロシーがいれば楽ちんだし。魔力攻撃は反射されるけど、魔力で強化された物理攻撃なら通るからね。まさにドロシーの十八番!血祭りにあげた反射亀は数知れず!」
「ひどいよリッカちゃん!邪魔にならないように脇に吹っ飛ばしてるだけだよぉ!」
「それはそれですさまじい絵柄ね・・・。」
「あはは。ドロシーの見た目からは想像できない戦闘スタイルだからね。リッカも僕も最初見た時は度肝を抜かれたよ。」
四人は他愛もない会話をしながら馬車に揺られる。王都への道のりはまだ始まったばかりであった。
*********
そこは神工世界と呼ばれている場所であった。一見すると星空が広がる世界。地面も空もなく、青白く輝く月が一つと、ただ星空の空間が果てなく広がっていた。その空間の中にポツンと、白亜の城が浮いていた。白亜の城の中の一室、ひときわ大きな広間の中央には円卓が置かれている。円卓には等間隔で八つの席があるが、席が埋まっているのは一つだけであった。その席の主はじっと瞳を閉じていた。窓から差し込んだ青い月光が、席に座っている少女を照らしていた。銀色の髪をツインテールにした少女はある人物を待っていた。そして、広間に設置されている柱時計がボーンボーンと音を鳴らし、約束の時間を告げた。その時、広間の入口に魔法陣が出現し、約束の人物が転移してきた。銀髪の少女はそっと瞳を開ける。透きとおった碧眼が、転移してきた人物を捉えた。
「時間通りね。ノイン。」
「遅れる理由がありませんから。レオノーラ。」
ノインはレオノーラと呼ばれた少女の向かい側の席に座る。レオノーラは額当てを身に着けており、額当てには龍の眼を再現した水晶が埋め込まれている。レオノーラは三つの瞳でじっとノインを見つめた。
「ノイン。報告をお願い。」
「はい。現在、フェリウスの結界は正常に稼働中。神界からの干渉も確認できません。しばらくは安全かと。」
「そう。でもその顔は何か懸念事項があるのね?」
「はい。オストシルト帝国がローラン大陸へ遠征するとのこと。表向きは七宝が目的とのことですが、本来の目的は違うと思われます。」
「・・・フェリウス帝国の遺した門を探してるってこと?」
「おそらくは。」
「まったく、どうやってかぎつけたんだか。」
「不明です。しかし門を発見されれば計画に重大な不安要素が出てきます。」
「そうね。でも現状、何もできないわ。フェリウスへの干渉は最小限に留めないと。だからこそこんな場所に星の城を築いたのだから。」
「では、しばらくは静観と?」
「悔しいけどね。まあ、門を発見されてもすぐには接続できないでしょう。門の復元もしなきゃいけないし、鍵がなければ開かない。」
「では、今後の指示は?」
「カリンたちに合流して。翠の魔女の作ったその体なら力になれるでしょうし。」
「承知しました。」
事務的な報告が済んだ後、レオノーラの蒼い双眸が一瞬揺れる。レオノーラが円卓に手をかざすと、レオノーラの前にリッカとクオンのデフォルメされたぬいぐるみが出現した。
「彼らは、カリンの力になってくれそう?」
「それは、レオノーラが一番分かっているのではないのですか?」
「この真理の眼で見た彼らの魂は、とても澄んでいた。まるで、昔のカリンのように。」
レオノーラはそっと額の『真理の眼』に触れる。
「だから賭けてみたの。いつまでもカリンを眠らせたままにはできないから。たとえ、それがカリンを苦しめることになっても。」
「・・・レオノーラ。」
「私たちは神様に願うことはできない。それでも、願わずにはいられない。」
悲壮な言葉に、ノインは思わずレオノーラの名前を呟く。レオノーラはぎゅっとリッカとクオンのぬいぐるみを抱きしめる。
「どうかカリンを助けてあげてね。不死にして生命の根源龍、リンドブルムの愛し子たち。」
*********
クオンたちの旅は順調だった。初日には特に反射亀に出くわすこともなく、日が暮れる頃には最初の宿泊先についた。宿泊する町の名前はエアストといい、王国中央街道沿いにある宿場町の一つだ。一行は馬車から降りる。御者は一礼すると、馬車置き場へと向かっていった。
「思ったより揺れなかったわ。お尻もいたくないし。」
「街道も整備されたし、馬車はゴムタイヤとサスペンションの発明で振動が少なくなったからね。」
「ふーん。見えない場所もやっぱり進んでるのね。」
見た目こそほぼ変わらないが、馬車はずいぶんとカリンの時代より進歩していた。カリンもそっけない返事だったが、興味津々なのが見て取れた。
(王立研究所で研究されている魔導車や魔導列車を知ったら驚くかな?もしカリンさんが良ければ連れて行ってあげようかな。)
クオンは小さな計画を心にしまい、皆と一緒に今夜泊まる宿屋の中へと入った。リッカが皆を代表してフロントで受付を済ませ、四人で二部屋を取る。
「部屋割りは私とクオン、ドロシーとカリンちゃんね。」
「いくら弟だからって、襲っちゃだめだよリッカちゃん。」
「何言ってんのドロシー!?襲うわけあるか!」
「ははは。僕襲われる側なんだ・・。」
「くだらないこと言ってないで部屋に行きましょう。」
四人は二階にある部屋にそれぞれ分かれて入る。リッカは部屋に入るとそのままシャワーを浴びに浴室へと入った。上下水道はまだ王都をはじめとした大都市にしか完備されていないのだが、エアストの町は地下水が豊富なので汲み上げて使える。なのでシャワーが備え付けられているのだ。もっと宿のグレードが高ければ湯を張れる浴槽もあるのだが、さすがにそこまで贅沢はできない。クオンはリッカがシャワーを浴びている間は手持ちぶさたなので、武器のチェックをすることにした。といってもそんなに時間をかけるつもりはなく、簡単なチェックをするくらいだ。二十分ほどかけて異常がないかを確認すると鞘に剣をしまう。ちょうどその時、部屋の扉がノックされた。
「はーい。どなたですか?」
「クオン君?今大丈夫かな?」
「カリンさん?」
クオンは戸惑いながらも扉を開け、カリンを招きいれる。カリンもシャワーを済ませたのか、服も変わっているし髪がちょっと濡れていた。リッカと比べてずいぶん早いなとクオンは思った。
「どうしたの?何か用事?」
「えっと、その、ね。」
何やら歯切れが悪い。クオンをじっと上目遣いで見たまま、口を小さくパクパクさせている。濡れた黒髪と艶やかな唇、上気した頬にクオンはドキドキする。
(あっ、これやばい!可愛い!)
クオンはにやけてしまわないように顔の筋肉を総動員させる。言葉を続けようと口を開いたそのとき、シャワー室の扉がバーンと開き、バスタオルを体に巻いたリッカが出てきた。クオンとカリンの目がリッカのほうを向く。
「あ~、すっきりした~!」
「・・・リッカ!ここは家じゃないんだから!更衣スペースでちゃんと着替えてきなさい!」
「ええ~!この火照った体を冷ますのが気持ちいいのに~!ちぇ~。」
リッカは文句を言いつつも素直にシャワー室へ戻っていく。クオンはため息を吐くと、カリンに視線を戻した。するとカリンはジト目でクオンを見ていた。
「えっと、カリンさん?」
「へ~。家だったらいいんだ?」
「あ、いや!?家でも注意してるよ!?リッカは全く聞いてくれないけど!」
「ふ~ん。」
どう言い訳しようかと考えていると、着替えを終えたリッカが出てきた。
「ほら!ちゃんと着替えたよ!これでいいでしょ!」
「最初からそうしてくれよ・・・。」
「ところでカリンちゃんはなんでいるの?」
「なんでもない。じゃあね。」
それだけ言うとカリンは部屋から出て行った。リッカは頭に疑問符を浮かべている。
「カリンさん、いったい何しに来たんだろう?」
クオンは疑問を口にしたが、その答えは分からなかった。
*********
カリンは部屋に戻ると、後ろ手に扉を閉めて、はあ、と息を吐いた。そのままよろよろとベッドまで歩き、腰を下ろす。そしてそのまま頭を抱えた。
「何やってるのよ私~!あれじゃ絶対不審がられてるよ。」
まだ人間が怖いカリンだったが、クオン達が悪い人間ではないとも感じていた。素っ気ない態度を取っていることも自覚していたので、なんとかこちらから歩み寄ろうと話しかけることにしたのだった。クオンを選んだのは、あの三人の中で一番話が通じそうだったからだ。リッカはテンションが高くてついていけそうにないし、ドロシーはなんだかほわほわしていてうまく話せそうにない。消去法でクオンを選んだのだが、カリンは重大なことを失念していた。
(同年代の男の子って何を話せばいいの!?)
カリンの身の回りにいた異性と言えば、父と兄だけであった。出会ってから今までクオンと会話はしたが、この世界の情報や魔道具の話ばかりだった。日常会話などどうすればいいのか分からない。リッカの乱入でうやむやのまま試みを中断し逃げ出してしまった。
「いきなり私的な話題もあれだし、魔道具の話題から入ればなんとかなるかな?」
「何が何とかなるんですか?」
「きゃ!?」
いつの間にかシャワーを済ませたドロシーが目の前にいた。不思議そうに紅い瞳がこちらを見つめている。
「何でもないよ!」
「そうですか?ならいいんですけど。」
ただ聞いただけだったのか、特にドロシーは追及をしなかった。カリンはどっと疲れてベッドに倒れ込むのであった。
*********
王都への旅路は順調ではあったが、三日目にして反射亀と遭遇した。馬車ほどの大きさのある反射亀が二匹、街道を塞いでいる。他の馬車も何台か止まっているのが見えた。道を塞がれて先へ進めないのだろう。クオン達は事前の契約通り、反射亀を排除するために外へ向かう。クオン達が反射亀のいる方へ進んでいくと、亀の前にいた壮年の男が話しかけてくる。どうやら立ち往生している馬車団の持ち主のようだった。普通の馬車ではなく、運搬用に改造された大型の馬車のようだ。馬車の紋章は、有名なマーキュリー商会のものであった。
「私はマーキュリー商会のアンディだ。君たちは誰だね?」
「僕はクオンと言います。後ろの子たちはリッカ、ドロシー、カリンと言います。」
簡単に自己紹介をするクオン。名前を呼ばれたリッカたちは軽く会釈をする。
「僕たちは王都へ行く途中なのですが、反射亀排除の依頼も請け負っていまして。」
「おお!ならこの亀をどうにかしてくれるのかね?」
「ええ、危ないので下がっていてもらえますか。」
「分かった。ここは君たちに任せよう。」
そう言うとアンディは他の人たちにも声をかけ後ろへと下がっていった。クオン達は反射亀の方へと近づく。すると手前にいた一匹が急に怯え始めた。
「あれ?どうしたんだろう?何か怯えてるよ?」
リッカが首を傾げる。亀の様子を見ていたドロシーがあっと何かに気付いたように声を上げる。
「この子、以前に私がぶっ飛ばした子ですね。甲羅が凹んでいます。」
「なるほど、ドロシーのこと覚えてて怯えてるのね。」
ドロシーは怯えている反射亀の前に立つと、笑顔で話しかける。
「カメさんカメさん。そこを退いてくれませんか?」
身振り手振りも交えて、亀に退いて欲しいと伝えるドロシー。すると、言いたいことが伝わったのか、反射亀はコクコクとうなずき、のそのそと動き出した。
「問題はあと一匹ね。」
リッカはもう一匹の反射亀に視線を向ける。残った反射亀は目つきが悪く、やんのかコラ!と言いたげにこちらを威嚇していた。
「私に任せてください。」
そう言って、ドロシーは一歩前に出ると詠唱を始めた。ドロシーの足元に魔法陣が出現し輝き始める。
「我が身に纏いしは、天より来る戦神の息吹。戦神纏衣!」
詠唱が終わると、ドロシーの全身が赤い光で包まれる。そのまま、ドロシーは右足を一歩踏み込んだ。
「はっ!」
掛け声とともにドロシーの姿が消え、一瞬で反射亀の側面に出現する。動きの遅い反射亀はドロシーの素早い動きに反応できなかった。
「はああっ!」
ドロシーは裂帛の気合いと共に鉄槌を振りぬいた。衝突の瞬間、火花が散り、反射亀の甲羅が凹んだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!?」
けたたましい叫び声を上げながら、反射亀は街道の横へと空中回転しながら吹っ飛んでいった。
「ふう~完了完了~。」
身体強化の魔法を解いたドロシーが、一仕事終えた~!という顔で戻ってくる。リッカとクオンはドロシーの戦いを見たことがあるので平然としているが、カリンだけは唖然としていた。
「気持ちいい打撃っぷりだね。さっすがドロシー!」
「僕も久々に見たけどやっぱすごいね。」
「・・・私は言葉も出ないわ。」
反射亀を二匹とも排除し、馬車へと戻ろうとする四人。すると、アンディが声をかけてきた。
「いやいや助かったよ。まさか鉄槌の魔女様だったとはね。これで約束の時間に遅れずに済むよ。」
「・・・きょ、恐縮です。」
「これはほんのお礼だ。」
「え?いえ!これは依頼の一環ですのでお気になさらず。」
「どんな理由であれ助けられたんだ。どうか貰ってくれ。」
アンディさんはなにやら紙の束を無理矢理ドロシーに渡す。それはマーキュリー商会の商品券だった。
「それでは、また会いましょうドロシー様。」
アンディはドロシーがあたふたしてる間に馬車団を率いて先に行ってしまった。
「これ、どうしよう?」
「買い物の時使えばいいじゃん。ドロシーにお礼って言ってたんだから使わないと逆に失礼よ。」
「でも、私、自分で買い物なんてほとんどしないよ?お母さんが管理してるから。」
「そういえばそうね・・・。じゃあ私たちが貰っていいかな?」
「うん。いいよ。」
「ロッドフォードほどではないけどアルセイドも貴族じゃない。お金なら不自由しないんじゃないの?」
カリンが至極真っ当な疑問を口にする。クオンはその疑問に苦笑して答える。
「父さんはあまり僕たちのやっていることを快く思っていないんだ。だから冒険者でかかる費用は自分たちで稼いでるんだよ。」
「そうだったんだ。偉いのね二人とも。」
「そういうわけで、商品券でも助かるのだよ私たちは!」
リッカがドロシーから貰った商品券を握りしめながら元気な声で叫ぶ。ふと、クオンはアンディたちが去っていった街道の先へ視線を向けた。
「どうしたの?クオン君。」
「いや、あのアンディさんってなかなかやり手だなって思ってさ。」
「え?どういうこと?」
「お礼の品が商品券だったでしょ?」
「うん。でもそれが何か?商品券しかお礼にあげるものがなかったんじゃないの?」
「カリンもさっき言ったけど、ロッドフォード家は大貴族だよ?貴族の矜持にかけて商品券なんて使わないよ。」
「言われてみればそうね。」
「きっとドロシーの性格につけ込んだ策略だよ。ドロシーは有名人だからね。」
「ええ!?私の性格・・・ですか?」
「ドロシー、もし商品券をあげる相手がいなかったらどうしてた?」
「えっと、使わないと申し訳ないので、お母さんを説得して使います。」
「でしょ?それが狙いなんだよ。彼の本命はアデラインさんだ。ドロシーを溺愛してることを利用しようとしたんだね。」
「お母さん・・・ですか?」
「きっとドロシーがマーキュリー商会に買い物に行けば、アデラインさんは絶対についてくるでしょ?」
「・・・否定はできません。」
「そして、ドロシーは自分一人で買い物をするのも忍びないから、アデラインさんにも買い物を薦める。アデラインさんはドロシーのお願いには逆らえないから買い物をする。」
「確かにそうなると思います。」
「そうすれば、マーキュリー商会は王国最高の魔術師とその娘が来店して買い物をしたってことで箔がつくわけさ。他の貴族はお気に入りの店には自ら出向くこともあるけど、アデラインさんもドロシーも全部使用人任せで買い物をしないからね。それにアデラインさんは人嫌いで有名だから、あの人嫌いのアデライン=ロッドフォードも来店した!って付加価値もあるしね。」
「商人って恐ろしい!」
リッカがぶるぶると身を震わせるが、カリンは首を傾げていた。
「でもそう上手くいくかな?現に、商品券をクオン君たちに渡しちゃってるじゃない。」
「もちろん、そう簡単にいかないとは思うよ。あわよくば、ってとこだろうね。でも別に他の人にドロシーがあげちゃってもいいんだよ。」
「どうして?」
「ドロシーの性格上、商品券を捨てたり赤の他人にあげる可能性は低い。あげるなら比較的親しい相手に渡すはずだよね?」
「うん。私ならそうすると思うよ。」
「この商品券には通し番号がついてる。つまり、番号を控えておけば、誰にあげた商品券を誰が使ったかが分かる。ドロシーの人脈をある程度把握できるんだよ。たとえドロシーが他の人にあげても、アデラインさんへの布石になるんだ。まああげる人が少なければ効果も薄まるだろうけどね。あげた商品券が無駄になることも計算に入れてると思うよ。最悪、商品券をドロシーにあげたって事実だけで次に会った時に、積極的な会話の糸口になるからね。」
「やっぱり商人怖っ!」
「いろいろ考えてるのね。クオン君。」
「アンディさんが商人の顔をしていたから邪推しちゃっただけだよ。さあ、御者さんも待ちくたびれてるだろうし馬車に戻ろう。」
会話を切り上げると、四人は馬車に乗り込み再び王都への道を進んでいくのであった。
*********
オストシルト帝国―――東の盾という言葉は、もともとはゾンマーフェルト大陸から侵攻してくる魔王軍に対する盾として結成された騎士団の名前に由来する。神聖ループス帝国が魔王戦争の後に崩壊した後、騎士団は自立してオストシルト帝国を建国した。そのまま混乱の極みにあった旧神聖ループス帝国領を飲み込み、現在ではライン大陸東部の強国として君臨している。
帝国南方にある同じ列強の獣人国家ドラグガルド連邦とは、大陸東部の覇者の座を競うライバルである。現在は戦争はしていないが、仮想敵国として設定している。歴史上幾度となく戦争を繰り返しているため双方の仲は険悪だ。帝都ループスは幾度と戦火を受け、国が変わりながらも、この地域の中心として栄えてきた。幾重にもわたる同心円状の城壁の中心には皇帝の住まう荘厳な皇城がそびえ立ち見る者を圧巻させる。その城の謁見の間で、皇帝オットー六世に謁見をしている男がいた。オットー六世とその男、そして皇帝が信頼している護衛以外には人払いがしてあった。
「そなたの言う通りにしたぞ。錬金術師ゲーベルよ。」
「ありがたき幸せ。これで我が願いも叶います。」
「約束は忘れておらぬだろうな?我々が門の発見と復元をする代わりに、余の欲しいものを献上すると。」
「ええ、もちろんですとも。きちんと献上いたしますよ。陛下。」
赤銅色の髪に金色の瞳をした男―――ゲーベルは妖しく笑った。
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