赤毛の少女は凍血の魔女に雇われる
アデラインの屋敷で働く、赤毛の少女シェリーのお話。
シェリーがアデラインにメイドとして雇われたのは、一二歳の時だ。
王都レグニス郊外にあるブラウン孤児院で育ったシェリーは一人立ちの為に働き口を探していた。そんな時、孤児院にアデラインが現れた。用件は、屋敷で働くメイドを一人雇いたいというものだった。院長は驚いたものの、就職先としては申し分ない。とりあえず、シェリーに会わせる事にしたのだった。
そして面接の日。シェリーのアデラインに対する第一印象は、他人に冷たそうな美人。凍血の魔女という呼び名がしっくり来た。
「どうして私なんかを?プロのメイドを雇えばいいじゃないか。」
シェリーはメイドとしての技能は無いに等しい。何故アデラインが雇用してくれるのかシェリーには疑問だった。普通なら詐欺だと思ってもおかしくない。
「ほとんど誰も応募して来なくてね。一人は何とか確保できたけどもう一人ぐらいは欲しいの。」
アデラインによると、どうやら怖がられているらしく、貴族も平民にも就職先として避けられているという。それに勤務先は公爵家ではなく、平民住宅街にあるアデライン名義の屋敷だった。
アデラインと公爵家当主の間に確執がある事はシェリーも噂で知っていた。だが、公爵家を飛び出して娘と一緒に平民住宅街に住んでいる事までは知らなかった。
シェリーは手元の契約書に目を通す。給与は申し分ないし、屋敷に住み込みだから家賃も節約できる。安全面にしても、王国の最高戦力であるアデラインの関係者に手を出す馬鹿はいないだろう。
(貴族様なのに、わざわざ足を運んでくれたしな。)
面接が始まってからずっと無表情なのは怖いが、噂ほど冷酷な人間には見えなかった。横柄な貴族も知っている分、アデラインは十分に誠実さを感じる。
「分かった。サインする。貴方の屋敷で働くよ。」
「そう。良かったわ。」
この時、ほんの少しだけ、アデラインが目を細めたのだがシェリーは気付かなかった。
そして、シェリーがアデラインの屋敷で働くようになり四年の月日が流れる。
朝の日射しが射し込む頃。アデラインの屋敷の厨房では、シェリーとクレアがいつものように朝食の準備をしていた。
「そろそろ奥様とお嬢様を起こしに行ってくれない?」
「えー。クレアが行ってくれよー。また襲われるじゃないか。」
「今日のベーコン多めにしとくから。」
「・・・分かったよ。仕方ないなーもう。」
まずはドロシーの部屋へと向かう。扉をコンコンとノックして呼びかける。
「お嬢様~朝だぞ~。」
ドロシーからの返事はない。失礼するぞと一言かけて、部屋の中に入った。ドロシーはまだすやすやと眠っている。
(はあ~眼福だ~。)
シェリーは幸せそうに眠るドロシーに見惚れる。アデラインから受け継いだ美貌にあどけない幼さが加わり、同性のシェリーから見ても抜群の可愛いらしさだ。
堪能した後、シェリーはベッドの傍らに来て、ドロシーの体をゆさゆさと揺らす。
「お嬢様~あ~さ~だ~ぞ~。」
「んん・・・。」
ドロシーはのっそりと上半身を起こすと、ふわーと大きな欠伸をする。窓から射し込んだ朝陽の光を受けて、銀糸のような髪がキラキラと輝いた。
「おはよー。シェリー。」
「おはようお嬢様。朝食の準備できてるぞ。顔洗ってきなー。」
「分かったー。」
寝惚け眼のドロシーを見送った後、次はアデラインの部屋に向かう。アデラインを起こすのは厄介だ。シェリーは覚悟を決めて、扉をノックする。
「奥様~。朝だぞ~。」
これで起きてくれたらいいのにと一縷の望みを抱くが、案の定、アデラインからの返事はない。シェリーはため息を吐くと、失礼するぞと言って部屋の中に入る。ドロシーの部屋とは違い、可愛らしさも飾り気もない地味な部屋だ。シェリーはアデラインが寝ているベッドに近付く。アデラインは頭まで布団を被っていた。美しい銀髪がはみ出ている。シェリーはドキドキしながら、アデラインの体を揺さぶった。
「奥様~朝だぞ~。」
少し強めに揺さぶって見るが反応がない。さらに強めに揺さぶろうとした時、布団の中から白い腕がにゅっと伸びてきた。やばいと思った時には遅かった。シェリーは布団の中に引き込まれ、アデラインに抱き締められた。シェリーの顔が豊満な胸に埋まる。
「んにゅ!?」
「ん~あったかーい。」
「ぷはっ。奥様。朝だぞ。さっさと私を離してベッドから出て洗面所へ行き顔を洗って朝食を食べに食堂に行くんだ。」
「やーだ。もう少しシェリーを抱く~。」
シェリーはアデラインの腕の中でもがく。すると、アデラインがシェリーの鎖骨の辺りに息を吹きかけた。
「ふーっ。」
「うひゃあ!?そこはやめろぉ~!」
「ふふ。嫌だったら大人しくしなさい。」
「大人しくしたら起きるか?」
「起きる起きる。五分したらね。」
「三分だ。」
「仕方ないわね。三分で妥協してあげる。」
交渉が済むと、シェリーは大人しく三分待つ。シェリーは真顔でアデラインを見つめ続けた。心の中できっちり180秒数える。
「三分経ったぞ。」
「んー。」
アデラインの腕が緩んだので、シェリーはベッドから脱出する。シェリーがもがいて乱れた服装を整えている横で、アデラインは上半身を起こして、んー、と伸びをしていた。
朝陽に照らされたアデラインはとても美しい。ドロシーとは違い、とうの昔に成長しきったその肢体は大人の色香を発している。
「ふあ~。おはよ。シェリー。」
「おはよう奥様。」
アデラインはいたずらっぽく笑う。そこには、凍血の魔女の姿は微塵もない。
アデラインの印象は、ここに来た初日でものの見事にぶち壊された。二重人格かと疑うほど、アデラインは仕事と私生活で全く違っていたのだ。
忘れもしない赴任初日。屋敷に着くやいなや、アデラインは笑顔でこう言ってきた。まずは一緒にお風呂に入りましょう、と。シェリーは正直、誰だこいつと思った。まるで無表情の仮面を今まで被っていたかのようだった。
拒否する間もなく、そのまま笑顔のアデラインに風呂に連行され、身体中を洗われた。そして風呂から上がると、メイド服着せ替えショーが始まったのだった。やっと解放された頃には、シェリーはぐったりと疲れてしまった。
もしかしてとんでもない所に来てしまったのでは、と最初は思ったものの、人間というのは慣れる生き物だ。シェリーはすぐに新しい環境に慣れた。何だかんだアデラインは優しいし、同僚のクレアは頼りになるし、ドロシーは可愛い。最高の職場だ。
アデラインを起こした後、食堂に戻る。四人掛けのテーブルにはドロシーが座っていた。クレアは朝食をテーブルに並べている途中だ。エッグトーストにベーコン、コーンスープ、ボウルサラダ。この屋敷では、貴族にしては平民寄りの食事が多いけれども、クレアとシェリーが王都の市場から素材を選び抜いた料理を提供している自信作ばかりだ。
「シェリー。奥様は起きた?」
「ああ、また襲われたぞ。」
「あはは。お母さん、女の子に抱き着くの好きだもんね。」
そう話していると、髪がぼさぼさ状態のアデラインが現れた。
「おはよー。」
「おはようございます。奥様。」
「おはよー。お母さん、髪がぼさぼさだよ。」
「そう言うお嬢様も、髪が跳ねてるぞ。」
「えっ!?嘘!?」
慌てて頭を押さえるドロシーに他の皆が笑う。そんなやり取りの後、クレアが料理を並び終えた。全員が席に着いた事を確認すると、アデラインは笑顔で口を開く。
「それじゃ、皆揃ったし、いただきましょうか。」
四年間変わらない朝食の席で、シェリーは思う。今日もまた、きっと楽しい一日になれば良いと。
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