第五十三話『この気持ちを伝えたら』
二ヶ月以上もお待たせしてしまい申し訳ありません。第二章最終話となります。
この日、ツェツィはエルヴィンを呼び出していた。呼び出したの場所は騎士団寮の前にある広場、ツェツィがエルヴィンからリボンを貰った場所だ。約束の時間の少し前に来たツェツィ。あの日と同じベンチに座り、夜空の月を見ながらエルヴィンを待つ。
(ここで頑張らないと・・・陛下に負けちゃう。)
そう思いつつ少し待っていると、エルヴィンが男子寮から共同棟へと飛び移るのが見えた。さらにエルヴィンは共同棟から広場へと飛び降りと、ゆっくりとツェツィの方へと歩いて来る。
「悪い。遅れたか?」
「ううん。時間ぴったりだよ。僕が早く来ただけだから。ささ、ここ座って。」
エルヴィンは促されるままにツェツィの隣に座る。
「さっそくだけどエル君。こっちに背中を向けてくれないかな。」
「背中?何で?」
「いいからいいから。」
エルヴィンは訝しむものの、ツェツィに背中を向けた。ツェツィは袋からリボンを取り出し、エルヴィンの長くなった後ろ髪を手に取る。
「綺麗な髪だね。男の子じゃないみたい。」
「髪質は母さん似だって親父によく言われたよ。」
さらさらとした銀髪をリボンで束ねてポニーテールにする。エルヴィンは髪を触られてくすぐったそうにしていたが、大人しく身を任せていた。
「はい。完成。」
ツェツィはエルヴィンの背中をポンポンと叩く。エルヴィンは自分の髪に触れて確かめた。
「これは、髪を束ねてくれたのか。」
「うん。よく似合ってるよ。そのリボンは僕からのプレゼント。」
「プレゼント?でも俺、ツェツィに何かしたっけ?」
「トイセンでいろいろ助けてくれたでしょ。そのお礼。」
「そんなに気にしなくても良いんだぞ。仲間なんだからさ。」
ツェツィはベンチから立ち上がり、エルヴィンの前に立つ。
「まだ言ってなかったよね。エル君をここに呼んだ理由。」
「お、おう。」
「それを言う前にさ、まずは目を瞑ってくれる?」
「目を?一体何するんだ?」
「いいからいいから。」
唇に柔らかな感触。思わず目を開くと、エルヴィンの目の前にはツェツィの顔があった。
(え、ちょ、えええええ!?)
エルヴィンは叫びそうになるのを何とか我慢する。ツェツィはエルヴィンと十秒間ほど唇を重ねた。ツェツィが身を離すと、お互いに見つめ合う。
「・・・あはは。エル君。顔、真っ赤っかだよ。」
「う・・・。それはツェツィもだろ。」
唇に残る柔らかい感触にどぎまぎするエルヴィン。初めてのキスは驚きと緊張で味も分からなかった。
「そんなの決まってるでしょ。女の子が男の子にキスする意味なんて、一つだけだよ。僕、エル君が好きなの。」
好意を言葉で真っ直ぐに伝えるツェツィ。エルヴィンは嬉しい反面、戸惑いも大きかった。
「嬉しいけど、突然すぎて。何と言ったらいいか・・・。」
「まあ、そうだよね。私の事、恋愛対象で見てないし。だけど嫌でも意識させないと、そのままずるずる陛下の方に行きそうなんだもん。押しに弱いよね。エル君。」
「それは・・・そうかも。」
エルヴィンはツェツィの言葉を否定できなかった。正直、フランに絆されそうになっている感じは否めない。
「返事はしなくていいよ。今はただ私の気持ちを知っていて欲しい。陛下に負けないように、これから私も押してくから。でもエル君をめろめろにしたら、改めて交際を申し込むから覚悟してね!」
「お、おう。それで、押すって具体的には何をするつもりなんだ?」
「えっと、その、エル君をめっちゃ触ったりするからね!」
「・・・ははっ。」
「ちょっと!?なんで笑うのさ!?」
「いや、ツェツィらしいなって思ってさ。」
想いを寄せてくれるツェツィ。自分は幸せ者だと思うエルヴィンなのであった。
*********
シェトマネト収穫祭からあっという間に時間は流れ、アティスの街は今年最後の日を迎えていた。中央広場では新年祭の準備をしている。街の住人達が特別な燭台を設置していた。
カリンはと言うと、朝から緊張していた。今日は特にする事もない分、クオンの事を考えてしまう。
(クオンは本当に誘いに来るのかな。うう~ドキドキするよ。)
カリンは気を紛らわせる為に、自分の部屋でクロと戯れていた。ベッドに腰かけ、膝の上にクロを乗せている。カリンがクロの真っ黒な頭や顎を撫でると、黄色い目を細めてごろごろと喉を鳴らす。
「クロちゃんは今日も幸せそうだよね~。うりうり~。」
クロはとてもご機嫌のようだ。カリンがクロの名前を呼ぶと、返事の代わりに長い尻尾を振る。そんな様子がとても可愛い。
そうやってクロで和んでいると、部屋の扉がコンコンとノックされる音が聞こえた。続けて、クオンの声がする。
「カリン。今いいかな?」
「ひゃ!?ク、クオン。どうしたの?」
「ちょっと話があって。入っていい?」
「うん。どうぞ。」
扉を開けてクオンが部屋に入ってくる。膝の上にクロがいるので、カリンはベッドに腰かけたままだ。カリンだけでなく、クオンも緊張しているようだ。少しの間、沈黙の時間が流れたが、クオンは何とか言葉を絞り出した。
「今日の夜なんだけどさ、カリンと行きたい場所があるんだ。僕と一緒に行ってくれないかな?」
「・・・う、うん。いいよ。」
「ありがとう。今日の二十三時に屋敷を出るから、そのつもりでいてね。」
「分かった。二十三時だね。」
「じゃあ、また後で。」
話が済むと、クオンはすぐ部屋から出て行った。扉が閉まると、カリンは仰向けにベッドに倒れる。とうとう夜に告白があるのかと思うと、カアッと頬が熱くなった。
「クロちゃん。私、どうにかなりそうだよ~。」
「にゃ。」
両手で顔を覆うカリン。クロはそんなカリンを不思議そうに見ていた。少しの間、足をじたばたさせた後、上体を起こす。そしてクロに話かけた。
「クロちゃん。にくきゅー触らせてね。」
「にゃー。」
「ぷにぷに~。」
クロはカリンの言葉など全く理解していないだろうが、カリンの声に律儀に返事をする。カリンは気持ちを落ち着かせる為に、クロの真っ黒な肉球を指でぷにぷにしたのであった。
「よし!クロちゃん。私、頑張るからね!」
「にゃあ。」
カリンが気合いを入れていると、再び部屋の扉がノックされる。今度はルビーの声がした。
「カリンちゃん。今ちょっといいかしら。」
「はい。どうぞ。」
カリンが了承すると、ルビーが扉からひょこっと顔を出した。どこかに出掛けるのか、よそ行きの服装だ。
「カ~リンちゃん。あら、クロちゃんもそこにいたのね。」
「にゃー。」
「ルビーさん。どうしたんですか?」
「ふふ。これから一緒にお出かけしましょうよ。」
「お出かけですか?」
「そうよ。年末の挨拶回りにね。ぜひ一緒にどうかしら?」
カリンがアティスに移住して三ヶ月ほど。街の人達には随分とお世話になっている。それにルビーと一緒なら緊張も和らぐと思った。
「はい。ご一緒させて下さい。」
「じゃあ、準備が出来たら玄関まで来てね。待ってるわ。」
ルビーが部屋から去ると、カリンは膝の上のクロをどかしにかかる。すると、クロはふん!と体に力を入れて抵抗の構えを見せた。可愛らしい抵抗にカリンはちょっと笑ってしまった。
「さあ。支度しないと。クロちゃん降りて降りて~。」
「にゃーん。」
「無駄なあがき~。」
クロは抗議の声を上げたが、カリンの力には敵わない。空しくカリンに抱き上げられベッドの上に降ろされるのであった。クロは四肢を投げ出してグルーミングを始めた。
「よし。準備完了。」
カリンは身支度を整えると部屋から出る。クロもトトトとカリンの後を付いていく。玄関では、ルビーとアーチボルト、ミーチョが待っていた。ルビーはカリンを見て微笑む。
「お待たせしました。ルビーさん。」
「じゃ、アーチボルト。夕方までには戻るわね。夕食の準備は予定通りにお願い。」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ。奥様。お嬢様。」
「いってらっしゃいませー。」
アーチボルトとミーチョに見送られ、ルビーとカリンは屋敷を後にする。すると、クロも付いていこうとする。
「はーい。クロちゃんは付いてっちゃだめですよ。屋敷で大人しく待ちましょうね~。」
「にゃああん。」
だが、ミーチョにあっけなく捕まった。手足をぷらーんとさせたまま、連行されたのであった。
屋敷の門を出たところで、ルビーは遠慮がちに口を開いた。
「ねえカリンちゃん。手を繋ぎましょう?」
「え、何でですか?」
小さな子供ではないのだから、はぐれる心配はない。何故ルビーが唐突にそんな事を言い出したのか分からなかった。すると、ルビーは悲しげに目を伏せる。
「最近はリッカもクオンも手を繋いでくれないの。とっても寂しいわ。」
「それは、まあ、仕方ないんじゃ・・・。」
きっと母親と手を繋ぐのは恥ずかしいのだろう。カリンにもその気持ちは分かった。だが、ルビーは一抹の寂しさを感じているようだ。ずずいっと身を乗り出してカリンに訴える。
「だからお願い!」
「わ、分かりました。私で良ければどうぞ。」
「ありがとう!カリンちゃん!」
恥ずかしいものの、ルビーに懇願されては断れない。カリンはルビーと手を繋ぐのであった。クオンの手とはまた違う感触だ。柔らかくて包み込むような手だ。
(母様の手みたい・・・。)
カリンは母の温もりを思い出していた。甘えたい気持ちが芽生えるが、ルビーは母ではない。その気持ちは心の中に仕舞った。次第に慣れて恥ずかしい気持ちも消えていく。
「まずはどこに行くんですか?」
「最初はアティス商業組合ね。組合長のコンラッドとアンのとこよ。カリンちゃんは二人と会った事あるかしら?」
「はい。お会いした事あります。」
中央広場に差し掛かると、ところどころに燭台が設置してあるのが見えた。
「あれは何ですか?」
「新年祭用の松の木を燃やすの。」
この炎は穢れや厄を焼き払う意味がある。今日の夜から明日の明け方にかけて燃やし続けるのだそうだ。その間に、アティスの住民達はジェダイト聖堂に礼拝する。
「収穫祭と比べたら控え目なんですね。」
「そうねえ。外で騒ぐより、家族と一緒に過ごすのがメインだからね。出店も聖堂前に少しあるだけよ。」
ルビー曰く、アルセイド伯爵家は、毎年午前二時頃に神殿へと礼拝に行く。今年も同じ予定であるそうだ。
「その時間なら、カリンちゃんの用事も終わってるでしょう?皆で一緒に行きましょうね。」
「は、はい。」
カリンはドキッとした。ルビーはニコニコしている。クオンとのあれこれをどこまで知っているのか分からないが、全てを知られているような気がした。
(ルビーさん、もしかして知ってるの・・・?)
そう思うと、急に恥ずかしくなってきた。頬が熱くなる。ルビーはというと、徐々に頬が染まるカリンを見て、いたずらっぽく微笑む。
「あら。急に顔が赤くなったわね。」
「ななな何でもありません!早く行きましょう!」
「まあまあそんなに急がなくてもいいじゃない。時間はたっぷりあるわ。ゆっくり歩きましょう。」
「うう・・・。」
こうして商業組合本部に着くまで、赤い顔のカリンは笑顔のルビーと歩くのであった。
*********
カリンとルビーがアティス商業組合に向かっている頃、クオンはジェダイト聖堂にいた。長椅子に座り、頭の中で、カリンに言うべき言葉を何回も練っていた。
聖堂には人の姿もまばらで静かだ。考え事をするには最適の場所である。クオンが集中していると、キッテルが話しかけてきた。
「何か考え事かな。クオン君。」
「司祭様。ええ。大事な考え事です。」
「それは恋愛がらみですかな。」
「さすが司祭様。お見通しなんですね。」
「この時期にとなると、だいたいは恋愛ですからの。」
キッテル司祭はクオンの隣に座る。暫しの沈黙の後、キッテルは静かに口を開く。
「緊張しとるのかね。」
「ええ。自信はありますけど、それでもやっぱり緊張しますよ。断られたらどうしようって。」
「その気持ち、分かるぞクオン君。わしも若い頃は好いた女性に告白する時はガチガチに緊張したものさ。」
「司祭様も緊張したんですね。」
「ああ、そうとも。経験は何度かあるが、慣れる事はなかったの。」
キッテルは懐かしそうに話す。今の奥さんには何回も告白しては振られたそうだ。諦めずに告白を繰り返して交際に至ったという。
「ちゃんと言わなければ、相手には伝わらないという事だ。告白本番だとなかなか口が動いてくれないと思うが、拙い言葉でもいいから、ちゃんと口に出して伝えるのが肝要だよ。」
「はい。助言、ありがとうございます。」
「では、頑張りたまえ。」
キッテルはクオンの肩をポンポンと叩くと、席を立って去って行く。背中に向かって小さく礼をしたのだった。
*********
カリンとルビーが商店街にあるアティス商業組合に到着すると、秘書に案内されて応接間に通された。手触りの良いソファに二人で座って待つ。待っている間、カリンは部屋を見回す。応接室には見た事がない様々な置物や像が置かれている。
「何だか変わった物が多いんですね。」
「コンラッドさんは旅先の珍しい物を集めるのが趣味なのよ。倉がいっぱいになるってアンさんが嘆いてたわね。」
そう二人で話していると、コンラッドとアンが応接間に入ってきた。ルビーとカリンは立ち上がって礼をする。
「待たせてすまぬな。」
「ふふ。いらっしゃい。ルビーちゃん。カリンちゃん。」
「お邪魔してます。」
「お、お邪魔してます。」
コンラッドとアンが並んで向かいのソファに座った。続いてメイドがショートケーキと緑茶を人数分用意すると、ペコリと頭を下げて退出する。
「カリン君がアティスに来て四ヶ月か。歳を取ると、時間が過ぎるのはあっという間じゃのう。」
コンラッドは湯気が上る緑茶をずずずと飲みながら、しみじみと言った。
「あら。まだ四ヶ月なのね。もう昔からカリンちゃんがいるような感じがしていたわ。すっかり馴染んでるものね。ルビーもそう思わない?」
「そうね。きっとカリンちゃん自身が頑張った結果だと思うわ。」
カリンは街の事を知るために、冒険者として住民からの依頼をよくこなしていた。そのお陰でカリンは住民達から比較的顔を知られている。迷い猫や探し物、地区の清掃など細々とした依頼も受けていて概ね好意的だった。
カリンはと言うと、アンとルビーがやたら褒めるので小恥ずかしい。恥ずかしさを誤魔化すようにお茶をちびちび飲む。下手に口出すと藪蛇になりそうだった。
「ふふ。すっかり街の人気者よね。カリンちゃん。」
「さすがにそれは言い過ぎじゃ・・・。」
確かに声を掛けてくれる住民はいるものの、人気者という評価は違う気がしていた。領主の娘であるリッカの方がよっぽど人気があるとカリンは思っている。
カリンはショートケーキに手を出す。赤いイチゴが一粒載っている。スポンジと白い生クリームが交互に層になっていて、生クリームの層にはパインが埋め込まれていた。フォークで一口分ずつ切り取って口に運ぶ。
(あ、美味しい。)
濃厚な甘さにカリンの顔が綻ぶ。一個を平らげるまでそんなに時間はかからなかった。
「美味しそうに食べてたわね。作った甲斐があるわ。もっと食べて良いのよ?」
アンが手をパンパンと叩くと、メイドが追加のお菓子を持ってきた。こんもりと盛られた皿を見て、カリンは目を丸くする。お菓子は好きだが限度というものがある。
「さすがにそんなには・・・。」
「まあまあ。そんなに遠慮しないで。」
アンはカリンに食べさせようとする。あまり食べると晩御飯が入らなくなってしまう。強く断る事も出来ず、カリンが困っていると、ルビーとコンラッドが助け船を出してくれた。
「アンさん。そんなに食べれないわよ。カリンちゃんが太っちゃうわ。」
「そうだぞアン。やけに食わせようとするのは君の悪い癖だ。」
「だって食べて貰いたいんだもの。それに、カリンちゃんは美味しそうに食べてくれるから嬉しいのよ。つい張り切っちゃうの。」
さすがに全部は無理なので、お菓子の残りは後で屋敷に送って貰う事になった。
「今年も色々と助かったわ。おかげで領地経営も黒字予想よ。」
「なあに。お互い様よ。うちにも利益があるからの。」
商業組合本部から出ると、ルビーは再びカリンの手を握る。今日はずっと手を繋ぐつもりのようだ。
「さて、次は冒険者ギルドに行きましょうか。ギルド支部長に挨拶ね。」
「支部長・・・お会いした事ないです。」
「なら良い機会ね。これからお世話になる事もあるでしょうし、カリンの顔を覚えて貰いましょう。」
カリンがアティス支部で会うのは、だいたいエルマのような受付職員か他の冒険者だった。支部長はどんな人だろうと思いつつ、冒険者ギルドに向かう。
アティス支部に入ると、年末のせいか、人の数は少なかった。掲示板を見る冒険者が四、五人とエルマだけだった。ルビーとカリンの姿を見て、エルマがととと寄って来る。冒険者達は遠巻きに見ていた。
「ルビー様。何かご用でしょうか?」
「こんにちはエルマ。支部長に会いたいのだけれど、いるかしら?」
「はい。支部長室にいらっしゃいます。こちらへどうぞ。」
ルビーとカリンはエルマに案内されて、三階にある支部長室へと向かう。『支部長室』と書かれた扉をエルマはコンコンとノックした。
「支部長。ルビー様とカリン様がお越しになりました。」
「うむ。入ってもらってくれ。」
「失礼します。では、中へお入りください。」
部屋の中に入ると、立派な執務机に座る老紳士がいた。机の上には支部長と書かれたプレートが置かれている。作業の途中なのか、机の上には堆く書類が積まれている。老紳士は立ち上がると、ルビーとカリンにソファに座るよう勧める。
「さて、そちらのお嬢さんは初めましてかな?私はエレク=スピノール。ここアティス支部の支部長を務めさせてもらっている。」
「私はカリン=ハーヴィです。アルセイド伯爵家でお世話になっています。よろしくお願いします。」
「ふむ。噂通りの可愛い子だね。思わず口説きたくなるな。」
「エレク。うちのカリンちゃんはあげないわよ。」
ルビーはジト目でエレクに言う。エレクは白い歯を見せて愉快そうに笑った。
「ははは。分かっているさ。冗談だとも。私があと三十年若ければ、本当に口説いていたかもしれないがね。」
「そんな事言ってると、奥さんに言いつけるわよ?」
「おっと。そいつはやばいな。これ以上余計な事は言わないでおこう。」
「ごめんなさいねカリンちゃん。このエレクは可愛い子を見ると歯が浮くような台詞をすぐ言うのよ。悪い奴じゃないから許してあげてね。」
「は、はあ・・・。」
カリンは曖昧な返事をする。支部長という肩書きには似つかわしくない印象を受けた。良く言えば気さくな人、悪く言えば軽いという感じだ。ただ、ルビーの言うように悪い人間ではなさそうだ。
「カリンちゃんは冒険者の依頼もこなしてるんだってね。エルマ君から聞いているよ。もうここいらの依頼には慣れたかい。」
「はい。皆さん良くして下さるので助かっています。」
ガイのような先輩冒険者達やギルド職員が挙って世話を焼くので、仕事に慣れるのにそう時間はかからなかったのだった。
「これからも頼むよ。最近は人手不足でね。依頼の消化率も滞り気味だし、一人でも多くの人手が欲しいんだ。」
冒険者の多くがローラン大陸調査の方へ行ってしまい、アルセイド州にいる冒険者がいつもより少なくなっているらしい。
「それに、ガイみたいなむっさい野郎よりも美少女の方が癒されるからね!特に私が!」
「はいはい。そこまでにしとかないとカリンちゃん引いてるわよ。」
ルビーはエレクと少しの間世間話をしただけだった。二人はアティス支部を後にし、次の目的地へと向かう。向かうのはアルセイド州行政府のある州庁だ。アルセイド州の首席行政官であるマリスと会う予定だ。
「そんな方と会うのに私が同席してもいいんですか?」
「いいのいいの。別に公式な場じゃないんだから。」
州庁舎は、アティスでも歴史のある三階建ての建物だ。堅牢な石造りで、風格ある佇まいをしている。この建物自体は三百年前にもあったが、カリンは中に入った事がない。
受付を済ませると、ルビーとカリンは本館二階にある貴賓室へと通される。少し待っていると、壮年の男性が現れた。
「ルビー殿。お待たせしてすまない。」
「やあ。君がカリンさんだね。初めまして。」
「初めまして。カリン=ハーヴィです。」
「君の事は娘から聞いているよ。リリスが世話になっているようだ。」
「娘?もしかしてマリスさんはリリスのお父さんですか?」
「おや?リリスから聞いていないのかね?」
「はい。行政府で働いているとは言ってましたけど。」
父親が行政府で働いている事はリリスに聞いていたが、まさか首席行政官だとは思わなかった。言われて見れば面影がある。亜麻色の髪と蒼色の瞳はリリスと同じ色だ。
「親の私が言うのも何だが、リリスはお転婆だからな。カリンさんに迷惑をかけてないかね?」
リリスがお転婆と言われ、首を傾げた。お喋り好きではあるが、良家のご令嬢という範囲には収まる。だが、トンファーで魔物を殴る姿は、確かにお転婆と言えるかもしれないとカリンは思い直した。
「いえ。そんな事はないですよ。」
「なら良かった。これからもリリスと仲良くしてくれると嬉しい。」
「はい。もちろんです。」
終始、和やかな雰囲気の中で話をする。マリスとルビーとはアルセイド州の状況や来年の予算編成について話をしていた。隣で聞いた感じでは、詳しい事までは分からなかったが、アルセイド州の財務状況は良好のようだ。
「おっと。長々とつまらない話に付き合わせてしまったね。」
「いえ。そんな事はないです。勉強になります。」
最後に向かうのはジェダイト聖堂だ。燭台が立ち並ぶ中央広場を通り抜ける。聖堂前にはそこそこ住人達の姿があった。ルビーとカリンの姿に気付くと、にこやかに挨拶をしてくれる。挨拶を返しつつ、聖堂の中へと入る。
聖堂の中にもちらほらと住人の姿が見えた。キッテルは祭壇のところで何やら分厚い書物を読んでいた。
「こんにちは。司祭様。」
「おや。ルビー殿にカリンさんではないですか。こんにちは。」
「立ち話も何ですし、どうぞこちらへ。」
キッテルは重そうな本をパタンと閉めると、ルビーとカリンを応接室へと案内する。
「今年もお務めご苦労様でした。司祭様。」
「ありがとうございます。ルビー殿。歳を取ると月日が経つのが早く感じますな。ほっほっほ。」
「まだ十分お若いと思いますけどね。どちらにせよ、お弟子さんの誰かが後を継ぐまでは頑張ってもらわないと。」
キッテルにはピーター=デバイという弟子がいる。カリンはそれらしき人物を見かけた事がある。温和そうな雰囲気を持つ青年だった。
「そうですな。まだまだピーターはひよっこで心配です。まだ後十年は隠居できそうにありませんのう。」
ルビーの言葉にキッテルは同意する。キッテル自身、矍鑠としているのでまだまだ引退するつもりはなかった。後釜としてピーターをじっくり育てる予定である。
「カリンさんはもうアティスには慣れましたかな?」
「はい。お陰さまで。」
「それは良かった。何か人に言えない悩みや相談事があれば、遠慮せずいつでも来てくださいね。聖堂は守秘義務を守りますよ。」
「そうそう。司祭様は聞き上手だし、街の皆はよく話を聞いて貰ってるわ。クオンもリッカも小さい頃から利用してるし。」
その後は世間話や聖堂の運営について話した。話が終わる頃には、太陽が傾き、窓から茜色が射し込む時間になっていた。
「じゃあ、帰りましょうか。」
「はい。」
ルビーは最後に再び手を差し出す。カリンは自然にルビーの手を取った。二人は、仲睦まじい親子のように手を繋いで帰ったのであった。
*********
夜、アルセイド伯爵邸の食堂には大勢の人が集まっていた。今日ばかりはアルセイド伯爵家が勢揃いしている。アレクシス、アンネマリー、アルバン、ルビー、アルノー、リッカ、クオン、クロの七人と一匹だ。伯爵家の他には、カリン、レティシア、ミーチョがいる。
新年祭は家族と過ごす。なので伯爵家に雇われている執事のアーチボルトやメイド達は各々の家で家族と過ごしている。ミーチョは実家が遠いので例外だ。レティシアはアルノーの婚約者なので参加している。
カリンはクオンとリッカの祖父アレクシスと祖母アンネマリーに挨拶をする。二人はアティス郊外に隠居していて、カリンは今まで会う機会がなかったのだった。
メイドがミーチョしかいないので、ルビー、カリン、リッカ、クオンも配膳を手伝う。食卓の上には、いつもより豪勢な食事が並べられる。様々な種類の料理に、特にリッカは待ち切れないといった表情だ。配膳が終わると、席に着いた。カリンはクオンとリッカに挟まれる位置の席だった。クオンとカリンは互いに顔を見合わせ、じっと見つめ合う。
「二人とも、何見つめ合ってんの?」
リッカはにやにやしながら言う。クオンとカリンは慌てて視線を前に戻した。そんな二人の様子を皆は微笑ましく見ていた。
「では、頂くとしようか。」
アルバンの後に続けて、皆で古竜への感謝と祈りを唱える。アレクシスとアンネマリーはアルバンとルビーと雑談している。アルノーとレティシアは仲睦まじい様子で会話をしながら食事を楽しんでいる。リッカは食べるのに夢中なようだ。ミーチョはクロにエサを運んでいる。
「はーい。クロちゃんにもご馳走ですよー。」
「にゃーん。」
ミーチョはクロの前にエサ皿を置く。いつもより高価なキャットフードが皿の上に載っていた。良い匂いがするのか、クロはふんふんと匂いを嗅いでいた。そして、美味しそうにガツガツと食べ始める。
「クロちゃん。おいしい?」
「にゃー。」
「後で美味しいケーキもあるからね~。」
カリンはミーチョの言葉が気になった。猫にケーキあげても良いのだろうか。太るのではないかと心配になる。
「クロちゃんにケーキ食べさせて大丈夫なの?」
「大丈夫です。ちゃんと猫用のケーキがあるんですよ。」
「へえ。猫用なんてあるんだ。」
「はい。そうなんです。小さくて可愛いケーキですよ。」
ミーチョとの会話が終わると、カリンはリッカに倣って、美味しそうな料理に手を付ける。横にいるクオンの事は気になるが、一旦は忘れて、まずはこの場を楽しもうと思った。一方のクオンは黙々と目の前にある料理を食べている。
「あらあら。クオンったら緊張してるわ。カリンちゃんは意外と余裕ありそうね。」
在りし日の夫の挙動そっくりのクオンを見て、ルビーは微笑む。アルバンの方は寂しげな表情をしていた。
「クオンもリッカもそういう歳頃になったのか。時が経つのは早いな。まだまだ子どもだと思ってたんだがな。」
「そうねー。思ったよりも早かったわね。クオンもリッカも恋愛が奥手そうだから心配してたんだけど、二人とも思わぬ良縁があって安心したわ。」
アルバンはリッカとユウの関係については複雑な気持ちも抱いていた。あまり表には出さないが、ルビーとの間に出来た子ども達の中で唯一の娘であるリッカをとても溺愛している。まだ友人関係とは言えど、リッカも満更ではないようなので、恋人の関係になるのもそう遠くはないだろう。いずれ結婚しアティスを出ていくと思うと素直には喜べない。
そんなアルバンの心中を察したのか、ルビーはアルバンを諭す。
「貴方が子離れできないでどうするの。その時が来たらちゃんと祝福してあげるのよ?」
「・・・分かっている。」
まだ子離れできそうにないアルバンに、ルビーは嘆息するのであった。
*********
約束の二十三時になった。カリンが準備を整えて玄関に向かうと、すでにクオンが待っていた。防寒着に身を包んでもこもこになっているカリンを見て微笑んだが、また緊張した面持ちに戻る。
「それじゃ、行こうか。」
「うん。」
クオンが手を差し出すと、カリンはその手を握る。今夜の目的地目指して、二人は歩き出した。
歩きながら、カリンがふと夜空を見上げると、冬の透き通った大気の先に沢山の星座が煌めいていた。クオンとカリンの白い息が天へと昇って行く。
「大丈夫?カリンは寒くない?」
「ん。平気だよ。結構着込んだからね。」
むしろ、ほのかに熱くなった頬には気持ちの良い冷たさだった。
アティスの西門に着くと、守衛が二人立っていた。クオンとカリンの姿を見ると、何だか温かい視線を向けられる。守衛達は何も言わずに会釈だけで門を通してくれた。
(坊っちゃん、頑張ってくださいね。)
守衛達は心の中でエールを送るのであった。守衛達に見送られ、クオンとカリンは道を進んで行く。緩やかな斜面を登り切ると、そこには幻想的な風景が広がっていた。以前、太陽が高い時に訪れた花畑が、淡い黄色の光を放っていた。月光花が魔力を含む月の光を吸収し、放射しているのだ。
「わあ・・・すごい。綺麗。」
光が舞う花畑の中をクオンと歩きながら、カリンは見惚れる。心地良い魔力の波動が満ちていた。
そのまま花畑を通り抜け、神様の澪標の下まで来た。以前見た石板は変わらず静かに佇んでいる。アティスの方を振り返ると、敷き詰められた光の絨毯の先に、街の灯火が見えた。
(これは・・・かなりロマンチックな場所かも。)
カリンが予想していた以上に素敵な場所だった。石板の前に座って、しばし幻想的な風景を眺めるクオンとカリン。風で月光花が揺れる音だけが聞こえるが、瞳には光の調べが映っていた。
(よし!言うぞ!)
この場所で告白できる時間は限られている。クオンは一回大きく息を吸うと、覚悟を決めて口を開いた。
「カリン。今日は伝えたい事があるんだ。聞いてくれるかな。」
「・・・うん。」
互いに頬を朱に染めて見つめ合う。少しの沈黙の後、クオンははっきりと告げた。
「僕はカリンが好きです。どうか、僕の恋人になってください。」
まっすぐカリンの瞳を見つめて、クオンは想いを告げた。すると、カリンの顔が真っ赤になる。カリンも心構えはしていたものの、面と向かって好きと言われると恥ずかしくて仕方がない。
「返事をする前に、少し話をしてもいい?」
カリンの突然の申し出だったが、クオンはこくりと頷く。カリンは目の前の花畑のを見つめながら、今胸にある不安を語り出した。
「私ね。不安があるの。」
「不安?」
「私は竜角人だから。」
カリンは目を伏せる。クオンは何も言わず、じっと言葉の続きを待つ。少しの沈黙の後、カリンは再び口を開く。
「クオンとずっと一緒にいたら、いつか迷惑をかけちゃうかもって不安なの。以前の蒐集者の時みたいに。白磁の竜角を欲しがる人はまだいっぱいいるみたいだから。・・・私、クオンをまた危険な目に遭わせるかもしれない。」
執拗に白磁の竜角を求めていたループス帝国は滅びたが、その後継であるオストシルト帝国には依然として白磁の竜角への信仰は残っている。リンドブルム王国で真面目に信じている人は少ないが、全くいない訳ではないのだ。現段階では限られた人間だけしかカリンの正体を知らないが、いつまでも秘密が守られる保証はない。
すると、クオンはカリンの手を取ってぎゅっと握った。驚いて顔を上げたカリンはクオンと目が合う。そして、クオンはカリンを抱き締める。クオンの瞳には強い意志が宿っていた。カリンはまたもや驚いたものの、そっと抱き締め返した。クオンは優しくカリンの髪を撫でる。
「そんな事、百も承知だよ。全部分かった上で、告白してる。」
「・・・本当に、クオンはそれでいいの?」
「今は僕が頼りないから、カリンを不安にさせてるんだよね。まだ起こってもいない事で思い詰めて、僕から離れないで。カリンが不安にならなくなるぐらい、僕は強くなってみせる。信じて欲しい。」
「信じても、いいの?一緒にいてもいいの?」
「うん。信じて。僕は、絶対に君より先には死なない。約束する。」
その言葉に、カリンの瞳から幾筋もの涙が流れる。月光花に照らされて、キラキラと輝いていた。
カリンが泣き止むまで、クオンは何も言わずに抱き締めたままだった。
(クオンだけに頼るのはダメ。私も、強くならなきゃ。)
カリンの不安は消えたわけではない。だが、クオンの言葉を信じて先へ進もうと決めた。カリンが泣き止むと、クオンは改めて告白する。
「カリン。どうか、僕の恋人になってくれませんか?」
「・・・はい。貴方の恋人にしてください。クオン。」
想いは通じ合い、クオンとカリンは初めてのキスをした。じっくりと互いの唇を重ね合った後、赤くなった顔を離す。
「えへへ・・・。キス、しちゃった。初めてがクオンで嬉しい。」
「僕もカリンが初めてで嬉しいよ。」
クオンとカリンは頬を染めたまま笑い合う。熱はしばらくの間は冷めそうにない。
「あっ、そうだ。クオンにあげたい物があるの。」
カリンはポケットから、鎖に通された銀色のリングを取り出す。
「夢の中でリンドブルム様に二つ貰ったんだ。今晩の記念にどうかな。」
「へえ。それは縁起がいいね。ありがたく貰うよ。」
「えへへ。これでお揃いだね。」
クオンの胸元とカリンの胸元。二つのリングは月光花の光を受けてキラリと輝く。それはまるで二人のこれからを祝福するかのようであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。章間として数話投稿した後、第三章に入る予定です。




