第五十二話『神様の澪標』
お待たせしました。続きとなります。
シェトマネト収穫祭の後、クオンはまるで何事もなかったかのように振る舞っていた。カリンはあの収穫祭の夜の真意を聞きたくてしょうがないのだが、いつもクオンにはぐらかされてしまうのであった。
(あの言葉は一体どういう意味なの!?気になっちゃうよ!)
そこで、困ってしまったカリンは恋愛に詳しそうなリリスに相談してみる事にした。今日はその約束の日である。約束の時間の少し前にリリスの住む屋敷に着いていた。リリスの屋敷は、多くの行政官を輩出したラントシュタイナー家にふさわしく、立派な佇まいをしている。
装飾の綺麗な門の前には、メイドが一人、箒で掃き掃除をしているところだった。鼻歌を口ずさんでいるようだ。カリンが近付くと、メイドはカリンに気付いて挨拶をした。カリンも挨拶を返す。リリスとの約束の件を伝えると、屋敷の中へと案内されたのだった。
メイドの後ろを歩きながら、屋敷の中を観察する。以前遊びに来た時とほとんど変わっていないようだった。青と白を基調とした絨は、当主の清廉潔白な性格を現しているように思えた。美術品は華美なものがなく、落ち着いた印象を受けるものが多い。
そうしている内に、リリスの部屋の前に辿り着いた。メイドが扉をコンコンとノックする。
「失礼致します。リリスお嬢様。リナでございます。カリン様をお連れ致しました。」
「分かったわ。入ってもらってちょうだい。」
「承知致しました。ではカリン様。どうぞ中へお入り下さい。」
メイドが扉を開けてくれる。カリンはリリスの部屋の中に足を踏み入れた。綺麗な調度品。恋愛小説満載の本棚。可愛らしいベッド。たくさんのぬいぐるみ。壁に掛けられたトンファー。以前来た時とさほど変わっていない。
「お邪魔するね。リリス。」
「いらっしゃいカリン。さあ座って座って。」
リリスに勧められ、ピンク色のソファに座る。リリスはテーブルを挟んで、対面のソファに座った。カリンの話を楽しみにしているのか、リリスの目は輝いていた。
「早速、お話してくれる?」
「うん。えっとね・・・。」
カリンは収穫祭の時の事をリリスに話す。クオンと聖堂のシェトマネト像を見に行った事。像に二人で触れた事。屋敷に帰ると、部屋の前で壁ドンされた事。
「きゃー!壁ドンだなんて羨ましい!私もされてみたいわ!ねえねえ!ドキドキした?」
「うん。とってもドキドキしたよ。」
特に壁ドンの件で、既にリリスの興奮は最高潮になっていた。壁ドンは女子の憧れなのだそうだ。
そして、意味深な言葉をクオンから告げられた事を話す。収穫祭の事を話すのは恥ずかしいが、相談に乗ってもらう為には仕方ない。
「それでさ、クオンの言葉の意味が分からなくてさ。どういう意味なのか、リリスには分かる?」
「もちろん分かるわよ。新年祭に告白するよって事でしょ。」
告白という言葉に、カリンは石のように固まる。チクタクという鳩時計の音だけが、部屋の中を支配する。しばらくして、カリンが叫び声を上げた。
「ええええええっ!?告白って、えー?わ、私に!?」
「間違いないわね。」
「新年祭に覚悟してねって、そういう意味だったの!?」
「新年祭に告白って、アティスじゃ有名よ。神様の澪標の前で告白するの。」
「そうなんだ・・・知らなかったよ・・・。どうしようかな・・・。」
リリスを含め、アティスの住人はクオンとカリンは相思相愛だと思っている。告白されたなら、喜んで二つ返事で了承するのかと思いきや、違う反応をしたのでリリスには意外だった。
「何か不安な事でもあるの?」
「うん。ちょっとね。」
「私にも言えない事なの?」
「・・・ごめん。」
カリンが素直に喜べないのは、自身が竜角人であるからだ。今は平穏だけれども、いつまた蒐集者のような存在に襲われるか分からない。より深い仲になる事で、巻き込む危険性が大きくなるのではないかとカリンは不安だった。
「まあ、私に言えないならこれ以上は聞かないわ。でもクオンには全部ぶっちゃけなさい。結果がどうあれ、その方が後悔しないわ。」
「うん。そうだね。頑張ってみるよ。ありがと。リリス。」
「ふふ。どういたしまして。」
リリスに背中を押され、自分の気持ちを全部クオンに伝えようと決心するカリンなのであった。
「カリンはクオンをいつ好きになったの。教えてよ。」
「話さないと、ダメ?」
「だーめ。洗いざらい白状しなさい。ほれほれ。」
竜角人である事は明かせないので、虚実織り混ぜてリリスに話す。シュネーヴィントのダンジョンで蒐集者に襲われた事、クオンが命懸けで守ってくれた事を話した。
「へえ~。クオンってばやるじゃん。」
「自覚したのは最近だけど、切っ掛けは守ってくれた時だと思う。」
そう話すカリンの表情は、正真正銘恋する乙女のそれだった。そんなカリンを見てリリスは微笑む。
(全く、こんな蕩けた表情させちゃってさ。クオンは果報者ね。カリンを悲しませたら許さないわよ。)
恋する乙女な様子を見て、カリンが幸せになって欲しいと思うリリスなのであった。
一方その頃、クオンはアスター剣術道場で鍛練に励んでいた。集中しているように見えるが、クオンの頭の中は雑念でいっぱいだ。
(カリンのあの表情!可愛いくて反則過ぎるよ!)
クオンの頭を占めているのは、収穫祭の夜のカリンの表情だ。新年祭に告白する事を暗に伝えるつもりなだけだったが、ついいたずらをしてしまった。無論、キスするつもりはなかった。すると、カリンが戸惑いつつも、キス待ちとしか思えない態度を取ったのでクオンは動揺してしまったのだった。
*********
エルヴィンはこの日、魔法研究所から呼び出されていた。シュメッタから貰ったガントレットを返却される事を期待しつつ、エルヴィンは魔法研究所を訪れる。
「噂の通り、随分と変わった建物だな。」
地図で魔法研究所と記載されている場所には、漆黒の巨大な立方体が鎮座していた。エルヴィンが聞いた噂によると、フェリウス帝国の遺物らしい。それを再利用しているとの事だった。
「この建物、どこから入るんだ?」
エルヴィンは魔法研究所を前に途方に暮れる。窓もなく入り口も全く見当たらない。とりあえず正面と思われる壁面に近付く。触れてみると、黒い壁面に複雑な紋様が浮かび、どこからか無機質な音声が聞こえる。
『連邦騎士団、エルヴィン=ズィルバーを確認。中へお入り下さい。』
シュン、という音がして壁面の一部が開いた。中は闇が詰まっていて、全く見えない。躊躇していると、再び音声が聞こえる。今度は何だか不機嫌そうであった。
『早く入れや。』
「うおっ!?引っ張られる!?」
突然引力が生じ、問答無用に中へと吸い込まれるエルヴィン。強い力だったので、思わずたたらを踏んだ。
態勢を持ち直したエルヴィンは辺りを見回す。建物の中は一面真っ白。床も天井も通路も。漆黒の外見とは対照的であった。さっきまで黒い壁面を見ていたので、エルヴィンは目が痛くなりそうだった。
『所長室まで案内致します。矢印に従ってお進み下さい。』
そう聞こえると、空中に矢印が次々と浮かぶ。エルヴィンは矢印の一つに触れてみるものの、実体はなく手は空を切った。
(これは幻影魔法か?随分と無駄な使い方だな。)
エルヴィンは矢印の案内に沿って通路を進んで行く。行けども行けども扉が一つも見当たらない。一体、所員はどこで働いているのか全くの謎である。
しばらく歩くと、ある壁面の前で次の矢印がなくなっていた。扉は見当たらず、どう見ても白い壁しかない。
(この壁の向こう?壁がまた開いたりするのか?)
とりあえず壁の前に立ってみる。すると、壁に扉が出現した。だがノブも取っ手もない。ただの一枚の鉄板が嵌まっているような感じだ。
(どうやって入ればいいんだ?とりあえずノックすれば良いのか?)
ノックをしようと扉に近付くと、シュンと音がして扉が開いた。
「よく来たな。まあ入るがいい。」
部屋の中には小柄な女の子がいた。栗鼠族で、大きなふわふわの尻尾を持っている。エルヴィンはその尻尾に目が奪われた。
(栗鼠の尻尾!うっわぁ~触りたい!)
エルヴィンは初めて栗鼠族の尻尾を見た。ふわふわの触りたい衝動を抑え、挨拶をする。
「連邦騎士団から参りました。エルヴィン=ズィルバーです。」
「ケイト=ボルンだ。知っているとは思うがここの所長だ。」
エルヴィンはボルン所長の名を知ってはいたものの、こんなに小さい女の子だとは思わなかった。ついつい頭を撫でたくなる。
「まあ、そこに座って待っておれ。ちょっと取ってくるものがあるのでな。」
「はい。失礼します。」
ケイトに勧められ、高級そうな革のソファに座る。少し待っていると、ケイトが黒い箱を持ってきた。エルヴィンの前にあるガラステーブルの上に置く。
「これは?」
「君のガントレットが中に入れてある。」
「返却してくれる、でいいんだよな?」
「ああ。ヴェンツェルの奴が返してやれと煩くての。データ取りは終わったので返す事になった。ほれ、箱ごと持っていくがいい。」
「ありがとうございます。でも返すだけなら、わざわざ呼び出さなくても良かったんじゃ。」
「それは個人的興味だ。ヴェンツェルが気にかけているという噂の男に実際に会ってみたくてな。」
ヴェンツェルが気にかけていると聞いて首を傾げる。そんな目立った覚えはない。
「ところで、私に何か言いたい事でもあるのか?」
「へ?」
「惚けるでない。初めて私を見た時、何か言いたげな顔をしておっただろう?言いたい事があるなら、遠慮なく言ってみろ。」
どうやら、エルヴィンの尻尾触りたいオーラに何となく気付いたらしい。遠慮なくと言われ、エルヴィンのタガが外れた。
「所長!実はお願いがあります!」
「お、おう。何だ?」
「尻尾触らせて!」
「・・・は?」
ケイトは目を点にした後、ため息を吐いて呆れた表情になった。
「君が尻尾好きなのは聞いていたが、私みたいな年増の尻尾でも良いのかね。」
「・・・年増?」
エルヴィンの目には、ケイトが年増には到底見えない。むしろ年下でも不思議ではなかった。だが所長という地位にいるのだからそれなりの年齢なのだろう。気にはなったものの、エルヴィンは女性に年齢を聞くと殺されると姉に散々脅されていたので、ケイトに年齢を聞く事はしない。代わりに、ケイトへの正直な感想を口にした。
「所長は十分可愛いぞ?」
「なっ!?ななななな!?」
エルヴィンのド直球な言葉に動揺するケイト。言われ慣れていないのか顔がみるみる赤くなった。
「全く。私に、しかも初対面でそんな事言ったのは君ぐらいだぞ。」
「そうなのか?見る目がない奴ばかりだったんだな。」
「だから、お返しに触らせてやる。あくまでお返しだからな。」
ケイトはエルヴィンに近付くと、背中を向ける。エルヴィンの前にボリュームのある縞模様の尻尾が現れた。エルヴィンの目が輝く。そんなエルヴィンの様子に、ケイトは心配そうに言う。
「い、痛くするなよ?そっとだぞ?ちぎれたら嫌だからな。」
「大丈夫だ。優しくするから。」
エルヴィンは両手で包み込むようにして、ケイトの尻尾に触れる。優しく撫でたり、頬ですりすりしたり、顔を埋めたり。至福の時を過ごしたのであった。時間も忘れて思う存分堪能した後、ケイトにお礼を言う。
「ありがとう所長。」
「何だ?もう良いのか?」
「おう。最高だったよ。またいつか触らせて欲しい。」
「そ、そうか。ま、まあ気が向いたら触らせてやるよ。」
ぷいっとそっぽを向くケイトであったが、その頬は朱くなっていたのであった。
*********
魔法研究所でケイトの尻尾を楽しんだ後、エルヴィンは自分の部屋へと戻って来ていた。ガントレットの入った箱をクローゼットに仕舞うと、ベッドの上でごろんする。
(あー、所長の尻尾良かったな~。)
感触を思い出していると、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。ベルンハルトかと思い、扉に向かって話しかける。
「ベルか?」
「エルヴィン君。私だよ。」
「その声・・・フラン!?」
思いがけない人物の声が聞こえ、エルヴィンは慌てて扉を開ける。そこにはいつものフランの姿があった。フランはペロッと舌を出す。
「えへへ。来ちゃった。」
「来ちゃった、じゃないだろ。どうやってここまで来たんだ?いや、先ずは中に入れ。誰かに見られたらやばい。」
「お邪魔しまーす。」
ツェツィのいる女子寮ならまだしもここは男子寮。つまり女子禁制だ。フランの姿を見られたら非常にまずい。さっと部屋へと招き入れた。フランが部屋に入ると、すぐに扉の鍵を締めた。
「ふう。これで一安心か。」
「そんなに慌てなくてもいいのに。」
フランはベッドに腰掛け、足をぶらぶらさせる。エルヴィンはそんなフランの隣に腰を下ろす。フランは興味深そうに、部屋の中を見回していた。片付けはしているが、何となく女の子に見られるのは恥ずかしい。
「何か気になるのか?」
「んーん。これがエルヴィン君の部屋かあって思って。男の子の部屋は初めてなんだよね。」
「結婚前の女の子が男の部屋に来ちゃだめだろ。」
「ごめんね。エルヴィン君に会いたくってさ。」
フランはきゅっとエルヴィンを抱き締める。困ったものの、エルヴィンもそっと抱き締め返した。腕の中にすっぽりと収まったフランは嬉しそうだ。
「すんすん。エルヴィン君。知らない女の匂いがする。」
「へ?ああ、所長の匂いじゃないか?尻尾触らせて貰ったしその時に付いたんだろ。」
「所長って誰?」
「魔法研究所のボルン所長。」
エルヴィンは魔法研究所で、ケイトの尻尾を触らせて貰った事を話す。
「エルヴィン君ってば、また女の子誘惑してるよー。罪深いね。罪深いよ。」
「してないぞ!?」
「してるじゃん。まあ、素直に打算なく可愛いって言えるのがエルヴィン君らしいんだけどね。でも私からの忠告!お嫁さん増やすのはいいけど、数が多いとエルヴィン君の体持たないよ?まあ、最大五人くらいが妥当じゃないかな。」
「待て待て待て!何の話をしてるんだ!?嫁って何だ!?」
いきなり、フランがお嫁さんとか言い出すのでびっくりするエルヴィン。
「エルヴィン君のお嫁さん。いわゆる番。」
「嫁以前に彼女もいないんだが。」
「私はいつでも準備OKだよ?」
「こらこら!女の子が男を押し倒そうとしない!」
隙あらば既成事実を作ろうとするフランを押し止める。別にフランが嫌いな訳ではない。むしろ好みである。だが、勢いに任せてそういう関係になるのも違う気がした。ヘタレと言われるかもしれないが、きちんと段階を踏みたいエルヴィンであった。
「もう~!エルヴィン君ってば、自然に女の子は口説くのに変なとこで初なんだから。」
この場で押し倒すのは止めてくれたが、フランはとても残念そうな表情だ。
「私の中じゃ、もうエルヴィン君のお嫁さんは既に二人は決まってるのに。私とツェツィちゃん。」
「ちょっと待て。フランはともかく、何でツェツィ?」
「私からは言えない。ツェツィちゃんに聞いてみたら?」
ツェツィの事は良い友達であると思っているエルヴィン。ツェツィの気持ちには全く気付いていないのであった。フランはため息を吐くと、話を続ける。
「エルヴィン君は自覚すべき。自分の発言が女の子をたぶらかしてるって。」
「俺の言葉くらいで、たぶらかされる女の子なんて本当にいるのか?」
「私がいるじゃん。」
「そうだった・・・。」
紛れもない実例本人に言われ、さすがのエルヴィンも認めざるをえなかった。思わず頭を抱える。姉からの教えとは言え、たぶらかしているのであれば自制しなければならない。
「節操なく嫁増やそうとしてるように見えるよ?」
「わ、分かった。気を付けるよ。」
「分かってくれたみたいだね。でも、エルヴィン君が本当に好きになった相手ならたぶらかしても良いんだよ?さっきも言ったけど五人までなら。」
「何で一夫多妻前提なんだ!?」
「んん?男なら、可愛いお嫁さんはたくさん欲しいんじゃないの?」
「ええっ!?普通は一人だろ?考えた事もないぞ。」
ドラグガルド連邦の法律では、配偶者の数に規定はない。つまり一夫多妻だろうが一妻多夫だろうが問題はないのだ。とはいえ、経済力がなければ無理だ。配偶者を複数持っているのは裕福な貴族か商家くらいのものである。よって、エルヴィンのような庶民には縁のない話なのであった。少なくとも、今のエルヴィンにそういう気は更々ない。
「ふうん?エルヴィン君ってば謙虚だね。」
「いや普通だろ。」
皇族という高貴な身分のせいなのか、フランの感覚はエルヴィンとかなりずれている気がした。
「ところで、いつまでくっついてるんだ?」
「今はエルヴィン君とくっついていたいの。ダメ?」
フランは上目遣いで懇願する。その瞳には寂しさがちらついていた。そんなフランの姿を見ると、駄目だとは到底言えなかった。
「ねえ。私、エルヴィン君の話を聞きたいな。」
「俺の?月並みな話しかできないぞ。」
「いいの。それでも聞きたいの。」
幼子に聞かせるように、エルヴィンは語り出した。
*********
エルヴィンが生まれたのはドラグガルド連邦のずっと東、イスタンガルド地方にある村だ。人口三百人ほどで、主産業は農業の長閑な村である。エルヴィンには両親と姉、祖父母に叔父夫婦がいる。エルヴィンの父親は連邦騎士であり、辺境騎士団に所属していた。地元では有名な騎士で、皆から頼りにされている。母は祖父母と叔父夫婦と共に農業に勤しんでいた。そして、姉は冒険者である。おっとりとした性格の母には全く似ず、活発な性格だ。
「エルヴィン君のお姉さん、冒険者してるんだ。」
「ああ。冒険者は時間の融通効くから、俺の小さい頃は面倒みてくれたよ。姉さんの尻尾抱いて寝てた。」
「ふふ。エルヴィン君が尻尾好きになったのはお姉さんのせいなんだね。」
「あ~多分そうかもな。」
エルヴィンが大きくなってからは、姉とパーティを組んで依頼をこなした。エルヴィンは依頼を通じて、少しずつ剣術や妖術の腕を上げていく。いつの間にか、地元では有名な冒険者姉弟として知られるようになった。
「冒険者で生計を立てるって気はなかったの?」
「騎士の親父に憧れてたからな。学費と旅費を貯めたらすぐにでも受験するつもりだった。だけど、座学が心配だって親父に言われてさ。」
エルヴィンの実技は申し分なかったものの、田舎の学校のせいもあって座学が十分でなかった。そこで親戚の伝でイスタンガルド州州都ヴューマリアにある学校に入学し、二年間みっちり勉強に励んだのだった。
「ご家族はエルヴィン君が合格したの知ってるの?」
「手紙を送ったからもう知ってると思う。」
手紙がイスタンガルド州の郷里に着くまでは時間がかかるものの、合格発表後すぐに手紙を出したので届いているはずである。
「なかなかお祝いできないね。」
「でも姉さんは来ると思う。」
「だったら挨拶しなきゃね。」
「フランは友達だからな。間違っても嫁って言わないでくれよ。」
「えー。」
「えー、じゃないの。頼むからさ。」
姉にフランを嫁とか彼女とか紹介しようものなら、あっという間に外堀が埋まってしまうのは明らかだ。郷里の家族にも光の速さで情報が伝わるだろう。
「仕方ないなー。分かったよ。今は友達って事にしといたげる。」
故郷を出た後、道中でベルンハルトと出会い、一緒にドラグまで来た事を話す。そして、国立公園でフランに出会ったのだ。
「そういえば、フランはなんで公園にいたんだ?」
「お忍びでちょくちょく行くの。お気に入りの場所なんだ。」
「フランってもしかしなくても結構強いよな?俺がいなくても撃退できたんじゃないか?」
フランの強さは分からないが、公園で絡んできた三人組よりも強いとエルヴィンは思っている。フランに尻尾束縛された時に、全く抜け出せなかったからだ。
「そろそろぶっ飛ばそうと思ってたよ。そこに颯爽と現れたのがエルヴィン君。」
「じゃあ俺、余計な事したのか。」
「そんな事ないよ?とっても嬉しかった。かっこいい男の子に助けられてときめかない女の子はいないよ?」
「かっこいいって・・・俺が?」
「もしかして自覚ないの?罪だなー君は。十分イケメン君だよ?」
「そ、そうか。」
フランはエルヴィンの頬をツンツンと指でつつく。エルヴィンはかっこいいと言われて照れていた。されるがまま、フランにツンツンされる。
「ま、まあフランに出会うまでの話はこんなとこだな。」
「話してくれてありがと。お返しに私の話をって言いたい所だけど、もう戻らなきゃ。私の話は今度してあげるね。」
「帰るっていっても大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。私の隠蔽術はすごいから見つからないよ。じゃあ、またね。エルヴィン君。」
フランは葉っぱを頭に乗せると、ぼふっという音と煙と共に姿が消えた。扉が勝手に開き、そして閉まった。
(完璧な隠蔽術だな。)
フランの術はエルヴィンから見ても完成度が高かった。かなり努力をしたのだろう。エルヴィンの中のフランの評価が変わったのであった。
(さて、これどーしよ・・・。)
フランにずっとくっつかれていたせいで、エルヴィンの男の子の部分が反応していた。さすがにこの状態のままでは辛い。
エルヴィンは仕方なく、フランの温もりと匂いのするシーツを使って熱を鎮めるのであった。
*********
エルヴィンに告白すると意気込んだは良かったものの、ツェツィは悩んでいた。エルヴィンにどう伝えれば良いだろうか。告白なんてした事がないツェツィには難題だ。そこでローズとハチ、そしてベルンハルトに相談に乗ってもらう事にしたのだった。
「なあ。俺はここにいていいのか?」
「ああ。男性の意見も聞きたいからな。」
女性達の会話に一人だけ混じるベルンハルト。ローズが男目線の意見もあった方が良いだろうとの事で呼んだのだった。ベルンハルトには恋人もいるし参考になるかもしれないからだ。
「ツェツィはどう告白しようと考えてるの?」
「前ね、エル君にリボン貰った事があったんだよね。その場所で告白しようと思ってるの。ベルンハルト君的にはどう思う?」
「少なくとも俺ならグッとくる。でももう一押し欲しいな。」
「そうだな。告白の前に、まずお返しのリボンをあげるのはどうだ?男ならそういうの弱いぜ。」
「でも、男の子ってリボン喜ぶのかな?普通身に付けないよね?」
「シンプルなリボンなら髪縛ったりするぞ。エルヴィンならちょうどいいんじゃないか?今は飾り気のない普通の紐で結んでるからな。」
エルヴィンは長い銀髪で、いつも紐で縛っている。かっこいい柄のリボンなら似合うかもしれないとツェツィは思った。
「ねえハチ。お願いがあるんだけどさ。」
「あら。何かな?このハチちゃんに出来ることなら一肌脱いじゃうよ。」
「刺繍教えて欲しいの。」
「刺繍?ああ、リボンに刺繍するのね。」
「うん。苦手だから教えて欲しいの。」
「ふふ。このハチちゃんにどーんと任せなさい。」
ツェツィはこうして、エルヴィンにリボンを贈って告白する計画を立てたのであった。
*********
その夜、カリンは不思議な夢を見ていた。何だかふわふわとした気分。周囲を見渡すと、そこは見知った場所だった。
(ここは、神様の澪標?)
月光花の花畑はないものの、澪標は変わらない姿で立っている。根本に一組の男女がいる。男性の姿はぼやけてよく見えないが、女性の方ははっきりと見えた。亜麻色の髪に翠色の瞳。リッカにとてもそっくりだった。
二人の仲睦まじげな様子を見ていると、突然、蒼い空から巨大な影が舞い降りて来た。その姿は、神話に謳われし、白い角を持った黒い龍だった。
(あの姿は・・・まさか・・・リンドヴルム様!?)
着地したリンドヴルムは光になると、徐々に人の形になる。光が消えると、そこには一人の美しい女性が出現していた。漆黒の髪の間から白い角が二本伸びている。カリンの竜角よりも立派な角だ。
『来てくれてありがとう。アリス。』
『なあに。シェトの為ならどこからでも飛んでくるさ。』
『我、アリス=リンドヴルムが問う。汝、・・・はシェトマネトを妻とし、生涯支え合い、添い遂げる事を誓うか。』
『はい。誓います。』
『汝、シェトマネトは・・・を夫とし、生涯支え合い、添い遂げる事を誓うか。』
『はい。誓います。』
カリンは気付く。この儀式は結婚式だと。文言は一部違うものの、龍神教会の司祭が結婚式で述べる言葉ほぼそのままだった。
二人がキスをした瞬間、視界が暗転する。次に視界が開けた時には、真っ白な空間に佇んでいた。
(ここは一体?)
すると、どこからか光の球が近付いて来た。カリンが身構えていると、目の前で人の形になる。光が消えると、そこには先程見た、漆黒の髪の女性が現れた。
(この人がリンドヴルム様・・・。アリスって呼ばれてたよね。)
アリスは緊張するカリンをよそに、親しげに話しかける。
「やっと、そなたの意識に接続できた。」
女性はカリンを優しく抱きしめ、頭を撫でる。カリンは何か言いたいのだが、口も体も動かない。カリンはアリスにされるがままになっていた。
「心配したのだぞ。あの後、なかなか接続できなかったからの。」
アリスはカリンのリボンを外す。カリンの竜角が露になった。アリスは白磁の竜角に優しく触れる。夢であるはずなのに、とても気持ち良かった。
「なるほど。折れた竜角を癒していたのか。だから接続が切れたのだな。」
カリンはアリスの言葉に疑問符を浮かべる。竜角が折れた事なんてないからだ。第一、竜角が折れたらほぼ確実に死んでしまう。だが、アリスはカリンの疑問には答えてはくれない。
「もう少しで、そなたは我の呪縛から解放される。さすれば、そなたは自由だ。」
アリスはカリンの竜角にリボンを結び直しながら、言葉を続ける。呪縛とか自由とか何の事なのかさっぱり分からなかった。
「そうだ。これをやろう。そなたの守りになってくれるはずだ。一つは想い人にあげるが良い。」
アリスが取り出したのは、鎖に通された二つの指輪だった。アリスはそっと鎖をカリンの首にかける。ひんやりとした金属の感触がする。
「さて。名残惜しいが、もう時間のようだ。」
アリスは悲しげに目を伏せると、カリンから離れる。すると、カリンの視界がぼやけ始めた。そして次第に暗くなっていく。
「そなた・幸・・。時・・巫女カ・・。そし・我・友・。」
カリンの視界が暗転する直前、どこか遠くで、寂しげな龍の鳴き声が聞こえた気がした。
意識がゆっくりと浮上する。カリンが目を覚ますと、まず感じたのは右手の違和感だった。ベッドから上体を起こし、恐る恐る右手をゆっくりと開くと、金属の鎖に通された二つの指輪があった。間違いなく、夢の中でアリスが持っていたものだ。
「あれは、夢じゃなかったの?」
カリンは戸惑いながら、掌の上の指輪を見る。銀色で刻印も装飾もないシンプルなデザインだが、陽に当てると淡く蒼い光沢がとても綺麗だ。
「一つはクオンにあげよう。」
リンドヴルムが何故夢に出てきたのかも、指輪を授けてくれたのかもカリンには分からない。だがこれはリンドヴルムからの贈り物だと感じていた。
―――カリンとクオンの為に、授けてくれたのだと。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




