第五十一話『シェトマネト収穫祭 後編』
続きとなります。
演劇も終わったので、クオンとカリンは一緒に出店を見て廻る事にした。カリンは知る由もないが、クオンはリッカ達に頼んで二人きりになるように計画していた。
(少しは、積極的になっても良いよね。)
クオンは恋愛には奥手な方だ。だが座して待っているだけではいけないと思い始めていた。今日はお祭りのテンションの勢いのままに攻めるつもりだった。
演劇を見ていた家から中央広場に出ると、クオンはカリンに手を差し出した。恥ずかしいが、何とか平静を装う。
「人も多いし、はぐれないように手を繋ごうか。」
「う、うん。お願いします・・・。」
カリンはクオンの手を繋ぐ。互いの温もりにどぎまぎしながら、クオンとカリンは歩き出した。クオンがちらっと横目でカリンを見ると、カリンは少し頬を染めていた。そんな姿がとても可愛いと感じる。
「商店街の方行こっか。ナツメとカノンが出店やってるんだよね。」
中央広場を抜けて、商店街のある通りへと入る。両脇にはたくさんの出店が並んでいた。人の流れに乗って、クオンとカリンは進んで行く。クオンはカリンの歩幅に合わせて歩く。リッカと歩く時に注意された事がこういう時に役に立っていた。昔は歩幅の違いで、リッカを置いてけぼりにしたりして怒られたものだった。道行く人の密度が濃くなって来ると、カリンがきゅっと握って来るのを感じた。小さな事だが、頼りにされているようで嬉しかった。
ナツメの実家、『バイエルの薬屋』に辿り着いた。店の前で、ナツメが鼻歌を歌いながら大きな鍋をぐるぐるとかき混ぜている。周囲には美味しそうな匂いが漂っていた。ナツメはクオンとカリンに気付くと、かき混ぜる腕を止める。
「いらっしゃい。二人とも。」
「こんばんは。」
「こ、こんばんは。ナツメ。」
繋がれた二人の手を見て、ナツメは意味ありげな笑みを浮かべていた。その視線に気付いたカリンは恥ずかしそうにしてはいたが手を離す事はしなかった。
「スープ二つ貰えるかな。」
「毎度あり。ちょっと待ってて。」
ナツメは鍋から木のお椀にスープを注ぐと、小さな匙を入れてクオンとカリンに渡す。スープにはキノコや香草、野菜等の具がたくさん入っていた。
「どうぞ。会心の出来。カリンも気に入ってくれると嬉しい。」
「そう言われると楽しみ。じゃあ、いただきます。」
カリンは両手でお椀を傾けて、スープを飲む。スープはさっぱりしていてとても飲みやすい。味もカリンの好みだ。
「うん。美味しい。」
「それは良かった。作った甲斐がある。」
カリンはナツメのスープをゆっくりと味わった。カリンが食べ終わると、ナツメはちょいちょいと手招きをする。カリンが傍まで行くと、ナツメはカリンにこっそりと耳打ちした。
「これ、あげる。サービス。」
そう言うと、ナツメはコルク栓の小瓶を手渡して来た。透明な瓶の中には綺麗な橙赤色の液体が入っている。
「これって何かな?」
「媚薬。」
「びっ!?」
媚薬と聞いてカリンは仰天する。大声を出しそうになって慌てて自分の口を押さえるカリン。期待通りの反応だったのか、ナツメはクスクス笑っていた。ナツメはさらに耳打ちする。
「どんな異性でも一撃ころり。使ってみるといいよ。」
「いらないよっ!?使う相手いないし!」
「またまた。使う相手はいる。」
ナツメはクオンの方を見る。カリンも釣られてクオンを見る。周囲の喧騒もあって、クオンにはカリンとナツメの会話は聞こえていない。そんな二人の様子を見てクオンは疑問符を頭に浮かべていた。カリンはクオンと目が合い、頬がみるみる赤くなって行く。
「つ、使わないから!そ、そういうのは薬に頼ったらダメだと思うの!」
顔を真っ赤にして言うカリン。小瓶を突き返すがナツメは受け取らず、ペロッと舌先を出した。
「冗談。それはただの魔法薬。」
「ナツメ~!このこの!」
ナツメに騙されたと分かり、カリンはナツメの左脇に右手を突っ込みくすぐり攻撃をする。本当は両脇に両手を突っ込みたかったが、左手には小瓶を持っているので出来ない。
「脇はやめて。く、くすぐったい。ごめんごめん。私が悪かった。」
カリンも別に本気で怒っている訳ではない。すぐにナツメをくすぐるのをやめる。ナツメは笑ったせいで溜まった目尻の涙を拭った。
「もう、びっくりしたよ・・・。」
「でも、あげるのは本当。新製品だから使ってみて。」
カリンは小瓶をポケットにしまう。すると、再びナツメが小声で話し掛けて来た。
「カリン、応援してる。心は出さなきゃ伝わらない。」
直接言った事はなかったが、カリンの気持ちはリリスやナツメには筒抜けだった。そして、カリンも薄々その事に気づいていた。
「ありがとう。ナツメ。香水、貰っておくね。」
カリンが小瓶をポケットにしまうと、ナツメは何事もなかったかのように鍋をかき混ぜる作業へと戻る。カリンとナツメの会話が終わったので、クオンが声を掛ける。
「話終わった?次はカノンのとこに行こうか。」
「うん。」
今度は、カリンから手を繋いだ。さりげなく。クオンは驚いたものの、何とか表情は平静を保つ。カリンは何とも思っていない風を装っているが、頬には朱が混じっていた。
「どうしたの?ほら。次行こうよ。」
「そ、そうだね。行こうか。」
クオンとカリンが歩き出す。店から離れ、雑踏の中へと消える二人を見ながら、ナツメは微笑んでいた。そして鍋をかき混ぜながら、ぼそっと、楽しそうに呟いた。
「ご馳走様。」
*********
クオンとカリンが次に訪れたのは、カノンの両親が経営する宿屋兼食事処『安らぎの木』だ。一階が食事処で、二階が宿になっている。祭りの今日は外に屋台とテーブルが並べられていた。屋台ではカノンの父、オラトが料理を鉄板で豪快に焼いていた。ソースの香ばしい匂いが周囲の人々の鼻腔をくすぐる。
「美味しそうな匂いがするねー。」
すると、カリンのお腹がくぅーと鳴った。カリンは繋いでいない方の手でお腹を押さえる。その動きがおかしくてクオンは笑う。
「もう~。笑わないで~。」
「ごめんごめん。ほら、何か食べよう。」
カリンがポカポカと叩くが全く痛くはない。クオンはカリンを宥めつつ、屋台へと向かう。オラトは二人に気付くと、手を止めた。
「おう。クオン君とカリンちゃん。いらっしゃい。何か食べて行くかい?」
「この、お好み焼きって何ですか?」
「世界の果てに存在したという伝説の島国の料理さ。文献を参考にして王都の料理人が復刻させたのさ。」
「へえ~。オススメはありますか?」
「モチチーズだね。」
「じゃあ、それを一つ。クオンはどうする?」
「僕も同じので。」
「お好み焼きのモチチーズ二つだね。毎度あり。」
オラトは手際よくお好み焼きを作って行く。具材と流し込んだ生地が、鉄板の上でお好み焼きになっていく様をカリンは興味深そうに見ていた。
「ほい。一丁あがりっと。冷めないうちに食べてな。」
オラトに代金を払い、紙で包まれたお好み焼きを受け取る。ちょうど空いているテーブルが一つあったのでそこに座った。
「それじゃあ、いただきまーす。」
カリンは早速、ぱくっと一口。モチが思いの外びよーんと伸びてカリンは慌てていたものの、味は気に入ったようだ。
「モチとチーズって合うんだね。美味しい~。」
もぐもぐと食べるカリン。カリンは美味しい料理を口にすると、幸せそうな表情をする。夢中になって食べる姿にクオンの口が綻んだ。
クオンは周囲を見渡してみると、薄桃色の可愛らしい割烹着を身につけてテーブルの間を忙しなく動き回るカノンがいた。しばらくすると、一段落着いたのかクオンとカリンのいるテーブルに近付いて来た。
「二人ともいらっしゃーい。」
「こんばんは。カノン。忙しそうだね。」
「大変だけど、パパがお駄賃奮発してくれるからね。苦にはならないよ。クオンとカリンは何してんの?」
「ねねっ。今年は観に行く暇なかったからさ。演劇どうだったか教えてよ。」
「えっと・・・。」
カリンは演劇の内容を掻い摘まんで説明する。レオンとアーリンのキスの件になると、説明しているカリンだけでなくカノンも頬を赤くした。
「うわあ~やっちゃったんだ。アーリンさんのパパってレオン君との交際反対してたんだよね。今頃修羅場なんじゃないかな~。絶対に演劇観てたと思うし。」
レオンとアーリンはアティスでは有名なカップルだ。しばらくは演劇の話題で持ちきりだろう。
「カノンちゃーん。ビールひとつー。」
「はーい。じゃ、またね二人とも。楽しんでってね。」
客に呼ばれ、カノンは手を振って仕事へと戻っていったのだった。クオンとカリンはお好み焼きを平らげると、再び出店を見て廻る。
「ねえクオン。あれ何?」
歩いている途中でカリンが指差したのは、綿菓子を売っている出店だった。店員が木の棒をくるくると動かして専用の魔法機械で砂糖の糸を巻き付けている。
「あれは綿菓子だね。」
「綿菓子って言うんだ。食べてみたい。」
カリンは初めて見る綿菓子に興味津々だ。クオンとカリンは出店の前の列に並ぶ。列には親子連れが多いようだ。
「おじさん。綿菓子を二つ下さい。」
「へい毎度。」
クオンの注文を受けて、店員はザラメを機械中央の釜にざらざらと入れ、綿菓子を作り始める。細い糸が出て来て、店員は木の棒で絡め取る。徐々に木の棒に付いた綿が大きくなる。
「何だか不思議なお菓子。砂糖が綿みたいになっちゃうなんて。」
カリンはキラキラとした目で、砂糖の糸が甘い綿菓子を形作る様子を見ていた。
「はい。綿菓子二つね。」
代金を払い、綿菓子を受け取る。カリンは食べる前に、綿菓子を指で摘まんだりして感触を確かめていた。
「ふわふわだ~。」
カリンは嬉しそうに、はむっと白い綿菓子に食い付く。砂糖の綿は舌の上で溶け、カリンの口の中に甘さが広がった。
「甘くて美味しい~。」
舐める間に綿の部分が無くなり、カリンは残った木の棒をペロペロと舐める。真っ赤なカリンの舌がチロチロと動き、クオンには何だか妖艶に感じる。クオンがじっと見ている事に気付くと、カリンは慌てて舐めるのを止めた。
「あはは・・・ちょっと意地汚かったかな。」
「いや、大丈夫だよそれくらい。」
意識したら恥ずかしくなったらしい。カリンは近くのゴミ入れにポイっと木の棒を捨ててしまった。クオンはちょっと残念に思いつつ、綿菓子の残りを食べる。
ふと、カリンの視線を感じた。カリンはクオンの食べている綿菓子をじっと見ている。
(まだ食べたいのかな?)
嬉しそうに食べていたので、綿菓子を相当に気に入ったのだとクオンは思った。綿菓子をカリンの方へ差し出す。クオンのその動きに、カリンは驚いたようだった。
「え?」
「じっと見てたから、食べたいのかと思って。違った?」
「違わないけど・・・食べていいの?」
カリンはクオンから綿菓子を受け取る。カリンは綿菓子に口を付ける。クオンが先程まで食べていた場所に。
(これって・・・。)
間接キスという言葉がクオンの脳裏を過る。その瞬間、顔が熱くなるのを感じた。胸の鼓動も早くなるのが分かる。
(落ち着け。ただの偶然だ。)
カリンを見ると、嬉しそうに味わって食べている。あっという間に綿菓子はカリンの口の中に消えていった。
「ふう。ご馳走さまでした。」
「随分気に入ったみたいだね。綿菓子。」
「うん。本当はもっと食べたいけど、これ以上は太ると嫌だからここまでにしとく。」
次にクオンとカリンが足を止めたのは的当て屋だった。棚に置かれた景品を小さな弓矢で射って落とす事ができればその景品を手に入れる事ができる。100リンで三射の挑戦だ。
「あの黒猫ちゃんが欲しいな。クロちゃんに似てる。」
景品としては、色んな動物のぬいぐるみが置かれている。その中に、クロにそっくりな黒猫のぬいぐるみがあった。カリンの狙いはその黒猫だ。
「む~。なかなか当たらない・・・。」
三回射ったがかすりもしない。矢を飛ばす事は出来るものの、カリンが狙った場所には当たらなかった。
「今度は僕がやってみようか。」
ここはカリンに良い所を見せる機会だと思った。弓術に関してはナツメに習った事があるので、人並み以上には自信がある。
「頑張ってね。クオン。」
一射目。わずかに左に逸れる。二射目。黒猫の耳に当たって少し位置がずれたものの、棚からは落ちない。そして最後の三射目。矢を引き絞る。カリンはドキドキしながら見守っていた。
(ここだ!)
狙いが定まると、クオンは矢を放つ。矢は真っ直ぐに飛んで行く。矢は黒猫のぬいぐるみに当たり、棚から落ちる。
「おめでとう!はい、これが景品だよ。」
店員は黒猫のぬいぐるみを紙袋に入れるとクオンに渡す。そしてクオンからカリンに手渡した。カリンは黒猫のぬいぐるみが入った紙袋をぎゅっと抱き締める。
「ありがとうクオン。大事にするねっ。」
余程嬉しかったのか、カリンは満面の笑みだ。頬を朱に染めて笑うカリンはとても可愛いかった。
*********
一通り出店を周った後、クオンとカリンは中央広場まで戻って来た。演劇が終わっても、人の多さは相変わらずである。
「お~。クオンにカリンじゃないか~。」
「ふふ。仲良くデートかしらね?」
聞き慣れた声がした。エルスィアとレティシアだった。エルスィアは以前イグニス火山で見た時は小さな少女の姿だったが、大人の女性の姿になっている。エルスィアの向かいにはレティシアが座っていた。どうやら二人で酒を飲んでいたようだ。エルスィアは見るからに酔っていて、レティシアは素面のように見えるが頬が染まっている。この状態の二人はやばいとクオンは経験で知っていた。
「今の二人には近付かない方がいい。絶対に絡まれるから。」
クオンが小声で言うと、カリンはコクンと頷く。カリンから見ても、今の二人に関わりたくはない。特にレティシアは獲物を狙う猛禽類のような目をしている。極力目を合わせないようにして、通りすぎようとした。
「ねえ二人とも。どこ行くの?」
「カリン!走って!」
「うん!」
レティシアが声を掛けた瞬間、クオンとカリンはだーっと走り出す。あっという間に人混みに紛れて見失った。レティシアは不貞腐れる。
「あ~。義弟と義妹候補が逃げた~。ぶ~。」
「ククク。せっかくの二人きりを義姉に邪魔されたくないんじゃろ。」
「あーあ。せっかくのお祭りなのに、愛しのアルノーはいないし可愛いクオンも相手してくれないしつまんないー。飲んでやるー。」
「今夜はやけ酒だな。付き合ってやるぞ。」
一方のクオンとカリンはバートの祖父母の家に戻っていた。二階の部屋に行くと、バートとリリスがいた。
「どうした?カリンさんなんか息切れてないか?」
「ちょっと酒盛り中のレティ姉とエルスィアさんに遭遇しちゃってね。走って逃げたんだよ。」
「あー、なるほどね。どっちも酒が入ると面倒臭いもんなー。」
バートは酒の入ったレティシアやエルスィアに絡まれた過去を思い出す。クオンの気持ちは良く分かった。バートも同じ状況だったら一目散に逃げる。触らぬ神に祟りなしなのであった。
「ところで、リッカとカーラは?出店?」
クオンが尋ねる。部屋の中にはリッカとカーラの姿はなく、バートとリリスが残っていた。
「多分そうじゃね。その内帰って来るさ。」
「バート君はもう出店周ったの?」
「ああ、もう周ったよ。」
クオンにはバートにあまり元気がないように見えた。いつもお祭りの時は元気なだけに、体の調子でも悪いのかとクオンは心配する。
「バート。元気ないけどどうかしたの?」
「あー、大丈夫よクオン。バートは恋の病だから。」
「ちょっ!?リリス!?」
「仕方ないもんねー。バートの想い人は王都にいるから。お祭り一緒に楽しめないもんね。」
「ああ、なるほど。だから元気がなかったんだね。」
クオンは納得する。以前にバートから相談された事があったので、その辺の事情は知っている。対照的に、初耳のカリンは驚いていた。
「ええっ!?そうなの!?」
「違う!シェリーとは友達だよ!」
バートは必死に否定するが、想いを寄せているのは誰から見ても明らかだった。その証拠に、バートの顔は真っ赤だ。
「シェリーって誰?」
「カリンは会った事なかったね。ドロシーの家のメイドさんだよ。だから王都に住んでるんだ。」
カリンはシェリーと面識がなかったので誰だか分からなかったが、クオンが説明してくれた。クオンとリッカはずっと以前から面識があったものの、バートとシェリーは夏の初め頃に出会った。今は文通する仲だとか。
そんな話をしている内に、リッカとカーラが帰って来る。リッカの両手は出店の食べ物で一杯だった。
「ただいまー。皆で食べよー。」
「リッカ。いつも思うけど買いすぎだよ。」
「いーじゃん。お祭りなんだしさー。」
リッカはテーブルに食べ物を並べていく。
カリンがふあーっと欠伸をする。目をしぱしぱさせて眠そうだ。リッカもお腹いっぱいになったせいか船を漕いでいる。
「そろそろ帰るよバート。カリンとリッカが眠そうだし。」
リリスとバートはまだ元気な様子だったが、カーラはバートの横ですーすーと可愛らしい寝息を立てている。
「そうだな。そろそろお開きにするか。」
「そうね。私も帰ろうかな。明日は演劇の後片付けもあるし。」
手分けして部屋の後片付けした後、バートに見送られて家路につく。眠そうなカリンとクオンの手を引いて、クオンは屋敷へと帰った。屋敷に到着すると、寝惚け眼のカリンとリッカはふらふらっと自分の部屋に向かっていく。
「さて、僕も予定の時間まで寝ようかな。」
*********
真夜中になった頃、クオンはカリンの部屋の扉をノックする。
「カリン。起きて。」
「ん・・・。」
どうしても起きなかったら計画は諦めようかと思ったが、部屋の中からは返事があった。カリンは寝惚け眼を擦り、ふあ~と欠伸をする。
「クオン?どうかしたの?」
「カリンを連れて行きたい場所があるんだ。」
「こんな時間に?」
「うん。」
まだ日は昇っておらず、窓から見える外は宵の中だ。カリンは疑問に思ったものの、クオンが連れて行きたいと言う場所に興味もあった。
「分かった。身支度するからちょっと待っててね。」
「うん。玄関で待ってる。ゆっくりでいいからね。」
一度扉を閉める。さすがに寝間着のままでは外には行けない。軽く身支度すると、玄関へと向かう。
「どこに行くの?」
「カリンも知ってるとこ。ジェダイト聖堂だよ。」
「聖堂?聖堂で何かあるの?」
「うん。内容は着いてからのお楽しみって事で。」
中央広場には真夜中にも関わらずちらほらと人がいた。魔法灯の光で酒を飲みながらトランプをしたり、雑談に興じているようだ。笑い声が聞こえてくる。さすがに夜は寒いので、寝ている人はいない。広場を突っ切って聖堂の前まで行くと、そこで思わぬ遭遇をした。
「あら?クオンとカリンちゃんじゃない。」
クオンが聞き慣れた声。ちょうど聖堂から出て来たのはアルバンとルビーだった。クオンが今一番会いたくない二人である。
「父さん、母さん・・・。何でここに?」
「司祭様とお話してたのよ。貴方達はこんな真夜中に何を・・・。」
アルバンとルビーはクオンとカリンの繋がれた手を見て、事情を察した。クオンは恥ずかしくてアルバンとルビーを直視できない。
クオンがカリンを真夜中の聖堂に連れてきたのは、ちゃんと意味がある。もちろんその意味をアルバンとルビーは知っていた。
「ふふ。その様子だと聞くまでもないか。クオンもやっぱり男の子ね。安心したわ。」
ルビーはにこにこと笑顔だ。だが、アルバンは険しい顔をしていた。何を言われるのかとクオンはドキドキする。
「クオン。カリンさんに迷惑をかけないようにな。学生として誠実な付き合いを・・・。」
「ほら貴方。邪魔しちゃダメでしょ。」
「お、おいルビー。私は間違いがないようにだな。お、おい。」
「その時はその時よ。」
「いや、さすがに聖堂の中で・・・。」
「考えすぎよ。クオン。カリンちゃん。用が済んだらすぐ帰ってくるのよ。」
ルビーはクオンとカリンに向かってウインクする。アルバンは何やら言い続けていたが、ルビーは空返事しながらアルバンを引きずるようにして去って行った。親が去り、クオンはほっとため息を吐く。
「あはは。びっくりしたね。悪い事してるみたいでドキドキしちゃった。・・・悪い事しようとしてるんじゃないよね?」
「しないよ!」
「あはは。ごめんごめん。クオンはそんな事しないもんね。」
聖堂の中へと歩を進める。聖堂内は静寂に満ちていた。仄かな魔法灯の光と天窓から射し込む月の光が古龍像と新龍像を照らしている。奥の祭壇の近くに、キッテル司祭が佇んでいた。キッテルは足音に気付いて振り向く。にっこりと微笑んだ。
「おや。こんばんは。クオン君、カリンさん。」
「こんばんは。司祭様。」
「こんばんは。夜遅くまでお疲れ様です。司祭様。」
キッテルへの挨拶が済むと、カリンはクオンの服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「ねえクオン。ここに連れて来た理由、そろそろ教えてよ。」
「そうだね。カリンをシェトマネト様に会わせようと思って連れて来たんだ。見て。あれがシェトマネト様だよ。」
祭壇には小さな白い像が置かれていた。何となく、ルビーやリッカに似ているような雰囲気をカリンは感じる。優しく包み込むような微笑みを浮かべていた。
「カリンさんは初めて見るのでしたね。この像はジェダイト聖堂の秘像、シェトマネト像です。アティスの都市神シェトマネトを象った唯一の像となります。そしてこのアティスでは、結婚式の時にシェトマネト様の頭に触れて愛を誓うのですよ。そうすると夫婦円満のご利益があるんです。」
「そうなんですね。何の神様なんですか?」
「それが、実は分からないのですよ。ですがこの像、誰かに似ていると思いませんか?」
キッテルにそう言われ、カリンはシェトマネト像の顔をじっと見る。その顔は確かに見覚えがあった。
「ルビーさんとリッカに似てる気がします。クオンにも似てるかな?」
「その通りです。正確には、ルビー様のご実家の方々に似ている人が多いとよく言われています。ご先祖様の誰かだったのかもしれませんね。」
キッテル曰く、記録が残っている時代には既に信仰されており、その由来は不明なのだという。ルビーの実家の家系に似ている人が多いので、実在した人物がモデルという説もある。
「ねえカリン。シェトマネト様に触ってみる?」
「新郎新婦じゃなくても触っていいの?」
「構いませんよ。触れてくれた方がシェトマネト様もお喜びになるでしょう。」
キッテルがそう言うので、カリンはクオンと一緒にシェトマネト像に触れる。カリンの手にひんやりとした石の冷たさが伝わってくる。すると、キッテルは微笑みながら、わざと思い出したかのようにカリンに告げた。
「ああ、そうそう。もう一つご利益があります。想いを寄せている異性と一緒にシェトマネト様に触れると、想いが叶うと言われているのですよ。」
「へ?」
カリンは目が点になる。キッテルの言葉の意味が分かるにつれ、頬が熱くなっていった。クオンがこのご利益を知らない訳がない。
(クオンが私をここに連れて来たのって・・・。ええ~!?)
面と向かって、私の事が好きなの?とは聞けるはずもない。
カリンは目で真意を問うが、返ってきたのはクオンの微笑みだった。クオンは内心恥ずかしいのを我慢して平静を装っていた。顔が赤いのは流石に隠せなかったが。ちなみに真夜中に訪れたのは、シェトマネト像を目当てに訪れたカップル達がいないからである。この時間帯なら聖堂の責任者であるキッテルしかいないので邪魔も入らない。
カリンの無言の問いに、クオンは肯定も否定もしなかった。本番は新年祭の時と決めているからだ。今は暗に気持ちを伝えてカリンにクオンの事を強く意識させるのが目的だった。もし、ここでカリンが予想以上に鈍感でクオンの意図に気付かなかった時も考えて、他の作戦も用意していたが、その必要はなかったようだ。カリンは耳まで真っ赤だった。
(聖堂での作戦は成功かな。後は屋敷だ。)
クオンは、赤くなっているカリンの手をぎゅっと握る。いきなりの温かな感触に、カリンは驚いた。
「ひゃっ!?ク、クオン?」
「そろそろ帰ろうか。カリン。」
「う、うん・・・。」
「キッテルさん。お邪魔しました。」
キッテルに挨拶をすると、クオンはカリンの手を引いて聖堂を出た。ひんやりとした夜の空気が熱を帯びた頬に触れる。熱を冷ましながら歩いていると、不意にクオンが口を開いた。
「カリン。空を見て。星が綺麗だよ。」
「ほんとだ。とっても綺麗。素敵。」
歩きながら星空を眺めるクオンとカリン。そのまま、屋敷へと帰り着いた。静かな屋敷の中を歩き、カリンの部屋の前まで来た。
「それじゃ、また明日ね。クオン。」
「あ、ちょっと待って。」
「ん?きゃっ!?」
クオンはカリンの顔の横にある壁に左手をつく。いわゆる壁ドンの態勢だ。突然の事に、カリンは戸惑った。クオンはカリンの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「ク、クオン・・・?」
クオンは戸惑うカリンには答えず、ゆっくりと顔を近付けていく。もう少しで唇が触れそうになる距離になると、カリンはぎゅっと目を瞑った。そんな可愛い反応にクオンは微笑むと、カリンの左耳に口を寄せて囁く。
「新年祭は覚悟しててね。カリン。」
「ひゃっ!?」
突然耳元で囁かれ、カリンは変な声が出てしまう。
「おやすみ。カリン。」
クオンは笑顔でそう言うと、自分の部屋の中へと入っていった。カリンはその場にへなへなと座り込む。せっかく夜風で冷ました
熱がぶり返してしまっていた。胸に手を当てると、かつてない早さで心臓が拍動している。
「し、心臓が・・・壊れちゃうよ・・・。クオンのバカ・・・。」
今夜はとても眠れそうにないカリンなのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




