第五十話『シェトマネト収穫祭 前編』
お待たせしました。続きとなります。
シェトマネト収穫祭当日の朝。普段の朝ならば人気のない広場なのだが、この日ばかりは違っていた。広場に設営された舞台の前には、アティス校の部員達が勢揃いしていた。朝の散歩で広場を訪れた街の住人達は、毎年恒例となった光景を微笑ましく見守っている。
すると、部員達の中から一人の少女が前へと進み出る。ふわふわ栗毛の可愛らしい少女だ。彼女の名前はニコラ=オルグレン。演劇部の部長である。ニコラはその碧い相眸で部員達を見据える。一回深く息を吸うと、ニコラは部員達に向かって口を開いた。
「さあ皆!いよいよ今日は本番よ!最高の公演にしましょう!」
「「おー!」」
演劇部の部長だけあって、ニコラのよく通る声が部員達の耳に響く。ニコラの力強い声に、部員達は応えた。ニコラは満足げな表情だ。
「それじゃあ報告をお願い。まずは健康班から。」
「はい。今朝の時点で、部員全員の健康状態に問題ありません。」
「よし。体調を崩した人はいないようね。でも油断は禁物よ。去年は本番前に腹を下した先輩がいたからね。はい次。衣装班。」
「はいはーい。役者全員分の衣装、予備も含め問題ないです。ですが、着ぐるみは一昨年の使い回しであることを鑑みて、慎重に運用をお願いしたいです。」
「悪龍の着ぐるみね。念の為に、解れや破れがないかもう一度確認しておいて頂戴。本番で中身が出たら大変よ。はい次。照明班。」
「はい。照明器具の配置及び動作確認は完了しています。消化設備も設置済です。」
「炎晶石の取り扱いには注意してね。火傷しないように。はい次。大道具班。」
「うっす。舞台セットの準備完了っす。昇降装置の動作確認も完了っす。」
「昇降装置には気を付けてね。役者を挟まないように。」
部員達からの報告が終わると、ニコラはほっと胸を撫で下ろす。特に問題もなく最終リハーサルを出来そうだ。ニコラはこれからの予定を告げる。
「十分休憩したら最終リハーサルをするわ。まずは場面毎に。次は通しでするからそのつもりで。はい。じゃあ、休憩。」
ニコラが言い終えると、部員達は各所に散る。その中で一人だけ、ニコラに歩み寄る部員がいた。リリスである。
「ニコラ部長。気合い入ってますね。」
「当たり前よ。今年の公演は一味違うんだからね。」
「まー私も楽しみです。でも良いんですか?修羅場になりませんか?」
「本人達の了承は得てるんだからいーのよ。後は家族の問題でしょ。」
ニコラとリリスが向けた視線の先には、仲良さそうに台本を読む男女の姿があった。レオンとアーリン。演劇部が創作したオリジナル演劇『想いは彼方』の主演を務める二人である。レオンとアーリンは恋人同士であり、ニコラはその事を利用して過激な演出を入れていた。他にもアスター剣術道場から本格的な殺陣を習ったり、台詞の言い回しを研究したりしている。
「それはそうとしてさ。例の二人。進展してるの?」
「うーん。まあ、少しずつ進展はしてるっぽいです。でもまだ仲の良い友達って感じですね。」
「うー。まどろっこしいわねー。早くくっついて私の創作意欲を刺激するような恋バナ提供して欲しいわ。」
「レオンとアーリンが早すぎただけですよ。あまり急かさない方が良いです。」
ニコラにとって、恋バナは大好物であると同時に創作の種である。もちろん噂の二人の事も注視していた。レオンとアーリンの燃え上がるような恋とは違って進展が遅いので、ニコラは焦れったく思っていたのだった。
ニコラとリリスが話をしている内に、あっという間に十分が過ぎようとしていた。ニコラは懐中時計で時刻を確認すると、話を切り上げる。
「さあさあ休憩は終わりよリリス。持ち場に着いて。」
「はーい。」
アティス校演劇部は夜の本番に向けて、最終リハーサルに励むのであった。
*********
夕方。どこからともなく、太鼓や笛の音が混じったお祭りめいた音楽が聞こえて来た。メイド達に見送られ、三人揃って屋敷から出た。リッカの後に続いて、クオンとカリンが横に並んで歩く。
「ねえクオン。とっておきの場所ってまだ秘密なの?」
「うん。着いてからのお楽しみ。まずは中央広場に行くよ。」
中央広場に到着する。広場は既に人で溢れていた。出店もたくさん出ている。王都の賑やかさにも負けていない。いつもの広場の様子を知っているだけに、カリンは人の多さに目を丸くした。
「すごいね。人がいっぱいだよ。」
「カリン。はぐれないようにね。目的地はもうすぐだよ。」
クオンは広場のある一角を目指していた。人混みの密度が低い場所を進んで行く。舞台の近くでは、人に囲まれているアルバンとルビーの姿があった。どうやら談笑しているようだ。
「アルバンさんとルビーさんには会わなくていいの?」
「うん。周りのおじちゃんおばちゃんに捕まっちゃうよ。」
「リッカの言う通りだね。今日は長話されちゃうと困る。」
「着いたよカリン。ここだよ。」
「ここが・・・?」
クオンとカリンに連れて来られたのは、二階建ての大きな木造の家の前だ。二階部分に広そうなベランダがあり、カリンは何となく察しが付いた。カリンが家を見上げていると、クオンが玄関の呼び鈴を鳴らす。扉を開けて出てきたのは、カリンにとって意外な人物だった。
「やあ。待ってたぜ。」
「えっ。バート君?」
出迎えてくれたのはバートだった。バートの家は商店街にあるはずだ。カリンが頭の上に疑問符を浮かべていると、クオンが説明してくれる。
「ここはバートの祖父母の家なんだ。」
「そうそう。俺の母さんの実家。」
「なるほど。そうだったんだね。」
「ささっ。とりあえず皆入って入って。」
バートに案内されて二階に上がると、ベランダのある部屋に通された。部屋は広く、大きなソファが二つ置かれ、高価そうな絨毯が敷かれている。
「ようこそ。我が家の観覧席へー。」
バートが仰々しくそう言うと、ベランダに通じる扉を開ける。ベランダにはテーブルや椅子が置かれて寛げるようになっていた。カリンはベランダに出て、柵越しに舞台の方を見る。
「すごいね。舞台がよく見えるよ。」
とっておきと言うだけあって、演劇を見るには良い場所だとカリンは思った。
「そういえばバート君。カーラちゃんはどうしたの?」
「下で軽い食べ物作ってるよ。もうすぐ来るんじゃないかな。」
この場にいないカーラは一階で軽食を作っている。観劇中に小腹が空いた時の為だ。
「さて、アルバンさんの挨拶まで時間があるぜ。それまでここでのんびりしよう。」
アルバンの挨拶が終わるとアティス音楽団によって何曲か音楽が演奏される。公演はその後だ。出店は公演が終わってからゆっくり見て回る予定である。
バートとリッカはソファで寛ぎ、クオンとカリンはベランダから広場の様子を眺めながら、時間が来るのを待つのであった。
*********
いつの間にか太陽が沈み、空は薄暗くなる。対照的に舞台には魔法灯による照明が灯されていた。
「お待たせ。軽食持って来たよ~。」
「カーラちゃん。こんばんは。」
「カリンさんこんばんわ~。ゆっくりしていってね。」
カーラは持って来た料理をテーブルに並べる。演劇を見ながら軽く摘まめるサンドイッチが中心である。演劇を観終わったら出店を周る予定なので、お腹があまり膨らまないように配慮された量だ。並べ終わったところで、舞台の方から司会の声が聞こえた。
「それではアルバン様。挨拶をお願い致します。」
司会がそう言うと、最前列に設けられた貴賓席からアルバンが舞台の方へと進み出る。
「あっ。始まるみたいだよ。父様が出て来た。」
アルバンが舞台の壇上へと上がる。アルバンは王国旗と州旗に一礼すると、中央へと進み出た。壇上にはスタンドに備え付けられた声量増幅機が置かれている。アルバンは再び一礼すると、マイクを手に取った。
「親愛なるアルセイド州民の皆様、そしてはるばる遠方よりお越し頂いた皆様。本日はお集まり頂きありがとうございます。これよりシェトマネト収穫祭特別公演を開催致します。本公演はアルセイド州政府主催およびアティス商会組合、冒険者ギルドアティス支部の協賛です。では、アティス校演劇部による公演をお楽しみ下さい。」
アルバンはマイクを戻すと、一礼する。舞台の端まで戻ると再び旗に一礼してから舞台を降りた。貴賓席にアルバンが座る。
「アルバン様ありがとうございました。準備が整うまで、アティス楽団による演奏をお楽しみ下さい。」
アティス楽団による演奏が始まる。和やかで落ち着くメロディーだ。観客達は事前に配布されたパンフレットを読んだり音楽に聞き入ったり思い思いに過ごしている。
クオン達はあらかじめリリスから貰っていたパンフレットに目を通す。簡単な説明と挿絵が載っていた。
冒険家ジョン=ハーヴィはライン大陸全土で有名な冒険家である。彼は晩年、冒険記録を元にした自伝を多数出版し、ライン大陸中で人気になったからだ。初版から六百年以上経った今でも読み継がれている。
クオンとリッカが龍角人を探していたのは、元はと言えばハーヴィの自伝にあった龍角人の記述が切っ掛けだった。同様に、カリンがアントラ王国の外の世界に興味を持ったのはハーヴィの本を読んだからだ。クオン、カリン、リッカが出会ったのも、ある意味ジョン=ハーヴィのおかげともいえる。
今回上演される『冒険家ハーヴィと悪龍』は特に有名な話の一つだ。聖ルークス王国を脅かしていた悪龍を、偶然その地を訪れたハーヴィが知恵と機転で退治するという内容である。ハーヴィが悪龍を退治する場面は、絵画においてもよく描かれる題材だ。
「それでは、『冒険家ハーヴィと悪龍』を上演致します。」
舞台の幕がゆっくりと上がり、演劇が始まった。
********
冒険家ジョン=ハーヴィは聖ルークス王国の都セイクリッドを訪れました。龍神教の総本山たるグランドマグヌス大神殿を参拝する為です。しかし、都に着いたジョンは違和感を覚えます。
『変だな。都に活気がない。まるで死んでいるようだ。』
世界中から繁栄を集めたと謳われる都は不気味に静まり返っていたのです。人の姿もまばらにしか見えません。そして、多くの建物が崩落したり焼け焦げていました。
『何だこれは。戦争でもあったのか。』
荒れ果てた都の様子に困惑していると、ジョンに話し掛けて来たお爺さんがいました。
『兄ちゃん、旅の人かい?悪い事は言わん。参拝で来たんならとっとと済まして都から出ていった方がいい。』
お爺さんはとても疲れ切っている様子でした。顔や服が煤で汚れています。
『一体どうしたんだ?都で何が起きている?』
『二月ほど前から、巨大な龍が都を襲ってくるようになったんだ。もう数えきれないくらいの人間が炭になっちまった。』
『馬鹿な。聖ルークスの都は精強なる聖騎士団に守られていると聞いている。彼らでも倒せなかったのか。』
『ああ。そうよ。聖騎士様は奮闘したが、ダメだった。満身創痍で戦える状態じゃない。もう都はおしまいさ。』
お爺さんは嘆きながら去って行きました。その後、ジョンは都の中央にそびえるグランドマグヌス大聖堂を訪れます。せっかくの美しい大聖堂も、ところどころ崩れてしまっていました。
『これは、なんと嘆かわしい。』
天井から太陽の光が射し込んでいました。光のカーテンが女神像を包んでいます。そして、女神像の前で祈りを捧げる少女がいました。身に付けている服装から高位の聖職者である事が分かります。少女はジョンの足音に気付き、振り返ります。
瞳は空色の宝石。髪は黄金の絹糸。ジョンが今まで見た中でも、一番美しい少女でした。少女はジョンを見るとにっこりと微笑みます。
『初めまして。旅の御方。私はリブラ。このグランドマグヌス大神殿で巫女姫を務めております。』
『俺はジョン=ハーヴィ。西のリンドヴルム王国から来た。しがない冒険家だ。』
『冒険家・・・。』
『世界一の都と聞いて来たが、どうやら間が悪かったようだな。』
『そう、ですね。残念です。』
リブラの表情が曇ります。リブラは悪龍の事で心を痛めていました。詳しい事情を聞く為に、ジョンは尋ねます。
『一体、何があったんだ?』
『霊峰アルブティタン・・・その霊峰に巨大な悪龍が住み着いたのです。ラスターと名乗り、都を襲うようになりました。聖騎士団が奮戦したのですが傷一つつける事も出来ず・・・結果は見ての通りです。』
リブラは力無く笑います。まるで全てを諦観しているかのような笑みです。
『危険ではありますが、消滅で悪龍を打ち倒します。次に都を襲った時が奴の最後です。なので、この都の事は心配なさらず旅をお続け下さい。』
リブラはそう言うと、一礼して去って行きました。ジョンは女神像に祈りを捧げた後、大聖堂から出ます。
『何とかできないものか・・・。』
リブラを何とか助けたい。ですがジョンは悩みます。冒険で荒事には慣れているとは言え、さすがに手持ちの剣と魔法だけでは龍は倒せません。
『まずは悪龍を知る事から始めるか。』
ジョンは都を出ると、東にある霊峰アルブティタンへと向かいます。霊峰アルブティタンの上部は雪化粧で覆われていました。
『なるほど。白い巨人とはよく言ったものだ。』
その偉容たるや、まるで白い巨人の如し。一面雪景色の中を登り続け、ついにジョンは悪龍の巣がある洞窟の前に辿り着きます。洞窟の中には悪龍の手下らしき荒くれ者達がうろついていました。ジョンは見つからないように洞窟の奥へと進んで行きます。すると、一際広い場所に出ました。金銀財宝が堆く積み上がっています。その山々に囲まれるようにして、全身黄金の龍が鎮座していました。
『全身黄金で名前が悪徳とは。』
ジョンはそう呟くと、ラスターの様子を伺います。すると、荒くれ者達が次々に樽を持ってきました。ラスターは樽を掴むと、文字通り浴びるように中身を飲み始めました。どうやらお酒のようです。ジョンの隠れている場所でも、アルコールの匂いが分かりました。
『聖騎士団さえ手も足も出ないとは!さすがラスター様!』
『ハハハ!偉大な我を殺す事などできぬからなあ!』
ラスター達の大声が聞こえます。もっと情報を得るため、ジョンは荒くれ者に変装します。酒盛りをしている中に参加し、会話に耳をそばだてます。ですが、中々良い情報は得られません。酒が進む内に、ラスターはへべれけになって、ふらふらし始めます。すると、ラスターの尻尾が当たり、金銀財宝の山が崩れました。
『んー?そろそろ寝るかぁ。お前等、我は部屋に戻るぞ。』
『へーい。』
その時、ジョンはラスターの尻尾に傷がついている事に気付きます。
『何で傷がついている?先程まではなかったはず。もしや・・・。』
ジョンは崩れた山をかき分けます。すると、一振りの剣が見つかりました。刀身は蒼がかった銀色。神秘的な色合いをしていました。仮説を確かめる為に、ジョンはラスターの金鱗を拾います。まずは自分の剣で試しに斬ってみました。金鱗には全く傷はつきません。次に、見つけた蒼銀の剣で斬ってみると、金鱗はすぱっと見事に真っ二つになりました。
『何という切れ味だ。これで首を落とせばいけるかもしれん。』
ジョンは思わぬところで突破口を見つけました。ラスターの寝首をかこうと寝室へ忍び込もうとします。しかし、寝室の扉は巨大な鉄扉で、人間の力ではびくともしません。近くを通りかかった荒くれ者に聞いてみます。
『ラスター様に用事があるのだが、中へ入れないか?』
『ラスター様なら、次に都を襲う日まで起きないぞ。その日まで誰も中には入れん。』
『いつだ?』
『おいおい忘れたのか?三日後の夜だよ。』
この場で出来る事はもうありません。ジョンは荒くれ者達に気づかれぬよう急いで山を降り、都へと戻りました。再び大聖堂を訪れると、リブラと神官と思しき男達が話をしていました。リブラはジョンの姿に驚きます。
『巫女姫様。私めに策がございます。悪龍退治を任せてくださいませんか。』
『えっ・・・。』
ジョンの言葉に、リブラは驚きます。聞いていた神官達もどよめきました。
『戯れ言を!どこぞの馬の骨とも分からぬ輩に、悪龍を退治する事ができるものか!』
『そうだそうだ!身の程を弁えよ!』
『悪龍の怒りを買ったらどうするのだ!』
神官達は口々にそう言います。大聖堂の聖騎士が束になってかかっても倒せなかった相手です。一介の冒険家に倒せるとは誰も思いませんでした。
『消滅の魔法は数学龍オイラーの御業。いくら姫巫女とは言え、人間の体では反動に耐える事は不可能だ。・・・死ぬぞ。それでもいいのか。リブラ。』
ジョンはリブラの瞳を真っ直ぐ見つめ、そう問い掛けました。しばらくの間、リブラは口を真一文字に結んだまま、じっとジョンを見つめ返します。
『・・・よくないです。私は、生きていたいです。』
リブラはやっと固く結んだ唇を解くと、そう言います。リブラの声は震えていました。神官達は狼狽えます。
『やっと本音を言ってくれたな。大丈夫だ。俺が必ず助ける。』
『お願いします。貴方の力をお貸し下さい。』
ラスターが再び都を襲う日。ジョンは指示を出して準備を整えさせます。宴の用意をし、豪勢な料理ととびきり強い酒をありったけ用意します。ラスターを油断させ、前後不覚になるぐらいに酔わせる為です。
そして夜。銀色の月の光を浴びながら、ラスターは都にやって来ました。天井に穿たれた大きな穴から、大聖堂の中に舞い降ります。ラスターを出迎えたのは、リブラと神官達です。
『我々はラスター様の軍門に降ります。大聖堂の宝物を差し上げますので、今までの無礼をご容赦下さい。』
『ふはは!やっと我の偉大さに気付いたか!いいだろう。命だけは助けてやろう。』
『新たな主となるらしいラスター様の為に、最高の料理と酒をご用意しました。どうかお楽しみ下さい。』
強い酒を飲み続けた結果、ラスターは泥酔し、その場で眠ってしまいました。柱の影に隠れていたジョンは好機と見て飛び出します。
『その首、貰い受ける!』
ジョンは力の限り剣を振り、ラスターの首を切りつけます。ラスターは激痛で一気に目が覚め、耳をつんざく叫び声を上げました。
『ギャアアアアアアアアア!?』
ジョンは飛び散る金色の血飛沫にも構わず、ラスターの首を切断しました。切断面から金色の血が噴水のように吹き出します。金色の血は空気中にキラキラと漂った後、溶けるようにして消えていきました。ラスターの頭は地面に落ちます。ラスターは目をくわっと見開くと、まるで地獄の底から響くような怨嗟の声を出しました。
『おのれえええええ!この人間風情が!いつか必ず、我の仲間が貴様の血を断つであろう!』
ジョンは無言のまま、剣をラスターの眉間に突き刺しました。ラスターの頭は白目を剥くと、さらさらと金の砂となって崩れていきます。胴体も続けて金の砂となり崩れました。そしてラスターだった金の砂は光となって消えてしまいました。
『終わったか。』
こうして聖ルークス王国とその都セイクリッドは救われたのです。ラスターが退治された事を知り、都の人々は歓喜しました。
『全ては貴方のお陰です。ありがとうございました。お礼として貴方の望む物を差し上げましょう。』
『そうだな。では・・・。』
ジョンはお礼として、空色の宝石が象嵌された黄金の天秤を貰い受けました。都の人々に笑顔に見送られ、ジョン達はライン大陸東部に向かって出発したのでした。
聖ルークス王国の物話はこれにておしまいです。残りの物語はまたの機会にお話ししましょう。
*********
演劇が終わり、出演した演劇部員達が一列に並んで礼をする。観客達は拍手喝采だ。クオン達もパチパチと拍手をする。
「どうだった?カリン。」
「うん。知ってる話だったけど、本で読むのとはまた違ってて面白かった。特に悪龍のさ、着ぐるみってやけに本物っぽくて迫力あったよ。」
「実はエルスィアさんの鱗使ってるんだよねアレ。」
「へえ。そうなんだ。凝ってるんだね。」
エルスィアの剥がれた鱗を集めて張り付けたのだ。出来るだけ本物に見せようという演劇部の工夫であった。実際、着ぐるみが登場した時には観客の一部から悲鳴が上がるくらいには出来が良い。
「続きまして、演劇部オリジナル演劇『想いは彼方』を上演いたします。」
そして十五分の休憩の後、舞台の幕が再び上がったのだった。
*********
昔々、リンドヴルム王国のとある村にアクイラという少年とライラという少女がおりました。二人は小さい頃からの幼馴染みで、互いに好意を持っていました。村の大人達も二人は将来結婚するだろうと思っていました。
しかし、アクイラとライラが成人した頃、北の国との間で戦争が起こります。アクイラも含めた村の若い男達は出征する事になりました。
『必ず、帰って来てね。アクイラ。』
『ああ。必ず君の元へ帰って来るよ。ライラ。』
アクイラとライラはキスを交わします。こうして、アクイラは戦場へと旅立って行きました。
一日千秋の想いで、ライラはアクイラの帰りを待ち続けます。春が終わり、夏が過ぎ、秋が去り、冬が溶け、再び春が訪れました。そして、北の国との戦争が終わったという知らせが村に届きます。知らせを聞いて、ライラは喜びました。
『やっと、アクイラが帰って来る!』
そして、村の男達が帰って来ました。しかし、彼らの中にアクイラの姿が見当たりません。ライラは嫌な予感がしました。勇気を出してアクイラの行方を聞きます。
『残念だが、アクイラは・・・。』
アクイラは行軍中に敵の攻撃を受け、崖から深い谷底へと転落して死んだと聞かされました。ライラは奈落の底に突き落とされたような感覚に襲われます。心配した村人が慰めの言葉を掛けますが、ライラの耳には届きません。ライラは家に籠り、泣き続けました。そしていつの間にか、泣き疲れて眠ってしまいます。
すると、不思議な夢を見ました。星空に浮かぶ城にいるのです。当てもなく城の中をフラフラとさまよっていると、大きな広間に出ました。小さな白いテーブルに白い椅子が二脚。その他には何もありません。広間の窓から、淡い月の光が射し込んでいました。
『何がそんなの悲しいの?』
いきなり聞こえた声に、ライラはぎょっとします。声がした方を振り向きました。先程まで誰もいなかったはずの椅子。そこに銀髪の少女が座っていました。ライラは誘われるようにして、少女の向かいの席に着きます。ライラは堰が切れたように、最愛の人が死んでしまった事を話しました。
『東の彼方に、七つの橋が架かる街があるわ。そこへお行きなさい。』
少女がそう言うと、ライラは夢から覚めました。たかが夢のはずなのに、どうしても行かなければならないという衝動に駆られます。
『行ってみよう。七つの橋が架かる街に。』
村人達には告げず、ライラは黙って旅に出ました。ひたすら東へ向かって。女性の一人旅ではありましたが、特に困難もなく順調な旅でした。そして季節が一巡りした頃、ライラはついに七つの橋が架かる街―――ケーニスベルクに辿り着いたのです。
『あら?見ない顔ね。貴方も願いを叶えに来たのかしら?』
ライラが街を歩いていると、街娘に話し掛けられました。
『願いを叶える?』
『知らないでこの街に来たの?仕方ないわね。教えてあげる。この街の中央にはね、古龍オイラー様の像があるの。その像にはね、問題が刻まれていてね。正解すると、願いが一つ叶うのよ。まあ、誰も成し遂げた人はいないけどね。貴方も挑戦してみたらどうかしら?』
街娘が去った後、ライラは街の中心部へと向かいます。街娘の言った通り、古龍オイラーの像がありました。
『同じ道を一度しか通らずに、七つの橋を全て渡る方法を我に示せるか?』
ライラは紙の上で考えてみたり、実際に橋を渡ってみたりします。試行錯誤をしている内に、ライラはある法則を見出だしました。そこから導かれたのは想像だにしない答えでした。
『同じ道を一度しか通らずに、七つの橋を全て渡る方法は存在しない!だから方法を示す事はできない!』
そう。実はそんな方法などなかったのです。オイラー像に答えを叫ぶと、ライラは急に意識が遠くなり、気を失ってしまいました。ライラが気が付くと、真っ白な空間にぽつんと立っていました。そしてライラの目の前にいたのは、あの夢に出て来た少女でした。
『よくぞ我の謎に答えた。そなたの願いを一つだけ叶えよう。』
少女にそう言われ、声を震わせながら願いを言います。
『アクイラに・・・会いたい。』
『その願い、しかと聞き届けた。』
少女が厳かな声で告げると、ライラは再び意識を失います。気が付くと、自分の家のベッドで横になっていました。
『今までのは、夢?そんな・・・。』
ライラが落胆していると、玄関をコンコンと叩く音がしました。億劫な体を引きずり、扉を開けます。
『ライラ。ただいま。』
『・・・っ!?アクイラ!』
玄関の前にいたのは、紛れもなくアクイラでした。ライラは感極まってアクイラに抱き着きます。アクイラはそっとライラを抱き締めました。
『アクイラの馬鹿!生きてるなら早く帰って来てよ!』
『ごめんよライラ。大怪我していて動けなかったんだ。』
崖から転落した後、偶然通りかかった地元の猟師に助けられたのでした。
『僕と結婚して下さい。』
『・・・はい。喜んで。』
こうして、アクイラとライラは結婚式を挙げ、夫婦になりました。二人は子宝にも恵まれ、末永く幸せに暮らしましたとさ。
*********
演劇が終わり、出演した演劇部員達が一列に並んで礼をする。観客達からは拍手が巻き起こった。
「あわわ・・・。」
一方でクオン達は全員赤面していた。カリンは顔を真っ赤にして両頬を手で押さえている。
「あはは。濃厚なキスだったねー。ニコラってば大胆だよ。舌入れたのかな。」
「お、大人だ。羨ましい・・・。」
「俺もシェリーとしたいなあ・・・。」
リッカとカーラも頬を朱に染めている。バートはぶつぶつと何やら呟いていた。クオンは半ば放心状態のカリンが心配になって、話し掛ける。
「カリン。大丈夫?」
「ふぇ!?だだ、大丈夫だよ!?」
自然に互いの唇に目が行く。キスシーンを見た後では意識せずにはいられない。互いの熱が冷めるまで、暫しの時間が必要なクオンとカリンなのであった。
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