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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第二章 新しい居場所
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第四十九話『シェトマネト収穫祭の準備』

お待たせしました。続きとなります。

 この日、王立学院アティス校では秋の中間試験が行われていた。いつもは和気藹々としている生徒達も、この日ばかりはピリピリとした緊張感に包まれている。


「それでは、ライン語の中間試験を始めます。制限時間は九十分。机の上に置けるのは鉛筆と消しゴムのみです。不正行為は発見次第、如何なる理由があろうとも全科目が零点になるので絶対にしないように。」


 試験監督のコリンが試験の注意事項等を話す。特に不正行為については語気を強めている。全科目が零点になり進級が危うくなる為だ。五年に一度は不正行為に手を染める生徒も出ている。


「では、始め。」


 コリンの試験開始の合図と共に、生徒は皆一斉に試験用紙を裏返す。後はカリカリという鉛筆の音と、教卓の上に置かれた置時計のチクタクという音だけが教室を支配した。


(これなら大丈夫かな。)


 クオンは問題を解きながらそう感じていた。見直しの時間も十分に取れそうだった。残り時間を気にしながら、落ち着いて問題を解いていく。


 残り三十分程になると、ちらほらと手が止まる生徒も出てきた。全問解き終えたか、終盤の問題でつまづいているようだ。クオンは最後の問題には手こずったものの、残り二十分程で解き終えた。あとは残り時間一杯見直しをする。


 残り十分。答案用紙を裏返す者も出て来る一方で、最後まで足掻こうと必死に鉛筆を滑らせる者もいる。


 そして試験終了。ジリリリと置時計のアラームが鳴った。コリンはパンパンと手を叩く。


「はいそこまで。手を止めてください。答案用紙を回収します。」


 コリンは一列ずつ答案用紙を回収していく。用紙の回収が終わると教卓に立ち、生徒達に告げる。


「これで中間試験は全て終了です。お疲れ様でした。」


 試験は王国史、世界史、地理学、ライン語、国語、数学、物理、錬金術、博物学、政治、経済、家政、音楽、古典魔法、魔法史の全十五科目。国語と数学だけが必修科目で、後は選択科目として選ぶ事になる。


 コリンが試験場所となった教室から出て行くと、生徒達は次々に席を立ち、各々自分の教室へと戻り始める。クオンとカリンもその波に乗って教室に戻る。道すがら、クオンはカリンに話し掛ける。


「カリン。試験はどうだった?」

「ばっちり。皆で勉強した甲斐があったよ。」


 カリンは微笑みながら答える。カリンは勉強熱心だが、秋に編入したばかりなので心配していた。クオンの心配は杞憂に終わったようだ。


 教室に戻ると、試験が終わった安堵からか喧騒に満ちていた。手応えを感じてほっとしている者もいれば、バートとカノンのように精根尽き果てて机に突っ伏している者もいる。クオンはバートに話掛けた。


「バート。お疲れ様。」


 クオンの声を聞いて、バートがのっそりと顔を上げる。そこには、全力を出し切った男の顔があった。


「ああ、まじ疲れたよ。クオンは良いよなあ。いつも余裕そうだもん。」

「計画的にやってるからね。テスト前に一気にやるからそんなに疲れるんだよ。」

「言ってる事は分かるんだけどさー、ついつい後回しにしちゃうんだよ。」

「その気持ちは分かるけどね。」


 クオンもバートの言いたい事は分かる。クオンの場合、父アルバンとの約束で、あまり成績が悪いと冒険者業を止められる。なので後回しにしないようにしているのだ。リッカは後回しにしがちであるが。バートの家はそこら辺の縛りは緩い。


「まあでも、試験も終わったし、来週の収穫祭楽しみだね。リリス達は演劇部だから大変だろうけど。」

「そうだな。でも今は寝たい。おやすみ。」


 そう言うと、バートは再び机に突っ伏した。寝息も聞こえる。クオンは苦笑して自分の席に戻った。リリスの方を見ると、リリスはカリンとナツメとで雑談していた。耳を傾けると、会話が聞こえる。


 収穫祭で演劇を行う演劇部。収穫祭の前に中間試験がある為、夏季休暇中に余裕を持ってほぼ終わっている。中間試験後はリハーサルを入念に行うので演劇部は忙しくなるのだ。


「リリスも演劇に出るの?」

「出るよ。ちょい役だけどね。」


 収穫祭で上演される演目は、王都で流行している『冒険家ハーヴィの悪龍退治』と演劇部が脚本を書いた『想いは彼方』だ。リリスはどちらも町娘役で出るとの事。


「カリンもナツメも演劇部に入ればいいのに。楽しいよー。」


 リリスはカリンとナツメを演劇部に入れたがっていた。カリンもナツメも可愛いし、美しい黒髪だ。主役に十分なれる逸材だと思っている。だがその想いとは裏腹に、カリンもナツメも演劇には乗り気ではなかった。


「え、遠慮するよ。流石に人前に出るのは恥ずかしい。」

「私も、同じく無理。人前は恥ずい。」


 そう言って断る二人。リリスも苦笑しただけで無理強いはしなかった。


「残念。二人ともその黒髪が衣装に映えると思うんだけどなー。白いドレスとか着せてみたい。」

「リリス、目が怖いよ。」


 リリスの瞳にルビーと同じ色を感じて身震いする。演劇部に入ったら着せ替え人形にされる未来しか見えない。演劇部には絶対入らないと誓ったカリンなのであった。


********


 ノックス魔国の首都ノックスシティ。その都の魔国の象徴たる魔王城がそびえ立っている。魔王城の玉座の間には、一人の男が紫水晶の玉座に腰掛けていた。漆黒の髪、浅黒い肌、紫色の瞳。筋骨隆々の大男こそが、魔王アルノルト=ゾンマーフェルト。ゾンマーフェルト大陸に住まう魔族の頂点である。並みの人間ならば対峙しただけで震え上がるであろう。


 全魔族が畏れ敬うべき魔王の前にイティネリスはいた。いつものように涼しい顔のまま、床に膝を付く。


「イティネリス。魔王様に報告を。」


 玉座の脇に控える宰相パステリアがそう促す。シュメッタと同じ吸血鬼の真祖だ。口元からは牙が顔を覗かせている。魔王への報告ではあるが、基本的に受け答えをするのはパステリアである。


「では報告します。アーベルの指摘通り、オストシルト帝国の錬金術師ゲーベルは使徒のようです。しかもかなり高位の使徒である可能性が濃厚かと。」

「根拠はあるのか?イティネリスよ。」

「根拠として、活動が組織的である事が上げられます。先日討伐したエリィゴンは欲望のままに単独行動をしていましたが、ゲーベルは違います。ゲーベルを頂点としたかなりの規模の組織が確認されています。帝国内にも深く浸透しているようです。」


イティネリスの報告に、パステリアは険しい表情になる。アルノルトも何やら思案しているようだ。


「やはり、オストシルトは侵食されているか。」

「はい。また、ゲーベルの仲間が地底王国(マンテリウム)で怪しい動きをしているようです。」

地底王国(マンテリウム)か。奴等の意図は分からぬが、捨て置く訳にも行かぬな。他には何かあるか?」

「いえ。報告は以上となります。」

「そうか。ではイティネリス。三日間の休養の後、シュメッタと共に地底王国(マンテリウム)で奴らの目的を調べて欲しい。使徒を確認した場合は、いつも通り抹殺だ。オストシルトの方は此方で引き続き探っておく。」

「承知しました。」

「以上だ。では、下がって良いぞ。」

「では失礼致します。」


 イティネリスが玉座の間から退出すると、廊下の窓からは夕陽が射し込んでいた。イティネリスは足早に自分の部屋へと向かう。魔王城の一角に、イティネリスの部屋はある。魔軍幹部用の部屋だ。魔王城に住む事にした理由は、ここが魔国で一番安全だからだ。ドアをノックすると、女の子の元気な声が聞こえてきた。


「はーい。どなたですかー?」

「あなたのおかあさんですよー。」

「おかーさん!?」


 ガチャガチャと鍵を開ける音がした後、ドアが開く。小さな女の子が姿を現した。イティネリスの娘、ステラである。イティネリスをそのまま小さくしたような容貌だ。


「おかーさん!おかえりなさい!」

「ただいま。ステラちゃん。いい子にしてた?」

「うん!ターちゃんといい子で待ってたよ!」


 ステラはイティネリスに抱き着く。イティネリスはステラの白い髪を優しく撫でた。ステラは気持ち良さそうに目を細める。


「お帰りなさいませ。イティネリス様。」


 ステラを愛でていると、部屋の中にいた鬼族のメイドがイティネリスに話しかける。名前はタバサ。イティネリスが留守の間、ステラの世話を任されているメイドだ。ステラは一旦、イティネリスから離れる。


「タバサ。ステラの様子はどうだった?」

「はい。ステラ様は病気も怪我もしておりません。ずっと元気に過ごしていましたよ。」


 タバサはイティネリスに歩み寄ると、ステラに聞こえないように、こっそりと耳打ちする。


「ですが、夜は寂しがっておられました。今日は一緒に寝てあげて下さい。きっと喜びます。」


 タバサの言葉に、イティネリスの胸が痛んだ。ステラに寂しい思いをさせているのは分かっている。今日は思いっきりステラを可愛がるつもりだ。


「むー。またおかーさんとターちゃん、秘密のお喋りしてる。」

「この話はステラ様が大人になるまで秘密ですから。では、親子の時間に水を差してはいけませんので。これにて失礼致します。」

「ええ。ありがとう。」

「またね~ターちゃん。」


 ステラが手をひらひらさせる。タバサは一礼すると、部屋から退出した。


「ステラちゃん。今日は一緒にお風呂入ろうか。背中を流してあげるわ。」

「ほんと!?わーい!」

「着替えを持ってきましょうか。」


 幹部用の部屋には豪華な浴室がある。親子二人で入るには十分な広さだ。脱衣所で服を脱ぎ、浴室へと足を踏み入れた。


「まずは体を洗いましょうね。」

「はーい。」


 イティネリスはステラの小さな体を、石鹸で泡立てたボディタオルで優しくこする。ステラは全身泡だらけになる。体をこすり終えると、泡はそのままで、今度は髪をシャンプーで洗う。


「かゆいところはない?」

「うん。だいじょぶー。」

「目をぎゅっと瞑って。泡を洗い流すわ。」


 ざばーっと後ろから頭にお湯をかけ、ステラの全身の泡を洗い流す。ステラの白い肌が、お湯を弾く。ステラはぶるぶると顔を振ってお湯を飛ばすと、イティネリスの方を振り返る。


「私がおかーさんを洗ってあげる!」

「ふふ。じゃあ、背中をお願いできるかしら。」

「うん!」


 ステラはボディタオルを石鹸で目一杯泡立てる。小さな体を一生懸命に動かして、イティネリスの背中をごしごしと洗う。背中に小さな力を感じながら、イティネリスは前と頭を洗う。


「おかーさん。ざばーするよー。ざばー。」


 イティネリスが身を屈めると、ステラが風呂桶でお湯を掛ける。同じ動きを何回か繰り返し、イティネリスの泡を洗い流した。


「ありがとう。ステラ。さあ、湯船に入りましょうか。」


 イティネリスとステラは一緒に湯船に入った。湯船は十分な広さなので、ゆったりと浸かる事ができる。湯船にはデフォルメされた(ドラゴン)の玩具が浮かんでいた。ステラは(ドラゴン)の玩具で遊んだり、歌を歌ったり、お湯を掛け合ったりして楽しんだ。しばらくして体が十分温まったところで、イティネリスはステラに言う。


「肩まで浸かって、十まで数えましょう。」

「はーい。じゅうー、きゅうー、はーち・・・」


 イティネリスに言われ、ステラは肩まで湯に浸かって、数を数え始める。


「さーん、にーい、いーち、ぜろー。」

「はい。良くできました。さあ、ステラ。上がりましょうか。」

「はーい。」


 脱衣室に移動すると、イティネリスとステラはバスタオルで自分の体を拭く。寝間着に着替えて部屋に戻ると、イティネリスは鏡台の前に座って、手でおいでおいでをする。


「おいでステラ。髪を乾かしてあげる。」


 ステラはイティネリスの膝の上にぴょんと座る。イティネリスはドライヤーの魔道具を手に取ると、スイッチを入れて温風を出す。ステラが風邪を引かないように、念入りに乾かす。


「ちょっと待っててね。」

「おかーさんが作るの!?」


 ステラはとても驚いていた。イティネリスはあまり料理が得意ではない。魔王城には食堂もあるしコックもいるので、頼めば作って貰える。だがさすがに、母親として全く料理が出来ないのはまずいと思ったイティネリスは魔軍の同僚の助けを借りて、影でこっそり練習していたのだった。


「だめかしら・・・?」


 イティネリスは眉をハの字にして、心配そうに尋ねる。ここで拒否されたらどうしようとハラハラしていた。


「おかーさんの料理!食べたい!作って作って!」


 イティネリスの心配は杞憂に終わった。イティネリスはほっと胸を撫で下ろすと、早速料理に取り掛かる。ステラは近くの椅子に腰掛けて、足をプラプラさせながら、イティネリスが料理する様子を見ていた。料理の工程が進むにつれ、作っているのがオムライスだと分かると、ステラは目を輝かせる。そして、オムライスとコンソメスープが完成した。テーブルに料理を並べる。


「はい。召し上がれ。」

「いただきまーす。」


 ステラはスプーンでオムライスを一匙分掬うと、ふーふーして口へと運ぶ。


「おいしい?」

「うん!おいしーよ!」


 ステラはパクパクとオムライスを食べる。そんなステラの様子に微笑みながら、イティネリスも自分の分を食べるのであった。


 食事後は、ステラに絵本を読み聞かせて過ごす。最初は元気だったステラも、夜が更けるにつれて静かになる。そして、ぽっぽーぽっぽー、と鳩時計が夜九時を告げた。


「さあ、良い子は寝る時間よ。」

「んー。」


 寝ぼけ(まなこ)のステラを抱き上げると、ベッドに連れていく。天蓋付のベッドの上には、熊のぬいぐるみが置いてあった。ステラが寂しくないようにとイティネリスが贈ったものだ。イティネリスがいない時はそのぬいぐるみを抱き締めて眠っていると、タバサから聞いていた。


 一緒にベッドに入ると、イティネリスはステラを抱き締める体勢になる。ステラもイティネリスの体にくっついて来た。


「おかーさん。おやすみ。」

「おやすみ。ステラ。」


 腕の中で安心したのか、すぐにステラの寝息が聞こえてきた。腕の中に小さな温もりを感じながら、イティネリスは久しぶりに安らかな眠りについたのであった。


 *********


 真夜中を過ぎた頃、魔王城の空には雲間から月が顔を覗かせていた。黄色い月の淡い光を浴びながら、シュメッタは自室のテラスで赤ワインを飲んでいた。傍らではタバサも一緒に飲んでいる。


「はあ~。まさか三百年も経ってるなんて。ショックだわ。」


 シュメッタはほんのりと頬を染めている。ワインボトルが空になると、新しいボトルを開ける。もう相当な数のボトルが空になっていた。


「もっとショックなのはイティもアルも結婚して子供出来てた事。アルはともかく、まさかあのイティが先に結婚するなんて。一体誰が娶ったのよ。」


 イティネリスは美しい女性だが、常に無表情で近付き難い雰囲気を持っている。それに加え、死神という異名。シュメッタの知る限り、イティネリスに想いを寄せている異性はいなかった。


「イティネリス様を射止めたのはヴィクターさんという方です。若い文官ですね。一目惚れして猛アタックしたそうですよ。イティネリス様が結婚すると報告した時の魔王様の表情、最高でした。」

「うわー。まじ見たかったわそれ。」


 シュメッタはワイングラスを(あお)る。もう何杯飲んだのか定かではないが、まだまだほろ酔いだった。


「あー、ステラちゃん可愛かったなー。私も子供欲しくなっちゃった。良い人探そうかな。私も。」

「シュメッタ様も美人なんですから、引く手数多なのでは?」

「男はそれなりに寄って来るんだけどね。伴侶となると話は別よ。」


 美人なのは否定しない。ふと、シュメッタの脳裏に一人の青年の顔が思い浮かぶ。永久円環(エタニティリング)の中で、共にエリィゴンと戦ったエルヴィンだ。


(エルヴィン。あの子、唾つけとけば良かったかも。ちょっと後悔。今度会ったら、ちょっかい掛けようかしら。ライバルは多そうだけど将来有望よね。)


 成長すれば、エルヴィンは好みの男になりそうな予感がしていた。根拠はないが女の勘だ。


「タバサにはそういう浮いた話ないの?。彼氏とかいる?。」

「いないですね。」

「好みのタイプってあるの?」

「ありますよ。ずばり、私より強い人ですね。それだけでキュンとします。」

「さすが鬼っ子ね。」


 鬼族の女性が、異性に求めるもの。それは強さだ。タバサも例外ではなかった。タバサに告白した男は種族問わずいたものの、全員タバサに勝てず交際には至っていない。


 この様にして、シュメッタとタバサは朝になるまで、二人だけの飲み会を続けたのであった。


*********


 収穫祭が近づき、アティスの街はいつもより賑やかになっていた。王立学院の男子達の一部は舞台の準備に駆り出され、教会前の広場で演劇の舞台を設営していた。広場に運ばれた木材の部品を、指示通りに組み立てていく。この調子なら、夕方には完成する予定だ。クオンとバートも生徒の一人として舞台の設営を手伝っていた。王立学院の生徒で、実家が出店を出す所は家の手伝いをしている。ナツメやカノンは実家の手伝いの方へと行っていた。ナツメの実家は薬屋なので、薬草を活用したお茶や食べ物を提供する。カノンの実家は宿屋だが、食堂もしている為、色んな食べ物の出店を出す。


「そう言えば、リッカとカリンさんは何してるんだ?」

「リッカは去年と同じで、雑用してるみたいだよ。カリンも一緒に。」


 アルセイド伯爵家としてする事はほとんどない。運営資金などは融通しているが、本番でやる事と言ったら開会の挨拶ぐらいだ。その挨拶もアルバンがするので、クオンとリッカには特別伯爵家としてやる事はない。なので、クオンは舞台の設営を、リッカは冒険者として依頼を受けて雑用をこなしていた。今年はカリンがいるので、誘って一緒に街中を回っているようだ。


 一方その頃、カリンは困惑していた。アティス商業組合の依頼で、組合本部まで手伝いの為に来たのだが、何故かお茶会になっていたのだ。客間にはカリンとリッカの他に、組合長の奥さんのアンがいる。そして、目の前のテーブルには、色とりどりのお菓子が大きな皿の上に置かれていた。


「あのー、アンさん。依頼はお手伝いだと聞いたんですけど、これは一体・・・。」

「あら、これが依頼よ。お菓子の試食をして欲しいの。新しく祭りで出す分のね。遠慮せずに食べていいわ。ほら、リッカちゃんみたいに。」


 躊躇するカリンとは対照的に、リッカはお構い無くお菓子をパクパクと食べていた。


「これ、毎年やってるから気にしなくていーよカリンちゃん。むしろ食べない方が失礼だよ?」

「じゃ、じゃあいただきます。」


 リッカにそう言われ、カリンはクッキーの山から一枚摘まんで口元に運ぶ。しっとりとした食感で甘く、とても美味しい。


「おいしいです。」

「ふふ。お口に合ったようで何よりだわ。」

「いつもこんなに、お祭りでお菓子を出すんですか?」

「若い子達は一杯食べてくれるからね。作り甲斐があるのよ。」


 アンは昔からお菓子作りが趣味らしい。長年、色んなお菓子を出店で出しているとの事。


「まあ試食は建前で、本当は貴方とお話してみたかったのよ。カリンさん。」

「私と、ですか?」

「ええ。アティスで噂の女の子とね。」

「・・噂って何の事ですか?」


 心当たりはあるが、自分から言うのは憚られた。アンは微笑むと、噂について教えてくれた。


「あのクオン君と(ねんご)ろだって噂よ。」

「ね、(ねんご)ろ・・・って。」


 クオンとは友達として良い関係を築いているとは思っている。だが、アンの言いたい事はそんな事ではないのも察しがついた。


「それで、クオン君とはどこまで進んだの?」


 まるで獲物を狙う猛禽類のような瞳。視線でリッカに助けを求めてるが、お菓子に夢中で気付いてくれなかった。カリンは助けを諦め、アンの瞳に向き合う。


「二人は付き合ってるのかしら?」

「つ、付き合ってるません。それに、まだ知り合って半年も経ってないんですよ。」

「あら?そうなの?てっきり接吻(キス)ぐらいはしてると思ってたわ。」

「キスって・・・。そんな風に見えるんですか?」

「ええ。とっても仲良しに見えるわよ。違うの?」

「違いませんけど・・・。その、友達としてって意味なら仲良しです。」

「友達、ねえ。」


 アンは意味ありげに言うと、湯呑みを手に取って緑茶を一口飲む。カリンにはその動作がひどくゆっくりに感じた。


「私から見ると、貴方自身は友達以上になりたがっているように見えるけどね?」

「えっ。」


 アンの言葉に、カリンの胸の鼓動が跳ねる。アンは微笑むと、湯呑みをテーブルの上にコトンと置いた。


「詮索してごめんなさいね。でも私のような(ばばあ)には噂話が楽しみなのよ。特に若い子の甘酸っぱい話はね。」


 アンはコロコロと笑う。カリンは心の奥底の揺らぎを、見透かされているような気がした。


「ところでリッカちゃん。アイゼンで彼氏が出来たそうじゃない?」

「ぶほっ!?」


 今度はアンの矛先がリッカに向く。まさか自分に矛先が向くとは思わなかったリッカはむせた。慌てて否定する。


「ちちち違うよ!?お友達になっただけだよ!」

「あら?デートしたんでしょ?」

「なな、何でアンさん知ってるの!?」

「アルバンの坊やが嘆いてたもの。ルビーちゃんは喜んでたわねぇ。」

「うう~。デートは確かにしたけど、彼氏じゃないよ!」

「あらそうなの?でも文通するって聞いたわよ。彼の事は満更でもないのではなくて?」

「そ、それは・・・。」


 リッカは顔を赤くしてごにょごにょと何か言っている。助け船を出したかったが、ここで下手に口を出すと、藪から蛇どころか竜が出てきそうだ。またアンの標的にならないように、カリンは緑茶を啜りながら、黙って事の推移を見守る。


「好きなんでしょ?」

「違うから!別にそんなんじゃないから!アイゼンは遠くてあんまり会えないから文通するだけ!」

「あらあら。リッカちゃんは恥ずかしがり屋ね~。そんなムキになって否定しちゃって。素直じゃないんだから。」

「だから違うってば~!」


 リッカは真っ赤になって否定する。アンはそんなリッカの様子を見て楽しんでいるようだった。


「ふふ。まあ、この話はここまでにしときましょうか。」


 アンの追及がやっと止まる。リッカはげんなりとしていたが、もそもそとお菓子を食べ始めた。


 その後、アンは収穫祭やアティスの人々の話をしてくれる。特にアルノーとレティシアの恋愛やクオンの小さい頃の話は面白かった。話を聞いている内に、いつの間にか夕方になっていたのだった。


 余ったお菓子を包んで貰うと、カリンとリッカは組合本部から出る。そのまま、中央広場に向かった。陽は傾き、街は茜色になり始めていた。二人の背中を影法師が伸びている。


「そろそろ広場の方は終わってるかな。」

「いつもと同じならもう終わってると思うよ。」


 例年通りなら、舞台の設営は終わっている頃だ。せっかくなのでクオンと合流して、屋敷まで帰るつもりだった。


 中央広場まで来ると、大きな舞台が見えた。その周りで王立学院の生徒達がたむろしている。舞台の設営は終わっているようで、ちらほらと帰って行く生徒の姿も見受けられた。カリンはクオンの姿を見つけると、少し速めに歩く。


「クオン。」

「カリン?リッカも。どうしたの?」

「用事が終わったからさ、寄ってみたの。舞台設営は終わったの?」

「ちょうどさっき終わったよ。」

「じゃあさ、一緒に帰ろ。」

「うん。いいよ。ちょっと待っててね。」


 クオンは設営を監督していた大人達に声を掛ける。今から帰る旨を伝えた。


「僕は帰ります。お疲れ様でした。」

「おう。お疲れ様。気ぃ付けて帰れよー。」


 大人達に見送られ、クオン達三人は影法師を従えて広場を後にする。歩きながら、クオンはカリンとリッカの持っている包みについて尋ねた。


「その包みは何?」

「お菓子。アンさんから貰ったの。」

「あーなるほどね。新作の試食と言いつつ、アンさんの話し相手になってたんじゃない?」

「よく分かったね。いつもなの?」

「昔からそうだね。リリスやリッカはお菓子に釣られてよく話し相手になってるよ。」

「つ、釣られてないし!アンさんに付き合ってあげてるだけだし!」


 リッカは必死に否定する。リッカと話すクオンの横顔をちらと見ながら、カリンはふと先程のアンの言葉を思い出していた。


『貴方自身は友達以上になりたがっているように見えるけどね?』


 アンの言葉がカリンの頭の中で反響していた。自分はクオンと友達以上になりたがっているのか、心の中で反芻(はんすう)する。


「どうしたの?カリン。」


 クオンの声ではっとなる。考え事をしているうちに屋敷に着いたようだ。クオンが心配そうにカリンの顔を覗き込んでいた。クオンの顔が目の前にあったので、胸の鼓動が跳ねる。頬が徐々に熱くなるのを感じた。


「だ、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから。わ、私、トイレ行きたいから先に行くね!」


 適当に理由を付けて、その場から逃げ出す。途中ですれ違ったメイドは驚いているようだったが屋敷の中へと入り自分の部屋に駆け込むと、扉に鍵をする。扉を背にしてへたり込んだ。顔に手を当てると、まだ熱を持っている。


(これってやっぱり・・・。でも・・・クオンは私の事、どう思ってるのかな。)


 クオンの気持ちを聞いてみたいが、この心地良い関係を壊してしまいそうで怖い。結局、クオンに聞く勇気が出ないカリンなのであった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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