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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第二章 新しい居場所
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第四十八話『リッカ、アティスに帰ってくる』

遅くなりましたが続きとなります。

 五号遺跡での依頼の後は平穏な日々が続いていた。クオンはアハトや地下の(エルハウ)の事がとても気になってはいたものの、次の調査をどうするかは王国政府からの返答まで延期になっていたのであった。関係者以外には、(エルハウ)の事は秘密にするよう言われている。


 アハトの事は特に口止めされなかった為、ベリルに相談したところ意外な答えが返って来た。


「アハトなら知っているぞ。私の昔の知り合いだ。」


 ベリル曰く、アハトは前途有望な若者に試練を与える傍迷惑な魔導師らしい。攻撃はしてくるが命は奪わないし危険はないとの事だった。三百年以上も生きているとは驚きだが、優秀な魔導師なら老化を抑える事もできるので不思議ではない。また時期が来たら襲ってくるのは迷惑だが、命の危険がないのは朗報だった。でなければ、逮捕されるまで大幅に行動が制限されてしまうからだ。ルビーは心配していたが、ベリルに説得してもらったのだった。


(アルヴェーンとかいうゴーレム。皆がいないと倒しきれなかったはず。)


 クオンはアルヴェーンとの戦いで自分の力不足を感じていた。今日もクオンはアスター剣術道場の一角で鍛練に励んでいる。地道な鍛練のお陰か、魔力のコントロールが少しずつ出来るようになっていた。


 古典魔法(クラシック)とは、イメージと詠唱によって魔力に様々な形を与える技術だと約言できる。現代魔法(マーデン)ではイメージと詠唱が数学に置き換わるが、『魔力に何らかの方法で形を与える』という基本的な仕組みは同じだ。一方で、クオンがしようとしているのは無形の魔力をそのまま操る事だ。


 武神纏衣(リインフォース)は身体能力を上げる魔法だが、一旦発動させてしまえば一定時間何もしなくても効果は続く。同じ効果を魔力のみで実現させようとすると、ずっと魔力が自分の体を纏うように強く意識し続けなければならないのだ。


 今日も朝から鍛練に励み、すでに時刻は夕方である。そろそろ鍛練を切り上げようと、最後の仕上げに入る。


土塊(つちくれ)よ。(かたち)と成りて、我が(しもべ)となれ。土傀儡(ソイル)。」


 クオンが詠唱すると、地面から土が盛り上がり、次々に人の形になっていく。三十体の土人形(ゴーレム)が出来上がった。戦闘で使えるほどではないが、剣の標的としては役に立つ。


「飛竜閃!」


 クオンが勢いよく剣を横に振ると、魔力で形成された刃が剣から射出される。たくさん並べられた標的の土人形(ゴーレム)の内の一体が綺麗に真っ二つになった。


「ふう。威力はまずまずかな。」


 クオンはタオルで汗を拭う。日々の鍛練のお陰で、魔装剣と飛竜閃は実戦で使えるレベルになっていた。


「さて、最後にはっと。」


 クオンは意識を集中し、全身に魔力を纏わせる。そして全力で土人形(ゴーレム)を袈裟斬りにする。切りつけられた土人形(ゴーレム)は綺麗に断面に沿って体が滑り落ちた。


 こうする方が魔法の武神纏衣(リインフォース)で強化するよりもずっと魔力消費が少ない。だが反面、意識の集中が途切れるとすぐに効力が無くなる。師匠のロイのように無意識で使えるようになるまではまだまだ遠い。まだアスター流剣術の本修行は始まったばかりだ。技の錬度もまだまだ足りていないし、覚えるべき事もたくさんある。


 しばらくして全ての土人形(ゴーレム)を破壊すると、クオンは剣を鞘に納めた。途端に吹き出る汗をタオルで拭う。


「今日はここまでかな。」


 ふう、と息を吐き、撤収の準備を始める。土人形(ゴーレム)を土に還していると、ロイがやって来た。


「ちったあ形にはなったようだな。」

「師匠。見てたんですか。」

「おうよ。お前のお姫様も来てるぜ。」


 ロイが顎で指し示した方から、カリンが歩いて来た。カリンはロイに会釈すると、クオンに話しかける。


「お疲れ様。クオン。」


 カリンも少し汗をかいていた。濡れた黒髪が額に張り付いていて、とても艶かしい。鼓動が早くなるが平静を装い、今日の事を聞いてみる。隣でロイがにやにやしているが気にしない事にした。


「リリス達との依頼どうだった?」


 カリンはリリス達三人娘と随分仲良くなっていた。リリスとナツメとはパーティを組んで、いくつか依頼もこなしている。今日もアティス近隣の村で魔物の駆除の依頼に出掛けていた。


「ばっちりこなして来たよ。村長さんに感謝されたし報酬も色付けて貰っちゃった。」


 カリンは嬉しそうに言う。アティス支部に来る依頼は基本的にアティスの街か、その周辺の村々からのものだ。カリンは積極的に依頼を受け、アティスや近隣の村々を知ろうとしていた。本人の努力もあってか、アルセイドでの生活にも随分と馴染んだように見える。


 クオンの片付けが終わると、ロイに見送られて二人で道場から出た。並んで歩きながら、カリンはリッカの事を口にする。


「リッカは元気かな。帰ってくる日はお出迎えしないとね。」


 帰還日はアルバン達を伯爵家にいる全員で出迎える予定になっていた。


 屋敷に戻ってくると、ルビーが玄関で険しい表情をして立っていた。何かあったのかと心配するクオンとカリン。


「母さん。どうしたの?何かあった?」

「クオン。それがね、アルバンから連絡があったの。アイゼン騎士団本部から。」


 リンドブルム王国では都市間を繋ぐ長距離電話はあまり普及していない。アティスの街で設置されているのは、州庁舎、街庁舎、アティス騎士団本部だけだ。


「アイゼンでリッカがアハトと名乗る人物に襲われたらしいのよ。」

「「ええっ!?」」


 五号遺跡で交戦したアハトがリッカを襲ったと聞き、クオンとカリンは驚いた。アハトの事は遺跡調査後に王国内で指名手配になっている。違法なゴーレムの所持と他人への傷害未遂の疑いがあるからだ。


「リッカは無事なんですか!?」

「大丈夫よカリンちゃん。一緒にいた人達と協力して撃退したみたい。怪我はないそうよ。アルバンも心配しないようにと言っていたわ。」

「良かったぁ。」

「ベリルさんから聞いた事を伝えたわ。でも今後の為に、アルバンが帰ったら話をしたいそうよ。ベリルの話も聞きたいって。」

「分かったよ。母さん。」


 クオンは了承する。いくらアハトに害意がないとはいえ、一回家族で話をしておく必要はあるだろう。こうして、アルセイド伯爵家の家族会議が決定したのであった。


*********


 エルヴィン達はトイセンからドラグに戻っていた。連邦騎士団本部でヴェンツェル相手に、リーダーのアイリスが代表して報告する。


「皆、ご苦労だった。想定外の事態が起きてしまったようだが、よく収拾してくれた。」


 アイリスから報告を聞き終えると、ヴェンツェルはエルヴィン達に労いの言葉を掛けた。


「エルヴィン。今回の任務で手に入れたガントレットは魔法兵団の研究所に提出してくれ。」

「え。これ俺にくれないの!?貰うつもりだったんだけど!」


 エルヴィンはシュメッタから貰ったガントレットを気に入っていた。何よりもデザインが超かっこいい。国に没収されるのは嫌だった。エルヴィンの嫌そうな表情を見て、ヴェンツェルは苦笑する。


「そんな顔をするな。危険がないと判断したら返却してやる。報告にあった未知の物質、神物質(ディンギル)の分析が必要だからな。」


 神物質(ディンギル)は魔法兵団長のエヴァンジェリスタも知らない物質だった。故に魔法兵団が管轄する連邦魔法研究所が興味を示していた。


「分析する前に、ノックス魔国に問い合わせないのですか?」


 アイリスが疑問を言う。イティネリスやシュメッタの言葉から、ノックス魔国も神物質(ディンギル)の事は知っているはずだ。


「使徒の件も含めて問い合わせてみたが、知らないとの一点張りだ。埒が明かない。」

「シュメッタは俺にぺらぺら喋ってたけど。魔国で意思統一されてないのかもな。」

「かもしれん。今回の件については、我々の方で引き取る。お前達には追って次の任務を通知しよう。それまで休むといい。では、解散。」


 エルヴィン達は各々一礼すると、団長室を後にする。廊下を歩きながら、アイリスが不意に口を開いた。


「結局、何だったのかしらね。使徒って。」

「ん?シュメッタの言った通りじゃないのか?」

「確かにエリィゴンはシュメッタの言った通りだったわ。でもだからと言って、あの話を全て信じられるの?エルヴィン。」

「さすがに俺も全部は信じてないけど。」

「でしょう?私はとっても気になるわ。」

「上の奴らが引き継ぐんだろ?任せておこうぜ。分かったときに教えてもらえばいいじゃん。新人の俺達が今気にしたところで何も出来ないぜ。」

「・・・そうね。」


 エルヴィンの言う通り、気にしたところで何もできない。すぐに別の任務があるし、ヴァレシュタイン城の案件はベテランの騎士や魔導師が当てられるだろう。とりあえず今は、頭の片隅に置いておく事にするアイリスなのであった。


 その後、騎士団本部を出る。アイリスとカルツァは魔法兵団本部に呼ばれているとの事なのでここで別れた。エルヴィンはツェツィとベルンハルトの三人で騎士団寮へと向かう。すると、寮の前に佇む人影を発見した。


「フラン!?」

「えへへ。来ちゃった。」


 人影の正体はなんとフランだった。初めて会ったときと同じ髪色と服装だ。


「「陛下!?」」


 ツェツィとベルンハルトも驚いていた。エルヴィンからフランが皇帝フランカである事は既に知っている。


「今はお忍びなの。この姿の時は、フランって呼んでね。敬語もダメ。」

「わ、分かり・・・分かった。」

「了解。それで、フランはエルを待ってたのか?」

「うん。エルヴィン君が任務から帰ってくるって聞いてさ。待ってたの。」

「わざわざ来てくれたんだな。ありがとう。」


 フランの頭を優しくポンポンする。フランは気持ち良さそうに目を細めた。それを見たツェツィはむーっと頬を膨らませる。


「これから飯食いに行くんだけど、フランも来ないか?良いよな?ツェツィ、ベル。」

「うん。いいよ。フランとお話ししてみたいし。」

「俺もだ。」

「ほんと!?嬉しい!」


 すると、フランはエルヴィンの右腕に自分の左腕を絡ませ、さらに胸を当ててきた。柔らかい感触にドギマギするエルヴィン。


「ふ、フラン!?む、胸が・・・」

「さあ、行こ行こ。」


 フランがエルヴィンに密着するのを見てさらにむっとするツェツィ。フランに対抗するかのように、ツェツィはエルヴィンの左腕に自分の右腕を絡ませる。控えめな胸を押し当てる。


「ツェツィ!?」


 フランとツェツィは共に笑顔。見えない火花が両者の間に散っていた。二人に引っ張られるようにしてエルヴィンは歩き出す。


「やれやれ。エルも大変だな。」


 ベルンハルトは肩を竦め苦笑すると、エルヴィン達の後を追うのであった。


*********


 瞬く間に時は過ぎ、アルバン達が帰ってくる日になった。正午に差し掛かる頃、三台の馬車が伯爵邸の前に到着した。中央の馬車から、リッカが勢いよく降りる。


「たっだいまー!帰ってきたぞー。」


 クオンが見る限り、リッカはとても元気そうだ。リッカはクオンとカリンのところへそのまま飛び込んで来た。カリンは少しびっくりしたようだったが、すぐに笑顔になる。


「リッカ。おかえり。」

「おかえりなさい。」

「クオン、カリンちゃん。ただいま。会いたかったよー。」


 カリンとリッカが抱き合っていると、そこにルビーが近寄って来た。リッカはカリンから離れると、ルビーの方へ向き直る。


「母様。ただいむわっ!?」


 ただいま、と言い終わる前にリッカはルビーに抱き着かれた。双丘の間に顔が埋まる。


「リッカ。心配したのよ。無事で良かった。」

「もがもが・・・ぷはっ!か、母様。大袈裟だよぉ。無事だって父様から連絡あったでしょ。」

「親としては顔を見ないと心配なのよ。」


 馬車から降りたアルバンは、ルビーとリッカの様子を見て微笑む。ルビーはリッカを離すと、アルバンの方へと歩いて来た。


「おかえりなさい。あなた。」

「ただいまルビー。会いたかった。」


 二人は抱擁を交わす。暫し抱き合った後、ゆっくりと体を離した。


「長旅で疲れているでしょう?後は任せて頂戴。家族の話し合いは明日にでもしましょう。」

「いやしかし・・・。」

「疲れた頭じゃ話し合いも円滑にできないでしょ。いいから休んで。ベリルさんには連絡をしておくから。」

「分かった。君の言葉に甘えるとしようか。」


 疲労を感じているのは事実だ。ルビーの言葉にも一理ある。アルバンはルビーにこの場を任せ、自室へと戻った。ルビーは使用人達にテキパキと指示を出すのであった。


 そしていつの間にか、リッカはミーチョを含めた伯爵家のメイド達に取り囲まれていた。


「お嬢様、お疲れでしょう。私達がお風呂に入れて差し上げますわ。」

「さあさあ。観念してください。」

「綺麗綺麗しましょうね~。」

「ひ、一人で入れるから!」

「そんな遠慮なさらずに。」


 メイド達はまるで獲物を狙う猛禽類のようだ。じりじりとリッカ包囲網が狭まっていく。リッカは目でクオンに助けを求めてくるが、お世話する気満々のメイド達を止める事は不可能だ。とばっちりを受けないように、カリンはしれっとクオンの背中に隠れている。


「リッカ。頑張って。」

「クオンのはくじょうもの~!」


 リッカはメイド達に揉みくちゃにされながら、浴場へと連行されたのであった。


*********


「うー。酷い目に遭ったよ・・・。」


 ノリノリのメイド達に体の隅々まで洗われたリッカは、自室のベッドの上でぐったりとしていた。顎を枕に載せ、四肢を投げ出している格好である。まるで床の上で伸びている猫のようだ。カリンはベッドの端に腰掛け、リッカの髪を触っていた。


「ふふ。メイドさん達は、リッカがいなくて寂しかったんだよ。」

「分かってるけどさー、張り切り過ぎ。」


 カリンは指をリッカの髪に差し入れてすく。亜麻色の髪はサラサラで、指触りがとても心地好い。


「アイゼンは楽しかった?」

「うん。アハトはうざかったけどね。飛行船も見れたし友達も出来たし良かったかな。」

「友達?」

「飛行船の見学に行った時に知り合ったの。ユウ君とナヴィー君。」


 リッカはアイゼンでの出来事を話す。飛行船の見学、迎賓館での騒動、ユウとのデート、アハトとの戦闘。


「ふうん。リッカは、そのユウって男の子が好きなの?」

「んにゃ!?ちちち違うよ!?何を言ってるのかなあ!?」


 うつ伏せの状態からガバッと起き上がる。リッカの頬は真っ赤になっていた。両手を振って慌てて否定する。


「違うの?」

「違うよー!友達だから友達!」


 カリンからしてみれば、話を聞いた限り、リッカはユウに友達以上の好意を抱いているように感じた。


「そ、そう言うカリンちゃんはどうなの!?いつになったらクオンとくっつくの!」

「なっ!?なななに言ってるの!?」

「仲良いじゃん二人とも。もどかしいから早くくっついてよ。」

「そ、それとこれとは関係ないでしょ!」


 互いに顔を真っ赤にしながら応酬し合うカリンとリッカ。どちらも相手に好意を抱いているのは事実だが、恋愛初心者なので「好き」という感情だと判断するまでには至っていない。つまり、どっちもどっちなのであった。


「どうしたの?声が廊下まで聞こえてるよ?」

「クオン!?」


 騒ぎを聞きつけたのか、クオンがリッカの部屋の扉を開けて顔を覗かせていた。


「ノックはしたよ。でも返事がないからさ。それで、どうしたの?」

「何でもないのっ!話が盛り上がっただけだから!じゃ、私、勉強しないといけないからっ!」


 カリンはばたばたと部屋を出ていく。いきなりの事にクオンは呆気に取られた。


「一体、何を話してたの?」

「クオンには教えられなーい。乙女の秘密だからね。」


 クオンは聞きたそうな表情をしていたが、女性の会話を無理に暴くのは憚られた。リッカを追及する事をせず、自分の部屋へと戻ったのであった。


*********


 翌日、アルセイド伯爵家全員とカリン、ベリルの六人が屋敷の書斎に集まっていた。皆、揃ったところで、アルバンが切り出す。


「さて、リッカとクオンを襲ったあの男。アハトを貴方が知っていると聞いています。詳しく聞かせて貰えますか?」

「ああ。奴の名前はアハト=オクト。野良の魔導師で三百年前の知り合いだ。奴は変わり者でな。試練と言ってつっかかって来るんだ。」

「変わり者・・・危険な人物なのですか?」

「いいや?少なくとも命は取られないさ。親として心配なのは分かるが、過敏になる事はない。現れたら練習相手とでも思っておけばいいさ。クオンもリッカも外出を制限する程じゃない。」


 ベリルの話を聞いてもアルバンとルビーは心配のようだったが、クオンとリッカの強い希望で外出制限だけは免れた。冒険者業が出来なくなる事は回避できたのであった。


「はあ。面倒臭いな。」


 アルバンとの話し合いの後、ベリルは自分の屋敷へと戻っていた。ベリルはハンモックに乗ったまま、ため息を吐く。適当な設定をでっち上げ、アハトは知り合いの魔導師だと嘘を吐いたからだ。いっその事正体を伝えてやろうかと思ったが、信じて貰えそうにはないので止めた。クオンとリッカが害意ある存在に狙われているとカリンが心配してしまう。


「苦労を掛けますね。ベリル。」

「そう思うなら、あいつを止めてくれ。お前と同じ存在だろう?ノイン。」

「無理ですね。アイゼンで止めようとはしましたが、この(ボディ)では太刀打ちできませんでした。」

「できなかった?まさかあいつは顕現したのか?」

「顕現はしていませんよ。していたらアイゼンが半分ほど吹き飛びます。自分の姿をフェリウスに投影しているだけです。それでも、神殻(シェル)で力を制限されている私では敵いません。」

「じゃあ、アハトがまたクオンとリッカの前に現れたらどうするんだ。」

「その時は、神殻(シェル)を一部解除してでも止めますよ。」


 アハトを止めなければ、いずれクオンとカリンをノイン達の戦いに巻き込んでしまう。それだけは避けたいノインであった。


「神を殺すのは、我々の役目なのですから。」


*********


 リッカの帰還から三日後、リッカは州立図書館の勉強区画で唸っていた。アイゼンへ行っていた間の授業の遅れを取り戻す為である。それに、もう少しすれば中間試験もあるので大変だ。


「うー。」


 幸い、この勉強区画は読書区画から隔離されているのでいくら唸っても問題はない。一緒に勉強している仲間を除けば。


「リッカ。うーうーうるさいわよ。」

「仕方ないじゃん!量多いんだもん!」


 この場にはリッカ以外にもクオン、カリン、リリス、カノン、ナツメ、バートがいる。皆で勉強した方が捗るという事で、よく図書館に集まって勉強会をしているのだ。課題に苦闘するリッカをカノンが励ます。


「試験を乗り越えれば、シェトマネトの収穫祭だよ。がんばろー。」


 中間試験が終われば、すぐに収穫祭がやって来る。アルセイド州では年に四回のお祭りがあり、来春祭、太陽祭、収穫祭、新年祭がそれぞれ春夏秋冬の各季節に開催されるのだ。総称してシェトマネト四祭と呼ばれている。


「全てはお祭りの為っ・・・。」


 リッカも収穫祭を楽しみにしている。しかし、赤点でも取ろうものなら心から楽しめない。補修が待っているからだ。そんな四苦八苦するリッカを見かねたリリスはある提案をする。


「ねえリッカ。司書さんに教えて貰えば?」

「司書さんに?そんなサービスあったっけ。」

「最近出来たのよ。ちょっと待っててね。」


 リリスは勉強区画から出て行く。しばらく待っていると、リリスが一人の少女を連れてきた。図書館職員の、濃い緑色の制服を着ている。


「あれ?新しい職員さん?」


 リッカには初めて見る少女だった。少女は深々とお辞儀をしてリッカに自己紹介する。


「初めまして。司書ゴーレムのセレーネ=クレメンタインと申します。以後、お見知りおきを。」

「ゴーレムなんだ。は~。綺麗なゴーレムさんだね~。お人形さんみたい。」


 初めてセレーネを見たリッカは見惚れる。陶磁器のような白い肌と美しい黒の髪。その二つがとても美しい。


「そう言われると、照れます。」


 セレーネはほぼ無表情だが、わずかに表情が動いている。ノインよりは感情の動きが分かった。言葉通り照れているようだ。


「私はリッカ。よろしくね。セレーネちゃん。」

「はい。よろしくお願いします。それで、リッカ様のお手伝いをリリス様に頼まれました。どこか困っている所はありますでしょうか?」

「どの教科も出来るの?」

「出来ます。州立図書館の書物は全てインストール済みです。王立学院の学習内容ならば問題なく対応可能です。」

「へえ~。すごいね~。その頭が欲しいよ。」

「着脱はできますが、返してくれないと困ります。」

「こっわ!?言葉のあやだから取らなくていいよ!?」


 いくらゴーレムとはいえ、首なし少女はホラーである。リッカは自分の頭を外そうとするセレーネを慌てて止めた。


「えっとね。こことここを教えて欲しいな。」

「承知致しました。」


 セレーネの教え方は上手であり、おかげでリッカの勉強はかなり捗った。セレーネはリッカがどうすれば理解出来るかを分析し、文字の羅列よりもイラストを多用して教えたのであった。


「ありがとうセレーネ。助かったよ。」

「私、役に立ちましたか?」

「うん。とっても。」

「それは良かったです。他にもお手伝いが必要な方はいますか?」


 セレーネが皆にそう尋ねると、バートとカノンがびしっと手を挙げていた。少し遅れて、ナツメも遠慮がちに手を挙げる。


「す、数学を教えて欲しいな~。」

「俺も同じく。」

「歴史。私には助けが必要。」

「承知致しました。では順番に対応させていただきます。」


 セレーネはカノン、バート、ナツメの順に勉強を教える。瞬く間に時は過ぎ、気付けば夕刻となっていた。壁に嵌め込まれた大きな窓から、橙赤色の夕陽の光が射し込んでいる。勉強区画にある柱時計は五時を示し、ボーンボーンと時を知らせる。


「もうこんな時間。そろそろお開きね。皆、帰る準備をしましょうか。」


 リリスが時計を見てそう言うと、各々帰る支度を始めた。リッカは晴れ晴れとした表情だ。


「今日は何だかすっごく勉強した気がするよ!」


 思いの外、勉強が進んだのでご機嫌なリッカなのであった。勉強会が終わったので、セレーネは退出しようとする。


「それでは、私はこれにて失礼致します。」

「ありがとー。またねー。」


 セレーネはぺこりと頭を下げる。勉強区画から出ると、セレーネはセーラを探す。セーラが歩いているのを見つけると、トトトト、とちょっと小走りで近寄った。足音に気づいたセーラは背後を振り返り、セレーネを見つける。


「セレーネ。どこ行ってたの?」

「リッカ様達に勉強を教えてました。」

「そう。上手く出来た?」

「はい。喜んで貰えました。」


 セレーネはさらに近づくと、何かを求めるような眼差しでセーラを見つめる。


「セーラ。」

「ん?」

「私、役に立ちました。」


 セレーネは無表情だが、上目遣いのその眼差しには期待が込められている。セーラに褒めて褒めてとせがんでいるのだ。セーラには、まるで犬が尻尾を振っているかのように見えた。


「そうね。偉いわ。」


 セーラは褒めながらセレーネの頭を撫でる。セレーネは目を細めて、セーラの手に頭を委ねる。


(こういうとこが可愛いのよね。キスをせがんでくるのは困るけど。)


 セーラにとっては妹が出来たような感じだ。そんなセレーネを甲斐甲斐しく世話を焼くのがちょっと楽しい。


「今から閉架書庫のチェックをするの。手伝ってくれる?」

「はい。もちろんです。」


 セーラが歩き出すと、セレーネはまるで雛鳥のように後を付いていくのであった。


*********


 夜、クオンとカリンは談話室で寛いでいた。カリンの膝の上にはクロが乗っている。クロは、くあーと欠伸をすると、体勢を変えて再び眠る。カリンは微笑みながら、クロの頭を撫でる。


「ねえねえクオン。収穫祭ってどんな感じのお祭りなの?」

「最初に、教会の前で司祭様がシェトマネト様に感謝の言葉を述べるんだ。他は出店を回ったり、花火をしたり、あとは演劇もあるかな。」

「演劇?演劇場なんてあったっけ。」

「中央広場に即席の舞台が作られるんだ。そこで上演されるんだよ。」

「誰が演じるの?」

「伝統として、アティス校の演劇部がするけど、任意で参加も可能だよ。演目は人気作と部長が書くオリジナルの二本なんだ。」


 辺境のアティスまで王都の劇団を呼ぶのはなかなか難しい。そこで、王立学院アティス校の演劇部が劇を上演する事になった。最初の頃は王都で人気の演目だけだったが、次第に演劇部オリジナルの演目も上演するようになったのだった。


「面白そうだね。」

「祭の当日はいつものメンバーで行動するんだけど、人が多過ぎてよくバラバラになっちゃうんだよね。」

「その時はどうするの?」

「再集合は諦めて各自行動かな。一旦はぐれたら出会うのは絶望的だし。」

「そんなに人が来るんだ。」

「うん。アティスにはこんなに人がいたんだ、って思うよ。」


 正確にはアティスだけでなく近隣の町や村からも祭りに来るので、普段では考えられないような人の密度になる。


「でもそんなに人が来るんじゃ、演劇の観覧席はすぐ埋まっちゃうんじゃないの?」

「大丈夫大丈夫。とっておきの特等席があるから。」

「特等席って?」

「それは当日までのお楽しみ。確実に演劇は観れるから安心してていいよ。」


 設置される観覧席はすぐに埋まってしまうが、クオン達にはとっておきの場所がある。毎年、その場所から演劇を見ているのだ。


 とっておき、という言葉にちょっぴりワクワクするカリンなのであった。王女だった頃も演劇は好きでよく家族と見に行っていた。王族専用の観覧席だったので、友達と演劇を楽しむという事はなかった。お祭り自体も含めて、かなり楽しみなカリンなのであった。


「新年祭の方は何するの?」

「そっちは収穫祭よりは小規模だよ。教会で新年の鐘を聞いた後、中央広場に出店が出るんだ。朝まで飲み会する人もいれば、家に帰って家族と過ごす人もいるよ。」

「クオンは毎年どうしてるの?」

「屋敷でリッカやバート達と一緒に朝まで過ごしてるかな。雑談したりトランプで遊んだりしてさ。それで、いつの間にか寝てる。」


 アルバンやルビーはその立場もあって夜通し教会前にいるが、クオンとリッカは違う。新年の鐘を聞いたら屋敷に戻り、友達と過ごすのだ。


「なんかいいね。そういうのって。」


 クオンの話を聞いて期待が膨らむ。今年の新年は笑顔で過ごせそうだと思うカリンなのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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