第四十七話『アハト』
続きとなります。
話の流れを見直した為、第四十六話の内容を修正しました。(2019/08/18)
「誰だお前は。」
「僕はアハト。初めまして。リッカ。」
アハトはユウの問いかけを無視し、リッカに名乗る。
「アハト?なんで私の名前を知ってるの。」
「ふふふ。僕はよく知ってるよ。クオンとリッカの事。」
アハトは不適に笑う。そして天に向けて手を掲げる。アハトとリッカ達をすっぽり包むように半透明の障壁が出現した。
障壁が地面まで降りる直前、二つの影が中へと滑り込む。ノインとナヴィエだ。
「リッカ!」
「ノイン!?それにナヴィ君も。」
「何だかヤバそうな雰囲気だったからね。ユウ。これを。」
「おう。助かる。」
ナヴィエはユウに魔法銃を渡す。ナヴィエは銀弓を構えた。
「姫君に騎士も弓手もいる。好都合だね。でもノイン。君はダメだ。」
「くっ!?」
アハトが手をかざすと、ノインが苦しそうに膝を付く。ノインはキッとアハトを睨んだ。いつも無表情なノインなだけにリッカは驚く。
「君は、シェトマネトに入れ込み過ぎてるからね。僕達の目的の為には、それじゃダメだよ。ノイン。大事なモノだからこそ、傷つく事を恐れてはいけない。そこで見ておくんだね。」
「リッカ!これを!」
アハトには構わず、ノインは大声で叫んだ。リッカの目の前に、一本の剣が突き刺さる。それは家に置いてきたはずのリッカの剣だった。
「私の剣!」
リッカは地面から剣を引き抜くと、アハトに向かって構える。
「クオンは頑張ったけど、リッカはどのくらいかな?」
「あんた!クオンに何したの!」
「ただの試練さ。出でよ。守護機アルヴェーン。」
アハトが叫ぶと、空中に魔法陣が展開し、虚空から浮き上がるようにゴーレムが出現する。それは、五号遺跡でクオン達と戦ったゴーレム、アルヴェーンであった。
「さあ見せてよリッカ。君の力を。」
ファラデー工房では作業用のゴーレムも扱っている。だからこそ、アルヴェーンという機体に使われている技術の高さが一目で分かった。王国のどの工房でも再現できないレベルだった。
アルヴェーンの装備は見たところ右手の剣と左手の盾だけだ。距離を取るべきだが、アハトが張った結界のせいで行動範囲が限られている。
アルヴェーンは地面に降りると、残像が残るほどの素早い動きでリッカに斬りかかって来た。
「やばっ!?」
リッカはとっさに防御の構えを取る。だが、魔法で強化されていないリッカの筋力ではアルヴェーンの斬撃を受けきれない。
「させない!」
ユウは銃から魔力弾をアルヴェーンの剣と右腕の肘間接に撃ち込む。ナヴィエは足を狙って魔法矢を撃ち込んだ。
「氷結矢!」
アルヴェーンの足が凍り付いて地面に張り付き動きが鈍る。魔力弾で剣の勢いを削いだ為、何とかリッカは斬撃を受け流した。それでも衝撃で後退させられてしまう。ガツンと金属のぶつかる音が響き渡り、威力を削いだというのにリッカの手が痺れる。
「我が身に纏いしは、天より来る戦神の息吹。武神纏衣!」
リッカの全身が赤い光で包まれる。身体能力を底上げしたリッカは、アルヴェーンの剣と打ち合う。ほとんど互角で一進一退だった。
「リッカ、援護するよ!炸裂弾!」
ユウが放ったのは、魔力で形成された光弾ではなく、炸薬を詰めた実弾。アルヴェーンの頭部に着弾すると爆発を起こした。アルヴェーンの頭部は焦げ、バチバチと火花が散る。アルヴェーンは一気に後退すると、背中のバックパックから誘導弾を四発、扇状に打ち出す。さらに各自の弾頭が開くと、中から多数の小型誘導弾が散布された。
「げっ!?多すぎ!」
「任せて。ナヴィー、左半分を頼む。俺は右半分を撃つ。」
「了解!」
ユウは銃の回転弾倉から弾丸を落とすと、スピードローダーで違う種類の弾丸を詰める。
「速射弾!」
ユウは引き金を引いたまま、今度は魔力弾を高速で連射する。ナヴィエも次々と魔力で矢を形成し放つ。瞬く間に散布された小型誘導弾は全て撃ち抜かれて爆発した。煙と火薬の匂いが辺りに充満していた。
アルヴェーンの左手の盾から砲身が伸びる。咄嗟にナヴィーは矢筒から防御用の矢を引き抜いて番った。アルヴェーンの砲弾とナヴィエの矢がぶつかり合う。矢は砕け散ると光の障壁を形成した。バリバリと激しく引き裂かれるような音が響いたと思うと、光の障壁にめり込んだまま砲弾は爆発する。爆発によって生じた風がリッカ達を吹き抜けて行った。力はほぼ拮抗しており、アルヴェーンにダメージが与えられない。
「なかなかだね。でもそれだけじゃあアルヴェーンは倒せないよ。」
アハトが指をパチンと鳴らす。アルヴェーンの胸部が解放され、砲口が顔を覗かせた。魔法陣が展開され、青い光が砲口内へと収束していく。魔力光線―――レイリー波。かつてノインが賢者模倣を用いて、クオンとリッカに放った技だ。
(クオンはいないけど、やるしかないわ!)
リッカはユウとナヴィエに聞こえるように叫ぶ。
「ユウ君!ナヴィ君!私が何とか防ぐから、後の攻撃はお願い!」
「分かった。リッカを信じる。」
リッカの事は心配だが、ここは信じるしかない。ユウは手持ちの弾丸で一番威力の高いものを銃に装填する。ナヴィエも銀弓にありったけの魔力を込め、魔法の矢を形成する。
アルヴェーンがレイリー波を放つ。多数の光条がリッカ達に向かって襲いかかってきた。
「我を守りし聖なる光。願うは守護の腕。我が世界に安寧を。守護神の光!」
光の障壁がリッカ達の前面に展開される。レイリー波が雨霰のように障壁に激突する。雷鳴の如く強烈な音が響く。障壁を維持する為、リッカは必死に魔力を供給し続ける。
(くっ!もう少し・・・。)
魔力が尽きそうになったところで、やっと攻撃が止まる。砲身が焼けついたのか、赤熱している。どうやら連続射撃はできないようだ。
「雷鳴榴弾!」
「パワーショット!」
砲口目掛けてユウとナヴィエが攻撃をする。雷鳴が走ったかと思うと、砲口内で爆発を起こした。アルヴェーンの胸部が吹き飛び、ばらばらと部品が飛び散る。
「やった!」
胸部が破損したアルヴェーンはその場に膝をついて動きを停止した。どう見ても戦闘続行は不可能に思えた。リッカは空中で滞空するアハトに向かって声を張り上げる。
「あんたのゴーレムは倒したわよ!とっとと降りて来なさいよ!」
「いやーお見事。ギリギリ倒せるレベルにしておいたんだけど、その様子ならもっと強くて良かったね。」
アルヴェーンが倒されたというのに余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)のアハト。リッカ達を囲んでいた障壁も消失する。アハトはゆっくりと地面に降りて来た。リッカ達は武器を構えて警戒したままだ。もしもの時の為に、一定の距離を保つ。
「アハトだっけ。一体何がしたいの?」
「さっき言ったじゃないか。試練だって。」
「何で私があんたの試練受けないといけないのよ。」
「君の為さ。」
「ふざけないで!」
いきなり襲ってきた上に、アハトのふざけたようなこの態度にリッカは怒る。せっかく楽しい日だっただけになおさらだ。
「知り合いって訳じゃないよな?リッカ。」
「全然。初めて会ったわ。」
「リッカのストーカーだったりして。」
「ナヴィ君。気持ち悪い事言わないでよ。」
そう話をしていると、住人の通報を受けたアイゼン騎士団が到着する。騎士達はアハトをぐるっと取り囲んだ。
「此方はアイゼン騎士団だ!騒乱罪とゴーレムによる傷害の疑いで逮捕する!」
「おっと、怖い怖い。じゃあ僕は退散するとしようか。」
アハトが大破したアルヴェーンに手をかざすと、光の粒子となって消えていく。アハトは再び空中に浮かび上がった。
「じゃあ、またいずれどこかで。ばいばいリッカ。ノインもまたね。」
アハトはまだ動けずにいるノインを一瞥すると、現れた時と同じくらい唐突にその場から掻き消えた。突然姿が消えた為に騎士団は戸惑っていた。
「何だったのあいつ・・・。」
リッカはそう独りごちるが、誰も答えてくれる者はいないのであった。
*********
その後、リッカ達はアイゼン騎士団の本部に呼ばれ、事情聴取を受けた。アルバンとアルノーも呼ばれた。とはいってもアハトについての情報は何も持っていなかったので、思いの外時間がかからずに解放された。代わりに騎士団の方から、アハトと名乗る人物がアルセイド州の遺跡に現れ、クオン達と交戦した事を知ったのだった。
「あいつ、やっぱりクオンのとこにも現れてたのね。」
騎士団本部の建物から出ると、リッカはそう呟く。アハトはクオンを知っているような口振りだったので予想はしていた。
「目的は何なんだろうな。あいつ。リッカを狙って何がしたいんだ?試練とか言ってたけど。」
「分かんない。はあ、付きまとわれたらやだなー。」
「まあ、後の事は騎士団に任せよう。全国指名手配されてるらしいし、魔法兵団も動いてるみたいだし。」
アルヴェーンというゴーレムを運用している事で、アハトが魔法に精通しているのは間違いない。ゴーレムの運用には高度な魔法の知識が必要だ。魔導師の可能性もある為、騎士団だけでなく魔法兵団も対応に当たっていると、リッカ達はアイゼン騎士から聞いていた。アハトの事を聞いたアルバンは念のため、騎士団を通じてアイゼン冒険者ギルドから凄腕の冒険者を護衛として複数人雇ったようだった。またアハトが現れる可能性があるからだ。すでにリッカ達の護衛に付いている。
「それじゃ、改めてホテルまで送っていくよ。」
「ん。ありがと。ユウ君。」
思わぬ邪魔は入ったものの、こうしてユウとリッカのデートは幕を閉じたのであった。
*********
ヴァレンシュタイン城内。永久円環―――正二十四面体が急激に輝きを増した。監視に当たっていた騎士達は警戒体制を取る。
イティネリスとライエン、カニスも少し離れた場所でその様子を見ていた。
「これは・・・出てきますね。」
「なんじゃと?」
さらに輝きが増す。正二十四面体が消失し、中にあった円環が露になる。そして円環の中央に亀裂が入り、異次元への裂け目が出現した。円環が一際カッと光る。光が収まると、姿を消していたエルヴィン達が円環の前に出現していた。
『全生命体の解放を完了。休眠モードに移行します。』
無機質な音声が響く。直径五メートルはあった円環は縮小し、掌サイズになる。輝きも失せ、カランカランと音を立てながらと床へと落ちた。
「ここは・・・戻ってこれたみたいだな。」
「そうみたいだね。はあ、良かったぁ・・・。」
「おっと。大丈夫か?」
「う、うん。ありがと。」
エルヴィンは倒れそうになるツェツィを支える。アイリスとベルンハルトも帰って来れた事にほっと安堵する。カルツァは涼しい顔のままだ。
「お前達!無事だったか!」
ライエンがカニスと部下の騎士を引き連れてエルヴィン達の元へと近づいて来た。
「イトー団長。ツェツィが負傷してる。医療班を呼んで欲しい。」
「分かった。医療班!手当てしてやれ!」
ライエンは念の為に騎士団の医療班を待機させておいたようだ。すぐに白衣を来た医師と助手が来てツェツィの手当てを始める。その間、ライエンはリーダーのアイリスに事情を聞く。
「一体何があった?」
「何と言っていいのか・・・色々とありすぎてすぐには説明し辛いのですけど。」
アイリスは今までの経緯をかい摘まんで説明する。その内容にライエンは眉をひそめた。
「ふうむ。詳しい事はイティネリス殿に聞いた方が良さそうだ。」
ライエンがイティネリスの方に顔を向けると、シュメッタが恐る恐るイティネリスに話し掛けているところだった。
「ひ、久しぶり!・・・もしかしてイティ、怒ってる?」
「言い訳はお仕置きの後で聞きましょう。」
「やっぱり怒ってる!?」
「さあ、さっさと魔王様の元へ参りますよ。」
「あいたたた!?ちょっとイティ!?耳を引っ張らないでってば!」
イティネリスは黒い翼を、シュメッタは真紅の翅を背中から出し、ふわりと浮かび上がる。その様子を見て、ライエンは慌てて呼び止めた。
「ちょっと待て!何の説明もなしに帰るつもりか!」
「疑問は多々あると思いますが、永久円環内の脅威は無くなりました。」
イティネリスは掌の上の永久円環を見せる。いつの間にか回収したようだ。
「私達は魔王様の元へ参らねばなりません。詳細は書面で後ほど回答致します。ちなみにこのシュメッタは魔軍の関係者なのでお気になさらず。では。」
ライエンの制止を全く聞かず、そう言ってイティネリスは背を向けて飛んで行く。シュメッタは飛び去る前にエルヴィン達に向かって声を掛けた。
「少しの間だけだったけど楽しかったわ。またね皆。ノックスに来た時は歓迎するわ。」
シュメッタはウインクをすると、背を向けてイティネリスの後を追って行った。ライエンはため息を吐くと、エルヴィン達に向き直る。
「後の始末はこちらで引き受ける。アイリス、報告書は後でいいぞ。今は皆休め。いいな?」
ライエンはそう言ってエルヴィン達を帰らせたのであった。
*********
ヴァレンシュタイン城での一件の後、エルヴィン達はヴァレンシュタイン城へと戻って来ていた。本部の中の一室を宛がわれ、その中でこれからの事を話し合っていた。
「イトー団長に報告書を提出したら、ドラグに戻るわ。ドラグに戻り次第、将軍に任務完了の報告ね。皆、それでいいかしら。」
アイリスの言葉に特に異議は出ない。アイリスは話を続ける。
「それで報告書を作成しないといけないんだけど、みんなの話を聞きながらまとめたいの。もう一度内容を整理したいし。」
エルヴィン達がシュメッタから聞いた話は信じられないものだ。永久円環の中ではエリィゴンと脱出で一杯一杯だったので、真偽まで追及する事はなかった。内容を整理する為、ベルンハルトが皆の話を黒板に書いていく。
・ヴァレンシュタイン城大広間にて黒い蛇と交戦。
・黒い蛇と交戦中に、階下から永久円環が出現。全員中へと吸い込まれる。
・エルヴィン、魔族のシュメッタと邂逅。
・シュメッタはエリィゴンを追っていた。
・シュメッタは魔軍の魔族。
・エリィゴンは破壊神ツェアシュテールの使徒。
・破壊神ツェアシュテールは大神ルネサス=ヴァサラスの配下神。
・大神ルネサスとその配下神は古龍と敵対している。
・使徒は世界を破壊しようとしている。
・三百年前にヴァレンシュタイン城にてシュメッタとエリィゴンが交戦。永久円環に閉じ込められる。永久円環は元々魔軍のもの。
・使徒は神物質という特殊な物質で構成されている。同じ神物質でないと傷をつけられない。
・エリィゴンと再び交戦。
・エリィゴン死亡後、操演神と思しき敵を撃破。
・シュメッタの助けを借り、永久円環から脱出。
ベルンハルトが箇条書きでまとめた。それを見てツェツィはある事に気づく。
「ねえ。そういえばあの黒い蛇ってどうなったのかな?」
皆、黒い蛇の事をすっかり失念していた。絶対零度で氷漬けにして動きを封じたところまでは覚えているが、それ以降どうなったか誰も知らない。
「クラーガって言ったわよね。忘れてたわ。恐らく、私達みたいに外へ排出されたとは思うんだけど、近くにはいなかったわね。ほっとく訳にも行かないし、注記しときましょう。」
アイリスは黒板に書かれた情報を元に報告書を作成する。出来上がった報告書を読み直すと、アイリスは眉をひそめた。
「イトー団長が見たら、何だこれは、って言われそうね。」
「それは仕方ないだろう。見て聞いた事を書き連ねただけだからな。後は魔国に聞くしかあるまい。」
カルツァの言葉通り、使徒の件は魔国からの情報がないと判断ができない。
「とりあえず、これでイトー団長に見せましょう。」
エルヴィン達は団長室を訪れ、ライエンに報告書を渡した。ライエンは報告書に目を通す。読み進める毎にライエンの眉間に皺が寄っていくのが分かった。ライエンは報告書を読み終えると、疲れた様子で腕を組む。
「何だこれは?」
ライエンからの第一声は予想通りだった。
「見て聞いた事そのままがその報告書です。使徒に関しては魔国に情報を照会した方がよろしいかと思います。」
「確かにそうだな。ちゃんと回答してくれるかは分からんが。」
ライエンは溜め息を吐くと、報告書を仕舞う。
「今回はご苦労だった。それに、済まなかったな。此方の認識が甘かった。魔国が情報を偽っていたとはいえ、危険な目に合わせてしまったな。」
「気にしていません。任務に予想外の危険は付き物でしょう。」
「そう言ってくれると助かる。今回の任務はこれで完了だ。ドラグへ戻り、将軍に報告をしてくれ。」
「了解しました。では、失礼いたします。」
エルヴィン達は団長室を後にする。先程の部屋に戻ると、エルヴィンがアイリスに話し掛けた。
「ドラグへはいつ出発するんだ?」
「明日の朝には出発したいのだけれど、皆それでいいかしら。」
アイリスが問いかけると、皆頷いた。そういうわけで、翌日にはドラグへと戻る事になったのであった。
*********
朝日の暖かさを感じてリッカは目が覚めた。リッカはふあーと欠伸をしながら、ベッドから降りる。今日はアルセイド州へ出発する日だ。荷物の整理は昨日中に済ませている。洗面台で顔を洗い、身支度を整える。
「よっと。これでいいかな?」
鏡の前で、昨日ユウに贈って貰ったロケットを身に付ける。華美すぎず、胸元を飾るには最適なデザインだと改めて感じた。
「嬉しそうですね。」
「そ、そうかな。」
ノインにそう言われ、自分が嬉しそうな表情をしている事に気づく。家族以外の、異性からの初めての贈り物だ。嬉しくない訳がない。
「でもしばらくは手紙で我慢しないと。次はいつ会えるかな。」
「きっとそんなに遠くない内に会えますよ。」
「そうだといいな。」
「ちなみに、私の解析機関で分析したところ、ユウとリッカは体の相性も抜群ですよ。きっと健康な子ができるでしょう。」
「ぶっ!?そんな情報はいらない!」
リッカは顔を真っ赤にして、ノインにぽふっと枕を投げつける。勢いの弱い枕はノインに難なく受け止められた。
結局、アハトとの戦いの後、ノインはひょっこりホテルに戻って来ていた。アハトとの事を問い質すと、ベリルがよく知っているという。とりあえずアルセイド州に戻ってから聞く事にした。
「そんなに恥ずかしがらなくても。」
「ユウ君の顔見る度に意識しちゃうでしょ!もー!」
リッカはもう一度鏡で髪が跳ねてないか確かめる。身支度が終わると、忘れ物がないかチェックして部屋から出た。玄関ロビーではアルバンとアルノーが待っていた。
「おはようリッカ。よく眠れたかい?」
「おはよう兄様。うん。ぐっすり眠れたよ。」
兄のアルノーとは年末までお別れとなる。アルノーは少し寂しそうだ。アルノーはリッカの頭を撫でる。
「年末にはアティスに帰ってくるんだよね?」
「ああ。そのつもりだよ。」
三人で朝食を摂り、チェックアウトする。ホテル・エクレールから出ると、馬車がある停車場へと向かう。停車場ではユウとナヴィエが見送りに来ていた。護衛の冒険者達の姿も見える。馬車に荷物を乗せると、リッカは二人に走り寄る。
「ユウ君。色々とありがとうね。」
「こちらこそ。リッカに出会えて良かった。」
ユウとリッカは互いを見つめ、どちらからともなく顔を赤くする。互いに昨日のキスの事を思い出していた。
「あー、僕の事も忘れないでね。」
「もちろん。あ、今度女の子紹介するね。ナヴィ君。」
「はは。楽しみにしとくよ。」
「リッカ。そろそろ出発するぞ。」
「はい。父様。」
リッカはユウに近付くと、ぎゅっとユウの体に腕を回して抱き締める。突然の事に、ユウは戸惑う。
「り、リッカ!?」
「私からのサービス。お別れの抱擁、しよ?」
「・・・うん。」
ユウもリッカの体を抱き締める。アルノーからの殺気のこもった視線をびしばし感じるユウだったが、ここで引いては男ではない。この至福の時を心から味わう。互いの熱が伝わる頃、体を離した。
「リッカ。またね。手紙書くよ。」
「うん。またね。手紙、楽しみにしてる。」
こうして、リッカはユウとナヴィエと別れ、アルセイド州への帰路に着いた。
「ユウ君。ちょっとお話しようか?」
「遠慮します!」
「待ちたまえ!」
そして、アルノーから脱兎の勢いで逃げ出すユウなのであった。
*********
魔族が住まう大陸、ゾンマーフェルト。魔王の名を冠するその大陸の奥地に、それはあった。その黒い物体の人工的な造形は、かつてフェリウス帝国にあったという空中軍艦に酷似していた。ところどころ破損してはいるが、その物体はまだ生きている。
今、その物体に近づく人影があった。一人の少女。頭には黒髪の間から二本の黄色い角が生えている。魔族の中で、鬼族という種族の特徴だ。少女は物体に近づくと、コンコンと壁を叩く。
「お世話に来ました。開けてください。」
少女がそう言うと、物体の壁の一部が消え通路が現れる。少女は通路へと入り奥へと進んで行く。通路は複雑に入り組んでいるが、少女は迷う事なく歩く。しばらく歩くと、数学龍オイラーの紋章が描かれた扉にたどり着いた。少女が前に立つと、自動で扉は開く。中へ入ると、そこは広い空間だった。壁面には多くの水晶画面が並んでいる。床からは数多のケーブルが伸び、中心の透明な球体に繋がっていた。球体には様々な模様が浮かんでは消える。少女はその球体に近づいて話し掛けた。
「アーベル様。スズカです。」
すると、球体の中に瞳の形をした模様が現れる。その瞳はまるで本物のように動いてスズカを見つめる。スズカはアーベルと目が合うとにっこりと微笑んだ。
『おや。ご苦労様です。スズカ。』
人工的な音声が球体から響く。その球体は、アーベルの『脳』とも言える部分だ。初めて見た時は球体から声がして驚いたが、今ではもう慣れっこのスズカである。
「誰かと通信していたんですか?」
『ええ。イティネリス殿と。どうやら使徒を一人滅したようですね。』
「ほんとですか?久々の戦果ですね。」
『ええ。喜ばしい事です。』
水晶画面の一つには多くの名前が羅列されている。その中にエリィゴンの名前もあった。エリィゴンの名前も含め、半数程の名前が灰色で表示されていた。
スズカはアーベルが具体的に何をしているのかは知らない。ただ、魔王の命令で魔族の敵―――使徒と呼ばれる者を倒して回っているという事だけ知らされていた。
スズカは魔王城で働くメイドである。基本は魔王城で王女の世話を担当しているが、一ヶ月に一度ほどの頻度でここまで通っている。スズカのここでの仕事は、アーベルのいる部屋の掃除だ。かつては自動洗浄機能があったらしいが、すでに壊れてしまっている。スズカがアーベルの表面を指でなぞると、埃がいっぱい付いた。スズカの眉がハの字になる。
「アーベル様が埃まみれです!」
『ここ最近は動いてませんからね。入念にお願いします。』
「はい!では、張り切ってお掃除しますね!」
スズカに身を任せてアーベルは使徒のリストを見る。この地に墜ちて三百年余り。もはや自力で船体を浮上させる事もままならず、中枢機能の維持も困難である。それでも、アーベルは魔族の助けを借りて、使徒を狩り続けていた。
(まだまだ使徒は残っている。先は長そうですね。)
それが古龍が創りし駆逐艦デストロイヤー、グロセオ級二番艦アーベルの使命であると信じて。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




