第四十六話『多分デート?』
お待たせしました。続きとなります。
迎賓館でのパーティの翌日の朝。エクレール・ホテルの玄関ロビーで、リッカはユウをそわそわしながら待っていた。時折、昨日の夜の出来事を思い出し、人知れず悶える。
(昨日は恥ずかしかった・・・。)
ユウのおでこにキスした場面をファラデー夫妻に見られるし、ユウと仲良くしている事がアルバンとアルノーにばれた。アルノーが乱入してきた後はまさに修羅場としか言えない。ユウに詰め寄るアルノーを必死に宥めていたら、エリザがおでこのキスの件をばらして火に油を注いだ。アルバンによってアルノーの暴走は何とか収拾したのだ。
その後、両家で話し合いがあり、ユウとリッカの友達付き合いは認められる事になった。ユウの告白は一時棚上げである。
そして今日。エリザの提案で、ユウとアイゼンの街を散策する事になった。明日にはリッカがアルセイド州へと発ってしまう為、ユウにアピールする時間を作る腹積もりのようだ。リッカもユウの事をもっと知りたいと思っていたので、その提案に乗った。アルノーは心配していたが、リッカのお願いという事で折れてくれたのであった。
ふと玄関ロビーにある柱時計を見ると、七時五十分を差していた。約束の時刻、八時まで後十分だ。意識すると、カチッカチッという秒針の音が殊更に大きく聞こえる。
そして七時五十五分になった。その瞬間、正面玄関が開き、朝の陽射しが玄関ロビーに入り込む。陽射しと共に、玄関を潜って現れたのはユウだった。
「おはようリッカ。」
「おはよーユウくん。早かったね。まだ五分あるよ。」
「女の子を誘っておいて、デートに遅刻する訳にはいかないからね。」
「でで、デート!?」
「うん。」
ユウは爽やかな笑顔を見せる。リッカに会えてとても嬉しそうだった。
(そっか、男女のお出かけだから、デートだよね。)
そう意識すると、ユウの笑顔にリッカの鼓動が早くなる。熱くなった顔を悟られないように、今日の予定を聞く。
「今日はどこに連れていってくれるの?」
「まずは南街の商店街に行こう。色んなお店があるよ。」
「お店楽しみ!いこいこ。」
ユウとリッカはホテルから出て、商店街へと向かう。そして、二人を見守る影があった。ノインとナヴィエである。ノインはリッカを見守る為、ナヴィエはユウが心配なので付いて来たのだった。
「ユウってばちゃんと出来てるじゃん。心配しすぎだったかな。」
「まだ始まったばかりです。油断はできませんよ。」
二人に気付かれないようにナヴィエは変装し、ノインもメイド服ではなく、目立たない服装を着ている。一定の距離を保ちつつ、二人のデートを見守るつもりであった。
「それにしても、武器なんて本当にいるの?」
ナヴィエは得物の銀弓とユウの魔法銃を背中に背負っていた。
「ええ。私を信じて下さい。十中八九、邪魔が入ります。」
「邪魔ねえ。そんな不粋な輩がいるのかな。」
ノインはアハトの襲撃を警戒しつつ、ナヴィエと共にユウとリッカの後を追うのであった。
*********
エリィゴンと操演神を倒したエルヴィン達は永久円環の制御装置のある場所へ向かっていた。シュメッタによれば、エリィゴンが倒された事で警戒レベルが下がった為、制御装置を操作すれば外に出られるはずだ。
「やっと着いたわ。ここよ。」
たどり着いたのはまるで神殿のような場所。神殿内部へと入ると広い空間になっており、中心には台座があった。台座には複雑な紋章が刻まれている。
「これが制御装置なの?」
「ええ、そうよ。」
アイリスが尋ねると、シュメッタは肯定する。シュメッタが台座に手をかざすと、音を立てて円柱がせりあがって来た。円柱の上面には人の頭ほどの透明な球体が出現する。球体の内部には様々な文様が浮かんでは消えていった。アイリスが横から覗き込むと、その文様は古い文字だった。
「これは、古代文字?シュメッタは読めるの?」
「読めないわ。」
「えっ!?大丈夫なの?」
「操作方法は知ってる。大丈夫よ。多分。えっと確か操作方法は・・・。」
シュメッタは何やらぶつぶつ言いながら球体に触れる。シュメッタが触れる度に、様々な文字が浮かび上がっては消えて行く。心配ではあったが、ここはシュメッタに任せるしかない。シュメッタの集中を乱さないようにエルヴィン達は黙ったまま見守った。しばらく見守っていると、球体から音声が流れる。
『永久円環の閉鎖処理が選択されました。なお、当該空間内の生命体は通常空間へと解放されます。実行しますか?』
「ええ。実行よ。」
『実行を承認。閉鎖処理開始までカウントダウン開始。30、29・・・。』
「大丈夫だよね?みんなバラバラに飛ばされたりしない?」
「元いた場所に出るはずよ。・・・多分。」
ツェツィが心配そうに言う。シュメッタも自信はないようだ。すると、エルヴィンがある提案をした。
「じゃあ、皆で手を繋ごうぜ。それならバラバラにならないだろ。」
「それはいい考えね。ほら、手を繋ぎましょ。」
エルヴィン達は手を繋ぐ。エルヴィン、ツェツィ、ベルンハルト、カルツァ、アイリス、シュメッタの順で手を繋ぎ、最後にエルヴィンとシュメッタが手を繋いで輪になった。ツェツィは怖いのか、目を閉じてエルヴィンの手をぎゅっと握りしめる。エルヴィンは安心させるように、その手を握り返した。
「『閉鎖まで後、5、4、3、2、1、0。閉鎖処理、開始します。』」
そして、世界は眩い光に包まれた。
*********
アイゼンの商店街は朝から賑やかだ。商店街が面する大通りは大勢の人が行き交っている。王都にも負けない賑やかさである。気を付けて歩かないと、人波に飲まれてしまいそうだ。
「リッカ。はぐれるといけないから手を繋いでもいいか?」
「う、うん。」
ユウは手を差し出すと、リッカは恥ずかしそうに手を握る。ユウの手は、クオンと同じくらい男の子の手をしていた。クオンと手を繋ぐのは慣れているのに、ユウと手を繋ぐと胸がドキドキする。ユウはリッカと歩調を合わせて歩いてくれているようだった。
(何だかチラチラ見られてる気がする。)
リッカは周囲の人々から視線を感じていた。敵意のある視線ではないので気にしないことにする。ファラデー工房はこの街の人なら誰でも知っている大工房だ。つまりそこの長男のユウはかなり顔の知られた有名人である。そのユウが見知らぬ女の子を連れているので注目されていたのだ。そんな事は知る由もなく、リッカはユウと共に商店街を歩いて行く。
ユウとリッカはある店の前で立ち止まる。その店の看板にはストークス工房直営店と書かれていた。ストークスと聞いて、リッカの頭にはナヴィエの顔が思い浮かぶ。
「ここってナヴィエ君のとこ?」
「そう。ナヴィの家の工房が制作した商品が売られてるんだ。リッカの喜びそうなものが売ってるよ。」
「ほんと?期待しちゃうよ!」
扉には波を図案化した紋章が刻まれていた。ユウが扉を開くと、カランコロンとドアベルの音が響く。ドアベルの音を聞いて、店員が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませー。」
応対に出てきた店員を見て、リッカは驚く。ナヴィエそっくりだったからだ。
「え?ナヴィ君!?」
「あはは。違うよ。ナヴィのお母さんだよ。」
「ふふ。初めまして。アンネ=ストークスです。」
「は、初めまして!」
金髪で白い肌、透き通った蒼い瞳。ちょっと尖った耳。ほぼ生き写しと言ってもいい。アンネはとても美しかった。リッカが知る一番の美少女、ドロシーと同じかそれ以上の美貌だ。同性のリッカでも見惚れてしまう。
「アンネさんはエルフなんですか?」
「ええそうよ。ククル妖精国からお嫁に来たの。」
「へえ~。珍しいですね。」
「そうね~。普通のエルフはククルからあんまり出てこないものね。まあ、私の場合は駆け落ちなんだけど。」
「か、駆け落ちなんですか!」
アンネによると、両親に結婚を反対され、アイゼンまで駆け落ちしたらしい。美しい見た目とは裏腹に、芯の強い女性だと感じた。
リッカが店内をぐるりと見回すと、見た事のない魔導具で一杯だった。剣や盾に術式を刻んだ物や、生活に使えそうな簡単な魔導具まで様々な種類がある。ふと、あるコーナーでリッカは立ち止まった。ペンダントやロケットが並べられている。その中の一つにリッカは魅かれた。
「これ・・・可愛い。」
それはカワセミのレリーフが彫られたロケットペンダントだった。リッカは手に取って眺めてみる。美しい翡翠が象嵌されていた。値段は書かれていない。
「防御魔法の発動させる為の結晶回路が刻印されてるわ。翡翠に込めた魔力量に応じて、自動的に防御魔法が発動するの。ほら、その翡翠、よく見てみて。」
アンネに言われた通り、象嵌された翡翠を見てみる。すると、翡翠の中に複雑な模様が見えた。
「それが術式を表現した結晶回路よ。」
「すごいです。もしかしてアンネさんって凄腕なんですか?」
「凄腕なのは夫たち。ストークス工房は水晶回路の形成技術が自慢なのよ。」
「へえ~。」
素人なリッカにも、翡翠の内部に微細な結晶回路網を構築する事は難しいと分かる。そうなると、このペンダントの値段が気になった。高い技術が必要ならお値段もそれなりに張るかもしれない。
(むむむ。お金足りるかな。)
リッカは悩む。冒険者で稼いでいるとは言え、大きな出費は痛い。冒険の装備品調達でお金が飛ぶ事はよくあるからだ。恐る恐る、リッカは値段を聞いてみる。
「これ、値段表示がないんですけど、おいくらですか?」
「二五〇〇リンね。」
「たっか!?」
値段の高さに思わず声に出るリッカ。金貨一枚、一家族が一ヶ月余裕で暮らせる額だ。貯蓄を切り崩せば払えない事はないが、いくら何でも簡単にそんな金額は出せない。すると、ユウがリッカの肩をポンと叩いた。
「リッカ。欲しいなら俺が買ってあげるよ。」
「ええっ!?で、でも悪いよ。」
ユウのお財布事情は知らないが、そんな簡単に出せる額ではないはずだ。さすがに躊躇するリッカ。いくら好意とはいえ心苦しい。ユウは恥ずかしそうに言葉を続ける。
「こういう時の為に、母さんに貯めさせられてたから大丈夫だよ。それに、俺がリッカにプレゼントしたいんだ。だめかな?」
そう言われては断る事はできない。それにプレゼントしてくれると言うユウの言葉が素直に嬉しかった。
「分かった。じゃあ、お願いしてもいい?」
「もちろんだよ。」
「ふふ。お買い上げありがとうございます。ここで付けていく?」
「はい。そうします。」
「リッカ。俺が付けてあげるよ。」
「そうね。どうせならユウ君に付けて貰ったら?」
「じゃ、じゃあお願いしようかな。」
リッカはユウに背を向ける。リッカがポニーテールを横にどけると、ユウからはうなじがよく見える。ユウがロケットを付ける時、ユウの手がリッカの首筋に触れた。リッカはユウに触れられているのを感じてドキドキする。一方のユウも緊張して動きがぎこちない。そんな初々しい二人を見てアンネは微笑んでいた。
「鏡の前にどうぞ。」
アンネに促され、姿見の前に立つ。胸元には瞳と同じ色の翡翠が煌めいていた。
「似合ってるよ。リッカ。」
「えへへ。ありがとう。ユウ君。」
顔を赤くして、リッカのはにかむ姿がとても可愛い。ユウは直視できずに目を逸らしてしまう。プレゼントして良かったと思うユウであった。
「そうそうリッカちゃん。もし良ければ、うちの息子に誰か女の子を紹介してくれないかしら?」
「へ?」
「私が言うのもなんだけれど、うちの子ってあの顔でしょ?女の子が気後れしちゃってね。なかなか恋人ができないのよ。困ったものよね。」
頬に手を当てて、はあ、とアンネはため息を吐く。確かにあの美貌では、並大抵の女の子では自信を無くしてしまうだろうとリッカは思った。とはいえ、紹介するとしてもアルセイドの女の子しか知らないのだが。
「私が紹介できるのって言っても、アルセイドの、アティスの街の子しか知りませんよ?」
「それで構わないわ。」
「じゃあ帰ったら一応話しときますね。」
「お願いするわね。」
アンネの話が終わると、ユウはアンネにカウンターでロケット代を支払う。
「またのお越しを~。」
「はい。また来ますね。」
ひらひらと手を振るアンネに見送られ、ユウとリッカは店を後にするのであった。
*********
商店街を見回った後、ユウはリッカをアイゼン大橋へと連れて来ていた。橋の上は今日も多くの人で賑わっている。
「北街に行くの?ユウ君。」
「いいや。行くのはコリオリ河の河川敷だね。お昼ごはんを食べるのにいい場所があるんだ。」
言われて懐中時計を見ると、もうすぐ正午になろうとしていた。橋の横の階段から河川敷へと降りる。そこには広場があり、家族連れで賑わっていた。そして、リッカが好きな猫の姿も。
「猫ちゃんだ~。可愛い~。」
キジトラ、サバトラ、茶トラ、サビ、白、黒、黒白、白黒、三毛。様々な柄の猫がたむろしている。子供達が猫と遊んでいた。
「リッカは猫が好き?」
「うん。大好き。家でも猫飼ってるよ。」
「ここの猫達は街のみんなで管理してるんだ。ネズミ退治の為にね。」
倉庫を荒らすネズミ対策で猫を街で飼っているとの事。猫を必要とする業者は街からレンタルするという。ネズミ取りが上手い猫ほど報酬が高いのだとか。
「あの子がボス猫のトラだよ。」
ユウが指差した先には、一際大きな茶トラ猫がいた。他の猫達と比べて貫禄がある。近づいても、人に慣れているようで逃げない。
「こんにちは。トラちゃん。」
「にゃーん。」
ボスらしく低くて渋い声だ。リッカがしゃがんで人差し指を出すと、ふんふんと匂いを嗅ぐ。そして指にすりすりして来た。
「よろしくね。トラちゃん。」
「にゃ。」
トラとの挨拶を済ませると、ユウとリッカは空いている場所に向かう。ユウは背嚢からシートを取り出して広げる。二人はシートの上に座ると、ユウはさらに背嚢から弁当箱と水筒を二本取りだした。
弁当の中身は、いろいろな具材が挟まれたサンドイッチ。他には一口大にカットされた果物。簡単だが色とりどりの弁当になっていた。
「これ、もしかしてユウ君が作ったの?」
「そうだよ。よく分かったね。」
「クオンが作るのとなんか似てるもん。」
「」
「いただきます。」
「はい。召し上がれ。」
ハム、卵を初めとして肉や野菜、魚の切り身など多くの具材が挟まれている。結構数はあったが、二人であっという間に平らげた。
「はあ~。美味しかった~。」
「リッカって意外と健啖家なんだね。はいお茶。」
「ありがと。」
食べ終わってお茶を飲んでいると、いつの間にかお弁当の匂いに釣られて猫達が寄って来ていた。ユウとリッカの周りには、人だかりならぬ猫だかりが出来ている。
「「「にゃー。」」」
猫達は、にゃーの大合唱を始めた。餌をくれとねだっているようだ。リッカは慌てて猫達に訴える。
「ごめんね~お弁当はもうないの。」
「にゃー。」
「なーん。」
「にゃーお。」
訴えも虚しく、リッカ目掛けて登山を始める猫達。リッカの体からお弁当の匂いでもするのか、あっという間に猫まみれになってしまった。膝に乗ったり、背中をよじ登ったりやりたい放題だ。ユウに助けを求める。
「ユウくーん。助けて~。」
「ちょっと待ってて。ほらお前達、餌だぞ。」
ユウが背嚢からカリカリの入った皮袋を出し、掌にいくつかカリカリを乗せる。猫達はリッカへの登山を止めて、ユウにまっしぐらに駆けて行った。しかし、まだリッカは頭が重い。手で探ってみると、柔らかい毛の感触。それに頭の上で、にゃーという声がする。まだ猫がへばり付いているようだ。
「こりゃ。離れなさい。」
「にゃあ~。」
リッカは頭の上の猫を引き剥がす。頭にくっついていたのは白猫だった。瞳が黄色と青のオッドアイ。下に降ろすと、ダーッとユウの方へと駆けて行った。ほっと息を吐いてユウの傍に行く。今度は代わりにユウの周りに猫達が集まっていた。手皿で猫達にカリカリを与えている。
「ねえユウ君。私もやっていい?」
「いいよ。はいこれ。」
ユウはリッカにカリカリの入った皮袋を渡す。リッカはカリカリを掌に乗せて猫達に差し出した。猫達は我先にとカリカリを食べ始める。時折、猫のざらざらした舌が手に当たりくすぐったい。
「あはは。くすぐったいよ~。」
皮袋が空になった頃、猫達も満足したようで攻勢はなくなった。その後、時間を忘れて猫達と楽しむユウとリッカであった。
猫達とたっぷり遊んだ後、リッカはユウと互いの話をしていた。シートの上に座って、目の前の河を行き交う船を見ながら。
「リッカ。そろそろ行こうか。」
「う、うん。」
ユウは手を差し出した。リッカもおずおずとユウの手を握る。まだちょっと恥ずかしい。恥ずかしさをごまかすように、リッカはユウに尋ねる。
「次はどこに行くの?」
「とっておきの場所さ。リッカも喜ぶと思うよ。」
コリオリ河の河川敷を下流方面へと歩いていく。しばらく歩くと、河岸に立つ木造の建物が見えてきた。
「あれが目的の場所だよ。」
建物の前に来ると、『喫茶カッツェ』という看板があった。どうやらここは喫茶店のようだ。猫の絵が描かれた扉を開くと、カラコロンとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいま・・・せ・・・?」
応対に出てきたのは、白い猫耳と尻尾の獣人だった。手を繋いだユウとリッカを見て固まる。
「レイナさん。窓際の席を二つ空いてますか?」
ユウがそう言うと、レイナははっと我に返る。
「は、はい空いてますよー。お好きな席にどうぞー!」
レイナは早口で言うと、カウンター席にいる初老の男性に向かって走り寄る。
「店長!大変です!ユウ君が女の子連れて来てます!」
「大声で叫ぶな。見てたから知ってるよ。」
店長とレイナのやり取りに、店の中にいる客達の視線がユウとリッカに集まる。
「騒いでるみたいだけど大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。気にしないで。」
窓際の席は比較的空いていた。二人は適当な場所に座る。大きな窓からはコリオリ河の様子がよく見えた。河の上を多くの船がゆっくり進んでいる。
「ここ、いい眺めだね。」
「でしょ。良くナヴィーと来るんだ。」
ユウはメニューを手に取ると、テーブルの上に広げる。メニューには美味しそうなスイーツがイラスト付きで載っていた。特にパフェは種類が豊富だった。甘い物が好きなリッカは目を輝かせる。
「たくさん種類があるね。」
「好きなの食べていいよ。」
「え、いいの?」
「うん。」
先程のアルヴェーンとの戦いで魔力をほぼ使い果たし、お腹が空いていたところだった。ユウの申し出を素直に受ける事にする。
注文が決まったところで、ユウは呼び鈴を鳴らす。レイナがささっと注文を取りに来た。
「ご注文をお受けします。」
「フルーツパフェ一つと冷茶を二つお願いします。」
「承りました。・・・ところでそこの女の子は紹介してくれないの?ユウ君。」
レイナは興味津々な顔でリッカを見る。ユウと何だか親しげな雰囲気なのがリッカは気になった。
「この子はリッカ。最近友達になったんだ。」
「へえ友達ね。・・・友達?」
レイナは小首を傾げる。納得が行かないといった表情だ。
「彼女じゃないの?」
「まだ違うよ。口説き中なの。だから邪魔しないでね。レイナさん。」
ユウは真面目にそう告げる。リッカは頬が熱くなるのを感じた。レイナはきゃー、と歓声を上げる。店内にいる客達もしれっと聞き耳を立てていた。
「あのユウ君がそんな事言うなんて驚き!これは一大事ね。」
レイナは興奮した様子でリッカに話し掛けて来る。
「私はレイナ。あなたのお名前は?」
「り、リッカです。」
「リッカちゃんね。よろしく。ちなみにあそこのカウンターでぶすっとしてるのがここの店長のゴードンさんよ。」
「は、はあ。よろしくお願いします。」
「それじゃ、邪魔者は退散するわね。ではではごゆっくりー。」
レイナはささっと退散し、店長と共に厨房へと入っていった。
「何だか親しげだったけど、レイナさんとは知り合いなの?」
「そうだね。俺とナヴィーはここの常連だし、すっかり顔を覚えられてるんだ。」
ユウとナヴィーは五年ほど前の開店時から足繁く通っているとの事。あの豊富な種類のスイーツのほとんどを店長のゴードンが作っていると聞いてリッカは驚いた。ゴードンは筋骨隆々の偉丈夫だ。とても可愛らしいスイーツを作っているようには見えない。
(人は見かけによらないね。)
しばらく雑談して待っていると、レイナがトレイにフルーツパフェと冷茶を持ってやって来た。だが、何だかパフェの大きさがおかしい。
「お待たせしました~。フルーツパフェと冷茶です。」
レイナはテーブルの真ん中に、ドン!とパフェを置く。そのボリュームは明らかに二人分はあった。リッカは目が点になる。
「これ、量がおかしくない?」
「店長からのサービスです。二人で分け合って食べてください。スプーンも二つありますので。」
テキパキと二人の前にスプーンを置くと、レイナはささっと戻っていく。ユウとリッカがゴードンの方を見ると、ゴードンは親指をぐっと上に立てた。
「ゴードンさんからなら俺も食べないと失礼だね。ずっとリッカの食べる様子見てても良かったんだけど。」
「ええっ!?恥ずかしいからやめてよもー!」
リッカは頬を膨らませてユウに抗議する。ユウはそんなリッカを見て微笑んでいた。周りから見ていた客達からは、どこからどう見ても仲の良いカップルにしか見えなかった。
「やばいですよ店長・・・。あのユウ君が女の子に砂糖吐いてます。」
「はっはっは。良い事じゃないか。やっぱりユウも男だったって事だな。ジョセフの奴もこれで安心だろ。」
昔からユウを知っているレイナとゴードンにしては、ユウの変化に驚くと同時に嬉しい事であった。
「んー!おいしー!」
リッカはフルーツパフェに舌鼓を打つ。新鮮な果物、甘い生クリーム、冷たいバニラアイス、カリカリのコーンフレーク、甘酸っぱいベリーソース。どの絡み合わせも絶妙に調和していてとても美味しかった。ユウはリッカの反対側を攻略していた。そんなユウの様子をちら見しながら、リッカは考える。
(少しはユウ君にサービスしてあげてもいいよね。)
ロケットを買ってもらったり、甘味を奢ってくれたりと、今日は貰ってばかりだ。リッカは何かお返ししたいなと思っていた。
(男の子の喜びそうな事って何があるかな・・・?)
リッカはクリームの付いたスプーンを口に入れたまま、リリスとの会話を思い出す。
『男の子は、女の子に手ずから料理を食べさせて貰うのが嬉しいらしいよ。』
リッカは昔、風邪で寝込んだクオンに匙で食べさせた事がある。その要領で同じようにやってみる。スプーンで一口分だけ掬うと、ユウへとスプーンを向ける。
「リッカ?」
「ユウ君、その、あーんって、してみる?」
「えっ!?」
リッカの言葉にユウは固まる。その様子を見て、リッカは急に恥ずかしくなってきた。
(これ・・・思ったよりすっごく恥ずかしい!)
クオン相手とは違う感情が沸き上がって来る。ここまでやってしまってはもはや後戻りはできない。一方のユウは、突然のリッカの行為に驚いて躊躇する。しかし、リッカが頬を赤くしながらスプーンを差し出すのを見て、覚悟を決めた。
(せっかくリッカがここまでしてくれたんだ。男なら行くしかない!)
ユウは、パクッと口に含む。冷たい感触が舌に広がるが、緊張で味がよく分からない。
「美味しい・・・?」
「うん・・・美味しいよ。」
互いに顔を赤くしたまま黙ってしまうユウとリッカ。そんな成り行きを見ていた周りの客達は、二人の初々しいやり取りを、悶えたり微笑ましく見ていた。
(うおおおお!?見ててつれええええ!何故俺には彼女がいないんだあああ!)
(儂もばーさんとの若い頃思い出すのう。)
(若いっていいわねぇ。)
ユウとリッカは周囲のそんな視線に気を配る余裕もなく、赤い顔で黙々とフルーツパフェを食べるのであった。
フルーツパフェを食べ終わる頃には、ユウもリッカも頬の熱が幾分か冷めて落ち着きを取り戻していた。
「ふう。ごちそうさま~。」
リッカは冷茶を飲む。口の中の甘さと冷茶の苦味が混じって良い感じだ。ユウの方は冷茶を飲みつつ、リッカの幸せなそうな表情を見て和んでいた。すると、食べ終わったのを見計らって、店長のゴードンが近づいて来た。
「お嬢ちゃん。どうだい味の方は?」
「はい。とっても美味しかったです。」
「はは。そいつは良かった。ところでユウ坊。どこでこんな別嬪さん見つけたんだ?んん?」
ゴードンはユウを肘でつつく。ユウは渋々ながらも事の経緯をゴードンに説明した。
「ほー。そんな事があったのか。」
ゴードンはユウの話を聞いて感心していた。女の子に慣れているとは言えないユウにしてはよく頑張ったなと思った。
「頑張って繋ぎ止めないとダメだぞ。ユウ坊。」
「ゴードンさんに言われなくても分かってますよ。」
ユウが会計で支払いを済ませる。ゴードンがリッカに喫茶カッツェの会員カードをくれた。黒猫のイラストの可愛いカードだ。
「また来てくれよな。嬢ちゃん。」
「また二人で来てね~!」
「はい。また一緒に来ますね。」
リッカは笑顔でゴードンとレイナに答えたのであった。
*********
喫茶カッツェを出た後は、再びアイゼン大橋へと戻り、出店を回るユウとリッカ。出店での遊びに夢中になっていると、いつの間にか、太陽が傾く時間になっていた。リッカはユウに連れられて、橋の中央部分に来た。
「ここから見える夕陽がとても綺麗なんだ。」
コリオリ河の下流方向はちょうど真西。季節によって位置にズレはあるものの、おおよそ太陽の沈む方向だ。
「ほんとだ。綺麗だね~。」
茜色の太陽が河面に映り、ゆらゆらと揺れている。その上をゆっくりと船が行き交う幻想的な風景だった。暫し無言で夕陽を見つめる。夕陽の下端が水面に差し掛かる頃、ユウが口を開いた。
「それじゃ、ホテルまで送ってくよ。」
「せっかくのデートのところ悪いけど、そうはいかないんだよね。」
「「えっ!?」」
不意にどこからか知らない声がする。ユウとリッカがきょろきょろと辺りを見回すと、声の主は空中に浮いていた。
「初めまして。リッカ。」
声の主の正体は、クオンが五号遺跡で遭遇した謎の少年アハトなのであった。
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