第四十五話「逢瀬」
続きとなります。
リッカが迎賓館に到着した少し後の事。ユウとナヴィエが迎賓館に訪れていた。共に礼装に身を包み、白亜と浅葱の館を見上げていた。
「ここに来るのも久しぶりだな。」
「ははっ。そうだね。昔はしょっちゅうここに来てユウと遊んだもんね。」
二人は昔を思い出す。互いに工房の手伝いが始る前の事。親にくっついてよく迎賓館に遊びに来ていた。他の工房の子供たちと一緒に、迎賓館の中を駆け回ったものだった。そのおかげで、迎賓館の構造は熟知している。部屋に入り込んで大人達に叱られた事も今は良い思い出だ。最近は工房での修行や学校が忙しく、親にくっついて迎賓館に来る事も少なくなっていた。
「パーティに可愛い子がいるといいね。あっ、もう見つけたんだっけ。」
「か、からかうなよナヴィ。」
ユウの頬が、誰が見ても分かるくらいに朱色に染まる。ユウは昨日からリッカの事が頭から離れないでいた。そんな状況は、もちろんナヴィエには筒抜けである。
「わざわざ南の果てのアルセイド州からアイゼンまで来たんだよ?考えられるとしたら、親が博覧会とパ-ティに出席するから一緒に来たって事のはず。早くしないと、別の男が唾をつけちゃうかもしれないよ?」
「うっ!?そ、それは嫌だ。行くぞナヴィ。」
ユウは足早に迎賓館へと歩を進める。ナヴィもそんな様子に苦笑しながら後を付いていった。正面玄関の中央の扉をくぐり、玄関ホールへと足を踏み入れる。チェック模様のホールは着飾った多くの人で賑わっていた。そこらかしこで談笑している。ぱっと見た限り、見知った人間は何人かいるのだが、リッカらしい人物は見当たらない。
「ここにはいないな。」
「そうみたいだね。二階に上がってみようか。」
ナヴィエには周囲からびしばしと視線が集まっているのだが、当の本人は涼しい顔をしていた。ナヴィエの顔を知っている者はトラウマを呼び起こされてげんなりとし、知らない者はその美貌に見惚れていた。
「ナヴィ、お前の被害者がたくさんいるな。」
「生まれ持ったこの美貌が憎いね。」
「俺を含めその美貌に騙されて心に傷を負ってるんだけどな!」
「あはは。いい夢見れたでしょ。」
互いにいつものやり取りをしながら、階段から二階へと上る。大ホールに足を踏み入れた時、背後からユウとナヴィエに声を掛ける者がいた。
「昨日ぶりです。お二方。」
「「うわっ!?」」
気配もなく二人の背後からにゅっと現れたのはノインだった。昨日と同様に無表情のままなので尚更怖い。
「ノ、ノインさん!びっくりしたじゃないですか!」
「申し訳ありません。」
「ノインさんがここにいるって事は、リッカもここに来てるんですか?」
「はいユウ様。ただ、少々困った事になっておりまして。実はお二人にお嬢様を助けて欲しいのです。」
「どういう事だ?」
「バルテン侯爵が嫡男、チェスター=バルテンはご存知でしょうか?」
ユウとナヴィエは頷く。昔、ナヴィエを女の子だと思って口説いてきた事があったのだ。さすがのナヴィエも嫌な事件だったと回想する出来事だった。それに加え、バルテン侯爵の嫡男が、様々な女性との間で浮名を流している事は良く知られていた。
「リッカお嬢様が、今まさにチェスターに追いかけられているのです。」
「な、何だって!?」
ユウはリッカの事で頭が一杯になっていて気づかなかったが、ナヴィエはノインの様子に疑問を感じていた。
(ノインさんの態度、何か変だな。)
ナヴィエはノインの態度が不自然に思えてならなかった。主人が危機的状況にあるというのに、その割には落ち着きすぎているような気がしてならない。いくら元々が無表情だとしても。まるで計画通りのような、そんな余裕さえノインから感じる。
それに、バルテン侯爵の嫡男を注意できる人間なんてそうそういない。それはユウとナヴィエも同じだ。ユウは政治的発言力のあるファラデー工房の人間ではあるが、それでも侯爵家レベルの貴族に意見するのは難しい。相談したところで、どうにもならないはずだ。
その時、『自然優美の間』から駆け足で出て行くのが見えた。声を掛ける間もなく、紫斑紋の柱の間をすり抜け、奥の通路へと消えて行く。その後を、薄ら笑みを浮かべた青年が追いかけていった。おそらくこの男がチェスターだろう。
「ナヴィ!リッカを助けに行くぞ!」
「あ、待ってよユウ!」
「よろしくお願いいたします。」
駆けて行く二人にお辞儀して見送るノイン。ナヴィエはノインの事が気がかりではあったが、この場はユウの後を追いかける。
(ノインさんの様子は気になるけど・・・今はユウの方が心配だ。)
ユウはリッカが消えて行った通路とは別の通路へと飛び込んだ。先回りするつもりなのだろう。ナヴィエは、ユウが怒りのあまりにチェスターを殴ってしまうのではないかと危惧していた。
「ユウ。一体どうするの?まさか殴り倒したりしないよね?」
「さすがにそこまでしない。親父に迷惑が掛かるからな。奴に気づかれないように、先回りしてリッカをどこか適当な部屋に避難させる。」
角を曲がると、扉がたくさん並んでいる通路へと出た。適当な扉を選ぶが、案の定鍵が掛かっている。すると、ユウは懐からあるものを取り出した。それは先端部分のない鍵であった。
「そういえば、ユウって魔法鍵持ってたね。」
「おう。俺のお守りだからな。」
ユウは魔法鍵を鍵穴に押し当てる。すると、鍵がまるで液体のように変形し、するっと鍵穴へと挿入される。そのまま鍵を回すと、ガチャリ、と開錠の音がした。ユウがドアノブを掴んで回すと、扉は開いた。
「よし。この部屋でリッカが通るのを待とう。扉の前に来たら、部屋の中連れ込む。」
「やだ。ユウってば変態さんみたい。」
「うるさいぞナヴィ。」
ユウとナヴィエは息を潜めて待つ。すると、誰かの足音が聞こえてきた。ユウが神経を研ぎ澄まして魔力を探ると、足音の主は間違いなくリッカだった。
「来たっ!」
一気に扉を開けると、ちょうどリッカが目の前を通り過ぎようとしていた。ユウはリッカに背後から抱き着き、部屋の中へと強引に引き込む。リッカは突然の事に驚いたようで、ユウの上の中でもがく。
「ん~!ん~!」
腕の中のリッカは想像以上に柔らかかった、そして口を押えている掌にはリッカの唇の感触。男の邪な部分がのそっと鎌首をもたげるが、ユウは理性を総動員してどうにか我慢する。ここで嫌われては元も子もない。
「リッカ!落ち着いて!俺だよ俺!」
すると、腕の中のリッカが大人しくなる。昨日友達になったばかりとはいえ、すぐにユウだと気づいてくれて嬉しかった。
「腕を離すよ。大声出さないでね。」
腕の中のリッカはこくりと頷く。ユウはゆっくりと腕の拘束を解いた。リッカはユウの方へとゆっくりと振り向く。その表情には戸惑いと安堵が含まれていた。ユウはリッカに優しく微笑みかける。
「昨日ぶりだね。リッカ。」
「ユウ君・・・?」
「僕もいるよー。」
「ナヴィ君も。どうして、ここに?」
「ノインさんに偶然会って、リッカを助けてくれって頼まれたんだ。」
「ノインに?そっか。ありがとう。ユウ君。ナヴィ君。チェスターに絡まれなくて済んだよ。」
リッカはほっとした様子だった。ユウは部屋の鍵を締める。万が一にもチェスターが入ってこないようにするためだ。ユウは扉に張り付くと、魔力を探る。恐らくチェスターと思われる魔力の塊が通路をうろうろしていた。見失ったリッカを探しているのだろう。少しすると諦めたのか、チェスターは離れて行った。
「どうやらやり過ごせたみたいだよ。」
「良かったぁ~。」
ユウが扉から振り返ると、窓から射し込む月の光だけがリッカを優しく照らしていた。ユウは淡い月光のベールに包まれたリッカに見惚れる。一方のリッカはそんなユウの熱い視線には気づかず、改めて部屋の中を見回していた。来賓の宿泊の為に誂えた部屋はかなり豪華な内装だった。高価そうな調度品や寝具が目に付く。
「すっごい部屋だね。ここ。」
「ここは迎賓館だからね。来賓用の部屋がたくさんあるんだよ。少しここで休むといい。」
「うん。そうする。ちょっと疲れちゃった。」
リッカはベッドに腰掛ける。お腹いっぱいの状態かつドレス姿で走ったので疲れていた。靴を脱いで足を揉む。ユウはリッカの白い生足に釘付けになった。リッカはその視線に気づくと、頬を少し染める。
「ユウ君のえっちぃ。」
「ご、ごめん!」
「あはは。別にいいよ。減るもんでもないし。それに筋肉もついちゃってるから女の子っぽくないかも。」
「筋肉?リッカは鍛えてるのか?」
「鍛えているというか、弟と冒険者してるの。それでね。でもさすがにドレス姿で走るのはきついけど。」
「へえ。お嬢様なのに珍しいな。」
「僕もユウも冒険者してるよー。ほとんど工房のお手伝いだけどね。」
色々な経験をしておいた方がいいという事で、ユウとナヴィエも冒険者として登録し活動していた。クオンやリッカと違い、そのほとんどが工房絡みの依頼だ。原料の調達や販売、物流など工房の製品に関わる依頼をよくこなしていた。
「そこら辺の話も合いそうだね。よいしょっと。」
リッカは足を揉むのを止めると、靴を履いて立ち上がる。ユウはリッカが大丈夫そうだったので、この部屋から出ようと促した。無断で部屋を使っているので、バレるとまずいのである。三人は部屋から出ると、扉はユウがしっかりと魔法鍵で施錠しておいた。
「はあ。会場に戻るとチェスターに会いそうで嫌だな。」
「パーティは誰と来たんだ?」
「父様と兄様だよ。」
「合流すれば、さすがにチェスターも追ってこないと思うけど。」
「うーん。でも追ってきたら迷惑掛けそうで・・・。」
「だったらいい場所がある。パーティが終わるまでそこにいればいい。何なら、俺が話相手になってもいいぞ。」
「ほんと?じゃあそうしようかな。料理を食べる以外にやる事なかったんだよね。」
「僕はちょっと野暮用があるから遠慮しておくよ。二人で楽しんで。じゃあ、僕は行くね。ユウ、後は任せたよ。」
「おう。」
「またね。ナヴィ君。」
ユウとリッカはナヴィエと別れ、迎賓館の裏口を目指して歩き出すのであった。
*********
「見失ったか。何とも逃げ足の早い女神さんだ。」
チェスターはリッカを見失うと、二階の大ホールまで戻って来ていた。すると、紫斑紋の柱に背を預けた銀髪の大男がいた。男は忌々しそうにチェスターを一瞥する。
「女の尻ばっかり追いかけやがって。坊ちゃんはいつになったらフェルマー大陸へと向かうんだ?」
男は辟易していた。|地底王国<<マンテリウム>>での仕事なのに、いつまで経ってもこのチェスターは向かおうとしない。それどころか、アイゼンで女を追っかけてばかりだ。
「心配しなくても、明後日には船に乗るよ。アイゼンはもう十分楽しんだしね。」
「やっとかよ。|地底王国<<マンテリウム>>でも女を追っかけてたら、さすがに俺も怒るぞ?」
|地底王国<<マンテリウム>>には前人未到の遺跡がある。溶岩が流れているために灼熱地獄で、足を踏み入れるには特殊な装備がいる。男には高価すぎて手が届かない。支援者を探したところ、名乗りを上げたのがチェスターだった。正直気に食わないのだが、その資金力は本物だ。
「俺はもう宿に帰るぞ。」
「お好きにどうぞ。」
男は大ホールから階段を降りて行った。チェスターの頭にはすでに男の事などなく、先程取り逃がしたリッカの事を考えていた。
(それにしてもあの子、良い表情だったなあ。後で調べて置かないとね。)
心底嫌そうな表情を浮かべていたリッカに、チェスターはその興味を魅かれていた。チェスターはぺろりと唇を舐める。リッカの知らないところで、チェスターはその毒牙を研ぎ澄ますのであった。
*********
ユウはリッカと共に迎賓館の裏口を抜け、外へと連れ出していた。迎賓館の裏手には、周囲を木々で囲まれた噴水広場があった。噴水の台座からはこんこんと水が湧き出ている。月の光が水面に煌めいて、幻想的な雰囲気だった。涼しい風がそよいでいてとても気持ちがいい。木々からは、虫たちの静かな音楽が聞こえてくる。
「綺麗な場所だね。」
「気に行ってくれた?ここ、迎賓館でお気に入りの場所なんだ。」
ユウとリッカは噴水の縁へと座る。目の前には喧騒と灯りの漏れる白亜の館。背後にはさらさらと流れる水の音。周囲は木々と虫の演奏。切り取られたようにまったりとした時間が、ここには流れていた。しばらく無言のまま、時間が過ぎて行く。
(二人きりになれたはいいけど、何を話そう・・・?)
話し相手になるとは言ったものの、いざとなったら言葉が出てこない。ナヴィエがいないだけでこんなにも緊張するとは思っていなかった。
(小賢しい事を考えるだけ無駄だ。ここは思った事をそのまま言おう。)
ユウは改めてリッカを見る。ライムグリーンのドレスはきっと瞳の色に合わせたものだろう。とても似合っていた。翠色のリボンで髪をポニーテールにしているのも可愛い。
「リッカ。そのドレス、とても似合ってる。」
「え、そ、そうかな?」
「うん。とっても可愛いよ。」
「あ、あう。」
真っすぐなユウの言葉に、リッカの頬は朱色に染まる。ここまで真剣な眼差しで褒められたのは初めてだった。恥ずかしくてもじもじしてしまう。
(アイゼンの男の子ってみんなこうグイグイ来るの!?)
ユウは思った事を言っているだけなのだが、リッカにはかなり積極的に聞こえた。
(はっ!?もしかして私、口説かれてる!?いやいやそんな馬鹿な!?自意識過剰だぞ私!)
リッカは何も言えずに黙るしかなかった。一方、ユウは耳まで真っ赤になったリッカを見て、自分の発言を少し反省していた。
(言い過ぎたかな?でも本当に可愛いし・・・ああ、真っ赤なリッカもいいな。)
ユウがじっと見つけていると、リッカがおずおずと口を開いた。
「あのさ、もしかして、私、口説かれてるのかな?なーんてね。」
リッカは上目遣いにユウに尋ねる。ユウはごくりと唾を飲み込んだ。想いを伝えようか迷ったが、結局、正直に話す事にした。
「うん。」
「そっかぁ・・・って、ええ!?」
「あはは。思った事をそのまま言ったらリッカを口説いちゃってた。」
まさか本当に口説かれていたとは思わず、リッカは驚きの声を上げる。
「それって、私に好意を持ってるって事?だ、だって昨日会ったばかりだよ?」
「不思議じゃないよ。一目惚れだから。」
「ひ、一目惚れぇ!?」
まさか自分が一目惚れされるとは思わず、リッカは狼狽える。そんなものは小説の中だけだと思っていた。だが、ユウが嘘を吐いているようにも見えない。
「気持ちは嬉しいけど、まだユウ君の事、良く知らないし。」
「分かってる。俺もリッカをもっと知りたい。リッカも俺を知って欲しいんだ。返事はそれからで構わないよ。もし全く脈がないのなら、ここですっぱり言ってくれていい。」
「・・・脈なら、あるよ。」
実際のところ、リッカは満更でもなかった。脈はあると聞いて、ユウは安堵した表情を見せる。勢いで想いを言ってしまった為に、ここで初恋に終止符を打たれないか心配していたようだ。
「本当は文通から初めて、互いに知ってから言おうと思ってたけど、順番が逆になっちゃったな。それもこれもリッカが可愛いのが悪いよ。」
「私のせい!?それに可愛い可愛い言わないでよぉ!恥ずかしいじゃん!」
リッカはさらに顔を赤くして、ポカポカとユウの胸を叩く。全然痛くない反撃にユウは笑う。
「そう言えば、さっき助けてくれたお礼がまだだったっけ。」
「お礼?別にいらないぞ?」
「そういうのはだーめっ!こういうのはきちんとしないとアルセイドの女が廃るの!ほら、目を閉じて。お礼するから。」
「え、う、うん。こう?」
お礼するから、と言われ、具台的に何をされるのだろうとドキドキするユウ。しっかりと目を瞑る。
「これは今日のお礼と、私を好きだと言ってくれたユウ君への感謝。」
リッカは、そっとユウの前髪をかき上げると、おでこにそっと口付ける。額に感じた柔らかな感触に、ユウの胸の鼓動がさらに早鐘を打つ。
「どう?こうすると男の子は喜ぶって聞いたんだけど。」
「十分嬉しいよ。ありがとう。」
「良かった。恥ずかしいのを我慢した甲斐があったよ。」
ユウとリッカは笑い合う。だから、木々の間の茂みからの視線に二人とも気づかなかったのであった。
*********
ナヴィエはユウたちと別れた後、『自然優美の間』にいた。
「おじさんとおばさん、どこにいるかなっと。」
ナヴィエはすぐに目的の人物達を見つけた。近寄ると向こうもナヴィエに気づき、話し掛けて来る。
「こんばんは。ジョセフさん。」
「こんばんは。ナヴィエ君。楽しんでるかい?」
「まあ、それなりにですね。」
ナヴィエはもちろん、ユウの父親であるジョセフとも面識がある。
「あら、ナヴィエ君じゃない。お久しぶりね。」
「お久しぶりです。エリザさん。」
ジョセフの隣にいた女性はユウの母親、エリザだ。顔立ちはユウにとても良く似ている。ほんわかとした雰囲気だが、ファラデー工房を陰で支えているやり手である。
「そういえば、うちの愚息は一緒ではないのかね?君と会場まで来ると言っていたが。」
いつも一緒のユウとナヴィエはセットのように思われている。ジョセフは、ユウが隣にいないのが不思議なようだ。
この夫婦はユウに全く女の子の影がないので心配していた。このパーティにユウを参加させたのも、良い相手が見つかるかもと言う期待からだ。跡継ぎの問題もあるが、どちらかといえば純粋な親心である。
(おじさんとおばさん。どういう反応するかな?楽しみ。)
ナヴィエは笑いを噛み締めていた。ユウがリッカと二人きりになっていると知ったらどういう顔をするだろうか。あれこれと楽しく予想しながら、ナヴィエは口を開く。
「ユウなら、今、女の子としっぽりしてますよ。」
その言葉に、ジョセフとエリザはまるで彫像のように固まった。衝撃から先に立ち直ったのはエリザの方だった。目をキラキラさせて、ナヴィエに詰め寄る。
「ナヴィエ君!それはホントなの!?」
「ええ、本当ですよ。」
「どこ!?どこにいるの!?」
「お、落ち着きなさいエリザ。」
興奮するエリザを宥めるジョセフ。だがジョセフの方も、冷静を装いながら、ユウの事が気になっているようだった。
「噴水広場にいますよ。見に行きますか?」
「もちろんよ!」
そして数分後、三人は噴水広場へと来ていた。裏口から出ると、噴水広場にすぐ出てしまうためユウ達に見つかってしまう可能性があった。迎賓館の横を回り込み、木々の間からそっと窺い見る。
「ほら、あそこにいますよ。」
ナヴィエが指差した方、噴水の縁にユウとリッカが腰掛けていた。
「アルセイド伯爵のご令嬢らしいですよ。昨日、工房に見学に来て知り合ったんです。」
「そうだったのね。まったくもう。ユウったらなんで私達に教えてくれなかったのかしら。」
すると、ユウとリッカに動きがあった。リッカはユウの頬に手を添えると、額にキスをした。その光景を見て、ジョセフは驚き、エリザはとても嬉しそうだ。
「さあ!そろそろ行くわよ!一体どういう事なのか問い質さないと!」
「お、おい。エリザ、嬉しいのは分かるが落ち着きなさい。」
ジョセフが制止するのも構わず、エリザはびゅーっと二人の元へと駆け寄る。ジョセフはため息を吐くと、エリザの後をゆっくりと追う。ナヴィエも笑いながら後を付いていく。
「ユウ!」
「ぶっ!?か、母さん!?何でここに!?もしかして見てたの!?」
「ええ、ばっちり見てたわよ!」
エリザの乱入にユウとリッカは驚く。今までの一部始終を見られていた事を知り、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。さらにジョセフとナヴィエの姿も目に入り、さらに羞恥が増す。
「初めまして。私はエリザベス=ファラデーよ。」
「驚かせてしまって済まないね。私はジョセフ=ファラデーだ。」
「り、リッカ=アルセイドです。」
目をキラキラさせるエリザに若干押されながらも、自己紹介をする。間近で見たエリザはとてもよくユウに似ていた。
(この人がユウ君のお母さん。やっぱりユウ君はお母さん似なんだね。)
「それで?二人はどういう関係なの?恋人じゃないの?」
「と、友達です。」
「あら、友達なの?キスしてたのに?」
「あ、あれはただのお礼です!」
リッカは事の経緯を説明する。ユウがチェスターから助けてくれた事。おでこへのキスはそのお礼だという事。あくまで二人は友達だという事。
「そうだったの。ごめんなさいね。ユウが女の子と話すところを見た事がなかったから舞い上がってしまったわ。でもでも、お礼とはいえキスするんだから、ユウをそれなりに良くは想ってくれているんでしょう?」
「ええ、それは・・・まあ。」
リッカは恥ずかしそうにもじもじする。エリザの言葉で、キスした場面を見られた事を改めて認識させられる。とても恥ずかしい。
「あーもう!この子可愛いわ!お持ち帰りしてもいいかしら?」
「うひゃあ!?」
「ちょっと母さん!リッカが困ってるだろ!」
エリザはリッカを抱き締めて頬擦りする。どうやらエリザはリッカを気に入ったらしい。
「エリザ、リッカさんが困っているよ。離してあげなさい。」
ジョセフがそう言うと、エリザは渋々リッカから離れた。
「うちの家内が済まないね。」
「あ、いえ。大丈夫です。」
「良ければ、息子と仲良くしてやって欲しい。」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。」
エリザと違い、ジョセフは物静かな紳士と言う感じだ。明るく元気なエリザとは好対照である。
「さて、私達はそろそろ行こうか。」
「ええ~?もう少しお喋りしたいわ。」
「若いのの邪魔をしてはいけないよ。」
「うーん、それもそうね。じゃあユウ。しっかりやるのよ。」
そう言い残すと、ジョセフとエリザは迎賓館の中へと消えて行った。二人の姿が消えるのを見届けると、リッカは大きく息を吐き、噴水の縁に座り込む。
「はあ。びっくりした~。」
「ごめんねリッカ。急に父さんと母さんが来ちゃって。」
「ううん。別に構わないよ。驚いたけどね。」
「はは。災難だったね。二人とも。」
「ナヴィ!お前なあ!なんで父さんと母さんを連れてくるんだよ!」
「面白そうだったから?」
ナヴィエはぺろりと舌を出す。ユウはそんなナヴィエの額にでこぴんした。
「あいた!もうひどいな~ユウってば。」
「ひどくない。全く、ナヴィのせいで恥ずかしいとこを見られちゃったじゃないか。」
「でも良かったじゃん。ジョセフさんもエリザさんも喜んでたし。」
ナヴィエは悪びれもせず答えると、手をひらひらと振って迎賓館の方へと踵を返す。
「じゃあ、お邪魔虫は退散しますよ。後は二人でごゆっくり~。」
そう言うとナヴィエはさっさと迎賓館の中へと戻っていってしまう。二人にまた木々の音が聞こえてきた。
「なんかごめんな?騒がしくってさ。」
「あはは。気にしなくていーよ。それよりもさ。せっかくの機会だし、いろいろ話しよ?ゆ、ユウ君の事、もっと知りたいし。」
リッカが一度アルセイド州に帰ってしまえば、なかなか会う機会はない。文通の約束はしているとはいえ、文面では伝える事も限られる。離れる前に、自分を想ってくれているユウの事をもっと聞きたいと思っていた。
「喜んで。俺も、もっとリッカが知りたい。」
*********
迎賓館のとある一室。アルバンとアルノーはファラデー夫妻と対面していた。
「わざわざ呼び出して済まない。伯爵殿。」
「いえ構いません。それで、大事な話とは?」
「単刀直入に言おう。私の愚息、ユウが伯爵殿のご令嬢に惚れている。」
「「・・・は?」」
アルバンとアルノーの声が重なる。ビジネスの話かと思えば、まさかのリッカに関係する内容であった。エリザが話を続ける。
「もし、あなたと本人が良ければ、ぜひユウの嫁に来てほしいの。」
「ちょちょっと待ってください!うちのリッカを嫁にですか!?」
「リッカにはまだ早いです!」
「早いといってもアルノー君。すでに婚約者がいてもおかしくない年齢だろう?悪い話ではないと思うのだが。」
アルノーを宥め、アルバンは腕を組んで考える。アルセイド伯爵家としてはファラデー工房と繋がりができる良縁だ。だが、可愛い娘をまだ嫁にやりたくないという親心もある。
「今すぐと言う話でもない。まだ愚息もリッカ嬢とは恋人ではないからな。だが、可能性の一つとして考えて置いて欲しい。」
「最終的には、リッカ嬢の気持ちが優先だ。」
「・・・検討しておきましょう。」
アルバンはそう言うのがやっとだった。アルノーは不服そうな表情をしていたが、特に何も言わない。アルノーは声を荒げそうになるのを必死に堪えていた。
「もしリッカにその意思がない場合は、この話は消えるという事で構わないのですよね?」
「ええ、無理強いはしないわ。でも、このままなら長いお付き合いになりそうよ?」
エリザの言葉に、アルノーは嫌な予感がした。強張ったアルノーの表情を知ってか知らずか、エリザは楽しそうに話を続ける。
「ユウが今、噴水広場でリッカちゃんに頑張ってアピールしてるから。」
リッカが家族以外の異性と二人っきり。その事実を認識した途端、アルノーは椅子から立ち上がっていた。
「失礼します!」
「お、おいアルノー!」
アルノーはアルバンの制止も聞かず、部屋から出ると駆け足で噴水広場へ。裏口を抜け、そこでアルノーが見たのは、ユウとリッカが楽しそうに会話している光景だった。アルノーは目の前の光景に硬直する。少し遅れて、アルバンとファラデー夫妻も追い付いた。
「ふふふ。やっぱり、長いお付き合いになりそうね?」
エリザはいたずらっぽく笑うのであった。
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