第四話『冒険者ギルドアルセイド支部』
続きとなります。
翠の魔女の館に泊めてもらったリッカとクオン。二人の寝ている寝室には朝日が射し込んでいた。カリンを見つけた時は外は夜なのにこの館のある地下空間は昼間だったが、二人が寝静まった後にカリンが地下空間の設定を調整し外の環境と同期させていた。朝日を浴びた二人はそれがまるで合図だったかのようにベッドからのそのそと動き出す。上体を起こしふわあと欠伸をしながら、リッカとクオンは起床した。
「んん~?もう朝かあ。おはようクオン。」
「おはようリッカ。」
二人は起き上がるといそいそと身支度をする。いつものようにリッカがクオンに背を向ける。クオンはリッカのためにささっと着替えを済ませて先に部屋を出る。
「じゃあ、先にカリンさんを探してくるよ。」
「うん。分かった。」
クオンは1階に降りると正面玄関前のホールに出る。カリンを探しにきたはいいものの、この館の構造をロクに知らないことを思い出した。
「カリンさん、どこにいるんだろう?」
とりあえず1階ホールから通じる部屋を探すことにする。いくつか扉を開けてみると、3個目の扉から通じる部屋でカリンを見つけた。その部屋には長めの高級そうなソファがテーブルを挟んで2つ置かれており、その片方にカリンは座って本を読んでいた。カリンはクオンが部屋に入ってくる気配に気づき、表情を変えないまま顔を向ける。
「カリンさん。おはよう。」
「・・・おはよう。クオン君。」
昨日ほどの警戒の色は見えないが、やはりその漆黒の瞳に信頼の色はなかった。クオンは少しがっかりするものの、彼女の境遇を考えれば仕方ないかと思った。できるだけ落胆の色を見せないようにする。
「リッカさんは?」
「もうすぐ降りてくるよ。」
「・・・そう。」
ほぼ事務的な会話だった。クオンはいろいろカリンと話したかったのが、いざとなると言葉がなかなか出てこない。二人の間に沈黙が流れ、次第に気まずい雰囲気になっていく。カリンの方を見たまま何も言ってこないクオンにカリンは怪訝な顔をする。
(まずい・・・。なにか、なにか適当な話題を・・・。)
その時、沈黙するクオンに天の助けが降りてきた。カリンのお腹から、くぅ~と可愛らしい音が鳴り響いたのだ。
「・・・。」
「・・・えっと。食べ物持ってるけどいるかい?この館の食料はもうみんな腐ってるでしょ?」
「・・・いらない。お腹は空いてな・・・。」
しかし、カリンの言葉とは裏腹に、お腹の方は正直だった。クオンの言葉に答えるかのようにカリンのお腹はくぅ~くぅ~と返事をする。カリンの頬が少し朱色に染まった。
「・・・いただくわ。」
さすがに観念し、そう申し出るカリン。クオンは笑いを必死でこらえながら、向かいのソファに座ると、部屋から持ってきたバックパックから一つの袋を取り出す。甘いメープルクッキーと少し塩っ気のある塩バタークッキーだ。保存効果のある薬草が練り込まれており、冒険によく持っていく。長期の依頼で野宿が多い場合は保存食も用意するが、今回くらいの場合はこれらのクッキーで事足りた。クッキーだけなら喉が渇くと思ったので、お茶も出してあげようと魔法瓶を取り出す。最近王立工房で発明された魔道具で、水や飲み物の温度を長い間保つことができる。飲料水やお湯、スープを入れたりと便利だ。クオンは魔法瓶のふたを外そうとすると、カリンがじっと魔法瓶を見つめていることに気付いた。
「それ、何?水筒みたいだけどかすかな魔力を感じる。」
「ああ、300年前にはなかったんだっけ。これは魔法瓶だよ。」
「魔法瓶?」
「うん。中に入れた飲み物とかの温度を保てるんだ。冷たいものは冷たいまま。温かいものは温かいままにね。」
「・・・300年の間にずいぶん魔道具も進んだのね。多分、容器の内側に術式を刻んでるんでしょ?冷却と加熱の術式を。それを適宜切り替えて温度を維持してると思うんだけど、私の知ってる術式じゃその中に納まりそうにないわ。」
「うん?いや違うよ?これに使われてるのは熱移動の術式だよ。」
「ねついどう?」
「君の言う通り、今の知識でも冷却と加熱の術式、調節の術式とかを組み込むとこの中には収まらないし、魔力もそこそこ食っちゃうんだ。」
「じゃあどうしてるの?」
「飲み物がぬるくなるのは熱が移動しちゃうからってことに着目して、それを阻害する術式を開発してコンパクトにした人がいたんだよ。」
「なるほどね。わざわざ冷却や加熱の術式で外側から無理やり熱を奪ったり加えたりして温度を維持するより、より原理的な熱の移動という現象に着目して簡潔に制御する術式にしたのね。熱の移動方式は・・・熱伝導と熱放射と熱対流だったっけ。」
「そうそう。容器の外側に熱が移動しないようにしてるんだ。」
ふとその時、クオンはカリンが先ほどよりも饒舌に喋っていることに気付いた。表情も笑顔までとはいかないが柔らかくなっている。
(魔道具に興味あるんだね。まあ、魔術師なら当たり前か。魔法や魔道具、魔法機械の話題を振れば、少しは普通に会話してくれるかも。)
クオンは何とかしてカリンと打ち解けたいと思っていた。その一歩として、カリンにある提案をする。
「ねえカリンさん。僕で良ければ、ここ300年で開発された魔法や魔道具、魔法機械の概要を教えることができるよ。」
「ほんと!?」
身を乗り出さんばかりにして叫ぶカリン。カリンははっと自分のしたことに気付くと、少し恥ずかしそうにしながらも真面目な顔に戻る。咳ばらいをしながら、言葉を続ける。
「ま、まあ気が向いたらお願いするわ。」
カリンはそう言いつつ、クオンからクッキーを貰う。ハンカチを広げてその上に乗せる。しかし1枚メープルクッキーを手に持ったまま、食べるのを躊躇しているようだった。
(もしかして、何か変なものが入ってないか気にしてるのかな?)
昨日会ったばかりの人間から渡された食べ物だ。空腹で思わず貰ったが、食う瞬間になって警戒心が出てきたのだろう。そう思ったクオンは、一枚クッキーを食べ、食べても大丈夫なことを示す。できるだけ不自然にならないようにクッキーを勧める
「どっちもおいしいよ。食べてごらん。」
その様子に安心したのか、カリンは口元にクッキーを運ぶ。小さな口で少しずつサクサクと食べている様子はまるで小動物みたいだった。美味しいのか少しだけ頬が緩んでいた。
(小動物みたいで可愛いな。)
あまりジロジロ見るのも失礼なので、視線を外してお茶の用意をする。水筒のふたがカップになっているので、お茶を注いでカリンに差し出す。
「ありがとう。」
カリンは一言礼を言うと、お茶に口をつける。しかし、その時、カリンは重大なことに気付いてしまった。
(これ、口の付け所が悪いと間接キスになるんじゃ!?)
カリンは内心慌てるが、今更間接キスが嫌だからカップの縁を拭いてくれとは言い出せない。一口目は事故だと思って諦める。ちなみにクオンはいつもリッカと水筒を共有しているのでそこまで考えが及んでいなかった。
「そういえばハヤテ?だったっけ?手紙を運んできたわよ。」
「え?いつ?もう返事書いたんだ博士。でもここ地下でしょ?良く気づいたね。」
「一応、翠の森全体に結界を張りなおしたから。ちなみに運んできたのは深夜よ。えっと、ちょっと待ってて。」
カリンはいったん部屋から出て、少しすると戻ってきた。手にはクオンが博士への手紙を入れたのと同じケースを持っていた。カリンはそのケースごとクオンに手渡す。
「ハヤテはそのままどこかへ飛んでったけどそれで良かったの?」
「あ、うん。大丈夫だよ。多分、アティスにある僕たちの自宅に戻ったと思うから。」
クオンはそう言いながら、ケースを開ける。取り出した手紙は暗号化されていたので、クオンは復号鍵を取り出し、手紙を復号する。
「禁秘たる意思を開くのは 定められし 我が瞳の前に詳らかにせよ。復号解錠。」
クオンの復号鍵用の詠唱をすると、文章が再構成され読めるようになる。クオンはその文章を目で追い始める。カリンはその隙に、クッキーの為に敷いたのとは別のハンカチでさっと水筒のカップの縁を拭いた。
「博士も会いたいって。でも、王都から離れられないから王立大学まで来てほしいらしいよ。」
「・・・王都。そうねいつまでもここに引きこもるわけにもいかないし。」
「その角は隠せる?」
「一応、魔法で隠せるわ。」
カリンの白い角が青く光ったと思うと、まるで最初からなかったかのように消え失せる。
「これならばれないでしょう。」
しかし、クオンには気になることがあった。わずかだが、彼女の全身をめぐる魔力の流れが遅くなったのだ。クオンがその理由を聞こうとした時、勢いよく扉がバーンと音を立てて開いた。
「おっはよー!クオン!カリンちゃん!」
「おはようリッカさん。」
「・・・おはよう。」
元気なリッカの登場で、クオンの疑問は先送りとなったのであった。リッカも輪に加わると、クオンからクッキーを貰い、あっという間に三枚平らげる。
「ねえカリンちゃん。そういえばシュタールさんはどうするの?」
「・・・?シュタール?だれ?」
「え?知らない?この館へ来るための魔法陣を守ってた人造兵なんだけど。」
「・・・知らないわ。少なくとも300年前にはいなかった。」
「そう?翠の魔女を我が主って言ってたし、カリンちゃんを守るために置いたのかな?」
「その人造兵はどうしたの?」
「私たちと戦った後、動かなくなっちゃったのよね。」
「貴方たち二人が寝静まった後に、地下空間を全て走査したけど、人造兵なんていなかったわ。師匠が作ったというのなら、いずれ姿を現すでしょう。」
ノインのことはひとまず置いといて、三人は王都までどうやって行くか相談をする。
「王都へ行く前にアティスの街で冒険者ギルド登録をしておいた方がいいと思うの。」
「そうね。身分証もいるし、300年前のギルドカードは使えないだろうし。」
「じゃあ、まずはギルドに行こうか。」
ひとまずの方針が決まった三人は、アティスにある冒険者ギルドアルセイド支部へと向かうのであった。
*********
翠の森の入口まで、三人はカリンの次元門で転移してきた。街中は騒ぎになるだろうし、次元門は転移先を精密に設定できる分、距離の二乗に比例する魔力を消費するので遠距離には向いていない。遠距離転移の場合には次元門の術式を刻んだ魔法機械———魔導炉を搭載した複雑な魔道具———を利用していたとカリンは話した。
「街がずいぶん大きくなってる・・・!」
「100年前に再開発したからねえ。ほら、あの建物が冒険者ギルドだよ。」
リッカが指さした先には、古龍リンドブルムを象った紋章の旗を掲げた建物があった。翠の森は街よりも標高が高いので、入口から街全体を見下ろすことができるのだ。アルセイド州は北部を山で遮られており、天然の要害となっている。そのため城砦は存在せず、王都から伸びる中央街道が唯一の入口となっている。アルセイド州の入口にこそ厳重な警備はあるが、逆に言えば州内の警備はゆるやかである。なので、特に苦労もなく三人は街へと入ることができた。300年ぶりの街はやはり新鮮なようで、カリンはおのぼりさんのように周りをきょろきょろしていた。
「綺麗になったのね。あんなにごちゃごちゃして迷路みたいだったのに。」
「今は整理されて碁盤目状に街道が伸びてるからね。」
話ながら歩いているうちに冒険者ギルドへとたどり着く三人。さっそく建物に入ると、三人に気付いたエルマが近づいてくる。
「あら、早かったのね。あなたたちにお客さん来てるわよ。」
「お客さん?」
リッカが首を傾げる。待ち合わせしている相手はいなかったはずだ。
「ドロシーちゃんよ。護衛の依頼でここまで来たんだってさ。あなたたちに会えるかもって2階で待ってるわよ。」
「え?ドロシーが来てるの?」
その時、カリンがクオンの袖をちょいちょいと引く。クオンが振り向くと、カリンはこっそりと耳打ちをする。
「ドロシーって誰?」
「あ、うん。僕たち姉弟の友達だよ。たまにだけど依頼を一緒にこなすんだ。」
「なるほど。」
こそこそ話をしていると、エルマがにやにやしながらクオンとカリンを見ていた。
「あれれ?その子はどなた?」
「ええと、この子はカリン。依頼の途中で知り合ったんだ。魔法の話で意気投合して、パーティーを組もうと思って。」
「へえそうなの~?私はてっきりクオン君が新しい女の子をひっかけてきたのかと思っちゃった。」
「人聞きの悪いことを言わないでください!」
「だってリッカちゃんとドロシーちゃんという美少女と仲いいじゃない。」
「姉と友達ですから!」
「あはは~。そういうことにしておこう若人よ。」
クオンはため息をつくと、カリンにエルマのことを紹介する。
「カリンさん。この人がこの支部で受付を総括しているエルマ=グートシュタインさんだよ。」
「はじめまして~。よろしくね~。」
「私はカリン。カリン=ゼーべンと言います。よろしくお願いします。」
さすがにアントラとは名乗れないので、カリンは魔女の弟子時代から使っている偽名を名乗る。
「で?クオン君との関係は?」
「昨日知り合った他人です。」
エルマの茶々をばっさりと切り捨てるカリン。エルマもその一言を聞いてカリンの人となりをなんとなく察した。エルマはクオンに憐れむような視線を向ける。
「そんなことよりエルマさん。カリンさんのギルド登録をお願いできますか?」
「ええ。いいわよ。カリンさん。こっちへ来て。」
エルマに促され、カリンは受付カウンターへと向かう。リッカとクオンもその後をついていく。
「この用紙に必要事項を書いて。」
カリンはエルマに手渡された用紙に記入し始める。リッカとクオンとも会話できたし、ここ300年で基本的な言葉は変化していないようだった。ささっと書き終わると、用紙をエルマに渡す。
「記入事項に不備はないようね。ギルドカードを発行するから待ってて。今のうちにドロシーちゃんに会ってきたら?」
そう言いつつ、カウンターの奥へと消えていくエルマ。
「ちょうどいい機会だしドロシーを紹介するよ。」
「クオン、カリンのことはどう話すの?」
「竜角人だってことはまだ秘密で。そのことは博士の指示を仰ごう。ドロシーは信頼できるけど、お母さんが王国の偉い人だから、変に広まったりしたら大変だし。カリンさんとは魔法の話で意気投合してパーティー組むことにしたってことでいいかな?」
「うん。それでいいよ。」
カリンの了承を得て、三人はドロシーの待つ2階の待合室へ向かう。こんこんと扉をノックすると、中から「はーい。開いてますよ~。」と鈴の鳴る様な声が聞こえてきた。扉を開けて中に入ると、フードをかぶった小柄な人物がいた。フードのせいで顔はよく見えないが、プラチナブロンドの綺麗な髪がこぼれている。その人物はリッカとクオンに気付くと、あっと声をあげる。
「リッカちゃん!クオン君!久しぶりだね!」
そう言いながら小柄な少女、ドロシー=ロッドフォードはリッカに抱き着く。
「元気そうね。ドロシー。」
「うん!私はいつも元気だよ!」
ふと、ドロシーの視線がカリンを向く。ドロシーは見慣れない少女の姿に、頭に疑問符を浮かべた。そして初対面だと気づくとドロシーはリッカから離れ、カリンの前に立つ。フードを外し、現れた真紅の瞳がカリンを見つめた。
「はじめまして!・・・だよね?。私はドロシー=ロッドフォード!よろしくね!」
「・・・は、はじめまして。カリン=ゼーベンです。よろしく。」
ドロシーの勢いに押されながらも自己紹介をするカリン。リッカとクオンはそんな二人の様子に微笑む。
「二人とも、カリンちゃんとはどうしたの?」
「依頼の途中で知り合ってね。魔法の話で意気投合してパーティーを組むことになったんだ。」
「へ~。そうなんだ。カリンちゃんも魔術師なの?」
「ええ。そうですよ。」
「私も魔術師なんだ。カリンちゃんとは仲良くなれそう。」
「あーはいはい。分かったからとりあえず座りましょう。」
「あ、うん。そうだね。どうぞどうぞ。」
ドロシーに促され、四人は二組あるソファにそれぞれ二人ずつ座る。クオンとリッカ、ドロシーとカリンという組み合わせだ。
「三人はこれから何か予定あるの?」
「私たち?王都のハーヴィー博士に会いに行こうと思ってたんだけど。」
「それなら私も一緒についてっていいかな?私も依頼終わったし王都に帰ろうと思ってたんだ。」
「ええ、いいわよ。ドロシーとも久しぶりにおしゃべりしたいし。」
「やったあ。」
ドロシーはぱっと花を咲かせたような笑顔になる。その笑顔のファンは王国中にいるが、母親のアデラインに目をつけられては身の破滅となるので本人にアタックしようとする者はいない。なので、唯一友達として近い距離にいるクオンは非公式ファンクラブから目の敵にされていたりする。
「ねえ、カリンちゃんはどんな魔法が得意なの?」
「えっと、私は・・・。」
ドロシーとカリンは魔術師同士で気が合うのか、魔法の話をし始める。リッカとクオンはその様子を静かに見守る。三十分ほどが過ぎたころ、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
「ギルドカードできたわよ。はい、どうぞ。」
「わざわざすみません。ここまで持ってきてくださったんですね。」
カリンは恭しくギルドカードを受け取る。黒地に金色でリンドブルムの紋章が象られたカードだ。
「魔力紋登録してくれる?」
「はい。」
カリンはギルドカードに手をかざすと、手のひらが青く光る。魔力の波長は個人によって異なり、それを魔力紋と言う。同じ魔力紋を持つ人間は存在しないわけではないが、確率が極めて低い。そのため個人認証手段として普及している。
「はい。これで登録終了よ。お疲れさま。」
「エルマさん。ついでに翠の森調査の依頼完了と王都への馬車の手配お願いしてもいいですか?僕たち四人で王都まで行こうと思うので。」
「ええ、いいわよ。じゃあ手続きするから1階まで来て。」
「分かりました。リッカたちはここで待ってて。」
そう言うとクオンとエルマは部屋から出ていった。残された女性三人のうち、最初に口を開いたのはリッカだった。
「ねえ、カリンちゃん、ドロシー。聞いてもいい?」
「なあに?」
「・・・何?」
「クオンのことどう思う?」
「クオン君?優しくて気が利いて良い友達だと思ってるけど。」
「カリンちゃんはどう?」
「なんでそんなことを聞くの?」
「いいからいいから!」
「毒にも薬にもならない普通の男の子。」
ドロシーはともかく、カリンは興味ないと言っているも同然だった。二人の答えを聞いてリッカは腕を組む。
「おかしいなあ。クオンって気立てもいいし優しいしもっとモテてもいいと思うんだけどなあ。」
「リッカちゃんがいつもくっついてるからじゃないの?」
「ええっ!?私のせい!?」
「そもそもリッカさんが気にする事じゃないでしょ?」
「いいえ!姉としては弟の幸せを考える義務が!」
「もういっそリッカちゃんがもらっちゃえば?」
「だめだめだめ!血がつながってるんだからそんな背徳的なのはだめ!」
「・・・はあ、バカらしい。」
きゃあきゃあ言い合うリッカとドロシー。冷めた目で見守るカリン。そのうち戻ってきたクオンは扉の前で部屋の中の喧騒を聞き、仲がいいなあと暢気なことを考えているのであった。
*********
その後、戻ってきたクオンからギルドの説明を聞くカリン。本当はエルマさんが担当するのだが、手間を省くためにすでに冒険者のクオンが説明することにしたのだ。依頼の受理や報告などは300年前と変わっていなかったが、冒険者の階級には微妙な変化があった。階級は白金、金、銀、銅、鉄、青銅の六階級に特別階級のタングステンを加えた七つだ。
「ちょっと待って。鉄と青銅が増えたのは冒険者人口が増えたからってことで納得できるけど、タングステンって何?」
「これはちょっと説明がいるんだけど、簡単に言えば、冒険者でタングステンマンって人がいるんだ。」
「タングステンマン?」
「そう。全身タングステン製の装備でその素状は不明。でもライン、フェルマー、ククル、ゾンマーフェルト、フレイムの各大陸で唐突に現れては人助けをしてるんだ。それで冒険者ギルドはその功績をたたえて、タングステンって彼だけの階級を作ったのさ。」
「彼ってことは男だってことは分かるの?」
「声が明らかに男性だったらしいからね。バリトンボイスだとか。ちなみに決め台詞は『さすがタングステンだ!何ともないぜ!』だよ。」
「・・・変わった人がいるのね。」
「ちなみに僕たちは全員鉄クラスだよ。」
「じゃあ、私もすぐ追いつかなきゃいけないわね。」
「カリンちゃんならすぐに追いつくよきっと。」
「そういえば、三人で一番強いのは誰なの?」
「「ドロシー。」」
リッカとクオンの言葉が重なる。ドロシーは恥ずかしそうに頬を染めていた。
「ドロシーさん、そんなに強いの?」
「もう二つ名もあるんだよ。その名も『鉄槌の魔女』!」
「て・・・てっつい?」
砂糖菓子のような風貌からは全く想像できない物騒な二つ名にカリンは困惑する。ドロシーは照れ隠しに自分の頭をかく。
「はい。僭越ながら、二つ名を持っています。」
「鉄槌って・・・?」
「はい。私の得物のことです。」
ドロシーは短い詠唱を唱えると、右手に身の丈ほどもある鉄槌が姿を現す。槌の部分は非対称で、片方が円錐状に尖っていた。
「それ、重くないの?」
「見た目ほど重くないんですよ?持ってみますか?」
「・・・うん。」
好奇心が勝ったのか、カリンは両手で鉄槌を受け取る。意外と軽く、簡単に持つことができた。
「これ、鉄・・じゃないわよね?でも金属に見えるわ。」
「ふふふ。それは王立素材研究所で開発された最新の魔法素材セルロースナノファイバーなのです!」
「せ、せるろーすなのふぁいばー?」
「いうなれば木ですよ。」
「木?これ木なの?」
「正確には、木を構成しているセルロースを取り出して、特殊な加工をすると鋼鉄よりも強くなるのです!しかももともとは木なので魔力伝導率も高いんです!」
「なるほど。一見鉄の武器に見えるけど、これは進化した『魔法の杖』なのね。」
「ドロシーは強化の魔法を使って鉄槌で殴るのが得意なのよ。だいたいの相手はひとたまりもないわ。」
わいわいとドロシーの強さについて語るリッカ。王都へ向かう馬車の準備ができるまで、四人の会話は続いたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。