第四十四話『ユニコーン再び』
お待たせしました。続きとなります。
「ぐぎゃああああああ!?」
エリィゴンの心臓を躊躇なく握りつぶしたエルヴィン。エリィゴンは胸を押さえて凄まじい叫びを上げてのたうち回る。
(こ、このままでは死ぬ!こうなったら奥の手を・・・。)
永久円環を内側から破る事も出来るが、代わりに神物質の体を失う。出来れば使いたくなかったが、なりふり構っていられる状態ではない。エリィゴンが奥の手を実行しようとしたその時、脳内に聞き慣れない声が響いた。
(ショセン、コノテイドカ。)
(だ、誰だお前は!?何故私の中にいる!?)
(シルヒツヨウハナイ。キエロ。オマエ、ヨウズミ。)
(な、なにを・・・ま、ま・・・)
エリィゴンの意識は、瞬く間に別の意識によって塗り潰されていった。次第に動きがなくなっていき、最後にはピクリとも動かなくなった。エルヴィンが右手を開くと、パラパラと金色の粉が零れた。
「ふう。何とか倒したみたいだな。」
エルヴィンは一息吐くと変化を解いた。普段通りの男の姿に戻る。他の皆も起き上がる。
「癒しを導くは、汝を抱く光の腕。癒しの風。」
ツェツィが魔法を詠唱すると、ツェツィ以外の傷が癒えていく。完全に癒すことはできないが、種族的に自然治癒能力が極めて高いシュメッタだけは翅がほとんど元通りになった。
「ありがとツェツィ。とりあえず、何とかなったわね。さてと。」
シュメッタは倒れているエリィゴンに近づくと、その体をごそごそと調べ始めた。シュメッタは何かを探しているようだ。
「何を探してるの?シュメッタ。」
「これよ。」
シュメッタはアイリスに何か投げる。アイリスが受け取ったそれは、黄色の宝石だった。丸い黄色の宝石の中心に黒い宝石が浮かび、まるで眼のように見える。
「これは、魔道具?」
「ええ。未来視ができる魔道具、ラプラスの眼よ。」
「これが!?」
アイリスはまじまじとラプラスの眼を見る。少し先の未来が見えるというその魔道具はかなり希少な部類に入る。持っていれば戦闘で優位に立てる事は間違いない一品だ。
「元々、魔軍からエリィゴンに奪われた物よ。それ、あげるわ。」
「い、いいの?」
「ええ。協力してくれたしね。」
「ありがとう!」
シュメッタとアイリスが話をしている一方で、エルヴィンはツェツィの傍に移動していた。
「ツェツィ、体は大丈夫か?」
「うん。ちょっと痛いけど大丈夫だよ。」
唯一ダメージを魔法で回復できないツェツィを気にかけるエルヴィン。白虎族も自然治癒能力が高いとはいえ、シュメッタのような吸血鬼ほどではないし、エリィゴンと初遭遇時のダメージの蓄積もある。エルヴィンは心配だった。
「帰ったら、ちゃんと医療部に見て貰わないとな。」
エルヴィンはツェツィの頭をポンポンする。無意識の行為であったが、ツェツィは嫌がる事もなく身を委ねる。嬉しそうに目を細めた。
その時、死んだはずのエリィゴンから強烈な殺気を感じたエルヴィン。他の皆も異常に気づいたようだ。各々が武器を再び構えて警戒する。
「エル君・・・。これって・・・。」
「・・・。」
エルヴィンはごくりと喉を鳴らす。ツェツィを守る事のできる位置を意識しながら、じっと倒れ伏したエリィゴンを観察する。先程とは異質な殺気が放たれていた。エルヴィンの額にじわりと汗が浮かぶ。
「奴から妙な魔力反応を感じる。」
「ええ。私も感じるわ。皆、気を付けて。」
カルツァとアイリスの魔導師コンビが警鐘を鳴らす。皆の視線が倒れ伏したエリィゴンへと注がれる。
そして次の瞬間、エリィゴンの体がビクッと跳ねた。操り人形のような動きで立ち上がる。まるで四肢に見えない糸がついているかのようだ。無理矢理何かに動かされているような感じであった。あまりの異様な光景にベルンハルトは叫ぶ。
「な、なんだあ!?」
「エリィゴンの様子がおかしいわ。皆、気を付けて。」
シュメッタは皆に注意を喚起する。今のエリィゴンの様子はシュメッタにも初めてだった。エリィゴンは糸で引っ張られたかのように顔を上げると、大きく裂けた口をニタリと歪ませた。
「マッタク、ツカエナイヤツメ。」
エリィゴンの体がまるで粘土のように変形していく。百足はエリィゴンの頭に吸収され、みるみるうちに、異形の龍に変化した。口には鋭い牙が並ぶ。禍々しく冷徹な八つの瞳、八つの腕、八つの翼、まるで鋼で作られたような体躯。石榴のような真っ赤な瞳をエルヴィン達に向け、嗤った。
「ゼンインコロス。」
エリィゴンの突然の変貌。再び起き上がっただけでなく、あまつさえ龍に変貌するという予想だにしない事態に、アイリスが思わず叫ぶ。
「な、なにこいつ!?生き返ったの!?」
「いえ。エリィゴンは確かに死んだはず。エリィゴンとは別の存在を感じるわ。こんな事初めてよ。でも、もう奴の体は神物質ではないわ。普通の攻撃も通るはずよ。」
エルヴィン達には朗報だった。普通の武器でもエリィゴンに通じるようになったのだ。だが、同時にシュメッタには大きな懸念があった。
「気を付けて。神物質から通常物質への相転移によって、エリィゴンは膨大な魔力エネルギーを得たわ。ある意味、さっきよりも厄介になったかも。」
シュメッタの懸念を聞いても、エルヴィンの瞳は揺るがない。エリィゴンをまっすぐ見据えている。
「よく分からないが、要は神物質の武器じゃなくても倒せるんだろう?皆!今度こそ奴を倒すぞ!」
「うん。頑張るよ。」
「エルがそう言うなら仕方ねえな。」
「ええ。さっさと倒して帰りましょう。」
「無論だ。」
「ふふ。その意気よ。」
エルヴィン達は変貌したエリィゴンと対峙する。先手必勝とばかりに、アイリスが魔法を詠唱する。
「ジュウジン、キュウケツキ、ミンナシネ。」
エリィゴンの八つの瞳に紅い光が収束していく。先程の神聖光よりも遥かに膨大な光の奔流が渦巻く。辺り一面が照らされて、エルヴィン達の視界が真紅に染まる。
「膨大な魔力だ。俺とアイリスで皆の防御してみるが、耐えれる保証はない。各自、防御を抜かれたら攻撃を避けてくれ。」
カルツァの声音には焦りが混じっていた。いかにまずい状況なのかが伝わってくる。
「「黒の盾!」」
アイリスとカルツァが同時に詠唱し、黒の盾を二重に展開する。エルヴィン達の周囲に魔力で構成された黒の盾が多数出現する。
「ムダダ!シヌガイイ!デスゲイザー!」
エリィゴンの叫びと共に、紅い光の雨がエルヴィン達に遅いかかる。漆黒の盾が自動で動き、エルヴィン達を守るようにして光の進路を塞ぐ。魔力と魔力のぶつかり合い。カルツァの危惧した通り、全ては防ぎきれず、光は盾を貫通して来た。
「あぶねっ!?」
エルヴィンは妖剣で避けきれない光を叩き落とす。一つ一つの攻撃がとても重い。妖剣を取り落としてしまいそうだ。それでも妖剣を握る手に力を入れた。怪我で動きが鈍くなっているツェツィへ向かう光もできるだけ迎撃する。
「はっ!」
回避と防御で手一杯の中、シュメッタだけは合間を縫って魔力で形成したナイフをエリィゴンに多数投擲する。突き刺さったナイフは爆発しエリィゴンの体を大きく抉る。だが抉れた箇所はすぐに光って瞬時に再生する。
(魔力を質量に変換してるのね。厄介だわ。何とかして弱点を見つけないとジリ貧だわ。)
頭、首、翼。あらゆる箇所にナイフを投擲してみるが、やはり与えた傷は瞬時に回復してしまう。
(この気配はエリィゴンじゃない。じゃあ誰?)
光の雨が止む。何とか凌ぎ切ったエルヴィン達であったが、次も凌げるとは限らない。攻撃が止んだ好機を逃さず、カルツァが魔法を詠唱する。
「命を侵す邪の水、雲となりて鉄さえ蝕む雨となれ。腐食の雨。」
強酸性の雨がエリィゴンへと降り注ぐ。ジュワジュワと音を立てながら、エリィゴンの体が溶けていく。だがすぐに傷口は光って再生していく。腐食と再生の攻防が続く中、ベルンハルトが追撃をかけた。
「顕せしは重圧の檻。全てを圧せよ。重力縮。」
エリィゴンを全方位から重力で押し潰す。頭が、翼が、体が潰れていく。しかし、圧縮は途中で止まり、今度は逆に押し返される。潰されていた箇所が次第に復元されていく。
「な、なんだこいつ!?押し返される!」
ベルンハルトはありったけの魔力を注ぎ込むが、エリィゴンを抑える事ができない。
「滔々たる水よ。その流れを我が剣と成せ。水流剣!」
「来たれ零下の棺よ。氷の大河で眠りたまえ。氷河葬!」
アイリスとツェツィが次々に魔法を詠唱する。エリィゴンは水で形成された剣で切り裂かれ、さらに凍り漬けにされる。しかしエリィゴンは氷を砕き、切り裂かれた体を再生した。
「ソンナコトヲシテモムダダア!」
エリィゴンは口から火焔を放射する。前方にいたエルヴィンはツェツィを抱えると、射程外まで一気に飛んで後退する。先程までエルヴィンとツェツィがいた場所は炎の舌で舐め尽くされた。
「うーん。埒が明かないなこりゃ。」
ツェツィを降ろし、どう攻撃しようか考えていると、シュメッタが寄ってきた。続いてベルンハルト、カルツァ、アイリスも近くに来る。
「皆、何か案ないか?」
「魔力で失った質量を再生させている。理論上は魔力が尽きれば再生はできなくなるはずだが・・・。現実的ではないな。魔力が膨大すぎる。」
「私もカルツァに同意見よ。」
「くっそー。どこか弱点はねえのかよ。このままじゃジリ貧だぜ。」
「ベルンハルトの言うとおね。せめてエリィゴンの体を動かしてる奴の正体が分かればいいのだけれど。」
おそらくは邪神の眷属だろうが、シュメッタが知っているだけでもその数は多い。
「・・・操演神。」
じっと何かを考えていたツェツィがぼそっと呟く。その小さな呟きをシュメッタは聞き逃さなかった。
「ツェツィ。もしかしてあいつに心当たりがあるの?」
「う、うん。昔読んだ神話に載ってた気がする。見えない糸で人を操る、いたずらの鬼。操演神。人形の操演みたいに人を意のままに動かすんだ。エリィゴンの動きが何だかおかしかったでしょ?糸で引っ張られてるみたいに。それで思い出したんだ。」
「人形の操演みたいに?ということは、もしかして・・・。」
シュメッタはもう一度エリィゴンを見る。そして、ついに気づく。エリィゴンが生き返った絡繰に。シュメッタは笑みを浮かべ、皆の方へと向き直る。
「皆、ちょっと話があるの。聞いてくれる?」
*********
ホテル・エクレール内のレストラン入口で、リッカは兄のアルノーと久しぶりに会っていた。ルビー似のクオンとリッカとは違い、アルノーはアルバン似である。
「やあリッカ。久しぶりだね。」
「兄様!久しぶり!会いたかった!」
リッカはアルノーの胸へと飛び込む。アルノーは妹を優しく抱き留めた。リッカの亜麻色の髪を撫でた後、アルノーはリッカを腕から解放する。
「レティは元気かい?」
「元気だよ。兄様がいないから寂しそうな時もあるけど。たまには帰ってきたら?レティ姉もみんなも会いたがってるよ。」
「もう少し落ち着いたら帰るよ。これ以上レティを寂しがらせたら、師匠に一刀両断されるからね。」
「あはは。言えてる。」
アルノーとリッカが談笑していると、アルバンが少し遅れてやって来た。アルバンとアルノーは再会の抱擁をする。
「アルノー、元気だったか?」
「お久しぶりです。父さん。忙しいけど元気でやっているよ。」
「そうか。ならいい。全く、元気ならたまには手紙を寄越せ。ルビーが心配するだろう。」
「帰ったら、ちゃんとレティと親孝行しますよ。」
「早めで頼むぞ。さあ、レストランに入ろうか。」
店員によって予約していた席へと案内される。レストランの一角では、綺麗な女性がピアノを弾いている。優しい旋律が店内を満たしていた。
席に着くとメニューを注文し、料理が来るまで歓談する。
「リッカもパーティーに参加するんだってね。悪い男に騙されないか、お兄ちゃんは心配だよ。」
「むう。心配しすぎだって。父様と兄様がいるし。それに私は食い気だもん。」
「そうだ。リッカにはまだ男など早い。」
アルバンはリッカに男ができる事を快く思っていない。いつかは嫁に出さねばいかないが、まだ手元に置いて起きたいのが父心であった。
「カリンちゃんの事を聞かせてくれ。クオンの想い人だそうじゃないか。いつ義妹になるんだい?」
「兄様ってば。まだ付き合ってもいないよ?」
リッカはクオンとカリンの近況を詳しく話した。二人が仲の良い事、カリンがアティスに馴染んで来た事、クオンがカリンを好きであると街の皆にバレバレな事。アルノーは一つ一つを楽しそうに聞いていた。
「へえ。その感じだと、シェトマネト祭にでも告白するのかな?」
シェトマネト祭は、アティスの都市神シェトマネトに、今年の無事を感謝し新年の安寧を祈願するお祭りだ。アティスの若者にとっては意中の相手に告白する機会でもある。
「まあ、クオン次第だね。母様は楽しみにしてるよ。せっつきたいのを我慢してるみたい。父様も口では言わないけど気にしてるし。」
「・・・私は別に気にしてないぞ。」
「ほらね?」
「はは。クオンは頑張らないと行けないね。」
アルバンもクオンの恋愛事情は気にしている。やはり、なんだかんだで息子を心配しているのだ。クオンとカリンがなかなか付き合わない事にやきもきしているが、口には出さないアルバンなのであった。
続けてカリンの人となりについてリッカが話していると料理が運ばれて来た。
「後は帰ってからの楽しみにしておくよ。」
リッカ達は運ばれて来た料理に舌鼓を打つのであった。
*********
「みんな、作戦通りにお願いね。」
シュメッタの言葉にエルヴィン達は頷く。エルヴィンは葉っぱを取り出すと、額に乗せる。
「銀狐変化!」
エルヴィンは銀狐に変化し、エリィゴンへと突撃する。エリィゴンは光弾を連射してくるが、ツェツィとアイリスが迎撃する。
「凍てつく冷気よ。我が魔弓を爪弾く矢となれ。氷矢!」
「燃え盛る炎よ。形ある熱の槍となり、我が敵を貫け。炎槍!」
魔法によって光弾が撃ち落とされていく。撃ち漏らした光弾の合間を、エルヴィンは巧みに避けつつ距離を詰めて行く。そしてエルヴィンはエリィゴン目掛けて頭突きをかました。
「コシャクナ!」
エリィゴンの巨体を揺るがすまでには至らない。エルヴィンは衝突の反動を利用して後ろに一回転すると、口から炎弾を吐き出す。エリィゴンの肉が焼け、嫌な匂いが充満するが、焼け落ちる側から再生していく。
エリィゴンは首を伸ばして噛みつこうとするが、銀狐となったエルヴィンは余裕で避ける。エリィゴンはエルヴィンの速度について行けず、攻撃されるがままとなっているが、相変わらず再生能力の為にダメージが蓄積しない。
「銀より輝く魔の調べ。弾丸となりて敵を穿て。魔弾の射手!」
数多の光線がカルツァの頭上に出現し、エリィゴンへと射出される。光線はエリィゴンを貫き射抜いても消滅せず、光の針となって地面へと縫い止めた。
「ナンノコレシキ!」
エリィゴンは自分の体を無理矢理引っ張る。ぶちぶちと肉が千切れるのも構わない。
「させねえ!」
ベルンハルトがゴーレムを構築する。ゴーレムは光の針から体を引きちぎろうとしているエリィゴンを押さえ込む。
「今よ!」
『おう!』
エルヴィンは衝突直前で銀狐の姿を解いた。そして突進の勢いのまま、エリィゴンの頭を踏み、何もない空中目掛けて飛ぶ。
「そこだ!」
一瞬だけ空間が揺らめいたのをエルヴィンは見逃さなかった。その場所目掛けて、ガントレットを突き入れる。
「ギャアアアアアアアアア!?」
凄まじい叫び声と共に閃光がほどばしる。陽炎のように空間が揺らめき、そこからまるでピエロのような風貌の操演神が姿を表した。指先から黄金の糸が伸び、エリィゴンの体へと繋がっている。エルヴィンのガントレットは、左胸に突き刺さっていた。突き入れた右手をそのまま左下へと薙ぐ。体に大きな裂け目が生じ、金色の粒子が吹き出した。操演神の指先の糸が切れ、繋がっていたエリィゴンの体が崩れ落ちる。
「カ、ガガガ・・・。」
操演神の体はそのまま金色の粒子となって消えていった。後には何も残らなかった。
「勝った・・・のか?」
「ええ。妙な気配は消えたわ。私達の勝ちよ。よく頑張ったわね。」
シュメッタの言葉に、エルヴィン達は安堵する。一先ず危機は去ったようだ。緊張の糸が切れたようで、ツェツィとアイリスはその場にへたり込む。
「さあ、今度はここから脱出するわよ。」
*********
リッカはアルバンとアルノーと共にアイゼンの南街にある迎賓館を訪れていた。迎賓館はすでに着飾った人々で賑わっている。リッカはアルノーにエスコートされて、馬車から降りた。
「今日は一段と可愛いよリッカ。」
「ふふ。ありがと兄様。」
アルバンとアルノーが礼装。リッカはライムグリーンのドレス。馬車から降り立つと、白い鉄門が荘厳な雰囲気でそびえていた。扉の上部には精細な彫刻があしらわれている。女性と龍。神話の一ページ、リンドブルム降臨の場面を象っている。鉄門は開かれ、パーティーに招かれた参加者達が次々と潜っていく。
リッカ達も人の流れに乗って鉄門を潜る。潜った先は広い庭園で、まっすぐ石畳の道が迎賓館まで延びている。魔法で灯された街灯が道の両脇に並び、夜だというのにかなり明るい。
迎賓館は白亜の煉瓦造り二階建ての建物だ。屋根は朝葱色で、白とよく合っている。入口の重厚な鉄扉は三つとも開放され、人々はその中へと吸い込まれていく。
玄関ホールの床は白い大理石と黒い玄晶石のチェック模様になっている。そこに赤い絨毯が敷かれていた。
赤い絨毯が敷かれた階段を上がると、そこは大ホール。紫斑紋の美しい大円柱が立ち並ぶ。華やかな衣服を身に纏った参加者達が、そこらかしこで雑談をしていた。
パーティー会場は『自然優美の間』と呼ばれる場所だ。中に入ると、白いテーブルの上には色とりどりの料理が並べられていた。
天井には神話を題材とした絵が描かれて、一基一トンを越える大きなシャンデリアが吊り下がっている。シオジ材の板壁には、美しいアイゼン焼の額が何十枚も飾られている。描かれているのはリンドブルム王国の花や鳥だ。他にも木製彫刻の大食器棚が存在感を放っていた。
「はあ。すごいね~。」
「リッカはこういう所始めてだっけ?」
「うん。ここまで豪華絢爛なとこは初めて。」
「リッカにはきっといい経験になる。まあ、気負わずに楽しめばいい。」
「うん。父様。」
アルノーはリッカにどのような参加者がいるか、指し示しながら教えていく。
「あそこにいる爺さんがアイゼンのトップ、オストワルト市長だ。この利害渦巻く街を上手く取り仕切ってるやり手だ。」
アイゼンでは四大工房、中小工房、商工会、王国の研究所など様々な勢力が競い合い、時には協力をしている。市長の利害調整により、各勢力のパワーバランスが均衡しているのだ。
「ちょうど四大工房の当主が揃い踏みだな。あそこにいる四人がそうだ。」
アルノーが指し示す方には、男性が四人。円になって談笑していた。アルノーはリッカに一人ずつ誰なのかを教える。
「黒髪の男性がジョセフ=ファラデー。金髪の若い男性がハンス=エルステッド。茶髪の男性がギラマン=カルノー。初老の男性がシーム=カプタインだ。」
「ほうほう。」
リッカの目は自然とジョセフに行く。友達になったユウの身内だからだ。見た目の年齢からして、おそらくユウの父だろう。
(ユウ君の面影あるけど、そんなには似てない?母親似なのかな。)
リッカは頭の中でジョセフとユウの顔を比べてみる。ユウの方が優しい顔つきをしていると思った。
「あの四人は互いにライバル関係というところかな。楽しそうだけれど、実際は駆け引きの真っ最中だと思うよ。」
アルノーが解説していると、会場の喧騒が徐々に静かになっていく。開会の挨拶が始まるようだ。
「始まるぞ。リッカ、あれが市長だ。」
会場内に設けられた一段高いステージ。そこにオストワルト市長が登壇する。
「紳士淑女の皆さん。本日はご参加頂き、誠にありがとうございます。」
オストワルト市長の挨拶は長すぎず短すぎずちょうどいい案配で終わる。リッカはすぐにでも美味しそうな料理を食べたかったが、ぐっと堪える。まずはアルセイド伯爵家の人脈を広げるために挨拶回りをしなければならない。
「さあ、行くぞリッカ。」
「うん。精一杯頑張るよ。父様。」
ルビーとの猛特訓により会得した営業微笑を、いつでも張り付かせる事が出来るように気持ちを切り替えるのであった。
*********
「ふう~。疲れたあ~。」
リッカはソファに座り、自分の頬を両手でぐにぐにする。営業微笑のしすぎで表情が固まってしまいそうだった。顔の筋肉をほぐしていると、アルノーが飲み物を持ってやって来た。
「お疲れ。リッカ。」
「ありがと兄様。私、少しは役に立てた?」
リッカは飲み物を受け取りながら、アルノーに尋ねる。アルノーは、十分役に立ったよ、と微笑む。
「花が一輪あるだけでも、先方の印象は大違いさ。いつもより手応えがあったよ。」
「ほんと?なら良かった。」
「後はパーティーを楽しみなさい。知らない男に着いてっちゃダメだぞ?」
「子供じゃないんだからそんな事しないよ。」
リッカはアルノーと別れ、テーブルに並べられた料理に向かう。テーブルには色とりどりの美味しそうな料理が並べられていた。ビュッフェ形式で、自分の好きなだけ取り分ける事ができる。鼻歌を歌いながら、トングで自分の皿にひょいひょい載せていく。
(どれも美味しそう。・・・ん?何だか騒がしいような。)
その時、きゃーと黄色い声が聞こえた。声がした方へ視線を向けると、とてもまずい人物を見つけてしまった。思わず声に出てしまう。
「げっ!?あいつがいるじゃん!?」
リッカが最も会いたくない人物。チェスター=バルテン。純真なるユニコーンのリーダー。シュネーヴィントでは顔を合わせずに済んだ。まさかここで会うとは思っていなかった。
(気づかれてない・・・よね?)
当のチェスターは女性陣に囲まれていた。リッカは横目でちらちらと様子を見つつ、料理をささっとお皿に取り分け、こそこそとその場を離れた。関わったら果てしなく面倒そうだし、何より貞操の危機だ。
「ふう~。間一髪。危なかった。」
リッカは気を取り直して、料理を楽しむ。ふと周りを見てみると、パーティーは異性との出会いの場なだけあって、男女の組み合わせが多かった。
(私もそろそろいい人探そうかな。)
リッカは弟のクオンベッタリではあるが、色恋に興味がない訳ではない。人並みに願望はあるのだ。今まで自分よりもクオン優先のリッカだったが、クオンにカリンが現れた事で、リッカにも少しずつ心境の変化が訪れつつある。
(昨日は楽しかったなー。ユウ君とナヴィ君は来てないのかな。)
キョロキョロと会場を見回してみるが、それらしい人物はいなかった。はあ、とため息を吐き、食事に勤しむリッカなのであった。料理を楽しんでいると、不意に背中に視線を感じた。
(げっ!?チェスター!?)
いつの間にか、チェスターが近づいて来ていた。まだ距離があるが、じりじりとその距離は詰まっている。
チェスターはリッカと目が合うと、爽やかな笑みを浮かべた。リッカの背筋が凍る。チェスターの噂を聞いているリッカには獲物を見つけて舌なめずりしているようにしか見えなかった。
「やばい。どうしよう・・・。に、逃げないと。」
さりげなく距離を取ろうと試みるが、チェスターはずっと後を追ってくる。会場を出て、広い通路へと走る。後ろをちらっと見ると、チェスターは相変わらず追いかけてきていた。
(ゲッ。まだ付いてきてるし。)
角を曲がるとまた広い通路が伸びていた。隠れるような場所はどこにもない。両脇にたくさんの扉が並んでいるが、鍵が閉まっているかどうか確認している暇はなかった。
(まだ来てないよね?ちょっと休憩・・・)
リッカがある扉の前で小休止する。動きなれないドレスと靴で足が痛い。そうしていると、急に背後にある扉が開き、何者かの腕が伸びて来てリッカを捕まえた。
「な、なに!?んんっ!?」
口を手で塞がれ、薄暗い部屋の中へと引き込まれる。リッカは拘束を振りほどこうと暴れる。
「ん~!ん~!」
「リッカ!落ち着いて!僕だよ僕!」
背後から聞こえたのは聞き覚えのある声だった。その正体に気づくと、リッカは抵抗するのをやめた。安堵というよりは戸惑いの方が大きかった。
「手を離すから、大声出さないでね。」
リッカはこくりと頷く。そうすると、声の主はゆっくりと腕の拘束を解いた。息を整え、振り返る。
「昨日ぶりだね。リッカ。」
そこにいたのは、つい先日友人になったユウなのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




