第四十二話『月の妖精は目覚める』
続きとなります。
エルヴィン達は対エリィゴン用の策を練った後、エリィゴンを探していた。いつ遭遇してもいいように、エルヴィンは女狐に変化していた。銀色の尻尾を揺らしながら、どこからどうみても女性の所作をしている。今は周囲にエリィゴンらしき反応もないので、開けた場所で休憩中だ。念のため、カルツァが探査魔法で警戒している。
「やっぱり複雑。エル君どう見ても僕より女の子っぽい。」
「そこは姉さんのちょうきょ・・・指導の賜物だよ。べ、別に好きで身に付けたんじゃないんだからね!」
「うわーツンデレだー。」
いつものエルヴィンを知っている分、ツェツィには女体化しているエルヴィンに違和感があった。
(女の子のエル君も可愛いけど、やっぱり男の子のエル君の方がいいな。)
ツェツィとしては百合の花は咲いていないので、エルヴィンは男であって欲しいと思っている。
「そういえば、シュメッタは魔国の仲間が心配してるんじゃないの?」
アイリスがふと気になってシュメッタに尋ねる。シュメッタによるとやはり吸血鬼の真祖らしい。魔国ではきっと行方不明扱いになっているはずだ。
「そうねー。ちょっと独断専行しちゃったから、お仕置きされるかも。後はイティに怒られるかな。あっ、イティは私の親友よ。怒ったらこわーいの。」
言葉とは裏腹に、シュメッタは楽しそうだ。親友と言うだけあって仲が良いのだろう。
「いい加減、この空間にも飽きてきたし。早く魔国に帰りたい。次でエリィゴンと会うのは最後にしたいわ。」
シュメッタ達が不満を漏らしていると、不意にカルツァが話を遮る。探査魔法に反応があったようだ。
「奴がいたぞ。だがエリィゴンとは別の反応がある。魔力から見ると、あの黒い蛇のようだな。」
黒い蛇、と聞いてエルヴィン達の表情が強張る。永久円環に吸い込まれる前の戦闘を思い出していた。
「黒い蛇?どんな奴なの?」
アイリスが黒い蛇の特徴を詳しく説明する。アイリスの説明を聞いて、シュメッタは黒い蛇の正体に心当たりがあるようだった。
「そいつはきっと、クラーガね。」
「クラーガ?」
「魔国ではそう呼んでるの。黒い不定形の怪物よ。邪神の呪いを受けた七人の成れの果て。エリィゴンが使役してたのね。どこに隠してたのかしら。」
「元々人だったんでしょ?元には戻せないの?」
アイリスがそう聞いてみるが、シュメッタは渋い顔をする。
「無理ね。現状、元に戻す手はないわ。たとえ使役から外れたとしても、人としての正気を保っているのかも怪しい。」
「でも、なんでクラーガは永久円環から出てこれたんだ?それが分かれば俺達も出れるんじゃね。」
ベルンハルトが少し期待を込めて言う。だが、無情にもシュメッタは首を横に振った。
「それは無理ね。時空障壁を力ずくで出たんでしょ。死なないからできる芸当よ。私たちが真似したら、体が文字通り裏返って死ぬわよ。死体で戻ることになるわ。それでもいいなら止めはしないけど。」
「あっ。やっぱいいです。」
体が裏返ると聞いて、ベルンハルトは身を震わせる。他の皆も想像しただけで気分が悪くなった。
「でも、どうするの?エリィゴンだけじゃなくてクラーガもいるんじゃ作戦きつくならない?」
単純に敵の戦力が増える。しかも死なない相手。エルヴィンは作戦を変更した方がいいのではと言ってみる。
「いえ、クラーガは倒せないけど、動きを止める事は簡単にできるわ。この中で氷系の魔法が得意な人はいる?」
アイリスとツェツィが手を上げる。シュメッタがより詳しく聞くと、二人とも絶対零度の魔法を使える事が分かった。
「若いのに優秀ね。出会い頭に絶対零度をかまして凍らせてしまえば問題ないわ。クラーガを封じ込めたら、後は作戦通りに。」
シュメッタの言葉にエルヴィン達は頷いた。シュメッタは扇を取り出すと、その扇で口元を隠しつつ妖艶に微笑む。
「準備はいいようね?さあ、行くわよ。きついの一発、ぶちかましてやりなさい。」
*********
「クソ!言うことを聞け!」
エリィゴンは苛ついていた。クラーガが複雑な命令を聞かないからである。かといって使役の魔法を解いてしまうと制御ができない。こんな形でも自我があるためだ。時空障壁に突っ込ませて一旦外に出す事はできたが、開けた穴を維持して逃げ道を確保するという器用な事はできなかった。
クラーガはケタケタと音を出している。エリィゴンは笑われているような気がしてさらに苛々が募っていく。
「何が役に立つだ!全然使い物にならないではないか!」
「ずいぶん苛ついてるじゃない。エリィゴン。」
シュメッタは真紅の蝶の翅を広げている。ルビー色の美しい半透明の翅。右手には金色の剣が握られている。
「「凍れ。遍く全てが秩序の底に落ちるまで。絶対零度!」」
二方向から低温光線がクラーガに照射される。あっという間にクラーガは凍結し動かなくなった。ベルンハルトがすかさず接近して、氷の塊になったクラーガを蹴り飛ばした。足場から蹴り出されたクラーガは空中を滑るようにして遠くへと飛んでいった。
「なっ!?クラーガが!」
唯一の手駒であるクラーガが封じ込められてしまったエリィゴン。さらに苛々が募っていく。
「クソが!殺してやる!この吸血鬼風情が!」
エリィゴンは髑髏が付いた悪趣味な杖を取り出す。エリィゴンの魔法機『憤怒の魔神』だ。
「熱竜!」
エリィゴンの声に応え、魔法機は瞬時に計算し、現代魔法の一つ、熱竜を発動する。巨大な炎の竜が出現し、シュメッタに向かってくる。だが、シュメッタは余裕の表情だった。エリィゴンの手の内はだいたい分かっているのだから。
「私に任せて!」
エルヴィンがシュメッタの前に出る。両手には鋭い爪の付いたガントレットを装備していた。エルヴィンは熱竜を右手のガントレットで受け止めると思いっきり握りつぶした。炎の竜は形を失い、火の粉が舞う。
「うん。いい感じ。」
シュメッタから貰ったガントレットはいい感じに馴染んでいた。
「ほう。美しい銀狐娘だ。そうかあの時の大銀狐か。いい声で啼きそうだ。」
エリィゴンはエルヴィンに興味を示したようだ。舌なめずりをして気味の悪い笑みを浮かべている。舐め回すような視線にエルヴィンは全身の毛がぶわっと逆立つ。
「うっわこいつまじきしょい!」
エルヴィンは蛇が身体中を這い回っているような気持ち悪さを感じた。両腕で自分の体を抱きながら後ずさりする。
「エリィゴン。あんた、五対一だって状況分かってる?」
一方のシュメッタはこの期に及んでも女の品定めをやめないエリィゴンに呆れている。
「ふん。いくら束になってかかろうが神物質でなければ俺は殺せん。貴様のその剣さえ注意していれば問題ない。」
エリィゴンは自分が負けるとは全く思っていなかった。むしろ、勝てる気でいるようだ。
「我は使徒エリィゴン。この世に溢れる、下等な命の断罪者なり。『現出』。」
エリィゴンの全身が金色になったかと思うと、ぐにゃりと形を変えていく。まるで液体のように。腕が六本になり、目も八つになる。口はぱっくりと裂けて牙が並び、髪は百足の大群に変わる。最後は全身が禍々しい造形の鎧で覆われていき、異形の化け物が出現した。
「きしょい・・・。」
「うわあ・・・。やばいよこれ。」
「思った以上にきついわね。」
「もう人間じゃねえなこれ。」
「随分と愉快な形になったな。」
事前にエリィゴンの真の姿の事はシュメッタから聞いていたものの、実際に見ると予想以上に醜悪な姿だった。夢に出てきそうな強烈さだ。
『ひひひ。さあ断罪を開始しようか!』
エリィゴンが吼える。エルヴィンへと向かって、大剣を持った腕を伸ばしてきた。エルヴィンは妖剣を鞘から抜き、受け止める。ガキン!と金属のぶつかり合う音が響く。さらに残り五本の腕をくねらせ、槍、斧、杖、鞭、棍棒でそれぞれ攻撃してきた。まるで腕だけが独立した生命体のように動く。
「我は荒び吹く氷風。凍てつく氷よ剣の舞と成れ。氷柱風舞!」
「光さえ呑み込む漆黒よ。全てを反らす盾と成れ。黒の盾!」
ツェツィの放った氷柱風舞により、エリィゴンの頭に氷柱が多数襲いかかる。だが、百足には全くダメージを与えられない。百足はギシャアアと声を上げて紫色の液体を撒き散らす。アイリスの黒の盾に跳ね返され、地面に落ちるとジュワジュワと音を立てた。
「ちっ。妙な動きしやがって。」
ベルンハルトはエルヴィンと共に、六本の腕の猛攻に耐える。
「我が身に纏いしは、天より来る戦神の息吹。戦神纏衣。」
カルツァが戦神纏衣を詠唱する。赤い光に包まれ、身体能力が底上げされる。さらにカルツァはシュメッタに追加の魔法を詠唱する。
「舐め尽くすこと火の如く、速きこと雷の如し。火雷脚。」
シュメッタが電と炎を纏う。シュメッタは剣を構えると、一瞬で距離を詰め、エリィゴンに肉薄する。エリィゴンの首を切断しようとしたが、寸での所で避けられる。
「貴様の動きは見えているぞぉ!」
エリィゴンは裂けた口を大きく開けると、咆哮と共に熱線を吐き出した。黒の盾を貫通し、シュメッタの翅をかすめていく。翅の先端がじゅわじゅわと溶け落ちる。
「シュメッタ!」
「心配しないで。このくらい平気よ。」
アイリスが思わず叫ぶが、見た目ほどの傷ではないようだった。翅は瞬時に再生する。シュメッタは態勢を立て直すと、エルヴィンとベルンハルトと共に波状攻撃を仕掛ける。
「くっ!うっとうしい!」
エリィゴンは押されていた。シュメッタの剣でなければダメージを食らわないとはいえ、このままでは勝つこともできない。
「ぼやいている暇があるのかしら?」
シュメッタは隙を見逃さず、エリィゴンの目を切りつける。四つの目が裂け、金色の粒子が吹き出す。
「ぎゃああ!このアマあああああ!」
「そんなに目があっても困るでしょ。減らしてあげたわよ。」
手傷を与えても、シュメッタは油断しない。この程度では殺しきれない事が分かっているからだ。作戦通りに、エリィゴンの注意がシュメッタに集中するように立ち回る。
「本気を出せばお前など!」
「だったらさっさとやればいいじゃない。使徒と言っても底辺なんだから大した事ないんだろうけど。」
「何だと!だったら見せてやるぞ俺の本気をなあ!」
エリィゴンは大きく後方へ飛び、距離を取る。百足達が金切り声を上げ始めた。『憤怒の魔神』の髑髏の目が妖しく光る
「これは・・・。」
百足の大きな口とエリィゴンの八つの目に光が収束していく。
「神聖光咆!」
一斉に多数の光が放射される。エルヴィン達全員に破壊の光が向かう。黒の盾を貫通し、まるで意思を持っているかのように追尾してくる。
「ちっ。」
シュメッタは舌打ちをし、光を回避しようとする。だがシュメッタの眼前で光が爆ぜた。光の雨がシュメッタに突き刺さる。
「~っ!?」
シュメッタの体に激痛が走る。真紅の翅もちぎれたようになっていた。吸血鬼ゆえにそう簡単に死にはしないが結構なダメージを受け、倒れてしまう。エルヴィン、ベルンハルト、ツェツィ、アイリス、カルツァも光の奔流を食らって流血していた。エルヴィンは倒れないように歯を食い縛って耐えるが、何とか立っていられたのはエルヴィンだけだった。
「ひひひ!どうだ!見たか!俺様の力だ!」
エリィゴンは喜色満面だ。特に憎いシュメッタが深手を負ったのが嬉しいようだ。醜い図体で小躍りをしている。そして倒れているシュメッタに近づくとげしげしと蹴りつけた。
「ふん。手こずらせおって。」
エリィゴンは神物質の剣を蹴り飛ばす。そして槍を振り上げ、シュメッタにとどめを刺そうとする。
「や、やめて!」
エルヴィンが叫ぶ。声に反応して、エリィゴンの八つの目がギョロリとエルヴィンの方を向いた。
「おうそうだった。まずはお前から楽しむとしよう。」
「ひっ!?こ、来ないで!」
怯えるエルヴィンに嗜虐心をそそられたのか、エリィゴンは醜悪な笑みを浮かべて近づいてきた。
「ひひひ。」
満身創痍のエルヴィンを見て、抵抗はできないと踏んだエリィゴン。余裕綽々の表情で近づいて行く。下品な笑みを張り付けたエリィゴンが手の届きそうな距離まで来たその時、エルヴィンはぼそっと呟く。
「・・・なんてね。」
瞬間、エルヴィンのガントレットが金色に輝く。まさしく神物質の放つ輝きだった。エルヴィンを縛り付けていた鎖が弾け飛ぶ。眩い神物質の光に怯むエリィゴン。
シュメッタが持っている神物質の武器は剣だけではなかったのだ。かつて使徒に敗れて死んだ仲間が持っていた物を密かに回収していた。剣よりも徒手空拳が苦手なシュメッタはエリィゴンの前でガントレットを見せた事はなかった。
「ぐおおお!?バカな!?それは神物・・・ぐぎゃあああああああ!?」
言い終わる前にエルヴィンの右手がエリィゴンの左胸を抉り取る。エルヴィンはドクドクと脈打つ金色の心臓を掴み取っていた。エリィゴンの顔が蒼白になる。
「ま、待てぇ!やめろぉ!」
エリィゴンは自分の心臓が抉り出されたのを見て取り乱す。だがエルヴィンは仲間を、特にツェツィを傷つけた事を許すつもりは毛頭なかった。
「だめ。これで終いだよ。エリィゴン。」
エルヴィンは右手にあらん限りの力を込め、エリィゴンの心臓を目の前で握りつぶしたのであった。
*********
クオン、カリン、バート、リリス、ナツメはセーラに呼ばれ、州立図書館へと来ていた。物忘れの塔に保存されているゴーレムの起動に、ぜひ発見したクオン達も立ち会って欲しいとの事だった。
「やあ。みんな。久しぶりだね。」
保管室へと来てみると、クオンには見覚えのある青年がいた。エリオット=マイヤー。セーラの夫である。
「エリオットさんもお久しぶりです。」
セーラに連れられ、クオン達は物忘れの塔の最上階、保管室へと来ていた。棺桶のような箱の前が安置されていた。蓋は開けられ、中には少女に見紛うような美しいゴーレムが仰向けになって寝かされている。腕は胸の上で組まれ、瞳は閉じている。
「この子がクレメンタインよ。」
「綺麗な子ですね。」
「ホント。まるで芸術品みたい。」
「セーラさんが熱を上げるのも分かるわ~。」
「美人。」
「こうして見てると、本当に眠っているだけみたいだな。」
セーラは見るからにうきうきしていた。クレメンタインが動き出すのが楽しみなようだ。
「さっそく、零式魔導炉を取り付けましょう。」
セーラは白い保管ケースから零式魔導炉を取り出す。ほぼ完全な状態だそうで、起動は問題ないとの事だ。
「セーラさん。取り付け方、分かるんですか?」
「ええ。分かるわ。この日の為にアイゼンでレクチャー受けた事あるの。」
「はは。自分でやるって聞かなくてね。」
黒い保管ケースから円柱状に加工された黄色い魔石を二本取り出す。それは人工魔石として知られているパイロライトだった。普段、魔道具に使われている緑色の魔石、天然魔石のオリビンよりも魔力密度が高い。
「しかもただのパイロライトじゃないの。地底王国最高の技術者、リングウッド博士が加工した最高純度のパイロライトよ。手に入れるのに苦労したんだから。」
世界には、広く使われているオリビン以外にも色々な種類の天然魔石が存在する。今から三十年前、天然魔石のオリビンとパイロキシンを混ぜて、魔力密度の高い人工魔石が初めて作り出された。その発明者が、地底人のエレナ=リングウッド博士だ。パイロライトの製法は世界に広まったが、現在でも彼女の作るパイロライトが最高品質である事は揺るぎない。
セーラが零式魔導炉の表面を触ると、まるで角のように、円筒のシリンダーが二本飛び出した。セーラはシリンダーの中にパイロライトをセットし、シリンダーを中へと押し込む。
「これで良し、と。」
セーラがクレメンタインの胸元にある、菱形の青い水晶体に触れると胸部が開いた。ちょうど中央に、魔導炉がセットできる窪みがある。セーラは窪みに零式魔導炉をセットすると胸部を閉める。再び胸元の水晶体に触れると、水晶体は輝き始めた。水晶体から音声が発せられる。
『接触対象より言語情報を取得。使用言語を最適化。』
フェリウス帝国時代のゴーレムなら音声は古代語のはずだが、セーラが触れた時に脳の言語情報を読み取ったようだ。自動的にライン共通語に翻訳される。
『クレメンタインシリーズ十一番機、個体識別名セレーネ。通常モードで起動。』
このゴーレムの名前はセレーネと言うらしい。セーラが名前だと思っていたのは機体シリーズの名称だったのだ。
見守っていると、瞼が震えた。ゆっくりと瞼が開いていく。深い碧を湛えた瞳だった。セレーネは体を起こすと、周囲を見回す。そして、セーラと目が合う。
「あなたが、私を起動させたのですか?」
「そうよ。私はセーラ=マイヤー。よろしくね。」
「私は識別番号C-11、汎用ゴーレム『クレメンタイン』十一番機、セレーネ=クレメンタインと申します。以後、お見知りおきを。」
セレーネはぺこりと礼をする。
「さっそくですが、ゴーレムにはマスターが必要です。セーラにマスター契約をお願いします。」
「いいわよ。契約ってどうすればいいの?」
「それは、こうします。」
「へ?」
セレーネはセーラを抱き締めると、セーラの唇に躊躇なく自らの唇を重ねる。セーラは自らの唇にゴーレムとは思えない柔らかい感触がした。
「んんんんんっ!?」
一瞬、セーラは何が起きたのか理解出来なかった。キスをされていると認識したセーラは慌てて体を離そうとするが、セレーネがしっかりとセーラを抱き締めて逃がさない。クオン達はその様子を唖然として見ていた。乙女には刺激の強すぎる光景にカリン、リリス、ナツメは頬を赤くしている。クオンとバートも見てはいけないような気がしながらも男の好奇心に負ける。
「んむう!?」
セレーネは舌でセーラの唇をこじ開け、そのまま舌をセーラの口の中へと入れる。セーラはさらに手足をジタバタとさせるが、ゴーレムであるセレーネの拘束はびくともしない。
ひとしきり口内を舐め回された後、セーラは解放された。息も絶え絶えで憔悴しきっている。一方のセレーネはペロッと舌で自らの唇を舐めていた。その顔はとても嬉しそうだ。
「契約、感謝します。マスター。」
「ちょっと待ちなさい!何でキスしたの!」
セーラはセレーネに抗議する。だが、セレーネは小首を傾げるだけだった。
「何か問題でもありましたか?」
「大ありよ!その、いいいきなりキスしちゃだめでしょ!」
「マスターの遺伝子情報登録のため、粘膜を接触させただけです。」
「あんなに強く接触させる必要ないでしょ!?」
「いいえ。完全な遺伝子データ採取には必要な事です。」
「ぐっ・・・!百歩譲ってキスは仕方ないとしても!し、舌まで入れる必要ないでしょ!?」
「舌の挿入を伴うキスの方が喜ぶと学びました。違うのですか?」
セレーネはきょとんとしていた。その様子にセーラは頭を抱える。
「一体誰が教えたのよ・・・。再教育の必要があるわね。」
セレーネはにっこりと笑う。動き出すまで人形に見えた事がまるで嘘のようだ。
「よろしくお願いしますね。マスター。」
花の咲くようなセレーネの笑顔を見て、変わってる子だけどまあいいかなと思うセーラであった。そう思っていると、セーラの肩に、ぽん、とエリオットが手を置いた。
「じゃあ、次は俺がセーラにキスしないとな。」
「ちょっとエリオット!?みんな見てるのよ!」
「この流れで夫の俺がキスしない訳には行かないじゃないか。それとも、ゴーレムのセレーネは良くて俺はダメなのかい?」
「そ、そういう訳じゃ・・・。」
「さあ、若者達よ。これが大人のキスだ。後学の為に見ておくといい。」
「ちょ、ま、んんんん!?」
セーラとエリオットは情熱的なキスをする。最初は手足をじたばたして抵抗していたが、観念してセーラは抵抗をやめる。
「あわわ・・・。」
「これが、おとな。」
「刺激的。」
カリン、リリス、ナツメは頬を染めながらセーラとエリオットの熱いキスを見ている。クオンとバートも思わず見入っているそうしていると、クオンは顔を真っ赤にしているカリンとバッチリ目が合ってしまう。互いに互いの唇に視線を向けた後、気恥ずかしくて互いに目を逸らしたのであった。
*********
その後、セレーネはセーラが所属している司書部で働く事になった。元々人手が足りなかったので大いに助かっている。だが、セレーネのゴーレムらしからぬ天然っぷりにセーラは振り回されているようだ。
「今日はキスしてくれないんですか?」
セレーネは事あるごとにセーラとのキスをせがんできた。健康状態を毎日モニターするためとか言っているが、セーラは絶対に嘘だと思っていた。
「だーかーらー!キスって言うのはね、好きな人とするものなの!むやみやたらにしちゃダメ!」
「マスターのこと、大好きですから問題ないです。マスターはセレーネのこと、嫌いなのですか?」
眉をハの字にして悲しそうな表情をするセレーネ。そんな顔をされると弱いセーラであった。
「き、嫌いじゃないけど、私は既婚者なの!キスしていいのはエリオットだけなの!」
「エリオット様の許可は頂きましたよ。女性同士のキスってそそるよねって言っておりました。」
「それでいいのか私の旦那よ!」
がっくりとその場でうなだれるセーラ。結局、セレーネに押し負けてしまうのであった。セーラはセレーネの手を引いて、図書館の奥の方、人の目に付かない場所まで移動する。何だかいけない事をしているみたいで気が引けるが、知られて街で噂にでもなったらたまらない。
「し、舌を入れるのはダメだからね!」
「はい。分かってます。」
「私達がキスをしてるって言いふらさないように!」
「はい。マスター。」
「それじゃ、ほら、早くしなさい。」
セレーネはセーラに唇が触れ合うだけのキスをする。何だかんだで仲良くやっている主従なのであった。
*********
王都レグニスの王城、国王執務室でリーンハルト三世は宰相のラシードから報告を受けていた。
「・・・以上が『アルセイド州における五号遺跡未探索領域調査』の報告となります。」
ラシードが報告を終えると、リーンハルト三世は眉間に皺を寄せる。報告の内容が信じられない事ばかりだったからだ。
「反神龍エルハウ、破壊神に抗う力か・・・どう思う?ラシード。」
「俄には信じられないですね。ですが、フェリウス帝国がわざわざこのような虚偽を残す理由もありません。真実であると仮定しておくのがよろしいかと。」
「破壊神の降臨・・・備えぬ訳にもいかぬな。万が一の事を考え、エルハウの起動をしておく必要がある。エルハウに必要な七つの力とは七宝の事だろうか?」
「現時点では不明です。ですが状況的に関係はあるかと思います。」
謎の老人は七つの力の場所を示唆する言葉をクオン達に語っている。どれも漠然とした内容だったが、それでも場所をある程度推定できるものもあった。
「大まかな場所が推定できるのは、天空の大地、地の底、小さき者の大樹でしょうか。それぞれ、フレイム大陸、地底王国、妖精樹ククルバウムと思われます。」
天空の大地であるフレイム大陸。地の底にある地底王国。小さき者―――妖精達が守る大樹、妖精樹ククルバウム。謎の老人の言葉から推定できるのはその三ヶ所だった。
「ですが、フレイム大陸については行く手段がありません。アイゼンで建造中の飛行船が完成しない限りは。」
フレイム大陸への渡航手段はオストシルト帝国の飛行艇か、ギルド総本部の均衡機関が管理する転移門だけだ。飛行船を建造中の王国では今のところ何も出来ないのが現状であった。
「そうか。フレイム大陸は保留にしておこう。ローラン大陸遠征の件と平行で大変だとは思うが、地底王国とククル妖精国に派遣する人員を何とか選抜してくれ。出来るだけ口の固いのを頼む。」
「承知いたしました。では、そのように。」
ラシードは一礼すると、国王執務室を出ていく。一人になったリーンハルト三世は、人知れず深いため息を吐いたのであった。
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